婚約破棄で捨てられ聖女の私の虐げられ実態が知らないところで新聞投稿されてたんだけど~聖女投稿~

真義あさひ

文字の大きさ
48 / 306
第二章 お師匠様がやってきた

お師匠様の弱点、そして聖女アイシャの忠告

しおりを挟む
 魔法樹脂の話をしてくれた日の夜、夕飯の席でルシウスが自分の詳しい出自を話してくれた。

 今日の夕飯は市場で安かった赤身の牛肉を焼いたものにトマトと玉ねぎ、シラントロ(パクチー)のサルサを添えたものと、とうもろこしのロースト。それにいつものチキンスープである。
 なお、パンはルシウスが厨房で焼いたハーブ入りの薄焼きパンを人数分。これがまたオリーブオイルを付けて食すのだが、焼き立てが美味い。

「私は人類の古代種、ハイヒューマンだ。かなり昔に魔法樹脂に封印されていたんだが、37年前に解凍されて現代に蘇ったので、そのまま普通に暮らしていたんだ」
「ハイヒューマン!? それってすべての魔力使いの祖って言われてるやつ!?」

 読書好きのトオンはさすがに知っていた。
 現在、円環大陸のすべての魔力を持つ人間は、人類の上位存在とされるハイヒューマンの子孫だと言われているのだ。

「そんなに特別なものとも思わないが、要は魔力量が多い生物に“ハイ”を付けてるだけだぞ?」

 エルフならハイエルフ、ドワーフならハイドワーフといった具合だ。

「じゃあ、ルシウスさんの亡くなったお兄さんや甥っ子さんの鮭の人もそうなの?」
「いや、彼らは私の兄弟の子孫だと思う。もう混血も進んでいるから普通の人間だ。同じ一族で家族なのは変わりないけれど」

 その証拠に、彼らは髪や目の色も同じで、容貌もよく似ているという。



「当時まだ生まれて半年ぐらいだったのだが、過剰な魔力を制御しきれず、周囲の物を壊したり、人を傷つけたりということが続いた。それで母にお仕置きで裸の尻を何べんも叩かれて、頬も両方をつねられたりしてな」

 それでも結局、赤ん坊だったルシウスは自分では魔力のコントロールができず、実の両親ら家族によって魔法樹脂の透明な樹脂の中に封印されることになった。

「もちろん盛大に抵抗した。だが当時の一族の実力者たちをたくさん連れてきて、術で身動きできぬよう拘束されてはいくら私といえどひとたまりもない。ついには諦めて不貞腐れているところを魔法樹脂で封印されてしまった」

 だからルシウスはもう何百年も何千年もずっと、そのときの不貞腐れて泣き疲れたままの赤ん坊の姿で、故郷の実家の倉庫に保管されていたという。

「その気になれば魔法樹脂を破壊して逃げ出すことは可能だったのだが、それからまた長い年月が経って実の両親も亡くなり、自分の知る一族の者も皆いなくなって、私のことを知る者が誰もいなくなった」
「何だか悲しい話だわ」
「確かに悲しかった。だがうるさい者たちがいなくなって清々したのも確かさ」

 ルシウスのその辺のドライな感覚は、アイシャやトオンにはよく理解できないところだった。



「それで、ルシウスさんはどうやって魔法樹脂の中から出てこれたの?」
「まあ、聞け。まだ話には続きがある。その後、魔法樹脂の中の私の赤く腫れた尻や泣き疲れて真っ赤になった顔を見て、『この赤ん坊は虐待されていたところを保護されたものではないか?』と言われるようになってな」

 それで更にルシウスは「ちがうもん」とへそを曲げて、自分の真の理解者が現れるまでは、魔法樹脂を解かないことを決めた。

「そしてあの日、私は運命に出逢った。私が保管されていた倉庫に、小さな子供が忍び込んできた。まだ6、7歳の子供だ。その子が私を見つけてこう言ったんだ」


『お前、何か悪戯でもしたんでしょ。そんなにお尻ぶたれるまで何やったの?』


「『可愛い顔してるのに馬鹿な子だね』と笑ったのが、我が最愛の兄であるカイルだ。私は彼の声をもっとよく聴きたくて、……彼の姿をこの目で見てみたくなったから、魔法樹脂の中から出てきて人生を始める気になったんだ」

 そのルシウスの兄カイルなる人物は、子供の頃から斜に構えた性格で、とても捻くれていたそうだ。
 そんな兄でも、さすがに目の前で千年以上前から保存されていると聞いていた魔法樹脂の中から赤ん坊が飛び出てきたときには、慌てふためいたという。
 それでもその場から逃げることはせず、叩かれて真っ赤に腫れ上がった尻と、泣き疲れてこれまた真っ赤になった顔の赤ん坊を放置はしなかった。

