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第二章 お師匠様がやってきた
賎民呪法の簡易実験
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「さて、賎民呪法の仕組みを理解したいなら、実際に術を使ってみるのが一番手っ取り早い」
などとルシウスか言い出したので、アイシャとトオンはギョッとした。
「な、何をやろうっていうんです!?」
「ここにいる我ら三人で、擬似的に人為的な上中下の役割を作るだけだ。……アイシャ、呪詛は使えるか?」
訊かれて、戸惑いながらもアイシャは頷いた。
トオンが驚いたようにアイシャの横顔を見つめる。
「聖女なのに呪詛が使えるものなの?」
「聖なるものと呪いは表裏一体なのよ。それに、強大な魔物には呪詛で力を弱めてからじゃないと倒せないものもいるから」
どのような種類の呪詛かと確認すると、単純に生命力の低いものから優先して取り憑き、魔力や生命力を奪う種類のもの、と指定された。
「このままだと、この仔犬がターゲットになってしまうから、保護しておく」
魔法樹脂でケースを作り、また子犬を食卓に置いて覆った。
「あまり大掛かりなものはできないから、……このぐらいね」
アイシャが作った呪詛の術は、赤黒い、細長い紐のような形をしていた。
「放て」
「了解」
紐状の呪詛はしばらく空中に漂っていたが、この場の三人の誰にも反応しなかった。
「環使いは、環が安定して出せている限り、呪詛とは異なる次元にいられる。だが……」
ルシウスが自分の腰の周囲の環に触れながら、小さく指を鳴らした。
瞬時に三人とも、身体の周囲に出していた環が消える。
「「えっ!?」」
赤黒い紐状の呪詛はトオンに反応すると、一直線に降りて、トオンの左手首に巻き付いた。
「うわ、気持ち悪いなこれ!?」
「……私たち三人の場合は、トオンが一番弱いってことね」
「わかってはいたけど、言葉で言われると結構キツいな!?」
聖女聖者と、それ以外との差は大きい。
手首に巻き付いた呪詛は、トオンの皮膚にピリピリとした痛みをもたらした。
「何もなければ、その場にいる最も弱い者にこうして取り憑く。だが……」
ルシウスは魔法樹脂で人差し指の爪を刃物のように尖らせて、反対の手の手のひらを横一直線に切った。
深い傷ではない。皮一枚を傷つけただけだ。
それでも、滲んだ血がぽたぽたと食卓の上に滴り落ちていく。
ルシウスはトオンの手首に巻き付いた呪詛を見た。
まだトオンの手首から動かない。
「む。まだ弱いか」
「あっ、ルシウスさん!」
同じように今度は手の甲へ数回、傷をつけていく。
アイシャが慌てて、布巾で傷を抑えようと立ち上がりかけたが、ルシウスは片手で彼女を押し留めた。
「トオンの手首の呪詛をよく見ているように」
「え? ……あっ!」
アイシャが作った赤黒い紐状の呪詛が、もぞもぞと蠢いてトオンの手首から離れた。
そして今度はルシウスに向かって一直線に飛んでいく。
呪詛の紐はルシウスの周りを漂うが、取り憑く隙がないようで、空中で戸惑うような動きを見せている。
「この場合、物理的な傷を作って、負荷をかけたのだ。少なくとも今の段階では、傷のある分だけ、トオンより私のほうがストレスを感じている。だから呪詛は私のほうに来た」
「いやあ……それでも表面的なものでしょ。その呪詛、ルシウスさんに触れられもしない」
これがトオンとルシウスの力の差といえば、その通りだ。
「だが、私のほうが力が強いのに、呪詛は弱いはずのトオンから私の元へこうしてやってきた。……わかるか?」
「……わかるわ。強いストレスを感じている個体だと、持ってる力の強さに関係なく呪詛にかかりやすいってことね」
自分自身の過去の経験を思い返して、アイシャは胸元を押さえた。
