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62 キスをもらいたい人
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「ロゼマリア、僕だよ。開けてくれないか。渡したいものがあるんだ」
王太子が「開けてくれ」というなら、ロゼマリアちゃんはドアを開けるしかない。
お付きの侍女さんがすっとドアを開けて、「私のお嬢様を泣かせて」と、レオくんの後ろにいる私とクリスタちゃんを睨む。「二人も入れてあげて」とレオくんに頼まれて、侍女さんはしぶしぶ私たちも部屋に入れてくれた。侍女さんの視線が痛い。ごめん、悪気は本当になかったの。
きっちりと手と脚を揃えて立つロゼマリアちゃんに、クリスタちゃんが突進して、ぎゅうっとハグした。ゼロ距離に、ロゼマリアちゃんは戸惑うしかない。
「ごめんね!本当にごめん!!」
「クリスタ様は何も…」
「ううん、ロゼマリアが嫌な気持ちになるようなことを言っちゃってごめん。サティに教えてもらったの」
ロゼマリアちゃんはクリスタちゃんにハグ…というか捕獲されて、逃げられない。
「でもクリスタはレオよりもユリウスが好きなの。それにレオもクリスタよりロゼマリアが好きなんだよ。だってね、ご飯食べてるときもロゼマリアの話ばっかりするの」
「え…っ?」
ロゼマリアちゃんが大きな目を見開いてレオくんを見る。本当に、薔薇の花が驚いているように見えるから不思議だ。
「言わないでよ、クリスタ!」
私はこほんと咳払いした。
「クリスタちゃん、レオくんの気持ちを勝手に他の人に教えるのはやめようね」
「はぁい…また失敗しちゃった…」
でも今はその失敗が、レオくんとロゼマリアちゃんの距離をもっと縮めさせようとしている。だってほら、二人は向かい合ってもじもじしているんだもの。
「王太子殿下、今のクリスタ様のお話は本当でございますか」
「本当…だよ。僕、気づいたらロゼマリアの話ばかりしてるみたい。それで、今もね、ロゼマリアのことを考えたら、どうしてもすぐ渡したくて。ロゼマリアがアトリエを出てからもずっと作業してたの」
レオくんは手に持っているキャンバスにかかっていた布を、そっと外す。
こちらを見つめるロゼマリアちゃんが、柔らかく幻想的な色彩で描かれた水彩画。
素敵。としか言いようがない。
「殿下、この薔薇は…」
絵の中のロゼマリアちゃんの髪には、スケッチするとき実際にはなかった、薔薇の冠が飾られている。手にも大きな薔薇の花束。
「好きって言うより先に婚約者になって、なんだかちゃんと、気持ちを伝える機会がなかったんだ。だからお花をあげたこともなくてごめん。これからはいっぱいいっぱい、ロゼマリアの好きな薔薇をあげるね。そういう気持ちを込めて描いたよ」
ロゼマリアちゃんの目から、涙がこぼれてくる。
「私は…殿下が本当はクリスタ様のことを好きで…身分の問題で願いが叶わなかったら、仕方なく私を選ばれたのかと…」
「そんなことない」
レオくんはそっとロゼマリアちゃんの涙を拭いた。
「僕はロゼマリアのことが好きだよ。ロゼマリアが風車小屋の前で声をかけてくれたとき、隣に立ってほしい人はロゼマリアだって思った。ロゼマリアが僕の婚約者になってくれて、本当に嬉しい。ロゼマリアもそうだったらいいなって思ってる」
「当然ですわ!私だって当然殿下のことをお慕いしていて、殿下の婚約者になれて当然嬉しいですわ!」
「両思いだね!」とクリスタちゃんが飛び跳ねながら拍手して、みんなの視線を集めた。途端にクリスタちゃんはしゅんとする。
「…ごめん、これも失敗?」
「ううん」とレオくんは首を振った。
「お祝いしてくれてありがとう、クリスタ」
「私からもありがとうございます、クリスタ様」
ぱっとクリスタちゃんの顔が輝いた。
