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第二章 お師匠様がやってきた
隠れていた本音
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新聞に聖女投稿の続編を掲載し、多くの意見を聞いてなお、トオンの母親に対する葛藤は消えなかった。
掲載から既に二週間が経過している。
今日も午後、ご近所の親父さんたちがトオンの古書店に集まってあれこれ駄弁っていた。
八百屋、肉屋、雑貨屋の店主たちだ。
トオンを幼い頃から知っている人々で、最近は店のほうは家族や従業員に任せて古書店に入り浸っている面子だった。
ルシウスもレモネードならぬライムエードをピッチャーに作って彼らに振る舞いながら話に混ざっている。
彼の作るライムエードはたっぷりのスペアミントを漬けて、ノンアルコールのモヒートカクテルのようにスッキリ爽やかな風味で美味しい。
聖女のアイシャは姿を事情の知らない一般人に見せると大騒ぎになるので、古書店フロア奥の食堂にいて、こっそり彼らの会話に聞き耳を立てるに留まっている。
「結局、初代聖女様への意見は賛否両論で割れたままなんだって?」
清算所の奥の壁に貼られたグラフの数字は、否定派5、肯定派3、中立派2といったところだ。
トオン宛に送られてきた読者の手紙から、初代聖女エイリーの在り方への反応をポジティヴかネガティヴかで簡単に仕分けして数値化したものである、
「俺は続・聖女投稿を読んだら悲しくなっちまったけどな。何も知らずにのうのうと俺が野菜売ってる間にも、初代聖女様がこんな目に遭ってたのかって」
八百屋の親父さんは良心派だ。
「そうかあ? 結局王家の連中を増長させる原因になった人じゃないか。トオン坊からしたら恋人のアイシャちゃんのこと思ったら簡単にゃ許せんだろ」
否定派代表は肉屋の親父さんだ。
「そんな一概に言えることじゃないよ。僕たちが同じ立場だったら絶対何もできなかっただろうし」
雑貨屋のご主人は中立派だった。
だいたい人々の意見は主にこんな感じで分かれている。
こうして古書店を訪れる人々の意見を、トオンは言葉少なに聞き続けていた。
そしていつも似たようなことを言って堂々巡りになっている。
「でも、俺は……どうしてもお袋の自分勝手が許せないんだ」
「は? あんたこそ勝手なこと言ってんじゃないわよ」
古書店フロアの清算所にいたトオンの目の前に、どん、と差し入れの惣菜の入った紙袋が置かれた。
トオンは恐る恐る顔を上げた。
いつもお世話になっている、パン屋の出戻り娘のミーシャおばさんだ。
紙袋の中にはトオンの好きな豆パンや、ミーシャおばさんのパン屋でも焼くようになったクリームやジャム入りの聖女パン、それに彼女ご自慢のサラダやパイなどが詰まっている。
「あんたさあ。いつまでもマルタおばさんに抱っこされてピーピー泣いてションベン垂れてた癖に、生意気なのよ。もうママのふかふかのおっぱいはないんだよ。いい加減、一人前の男におなり!」
言うだけ言って、ルシウスから受け取ったライムエードを一気に飲み干すと、ご町内きっての辛口おばちゃんは足音も荒く帰っていった。
「み、ミーシャおばさん、相変わらずだな……」
「………………」
トオンが唇をへの字にして必死で噛み締めて何かを堪えている。
やがて震えるように呟いた。
「お袋は、なんで……俺に何も教えてくれなかったんだろう。俺だって相談してくれたら、一緒に考えることぐらいできたのに」
あっ、と男たちは声をあげそうになって、必死でそれを飲み込んだ。
そうか。お前はそこに一番引っかかっていたのか、と皆それでようやくトオンの鬱屈の本質を理解した。
「一緒に考えてたら、もっと良い結果になってたかもしれないのに。……まだ生きててくれたかもしれないのに」
それだけ震えながら言って、俯いて泣き出してしまった。
「と、トオン! トオン坊! 飲み! 飲み行こう飲み、な! ちょっとぐらいなら奢ってやるから、な!」
親父さんたちが男の結託でトオンを必死に宥めだした。
ルシウスも仕方ないと言わんばかりに苦笑した。
「……ならば今宵の酒は私がご馳走いたそう。ご主人、他にも声をかけてきてくれないか?」
「わかった! パン屋のおやじも夜は空いてるだろうし!」
そしてトオンは、ルシウスや商店街の親父さんたちに引っ張られて出かけていき、帰って来なかった。
その日、アイシャはこの赤レンガの建物に来てから初めて、自分ひとりだけの夕食を取った。
