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第12章 厨川 4
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「ヒヒヒヒヒヒ。ヒィーっヒヒヒヒヒヒヒ!」
周りの配下が顔を顰めるのも一向に構わぬ様子で、第三陣を背後に率いた秀武が南西側の城壁を前にして、破壊工作が終わるのを今か今かと待ち遠しそうに手を擦り合わせ下劣な笑い声を放ち続けていた。
「さあて、中に入れば宝の山じゃて。者共よ、他陣の奴らに遠慮してやる必要はないぞ? 遅れて入る奴が間抜けなのじゃ。安倍の一味がしこたま蓄えた財宝も女共も、一切合切我ら第三陣のものじゃ! やりたい放題やるが良い!」
応おおおおおおおうっ! と気合の入った鬨の声が上がる。
「……女の妾もいるってのに、下衆な奴らさ」
呆れたように千任が呟く。
不意に、東の正面の方より「開門!」という号令が聞こえ、秀武がちらりとそちらに目を遣る。すると、突如開かれた門から大勢の胆沢騎馬隊が放たれたかと思うと、そのうちの数騎が一直線に敵陣に向かって馬を走らせ、前線を駆け抜けていく。
「……ひぃーっ!」
そのうちの一人の騎馬に目を留めた秀武が、思わず歓びの声を上げた。
「お、お前達、儂についてこい! あの女武者を捕らえる!」
「ええ、そんな!」
「某もやりたい放題しとうございますのに!」
「良いから来るのじゃ、後でたんまり褒美をくれてやる!」
不平を漏らす配下の騎馬を数騎従えると、土埃舞い上がらせながら凄まじい勢いで追いかけていった。
突如、大きな軋みを響かせながらぐらぐらと櫓が傾き始め、やがて雷のような地響きを鳴らしながら矢倉諸共外壁が崩れ落ちた。
「ああっ! 矢倉が! 薄姐さんが!」
「薄姐さんっ! 薄姐さんっ‼」
たった今まで一緒だった先輩侍女を残したまま倒壊していく矢倉を前に、双子達はじめ家任らの誘導で脱出の機会を待っていた者達が呆然と立ち尽くした。
「外だ、外に出られるぞ!」
「早く、火が回らないうちに逃げようよ!」
これが炎から逃れる絶好の機会と見た者達が、我先にと壁の穴へと殺到していく。
「待て、そこから外へは出るな! 敵勢のど真ん中じゃ!」
必死で止めようとする家任の声も忽ち怒号に掻き消される。
「薄姐さん! うああああっ!」
泣き声を上げる蘿蔔の傍らを走り抜けようとした者が倒れ伏した。
「え……?」
ひゅん、と菘の鼻先を矢が掠めていく。
今まで外壁の裂け目に押し寄せていた者達が、今度は悲鳴をあげて逃げ出した。
「敵じゃ、敵が入ってきたぞ!」
そう叫ぶ雑仕人も矢を受けて地に転がった。
「蘿蔔姉さん、逃げようよ、敵が来るよう!」
涙に咽んでいた姉の袖を、菘が引っ張る。
やがて顔を上げた蘿蔔は、倒れた男が手放した弩を拾い上げると、力の限りを込めて矢を装填した。
「姉さん、早く逃げようよ!」
「よくも、……よくも薄姐さんをっ!」
激しい怒りと憎しみに顔を歪めながら、外壁周辺をうろついている黒装束の男達に矢を向ける。
そのすぐ後ろで鋭い悲鳴と共にばたっ、と人の倒れる気配に振り向くと、右足を矢に射貫かれた菘が痛みにのた打ち回りながら泣き叫んでいた。
「菘っ!」
弩を投げ捨て妹を抱き起す。
「うわあああん、痛いよう、痛いよう!」
「菘、菘っ! ……誰か、誰か助けてェっ!」
蘿蔔が涙を零しながら周りに助けを求めた。
崩れた外壁からは、ぞろぞろと清原勢の兵士達が姿を現し始めていた。
「何騎か、くっついて離れぬ連中がおるようじゃ」
一加達が前線から少し離れた場所まできたところで、振り返った髭一が告げた。
言うまでもなく一加を追ってきた秀武一行である。数は十騎程度。
「私が食い止める。お前達は手筈通りに一里先の川沿いの林まで逃れよ」
東和が馬を返し、薙刀を振るい敵勢を睨みつけた。
「私一人で十分じゃ。足止めくらいはできるだろう。――一加よ!」
呼ばれた一加が一歩歩み出る。振り返った東和が、申し訳なさそうに笑いかけた。
「さっきは叩いて悪かったね。……必ず、皆の分まで逃げ延びよ。千世も、母より先に死んでくりゃるなよ!」
涙ながらに皆に見送られた東和は、単騎敵勢へと斬り込んでいく。それを見た敵騎馬らは、手強き相手と認めたか、秀武率いる半数が左へと逸れ、残り半数が真っ直ぐ東和へと向かってくる。
(ちぃっ! 二手に分かれたか!)