「ロゼマリア、許してくれる?」
「もちろんですわ。あんなに心のこもった謝罪を受けたことはございませんもの」
「よかった。あとね、クリスタはロゼマリアともっと仲良くなりたいの。パジャマパーティーの続き、一緒にしてくれる?」
レオくんが「楽しんでおいで」とロゼマリアちゃんのほっぺにちゅっとキスをした。
私とクリスタちゃんは目を見開いて口を押さえ、「ま」と顔を見合わせる。なんだか、見てはいけないものを見てしまったような、甘酸っぱくてむずがゆい気分。
そしてレオくんが描いてくれた肖像画が見つめる中で、女子二人と大人女子一人のパジャマパーティーは、夜遅くまで続いたのだった。
ロゼマリアちゃんが可愛くあくびをする。貴族令嬢はあくびまで上品だから恐れ入る。
「こんなに夜更かしをしたとお母様が知ったら…」
「怒るかもね。だからクリスタたちだけの秘密。ここで話したこともだよ?」
「もちろん。クリスタがユリウス様から頬にキスをもらいたいと思っていることは、誰にも言わないわ」
「約束だからね」
すっかり仲良くなった二人の恋バナ、かぁわいい。
この思い出がきらきらしたまま心に残って、いつかしんどいときや悲しいときに、二人の心を支えてくれますように。
そう思って浸っていたら、「ね、サティは誰からキスをもらいたい?」と予期していないストレートを喰らう。ロゼマリアちゃんは「サティ様は大人ですから頬ではなく…きゃあ、嫌だわ私ったら!」とクリスタちゃんをぺしぺし叩く。連係プレーで大人を追い込むのはやめて。
私は「残念ながら、そういう人はいないんだよねぇ」と曖昧に笑った。
「あ、そろそろ寝ようか」
「まだパジャマパーティーしてたいよう。ロゼマリアとおしゃべりするの、すっごく楽しいんだもん」
「私もクリスタともっと話したいですわ、サティ様」
「でももうこんな時間。また明日も話せるから、ほらほら」
情けない。子ども相手に嘘ついて誤魔化して。
本当は、いるの。キスをもらいたい人が。
頭の中にはオレンジの髪と緑の目がちらついていた。
王太子が「開けてくれ」というなら、ロゼマリアちゃんはドアを開けるしかない。
お付きの侍女さんがすっとドアを開けて、「私のお嬢様を泣かせて」と、レオくんの後ろにいる私とクリスタちゃんを睨む。「二人も入れてあげて」とレオくんに頼まれて、侍女さんはしぶしぶ私たちも部屋に入れてくれた。侍女さんの視線が痛い。ごめん、悪気は本当になかったの。
きっちりと手と脚を揃えて立つロゼマリアちゃんに、クリスタちゃんが突進して、ぎゅうっとハグした。ゼロ距離に、ロゼマリアちゃんは戸惑うしかない。
「ごめんね!本当にごめん!!」
「クリスタ様は何も…」
「ううん、ロゼマリアが嫌な気持ちになるようなことを言っちゃってごめん。サティに教えてもらったの」
ロゼマリアちゃんはクリスタちゃんにハグ…というか捕獲されて、逃げられない。
「でもクリスタはレオよりもユリウスが好きなの。それにレオもクリスタよりロゼマリアが好きなんだよ。だってね、ご飯食べてるときもロゼマリアの話ばっかりするの」
「え…っ?」
ロゼマリアちゃんが大きな目を見開いてレオくんを見る。本当に、薔薇の花が驚いているように見えるから不思議だ。
「言わないでよ、クリスタ!」
私はこほんと咳払いした。
「クリスタちゃん、レオくんの気持ちを勝手に他の人に教えるのはやめようね」
「はぁい…また失敗しちゃった…」
でも今はその失敗が、レオくんとロゼマリアちゃんの距離をもっと縮めさせようとしている。だってほら、二人は向かい合ってもじもじしているんだもの。
「王太子殿下、今のクリスタ様のお話は本当でございますか」
「本当…だよ。僕、気づいたらロゼマリアの話ばかりしてるみたい。それで、今もね、ロゼマリアのことを考えたら、どうしてもすぐ渡したくて。ロゼマリアがアトリエを出てからもずっと作業してたの」
