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第四章 出現! 難易度SSSの新ダンジョン
料理人ゲンジの話の本題
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「カーナ王国は物価が安くていいよね。食料品も同じ値段で他国の三、四割増しの分量を買えてさ」
それで市場に行くたびついつい買い込んじゃう、とゲンジが笑っている。
「さて。綿毛竜たち用は少し材料を変えないとね」
ユキノたち綿毛竜は草食の竜種だ。
ゲンジが言うには、植物性の材料なら何でも食べられるが、人間が好むローストナッツやシロップ類は与え過ぎるとお腹を壊すことがあるらしい。
「生ナッツやドライフルーツだけを粘りのあるデーツや柿のペーストで固めるんだ。あんまり日持ちはしないけどね」
それと一緒に動物性のミルクやバターを使わない生チョコレートを使うそうな。
「ココナッツのバージンオイルに、カカオパウダーを加えてよく混ぜる。ドラゴンたちはこれだけで良いけど、人間様用には甘味料を加えておこうか」
砂糖でも良かったがカーナ王国には蒸留酒テキーラと同じ材料から取れて、砂糖よりさっぱりしながらも甘みの強いアガベシロップが流通している。
こちらを混ぜて、キャンディやチョコレート用の型に流し込んだ。ココナッツオイルベースなので数分冷蔵庫に入れるだけですぐに固まる。
「はい、こちらもお味見をどうぞ」
貝型から取り外した生チョコレートを渡された。手の熱ですぐ溶け出してきたので、慌てて口に含む。
ミルクを加えていない分、市販のチョコレートのようなまろやかさはなかったが、代わりにカカオのコクと苦味がガツンと来る。
アイシャは酒は飲まないが、ブランデーやテキーラなどと合わせると酒好きには堪らない味かもしれない。
そんなアイシャに面白そうに笑って、ゲンジは休憩と言って厨房にあったティーバッグで簡単にお茶を入れてくれた。
他のエナジーバーは冷蔵庫へ。お茶を飲み終わる頃にはすべて冷えて固まっているはずだ。
「アイシャちゃん、俺が渡したポーションは飲んでくれてるんだよね?」
「毎週ひと瓶ペースで間違いなく」
椅子に座って小休止だ。お茶を飲みながら話をした。
アイシャがゲンジを紹介されたのは去年の年末。調理師の彼は魔術師フリーダヤと聖女ロータスファミリーの薬師リコの弟子で、彼自身薬師スキルを持っているという。
「体調はかなり良くなりました。でも生理はやっぱり戻りません」
ゲンジがアイシャにくれたのは、ポーションとはいえジャム瓶に入った甘いペーストだった。
生姜に黒糖を加えて煮詰めたもので、いわゆる生姜茶だ。お湯に溶かして飲むと全身がポカポカ温まるのでこの冬は毎日朝晩飲んでいた。
「それなんだけどね。実はこの万能薬が入ってたんだ。ごく少量だけどね。それで大抵の体調不良なら治るはずだったんだけど、治ってない」
「……はい」
「俺のお師匠さんに報告したら、過去の身体への負担以外の原因があるんじゃないかって」
その後しばらく無言が続いた。伝えようか伝えまいか迷っているらしい。
アイシャはじっとゲンジの人の良さそうな顔を見つめた。
「アイシャちゃんはとても力の強い聖女様なんだって聞いてるよ。そういう魔力使いには〝時を壊す〟っていう現象が起こることがあるらしい」
「そ、それは」
滅多に起こらないが、伝説と言いきるほど稀でもない現象のことだ。
力のある魔力使いには、原因は不明だがあるときを境にして寿命を消失することがある。それを〝時を壊す〟といった。
「それと、私の生理が止まっていることにどのような関係が?」
「お師匠さんが言うには、〝時を壊す〟を果たした魔力使いの中には生殖機能を失う者が一定数いるそうなんだ。でも全員じゃないから安心して」
「でも。それは、つまり」
「もしかしたら、肉体が〝時を壊す〟の準備に入っているかも。そうなっちまうのかねえ」
「………………」
ゲンジが気遣うようにアイシャを見つめてくる。
「その可能性はどれくらいですか?」
「まだ予想の段階でしかないよ。そもそも〝時を壊す〟には不明点も多くて、確実なことは言えないらしいんだ。できたら実際に〝時を壊す〟を果たしたファミリーの人たちに会いに行くといいね」
アイシャが知る環ファミリーのメンバーは、まず環創成の魔術師フリーダヤと聖女ロータス。
彼らが弟子にした者は多数いるようだが、アイシャが知るのはゲンジの師匠の薬師リコ。
他は名前だけ聞いているが、実態はあまり知らない。
ルシウスはまだ〝時を壊す〟は果たしていないと以前聞いた覚えがある。この料理人ゲンジもだ。
「おっと、そろそろ固まったかな。カットカット」
話はそこでおしまいだ。
冷え固まったエナジーバーを次々カットしては食用ペーパーで包んでいくと、大きめのカゴの中いっぱいに出来上がった。