「おっかなびっくり私を抱き上げて、後に私の両親ともなった父母のもとへ連れて行ってくれたのだ」

 そうして、ルシウスと名付けられた彼には新たな兄とその家族ができた。

「フフ。あのときから私の最愛は彼ただひとり。……まあ、とっくに死んでしまったのだがね」

 恋愛感情が絡む類いの想いではなかったそうだが、結局彼は兄への重い愛に捉われたまま、37歳の今日まで独身を貫き通してしまった。

 何とも重たいブラコンである。



「私の場合、この兄へのこだわりが枷となって完全な新世代にはなりきれなかった。けれど、逆に兄への想いを突き詰めた果てに無我に辿り着いてリンクを使いこなしたから、新旧の掛け合わせハイブリッドとして完成したんだ」
「じゃあ、旧世代みたいに執着が残ってるってこと? お兄さんへの」
「いや……執着というか」

 ハイヒューマンで格別の能力を持っていたルシウスは、その最愛の兄には嫌われていたという。

「兄も天才と呼ばれる魔法剣士だったのだが」
「ああ、その天才のお兄さんよりルシウスさんのほうが強かったんですね。わかります」

 ルシウスは兄が大好きだったが、側にいるとその兄に鬱屈とした思いを抱かせるだけだった。
 兄カイルは、一方では「あんなにすごい弟さんがいて自慢でしょう」と言われ、もう一方からは「弟に劣等感を持つなんて恥ずかしくないのか」と非難されて、ただでさえ捻くれた性格をますます拗らせて、まったくルシウスの意見を聞いてくれなくなった。

 そう、聖者であるルシウスの“忠告”をだ。

 ルシウスは後に師匠のひとりとなった聖女ロータスの「その人から離れたほうがいい」との“忠告”を受け入れて、早いうちから距離を置いたことで、何とか兄弟間の軋轢を避けたそうだ。

 しかし結果的に、暗殺という悲劇的な形で数年前に命を落としてしまっている。



「私の世界には兄しかいなくて、それが重すぎて良くなかったらしい。だが、兄が結婚して妻を得たらその義姉が、彼らの間に子供が産まれてからは甥っ子が、と大事な者が増えていくにつれ私の狭い世界も広がっていった」

 自分の身内と、身内と認めた者、またその関係者までがルシウスの“世界”だという。
 彼は基本的に情に厚く面倒見の良い男だが、聖者の称号を持つ者としてあり得ないほど、世界が狭い。

「既に私は掛け合わせハイブリッドとして完成してしまっているが、我が師フリーダヤはこの狭い世界を広げさせたいのだろう。いまだに何かと余計な世話を焼いてくる」

 本を読めだの勉強しろだの、うるさいことこの上もない。



「えっと。その話だと、俺たちはルシウスさん的に身内判定されたってことでいいんですか?」
「最初は、甥っ子の幼馴染みのカズン様の関係者という認識だった。今は私の弟子だから、がっつり身内枠だな」
「「おおー」」

 この話の感じだと、ご近所さんたちと親しくしているのは、アイシャとトオンの関係者枠でということなのだろう。

「世界が狭いっていうけど、自分の家族と友人知人、あとその関係者が大切だってことでしょ? 何でそれが駄目なんです?」

 普通ならそれが人間の生活範囲だと思うのだが。

「聖者の恩恵をもっと広い範囲で与えなさいってことよ」

 アイシャの指摘に、ハッとなってルシウスとトオンが彼女を見る。
 でも、とアイシャは続けた。

「ルシウスさん、無理することなんてないのよ。あなたの思うままに、自分の大切な人や物をどんどん増やしていけばいいわ。そうしたら、人や物を通じてまた世界が広がっていくと思うの」
「……ありがとう」

 呆気に取られたような顔になったが、ややあって小さく、ルシウスはそれだけを返した。



「い、今の聖女の“忠告”だよな?」
「そうなのかしら? 私は自分の思ったことを言っただけよ」

「………………」

 アイシャとトオンがあれこれ言っている間、ルシウスは黙ってアイシャの言葉を噛み締めるように、その湖面の水色の瞳を閉じていた。

「忠告……そうだな、良い機会だからその話もしておこう」

 ちょうど夕飯も食べ終えたところだった。
 食器を片付けて、アイシャとトオンにはデザートを、自分用には酒を用意しようとルシウスは厨房に向かうことにした。


しおりを挟む
感想 1,049

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。

夢草 蝶
恋愛
 シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。  どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。  すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──  本編とおまけの二話構成の予定です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。