舌打ちを漏らす東和の周りをあっという間に五騎の清原武者が取り囲んだ。
「……さてもさても、出羽の侍は木偶と聞いたが、聞きしに勝る木偶振りじゃ!」
くわっ、と目を見開いた東和が自分を囲む敵騎馬を睨み渡すと、四方の山にも谺が響くほどの威勢で以て吠え叫んだ。
「――磐井長者金為行娘、安倍貞任妻女のこの東和を、たった五人ばかりで討ち取れると思うたか! 磐井の虎女を前に奢りを見せたこと、今に散々に悔しむが良いっ!」
柵内に侵入した清原兵は、手あたり次第に掠奪を始めていた。
「嫌ァっ! やめて、離してっ!」
蘿蔔を捕まえ肩に担ぎ上げた清原兵が、得意そうに笑い声を上げる。
「これは得をしたぞ、なかなかに見目好い娘じゃ。我らが楽しんだ後で秀武様に差し上げたら大層褒美を弾んで頂けようて!」
敵兵の肩上で泣き咽びながら抵抗する姉を救おうと、射られた足を引き摺り、痛みを堪えながらながら菘がにじり寄る。
「お願い、姉さんを離して! ――痛っ!」
その菘の髪を掴み上げたもう一人の兵が、じろじろと菘の顔を眺めまわす。
「この娘、どうやらおぬしのそれと姉妹のようじゃが、どうしたものかのう?」
フン、と蘿蔔を担いだ兵士が小馬鹿にしたように笑う。
「傷物では秀武様は喜ばれぬだろう。安倍の縁者だと言って首だけ持って帰れば良い。なに、お前にも後でいい思いをさせてやる」
「それもそうじゃな。少し勿体ないがのう」
そう言うと、兵士は髪の毛をぐいと引き上げて菘の喉に太刀の刃を当てた。
「やめてっ、菘に酷いことしないでっ!」
「ひ、……ひぃぃ……っ!」
菘は恐怖にガチガチと歯を鳴らし震え上がった。
「やめてエェ――っ!」
泣き叫ぶ蘿蔔の目の前で、真っ赤な血飛沫を上げながら首が転がり落ちた。
――城中の美女数十人、皆綾羅を衣て、悉く金翠を妝ふ。烟に交って悲泣す。之を出だし、各軍士に賜ふ。
やがて砦の内部にまで炎が回り始めると、煙と火勢に追い詰められた侍女や安倍将兵の妻女達の元へ続々と清原兵達が群がり、泣き叫ぶ女性達に対し掠奪を恣にした。
この有様を目の当たりにした則任の妻は、辱めを恐れ、三歳の息子を抱いて柵の上から北上川へ身を投げたという。
『陸奥話記』は、その記述の中で彼女の投身を「烈女」として称賛している。
柵外に生き残った胆沢勢は、貞任たった一人であった。
胆沢狼は全て討死した。
経清は、馬を射られ、振り落とされたところを生け捕られた。
重任も、足を射貫かれ倒れたところを捕らえられた。
柵に背を預け、荒い息を吐く。彼もまた満身創痍である。幾本矢を受けたか知れぬ。幾刀傷を負ったか知れぬ。最早身体を染めるのが返り血か自分の血かも判別せぬ。
「……主……様」
呼びかけられ、顔を上げると、貞任に負けぬほど傷だらけの女武将が、薙刀に縋るように歩み寄ってきた。
「東和……!」
崩れ落ちそうになる東和を抱き止める。
「東和、東和よ!」
「義妹、……無事、逃がしました」
瀕死の顔に笑みを浮かべ、自分を抱く夫の顔を見上げる。
「主様、泣いて……おられるか?」
不思議そうな顔で、貞任を見つめる。
「泣いているあなたを……見るの、……初めてのような気がいたしまする」
目を細め、隈取の貞任の目尻に手を伸ばし、涙を拭ってやる。
「ふふ、……変なお顔」
そう言って笑い、ぱたり、とその手が顔から離れ、東和は貞任の腕の中で静かに息を止めた。
「……東和よ、お前には最後まで苦労を掛けてしもうたな」