「今日この後、ダンジョンに行くなら皆で食べて感想を教えてくれるかい?」
しかしパーティーリーダーのルシウスがまだ戻って来ないのである。
そろそろ昼食の時間だった。
それで市場に行くたびついつい買い込んじゃう、とゲンジが笑っている。
「さて。綿毛竜たち用は少し材料を変えないとね」
ユキノたち綿毛竜は草食の竜種だ。
ゲンジが言うには、植物性の材料なら何でも食べられるが、人間が好むローストナッツやシロップ類は与え過ぎるとお腹を壊すことがあるらしい。
「生ナッツやドライフルーツだけを粘りのあるデーツや柿のペーストで固めるんだ。あんまり日持ちはしないけどね」
それと一緒に動物性のミルクやバターを使わない生チョコレートを使うそうな。
「ココナッツのバージンオイルに、カカオパウダーを加えてよく混ぜる。ドラゴンたちはこれだけで良いけど、人間様用には甘味料を加えておこうか」
砂糖でも良かったがカーナ王国には蒸留酒テキーラと同じ材料から取れて、砂糖よりさっぱりしながらも甘みの強いアガベシロップが流通している。
こちらを混ぜて、キャンディやチョコレート用の型に流し込んだ。ココナッツオイルベースなので数分冷蔵庫に入れるだけですぐに固まる。
「はい、こちらもお味見をどうぞ」
貝型から取り外した生チョコレートを渡された。手の熱ですぐ溶け出してきたので、慌てて口に含む。
ミルクを加えていない分、市販のチョコレートのようなまろやかさはなかったが、代わりにカカオのコクと苦味がガツンと来る。
アイシャは酒は飲まないが、ブランデーやテキーラなどと合わせると酒好きには堪らない味かもしれない。
そんなアイシャに面白そうに笑って、ゲンジは休憩と言って厨房にあったティーバッグで簡単にお茶を入れてくれた。
他のエナジーバーは冷蔵庫へ。お茶を飲み終わる頃にはすべて冷えて固まっているはずだ。
「アイシャちゃん、俺が渡したポーションは飲んでくれてるんだよね?」
「毎週ひと瓶ペースで間違いなく」
椅子に座って小休止だ。お茶を飲みながら話をした。
アイシャがゲンジを紹介されたのは去年の年末。調理師の彼は魔術師フリーダヤと聖女ロータスファミリーの薬師リコの弟子で、彼自身薬師スキルを持っているという。
「体調はかなり良くなりました。でも生理はやっぱり戻りません」
ゲンジがアイシャにくれたのは、ポーションとはいえジャム瓶に入った甘いペーストだった。
生姜に黒糖を加えて煮詰めたもので、いわゆる生姜茶だ。お湯に溶かして飲むと全身がポカポカ温まるのでこの冬は毎日朝晩飲んでいた。
「それなんだけどね。実はこの万能薬が入ってたんだ。ごく少量だけどね。それで大抵の体調不良なら治るはずだったんだけど、治ってない」
「……はい」
「俺のお師匠さんに報告したら、過去の身体への負担以外の原因があるんじゃないかって」
その後しばらく無言が続いた。伝えようか伝えまいか迷っているらしい。
アイシャはじっとゲンジの人の良さそうな顔を見つめた。
「アイシャちゃんはとても力の強い聖女様なんだって聞いてるよ。そういう魔力使いには〝時を壊す〟っていう現象が起こることがあるらしい」
「そ、それは」
滅多に起こらないが、伝説と言いきるほど稀でもない現象のことだ。
力のある魔力使いには、原因は不明だがあるときを境にして寿命を消失することがある。それを〝時を壊す〟といった。
「それと、私の生理が止まっていることにどのような関係が?」
「お師匠さんが言うには、〝時を壊す〟を果たした魔力使いの中には生殖機能を失う者が一定数いるそうなんだ。でも全員じゃないから安心して」
「でも。それは、つまり」
「もしかしたら、肉体が〝時を壊す〟の準備に入っているかも。そうなっちまうのかねえ」
「………………」
ゲンジが気遣うようにアイシャを見つめてくる。
「その可能性はどれくらいですか?」
「まだ予想の段階でしかないよ。そもそも〝時を壊す〟には不明点も多くて、確実なことは言えないらしいんだ。できたら実際に〝時を壊す〟を果たしたファミリーの人たちに会いに行くといいね」
アイシャが知る環ファミリーのメンバーは、まず環創成の魔術師フリーダヤと聖女ロータス。
彼らが弟子にした者は多数いるようだが、アイシャが知るのはゲンジの師匠の薬師リコ。
他は名前だけ聞いているが、実態はあまり知らない。
ルシウスはまだ〝時を壊す〟は果たしていないと以前聞いた覚えがある。この料理人ゲンジもだ。
「おっと、そろそろ固まったかな。カットカット」
話はそこでおしまいだ。
冷え固まったエナジーバーを次々カットしては食用ペーパーで包んでいくと、大きめのカゴの中いっぱいに出来上がった。
「今日この後、ダンジョンに行くなら皆で食べて感想を教えてくれるかい?」
しかしパーティーリーダーのルシウスがまだ戻って来ないのである。
そろそろ昼食の時間だった。
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