回帰した貴公子はやり直し人生で勇者に覚醒する

真義あさひ

文字の大きさ
16 / 43

16

しおりを挟む


  ☆ ☆ ☆



その日、セオドラは所用があって夫ユヴェルナートの執務室を訪ねた。
四歳になった息子テオドールの今後の教育方針を相談したかったのだ。

中から夫の妾、ポーラの声が聞こえてくる。

セオドラはハッとした。ドアをノックしようとした手を止めて、中の会話に聞き耳を立てた。

「……ケイは、本当に良い子ですわ」

セオドラはさらに耳を澄ませた。



「まだ四歳なのに覚えも早く、試しに剣を持たせたら剣術の才能も素晴らしいのです。まるでユヴェルナート様の若い頃を見ているようで……」

ポーラの声音には、誇らしげな響きがあった。

「ですが、後継ぎはテオドール様ですから、あの子にはもっと緩やかな指導でも良いと思いますの」

ユヴェルナートの低い笑い声が聞こえた。

「さすがは我が息子だ。ケイも才能に恵まれているようだな」

「はい。ですが、あの子はまだ幼いのに優秀すぎて……」

ポーラは控えめに言った。
しかし、その声には隠しきれない誇りが滲んでいる。

「……ただ、あの子は自分を普通だと思っているんですの」

「ほう?」

ユヴェルナートが驚いたように問い返す。

「ええ。優れた才能があることに気づいていないんですわ。だからこそ、無理をせず、のびのびと育ててやりたいのです」

ユヴェルナートはしばらく考え込んだ後、優しい笑みを浮かべた。

「確かに、あの呑気さは可愛らしいな。我が家はたまにああいう子が生まれるんだ。天衣無縫というのかな……ケイらしいというか、あれがあの子の長所だろう」

「はい。あのままで、伸び伸びと育ってほしいのです」

ポーラの瞳が愛情に満ちていた。

ユヴェルナートは納得したように頷き、「あの子の長所を伸ばしてやろう」と決意した。

「あの呑気さが、あの子の魅力なのだなあ」

ユヴェルナートの声には、深い愛情が宿っていた。

その声は、――セオドラの息子テオドールに向けるより、ずっとずっと優しかった。



ユヴェルナートはセオドラにもテオドールにも、あんなに深く親身になって話を聞いてくれたり、意見を言ってくれたことはない。

――あんなに思いやり深い言葉をかけてくれたこともない。
いつも冷たい目でセオドラの報告を聞いて、「そうか」「わかった」「好きにするといい」と短い返事しかくれない。

なぜだ。伯爵家の嫡男、後継ぎはテオドールなのに!

それは正妻セオドラに対しても同じだった。
夫はセオドラに義務的な受け答えしかしてくれない。
結婚してから一度も、深くセオドラを思う会話もなかった。

(なぜ? なぜ、あなたはわたくしを愛してくれないの? ユヴェルナート様……!)

あれ以来、正妻セオドラにとって、妾ポーラとその息子ケイは敵になった。

(必ず追い出してみせるわ。伯爵家に妻も息子も一人でいいのよ)

妻がセオドラだけになれば、きっと夫は自分を愛してくれる。

「そうよね? お前」

「ええ、奥様。ポーラとケイさえいなくなれば、伯爵様の愛はあなた様のもの」

不気味な雰囲気の侍女が、あからさまにおべっかを使う。

(単純な女ですこと。このまま思い通りに操ってやりましょう)



侍女がすぐ側で悪い考えを抱いていることなど露知らず……

過去を思い出して、セオドラは怒りと屈辱に震えていた。

(あの妾の子が優秀? だからなに?)

夫ユヴェルナートの優しい声。
妾ポーラの誇らしげな声。

愛されている。大切にされている。

(あの女の子供のくせに……!)

セオドラは嫉妬に燃えていた。

(テオドールだって優秀だわ!)

嫡男であるテオドールも、文武両道に秀でている。
アルトレイ伯爵家の血筋はとてもバランスが良い。夫ユヴェルナート本人も同じだ。
テオドールは間違いなく父親の長所を多く受け継いでいる。

だが、天才とまでは言えなかった。
だから夫はテオドールを、ケイほど可愛がってくれない?


――なぜ?

――なぜ、あの子だけが?


(テオドールには、過酷な努力を強いているのに……)

(テオドールは、伯爵家の後継ぎに相応しい成果を見せているのに……)

セオドラは、息子テオドールに厳しい教育を施していた。
それは、嫡男としての責任を果たさせるためだった。
そして夫ユヴェルナートも教育方針に何も口出ししてこない。

(妾の子供の様子は頻繁に見に行っているのに……!)

ユヴェルナートがテオドールの勉強や剣術の稽古の場に姿を見せたことは、今までなかった。

最近になって、指南役の方針で息子たちが二人一緒に剣術を学ぶようになってから、ようやく稽古場を見学しに来るようになったと報告を受けている。

でもセオドラにだってわかっている。
夫が見に来たのはケイだ。テオドールはそのおまけ。

ケイは呑気で、自由で、何も強いられず。
それでいて優秀な〝良い子〟だと称えられている。

「どうして……どうして私の息子は……!」

セオドラの拳が、震えていた。

「私の息子は、……私は、何も悪くないのに……」

その瞳には、抑えきれない憎悪と嫉妬が渦巻いていた。

そんな彼女を、傍らの侍女だけが笑みを浮かべて見ていた――


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

義妹がピンク色の髪をしています

ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...