妻の目を閉じて、髪を撫でながら、愛おしそうに語りかける。
「いずれ、俺もあちらで――ぐうっ!?」
背後に忍び寄ってきた清原兵の鉾に背を貫かれた貞任は、妻の亡骸に折り重なるように倒れ伏した。
周りの配下が顔を顰めるのも一向に構わぬ様子で、第三陣を背後に率いた秀武が南西側の城壁を前にして、破壊工作が終わるのを今か今かと待ち遠しそうに手を擦り合わせ下劣な笑い声を放ち続けていた。
「さあて、中に入れば宝の山じゃて。者共よ、他陣の奴らに遠慮してやる必要はないぞ? 遅れて入る奴が間抜けなのじゃ。安倍の一味がしこたま蓄えた財宝も女共も、一切合切我ら第三陣のものじゃ! やりたい放題やるが良い!」
応おおおおおおおうっ! と気合の入った鬨の声が上がる。
「……女の妾もいるってのに、下衆な奴らさ」
呆れたように千任が呟く。
不意に、東の正面の方より「開門!」という号令が聞こえ、秀武がちらりとそちらに目を遣る。すると、突如開かれた門から大勢の胆沢騎馬隊が放たれたかと思うと、そのうちの数騎が一直線に敵陣に向かって馬を走らせ、前線を駆け抜けていく。
「……ひぃーっ!」
そのうちの一人の騎馬に目を留めた秀武が、思わず歓びの声を上げた。
「お、お前達、儂についてこい! あの女武者を捕らえる!」
「ええ、そんな!」
「某もやりたい放題しとうございますのに!」
「良いから来るのじゃ、後でたんまり褒美をくれてやる!」
不平を漏らす配下の騎馬を数騎従えると、土埃舞い上がらせながら凄まじい勢いで追いかけていった。
突如、大きな軋みを響かせながらぐらぐらと櫓が傾き始め、やがて雷のような地響きを鳴らしながら矢倉諸共外壁が崩れ落ちた。
「ああっ! 矢倉が! 薄姐さんが!」
「薄姐さんっ! 薄姐さんっ‼」
たった今まで一緒だった先輩侍女を残したまま倒壊していく矢倉を前に、双子達はじめ家任らの誘導で脱出の機会を待っていた者達が呆然と立ち尽くした。
「外だ、外に出られるぞ!」
「早く、火が回らないうちに逃げようよ!」
これが炎から逃れる絶好の機会と見た者達が、我先にと壁の穴へと殺到していく。
「待て、そこから外へは出るな! 敵勢のど真ん中じゃ!」
必死で止めようとする家任の声も忽ち怒号に掻き消される。
「薄姐さん! うああああっ!」
泣き声を上げる蘿蔔の傍らを走り抜けようとした者が倒れ伏した。
「え……?」
ひゅん、と菘の鼻先を矢が掠めていく。
今まで外壁の裂け目に押し寄せていた者達が、今度は悲鳴をあげて逃げ出した。
「敵じゃ、敵が入ってきたぞ!」
そう叫ぶ雑仕人も矢を受けて地に転がった。
「蘿蔔姉さん、逃げようよ、敵が来るよう!」
涙に咽んでいた姉の袖を、菘が引っ張る。
やがて顔を上げた蘿蔔は、倒れた男が手放した弩を拾い上げると、力の限りを込めて矢を装填した。
「姉さん、早く逃げようよ!」
「よくも、……よくも薄姐さんをっ!」
激しい怒りと憎しみに顔を歪めながら、外壁周辺をうろついている黒装束の男達に矢を向ける。
そのすぐ後ろで鋭い悲鳴と共にばたっ、と人の倒れる気配に振り向くと、右足を矢に射貫かれた菘が痛みにのた打ち回りながら泣き叫んでいた。
「菘っ!」
弩を投げ捨て妹を抱き起す。
「うわあああん、痛いよう、痛いよう!」
「菘、菘っ! ……誰か、誰か助けてェっ!」
蘿蔔が涙を零しながら周りに助けを求めた。
