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第三章 カーナ王国の混迷
カーナ王国建国期
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乾燥した岩地の高台に小さな祠と祭壇がある。
手前の台には盆に載った花や菓子、果物、お茶など飲み物が供物として捧げられていた。
その前で、ラベンダー色の長い髪の女が膝をついて祈りを捧げている。
『ん? ロータスではないか』
女の姿を見たルシウスが声を上げた。
『えっ、まさか聖女ロータス様?』
『円環大陸最強の聖女がなぜここに……』
環使いファミリーの中核人物でもある。
まだアイシャとトオンは会ったことがなかったが、ルシウスは知り合いのようだ。
聖女ロータスの少し後ろに、同じ姿勢で祈っている黒髪の大柄な女性がいた。
『お袋……』
聖女エイリーだ。もっともまだカーナ王国が建国される前ならば、この時点では見習いに過ぎなかったはずだ。
彼女が聖女に覚醒したのはカーナ王国の建国後、そして夫だったはずの国王から家臣へ下げ渡された後のことになる。
祈り終わった頃、新鮮な桃の香りに似た芳香を漂わせて、どこからともなく十代半ばほどに見える少女が現れた。
少年のように短い黒髪と琥珀の瞳の、優美な面立ちの少女だ。
虹色を帯びた真珠色の魔力で全身がほのかに発光している。
「二人とも、トオンに祈りをありがとう」
『えっ、“トオン”って……』
『カーナ様の息子の名前だ。トオンの名前はエイリーが彼から取ったのだろうな』
そんな彼女たちを隠れて窺っている者たちがいる。
彼らのうち、リーダー格の一族の、まだ子供だった少年がやがて成長し、聖女エイリーに求婚した。
金髪と紫の瞳の非常に美しい青年だ。そんな彼からの求婚に、男慣れしていないエイリーはすっかり浮かれてしまっている。
彼とその一族はエイリーを説得して、穢れ地を人の住める土地にするため国を作ることに同意させた。
『これが建国の経緯か。ほとんどお袋を騙して協力させたようなものじゃないか』
トオンが忌々しげに呟く。
聖女見習いで人生を修行に捧げていたエイリーは、美男子から口説かれてすっかり骨抜きだ。
そして当の相手は陰でそんなエイリーを「ちょろいな」と嘲笑っている。
これが自分の祖先かと思うとトオンは堪らない気持ちだった。
『それが彼らの手口よ。私が王家と契約させられたときだって、酷いものだったわ』
アイシャの場合はまだ子供だった頃に王都に連れて来られて、高級な菓子をだしにして誤魔化しと騙しを織り混ぜながら契約を結ばされている。
エイリーは慕っていた聖女ロータスに、国を興したいと願う男から求婚されたことを相談するが、一言〝忠告〟を受けた。
「あの男はやめたほうがいいわ。誠意のない者の目をしている」
だがまだ未熟な聖女見習いだったエイリーは美しい男からの求婚に舞い上がってしまって、興奮したまま、後にカーナ王国始祖となる男と結婚してしまった。
そして聖女ロータスはエイリーと、新国家カーナ王国に見切りをつけて、以後はカーナ王国に来ることはなかった。
カーナ王国の美しき建国王はエイリーと土地の穢れを浄化する契約を改めて結び直している。
かつてエイリーが聖女ロータスと祈りを捧げていた、あのカーナ姫の息子が放つ穢れ処理のために。
だがそれは一方的にエイリーを使い潰すための賎民呪法だった。
建国王は穢れが自分たち王族に及ぶことを厭い、エイリーを名ばかりの王妃にしてその実、婚姻は結ばず王統譜にも載せなかった。
しかし、さすがに聖女を一方的に利用し、その力を搾取することは世界の理が許さなかったと見える。
聖女エイリーの処理の限度を超えたときは、自動的に溢れた分の穢れがカーナ王族に逆流するようになった。
だがそれから何年もかけてカーナ王族が試行錯誤した結果、少しでも聖なる魔力を持つ者がいれば賎民呪法の生贄の〝予備〟にして、エイリーと王族との間の緩衝材にすることに成功する。
調べるとカーナ王国の土地には元々穢れの強い地域だけあって、浄化のために聖なる魔力の持ち主が生まれることがわかった。
彼らを確保するため、国内に誘致した教会組織と結託して、聖なる魔力の持ち主たちを幼いうちから発見させて王都に連れてくるよう促した。
カーナ王族たちは賎民呪法の魔導具の台座に、聖女エイリーや彼女に続く聖なる魔力の持ち主たちの魔力を保存した。
新しく生まれる聖女や聖者たちをスクリーニングする機能を追加し、速やかに賎民呪法の生贄とするための手順を整備していった。
建国王は更に、聖女エイリーの力を利用して、カーナ王国の国境に外界から魔物や魔獣が入り込めないよう、強固な結界を張らせていった。