スープだけルシウスが作り置きしてくれていたチキンスープで、あとはミーシャおばさんが持ってきてくれたパンや惣菜で、ひとり寂しい食事を終えたのだった。
掲載から既に二週間が経過している。
今日も午後、ご近所の親父さんたちがトオンの古書店に集まってあれこれ駄弁っていた。
八百屋、肉屋、雑貨屋の店主たちだ。
トオンを幼い頃から知っている人々で、最近は店のほうは家族や従業員に任せて古書店に入り浸っている面子だった。
ルシウスもレモネードならぬライムエードをピッチャーに作って彼らに振る舞いながら話に混ざっている。
彼の作るライムエードはたっぷりのスペアミントを漬けて、ノンアルコールのモヒートカクテルのようにスッキリ爽やかな風味で美味しい。
聖女のアイシャは姿を事情の知らない一般人に見せると大騒ぎになるので、古書店フロア奥の食堂にいて、こっそり彼らの会話に聞き耳を立てるに留まっている。
「結局、初代聖女様への意見は賛否両論で割れたままなんだって?」
清算所の奥の壁に貼られたグラフの数字は、否定派5、肯定派3、中立派2といったところだ。
トオン宛に送られてきた読者の手紙から、初代聖女エイリーの在り方への反応をポジティヴかネガティヴかで簡単に仕分けして数値化したものである、
「俺は続・聖女投稿を読んだら悲しくなっちまったけどな。何も知らずにのうのうと俺が野菜売ってる間にも、初代聖女様がこんな目に遭ってたのかって」
八百屋の親父さんは良心派だ。
「そうかあ? 結局王家の連中を増長させる原因になった人じゃないか。トオン坊からしたら恋人のアイシャちゃんのこと思ったら簡単にゃ許せんだろ」
否定派代表は肉屋の親父さんだ。
「そんな一概に言えることじゃないよ。僕たちが同じ立場だったら絶対何もできなかっただろうし」
雑貨屋のご主人は中立派だった。
だいたい人々の意見は主にこんな感じで分かれている。
こうして古書店を訪れる人々の意見を、トオンは言葉少なに聞き続けていた。
そしていつも似たようなことを言って堂々巡りになっている。
「でも、俺は……どうしてもお袋の自分勝手が許せないんだ」
「は? あんたこそ勝手なこと言ってんじゃないわよ」
古書店フロアの清算所にいたトオンの目の前に、どん、と差し入れの惣菜の入った紙袋が置かれた。
トオンは恐る恐る顔を上げた。
いつもお世話になっている、パン屋の出戻り娘のミーシャおばさんだ。
紙袋の中にはトオンの好きな豆パンや、ミーシャおばさんのパン屋でも焼くようになったクリームやジャム入りの聖女パン、それに彼女ご自慢のサラダやパイなどが詰まっている。
「あんたさあ。いつまでもマルタおばさんに抱っこされてピーピー泣いてションベン垂れてた癖に、生意気なのよ。もうママのふかふかのおっぱいはないんだよ。いい加減、一人前の男におなり!」
言うだけ言って、ルシウスから受け取ったライムエードを一気に飲み干すと、ご町内きっての辛口おばちゃんは足音も荒く帰っていった。
「み、ミーシャおばさん、相変わらずだな……」
「………………」
トオンが唇をへの字にして必死で噛み締めて何かを堪えている。
やがて震えるように呟いた。
「お袋は、なんで……俺に何も教えてくれなかったんだろう。俺だって相談してくれたら、一緒に考えることぐらいできたのに」
あっ、と男たちは声をあげそうになって、必死でそれを飲み込んだ。
そうか。お前はそこに一番引っかかっていたのか、と皆それでようやくトオンの鬱屈の本質を理解した。
「一緒に考えてたら、もっと良い結果になってたかもしれないのに。……まだ生きててくれたかもしれないのに」
それだけ震えながら言って、俯いて泣き出してしまった。
「と、トオン! トオン坊! 飲み! 飲み行こう飲み、な! ちょっとぐらいなら奢ってやるから、な!」
親父さんたちが男の結託でトオンを必死に宥めだした。
ルシウスも仕方ないと言わんばかりに苦笑した。
「……ならば今宵の酒は私がご馳走いたそう。ご主人、他にも声をかけてきてくれないか?」
「わかった! パン屋のおやじも夜は空いてるだろうし!」
そしてトオンは、ルシウスや商店街の親父さんたちに引っ張られて出かけていき、帰って来なかった。
その日、アイシャはこの赤レンガの建物に来てから初めて、自分ひとりだけの夕食を取った。
スープだけルシウスが作り置きしてくれていたチキンスープで、あとはミーシャおばさんが持ってきてくれたパンや惣菜で、ひとり寂しい食事を終えたのだった。
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