レオくんは手に持っているキャンバスにかかっていた布を、そっと外す。
こちらを見つめるロゼマリアちゃんが、柔らかく幻想的な色彩で描かれた水彩画。
素敵。としか言いようがない。
「殿下、この薔薇は…」
絵の中のロゼマリアちゃんの髪には、スケッチするとき実際にはなかった、薔薇の冠が飾られている。手にも大きな薔薇の花束。
「好きって言うより先に婚約者になって、なんだかちゃんと、気持ちを伝える機会がなかったんだ。だからお花をあげたこともなくてごめん。これからはいっぱいいっぱい、ロゼマリアの好きな薔薇をあげるね。そういう気持ちを込めて描いたよ」
ロゼマリアちゃんの目から、涙がこぼれてくる。
「私は…殿下が本当はクリスタ様のことを好きで…身分の問題で願いが叶わなかったら、仕方なく私を選ばれたのかと…」
「そんなことない」
レオくんはそっとロゼマリアちゃんの涙を拭いた。
「僕はロゼマリアのことが好きだよ。ロゼマリアが風車小屋の前で声をかけてくれたとき、隣に立ってほしい人はロゼマリアだって思った。ロゼマリアが僕の婚約者になってくれて、本当に嬉しい。ロゼマリアもそうだったらいいなって思ってる」
「当然ですわ!私だって当然殿下のことをお慕いしていて、殿下の婚約者になれて当然嬉しいですわ!」
「両思いだね!」とクリスタちゃんが飛び跳ねながら拍手して、みんなの視線を集めた。途端にクリスタちゃんはしゅんとする。
「…ごめん、これも失敗?」
「ううん」とレオくんは首を振った。
「お祝いしてくれてありがとう、クリスタ」
「私からもありがとうございます、クリスタ様」
ぱっとクリスタちゃんの顔が輝いた。
「ロゼマリア、許してくれる?」
「もちろんですわ。あんなに心のこもった謝罪を受けたことはございませんもの」
「よかった。あとね、クリスタはロゼマリアともっと仲良くなりたいの。パジャマパーティーの続き、一緒にしてくれる?」
レオくんが「楽しんでおいで」とロゼマリアちゃんのほっぺにちゅっとキスをした。
私とクリスタちゃんは目を見開いて口を押さえ、「ま」と顔を見合わせる。なんだか、見てはいけないものを見てしまったような、甘酸っぱくてむずがゆい気分。
そしてレオくんが描いてくれた肖像画が見つめる中で、女子二人と大人女子一人のパジャマパーティーは、夜遅くまで続いたのだった。
ロゼマリアちゃんが可愛くあくびをする。貴族令嬢はあくびまで上品だから恐れ入る。
「こんなに夜更かしをしたとお母様が知ったら…」
「怒るかもね。だからクリスタたちだけの秘密。ここで話したこともだよ?」
「もちろん。クリスタがユリウス様から頬にキスをもらいたいと思っていることは、誰にも言わないわ」
「約束だからね」
すっかり仲良くなった二人の恋バナ、かぁわいい。
この思い出がきらきらしたまま心に残って、いつかしんどいときや悲しいときに、二人の心を支えてくれますように。
そう思って浸っていたら、「ね、サティは誰からキスをもらいたい?」と予期していないストレートを喰らう。ロゼマリアちゃんは「サティ様は大人ですから頬ではなく…きゃあ、嫌だわ私ったら!」とクリスタちゃんをぺしぺし叩く。連係プレーで大人を追い込むのはやめて。
私は「残念ながら、そういう人はいないんだよねぇ」と曖昧に笑った。
「あ、そろそろ寝ようか」
「まだパジャマパーティーしてたいよう。ロゼマリアとおしゃべりするの、すっごく楽しいんだもん」
「私もクリスタともっと話したいですわ、サティ様」
「でももうこんな時間。また明日も話せるから、ほらほら」
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頭の中にはオレンジの髪と緑の目がちらついていた。
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