結果、神獣とはいえ獣人の一種だったカーナ姫は結界に阻まれ、カーナ王国の中に入れなくなってしまった。
あの高台の祠に供えるつもりなのだろう。花を咥えた仔馬サイズの雌の一角獣が空を飛んでいる。
『あれ、この一角獣、カーナ姫と同じ魔力の色だね』
神人は魔力に虹色を帯びるという。カーナ姫は真珠色の魔力を持っていた。
『カーナ様は竜人族の王族だが、母親が一角獣の獣人だ。母方の血を利用して一角獣にもなれたんだ』
だがもはや岩地の高台は整地されて王城の建設が進んでおり、祠も祭壇も撤去されてしまっている。
一角獣が地上に降り立とうとしたとき、空中の一定の高さで弾かれてしまった。
それでも一角獣は何度も何度も試すのだが、どうしても内部に入れない。
白い体毛が焼け焦げて縮れ、咥えていた花も枯れていく様子に、アイシャたちは胸が塞がれるような気分を味わった。
「か、カーナ様。ごめんなさい、ごめんなさい。あたしが愚かだったばかりにこんなことになってしまった!」
結界ギリギリまで近づいて、一角獣から人の姿に戻ったカーナ姫に、中から聖女エイリーが必死で地に伏せて謝っている。
カーナ姫は艶やかな黒髪や装束の端っこが結界に弾かれたときの余波で焦げて縮れていたが、優美な姿は変わらない。
それでも困ったように苦笑いしていた。
「エイリー。大丈夫、君を責めてるわけじゃない。こんな穢れ地に国を建てたのは大した功績だ。私は評価する」
「でも、王が! 王はあなたのご子息様の遺骸を使って邪法の媒体にしてしまった!」
賎民呪法のことだろう。
「エイリー。君のような純朴な女ではあの手の狡猾な者たちには勝てない。さあ、そこを越えて。国の結界の外に出さえすれば、君を絡め取った邪法も無効化されるから」
「行けません。あたしが逃げたらあの人はまた次の生贄を探して犠牲にしてしまう。それにご子息様をこれ以上辱めさせるわけにはいきません……」
「頑固な子だ。それが君の選択なら尊重しよう。聖女エイリーよ」
カーナ姫と別れた後しばらくして、聖女エイリーは建国王から呆気なく捨てられ、臣下に下げ渡された。
だがこれ幸いにと、元夫だった建国王が建てた王城に下女として忍び込み、地下の古代生物の化石への入口を中心に庭園を作って、結界を張ってカーナ王族が入れないようにした。
「ご子息様。いつかもっと力のある者が供養するまで、せめてこの庭に花を絶やさぬよう、この聖女エイリーがお側におります」
この庭園は今も旧王城内にある。
※カーナが登場したということは、次回ついにあのお方が
手前の台には盆に載った花や菓子、果物、お茶など飲み物が供物として捧げられていた。
その前で、ラベンダー色の長い髪の女が膝をついて祈りを捧げている。
『ん? ロータスではないか』
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『えっ、まさか聖女ロータス様?』
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『お袋……』
聖女エイリーだ。もっともまだカーナ王国が建国される前ならば、この時点では見習いに過ぎなかったはずだ。
彼女が聖女に覚醒したのはカーナ王国の建国後、そして夫だったはずの国王から家臣へ下げ渡された後のことになる。
祈り終わった頃、新鮮な桃の香りに似た芳香を漂わせて、どこからともなく十代半ばほどに見える少女が現れた。
少年のように短い黒髪と琥珀の瞳の、優美な面立ちの少女だ。
虹色を帯びた真珠色の魔力で全身がほのかに発光している。
「二人とも、トオンに祈りをありがとう」
『えっ、“トオン”って……』
『カーナ様の息子の名前だ。トオンの名前はエイリーが彼から取ったのだろうな』
そんな彼女たちを隠れて窺っている者たちがいる。
彼らのうち、リーダー格の一族の、まだ子供だった少年がやがて成長し、聖女エイリーに求婚した。
金髪と紫の瞳の非常に美しい青年だ。そんな彼からの求婚に、男慣れしていないエイリーはすっかり浮かれてしまっている。
彼とその一族はエイリーを説得して、穢れ地を人の住める土地にするため国を作ることに同意させた。
『これが建国の経緯か。ほとんどお袋を騙して協力させたようなものじゃないか』
トオンが忌々しげに呟く。
聖女見習いで人生を修行に捧げていたエイリーは、美男子から口説かれてすっかり骨抜きだ。
そして当の相手は陰でそんなエイリーを「ちょろいな」と嘲笑っている。
これが自分の祖先かと思うとトオンは堪らない気持ちだった。
『それが彼らの手口よ。私が王家と契約させられたときだって、酷いものだったわ』