だが環を仕舞っていても、環使いになって以降は感情を制御しやすくなっていたアイシャだ。
険しくなっていたが顔つきも少しずつだが落ち着いてきていた。
などとルシウスか言い出したので、アイシャとトオンはギョッとした。
「な、何をやろうっていうんです!?」
「ここにいる我ら三人で、擬似的に人為的な上中下の役割を作るだけだ。……アイシャ、呪詛は使えるか?」
訊かれて、戸惑いながらもアイシャは頷いた。
トオンが驚いたようにアイシャの横顔を見つめる。
「聖女なのに呪詛が使えるものなの?」
「聖なるものと呪いは表裏一体なのよ。それに、強大な魔物には呪詛で力を弱めてからじゃないと倒せないものもいるから」
どのような種類の呪詛かと確認すると、単純に生命力の低いものから優先して取り憑き、魔力や生命力を奪う種類のもの、と指定された。
「このままだと、この仔犬がターゲットになってしまうから、保護しておく」
魔法樹脂でケースを作り、また子犬を食卓に置いて覆った。
「あまり大掛かりなものはできないから、……このぐらいね」
アイシャが作った呪詛の術は、赤黒い、細長い紐のような形をしていた。
「放て」
「了解」
紐状の呪詛はしばらく空中に漂っていたが、この場の三人の誰にも反応しなかった。
「環使いは、環が安定して出せている限り、呪詛とは異なる次元にいられる。だが……」
ルシウスが自分の腰の周囲の環に触れながら、小さく指を鳴らした。
瞬時に三人とも、身体の周囲に出していた環が消える。
「「えっ!?」」
赤黒い紐状の呪詛はトオンに反応すると、一直線に降りて、トオンの左手首に巻き付いた。
「うわ、気持ち悪いなこれ!?」
「……私たち三人の場合は、トオンが一番弱いってことね」
「わかってはいたけど、言葉で言われると結構キツいな!?」
聖女聖者と、それ以外との差は大きい。
手首に巻き付いた呪詛は、トオンの皮膚にピリピリとした痛みをもたらした。
「何もなければ、その場にいる最も弱い者にこうして取り憑く。だが……」
ルシウスは魔法樹脂で人差し指の爪を刃物のように尖らせて、反対の手の手のひらを横一直線に切った。
深い傷ではない。皮一枚を傷つけただけだ。
それでも、滲んだ血がぽたぽたと食卓の上に滴り落ちていく。
ルシウスはトオンの手首に巻き付いた呪詛を見た。
まだトオンの手首から動かない。
「む。まだ弱いか」
「あっ、ルシウスさん!」
同じように今度は手の甲へ数回、傷をつけていく。
アイシャが慌てて、布巾で傷を抑えようと立ち上がりかけたが、ルシウスは片手で彼女を押し留めた。
「トオンの手首の呪詛をよく見ているように」
「え? ……あっ!」
アイシャが作った赤黒い紐状の呪詛が、もぞもぞと蠢いてトオンの手首から離れた。
そして今度はルシウスに向かって一直線に飛んでいく。
呪詛の紐はルシウスの周りを漂うが、取り憑く隙がないようで、空中で戸惑うような動きを見せている。
「この場合、物理的な傷を作って、負荷をかけたのだ。少なくとも今の段階では、傷のある分だけ、トオンより私のほうがストレスを感じている。だから呪詛は私のほうに来た」
「いやあ……それでも表面的なものでしょ。その呪詛、ルシウスさんに触れられもしない」
これがトオンとルシウスの力の差といえば、その通りだ。
「だが、私のほうが力が強いのに、呪詛は弱いはずのトオンから私の元へこうしてやってきた。……わかるか?」
「……わかるわ。強いストレスを感じている個体だと、持ってる力の強さに関係なく呪詛にかかりやすいってことね」
自分自身の過去の経験を思い返して、アイシャは胸元を押さえた。
だが環を仕舞っていても、環使いになって以降は感情を制御しやすくなっていたアイシャだ。
険しくなっていたが顔つきも少しずつだが落ち着いてきていた。
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