アイシャの場合はまだ子供だった頃に王都に連れて来られて、高級な菓子をだしにして誤魔化しと騙しを織り混ぜながら契約を結ばされている。
エイリーは慕っていた聖女ロータスに、国を興したいと願う男から求婚されたことを相談するが、一言〝忠告〟を受けた。
「あの男はやめたほうがいいわ。誠意のない者の目をしている」
だがまだ未熟な聖女見習いだったエイリーは美しい男からの求婚に舞い上がってしまって、興奮したまま、後にカーナ王国始祖となる男と結婚してしまった。
そして聖女ロータスはエイリーと、新国家カーナ王国に見切りをつけて、以後はカーナ王国に来ることはなかった。
カーナ王国の美しき建国王はエイリーと土地の穢れを浄化する契約を改めて結び直している。
かつてエイリーが聖女ロータスと祈りを捧げていた、あのカーナ姫の息子が放つ穢れ処理のために。
だがそれは一方的にエイリーを使い潰すための賎民呪法だった。
建国王は穢れが自分たち王族に及ぶことを厭い、エイリーを名ばかりの王妃にしてその実、婚姻は結ばず王統譜にも載せなかった。
しかし、さすがに聖女を一方的に利用し、その力を搾取することは世界の理が許さなかったと見える。
聖女エイリーの処理の限度を超えたときは、自動的に溢れた分の穢れがカーナ王族に逆流するようになった。
だがそれから何年もかけてカーナ王族が試行錯誤した結果、少しでも聖なる魔力を持つ者がいれば賎民呪法の生贄の〝予備〟にして、エイリーと王族との間の緩衝材にすることに成功する。
調べるとカーナ王国の土地には元々穢れの強い地域だけあって、浄化のために聖なる魔力の持ち主が生まれることがわかった。
彼らを確保するため、国内に誘致した教会組織と結託して、聖なる魔力の持ち主たちを幼いうちから発見させて王都に連れてくるよう促した。
カーナ王族たちは賎民呪法の魔導具の台座に、聖女エイリーや彼女に続く聖なる魔力の持ち主たちの魔力を保存した。
新しく生まれる聖女や聖者たちをスクリーニングする機能を追加し、速やかに賎民呪法の生贄とするための手順を整備していった。
建国王は更に、聖女エイリーの力を利用して、カーナ王国の国境に外界から魔物や魔獣が入り込めないよう、強固な結界を張らせていった。
結果、神獣とはいえ獣人の一種だったカーナ姫は結界に阻まれ、カーナ王国の中に入れなくなってしまった。
あの高台の祠に供えるつもりなのだろう。花を咥えた仔馬サイズの雌の一角獣が空を飛んでいる。
『あれ、この一角獣、カーナ姫と同じ魔力の色だね』
神人は魔力に虹色を帯びるという。カーナ姫は真珠色の魔力を持っていた。
『カーナ様は竜人族の王族だが、母親が一角獣の獣人だ。母方の血を利用して一角獣にもなれたんだ』
だがもはや岩地の高台は整地されて王城の建設が進んでおり、祠も祭壇も撤去されてしまっている。
一角獣が地上に降り立とうとしたとき、空中の一定の高さで弾かれてしまった。
それでも一角獣は何度も何度も試すのだが、どうしても内部に入れない。
白い体毛が焼け焦げて縮れ、咥えていた花も枯れていく様子に、アイシャたちは胸が塞がれるような気分を味わった。
「か、カーナ様。ごめんなさい、ごめんなさい。あたしが愚かだったばかりにこんなことになってしまった!」
結界ギリギリまで近づいて、一角獣から人の姿に戻ったカーナ姫に、中から聖女エイリーが必死で地に伏せて謝っている。
カーナ姫は艶やかな黒髪や装束の端っこが結界に弾かれたときの余波で焦げて縮れていたが、優美な姿は変わらない。
それでも困ったように苦笑いしていた。
「エイリー。大丈夫、君を責めてるわけじゃない。こんな穢れ地に国を建てたのは大した功績だ。私は評価する」
「でも、王が! 王はあなたのご子息様の遺骸を使って邪法の媒体にしてしまった!」
賎民呪法のことだろう。
「エイリー。君のような純朴な女ではあの手の狡猾な者たちには勝てない。さあ、そこを越えて。国の結界の外に出さえすれば、君を絡め取った邪法も無効化されるから」
「行けません。あたしが逃げたらあの人はまた次の生贄を探して犠牲にしてしまう。それにご子息様をこれ以上辱めさせるわけにはいきません……」
「頑固な子だ。それが君の選択なら尊重しよう。聖女エイリーよ」
カーナ姫と別れた後しばらくして、聖女エイリーは建国王から呆気なく捨てられ、臣下に下げ渡された。
だがこれ幸いにと、元夫だった建国王が建てた王城に下女として忍び込み、地下の古代生物の化石への入口を中心に庭園を作って、結界を張ってカーナ王族が入れないようにした。
「ご子息様。いつかもっと力のある者が供養するまで、せめてこの庭に花を絶やさぬよう、この聖女エイリーがお側におります」
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