崩れた外壁からは、ぞろぞろと清原勢の兵士達が姿を現し始めていた。
「何騎か、くっついて離れぬ連中がおるようじゃ」
一加達が前線から少し離れた場所まできたところで、振り返った髭一が告げた。
言うまでもなく一加を追ってきた秀武一行である。数は十騎程度。
「私が食い止める。お前達は手筈通りに一里先の川沿いの林まで逃れよ」
東和が馬を返し、薙刀を振るい敵勢を睨みつけた。
「私一人で十分じゃ。足止めくらいはできるだろう。――一加よ!」
呼ばれた一加が一歩歩み出る。振り返った東和が、申し訳なさそうに笑いかけた。
「さっきは叩いて悪かったね。……必ず、皆の分まで逃げ延びよ。千世も、母より先に死んでくりゃるなよ!」
涙ながらに皆に見送られた東和は、単騎敵勢へと斬り込んでいく。それを見た敵騎馬らは、手強き相手と認めたか、秀武率いる半数が左へと逸れ、残り半数が真っ直ぐ東和へと向かってくる。
(ちぃっ! 二手に分かれたか!)
舌打ちを漏らす東和の周りをあっという間に五騎の清原武者が取り囲んだ。
「……さてもさても、出羽の侍は木偶と聞いたが、聞きしに勝る木偶振りじゃ!」
くわっ、と目を見開いた東和が自分を囲む敵騎馬を睨み渡すと、四方の山にも谺が響くほどの威勢で以て吠え叫んだ。
「――磐井長者金為行娘、安倍貞任妻女のこの東和を、たった五人ばかりで討ち取れると思うたか! 磐井の虎女を前に奢りを見せたこと、今に散々に悔しむが良いっ!」
柵内に侵入した清原兵は、手あたり次第に掠奪を始めていた。
「嫌ァっ! やめて、離してっ!」
蘿蔔を捕まえ肩に担ぎ上げた清原兵が、得意そうに笑い声を上げる。
「これは得をしたぞ、なかなかに見目好い娘じゃ。我らが楽しんだ後で秀武様に差し上げたら大層褒美を弾んで頂けようて!」
敵兵の肩上で泣き咽びながら抵抗する姉を救おうと、射られた足を引き摺り、痛みを堪えながらながら菘がにじり寄る。
「お願い、姉さんを離して! ――痛っ!」
その菘の髪を掴み上げたもう一人の兵が、じろじろと菘の顔を眺めまわす。
「この娘、どうやらおぬしのそれと姉妹のようじゃが、どうしたものかのう?」
フン、と蘿蔔を担いだ兵士が小馬鹿にしたように笑う。
「傷物では秀武様は喜ばれぬだろう。安倍の縁者だと言って首だけ持って帰れば良い。なに、お前にも後でいい思いをさせてやる」
「それもそうじゃな。少し勿体ないがのう」
そう言うと、兵士は髪の毛をぐいと引き上げて菘の喉に太刀の刃を当てた。
「やめてっ、菘に酷いことしないでっ!」
「ひ、……ひぃぃ……っ!」
菘は恐怖にガチガチと歯を鳴らし震え上がった。
「やめてエェ――っ!」
泣き叫ぶ蘿蔔の目の前で、真っ赤な血飛沫を上げながら首が転がり落ちた。
――城中の美女数十人、皆綾羅を衣て、悉く金翠を妝ふ。烟に交って悲泣す。之を出だし、各軍士に賜ふ。
やがて砦の内部にまで炎が回り始めると、煙と火勢に追い詰められた侍女や安倍将兵の妻女達の元へ続々と清原兵達が群がり、泣き叫ぶ女性達に対し掠奪を恣にした。
この有様を目の当たりにした則任の妻は、辱めを恐れ、三歳の息子を抱いて柵の上から北上川へ身を投げたという。
『陸奥話記』は、その記述の中で彼女の投身を「烈女」として称賛している。
柵外に生き残った胆沢勢は、貞任たった一人であった。
胆沢狼は全て討死した。
経清は、馬を射られ、振り落とされたところを生け捕られた。
重任も、足を射貫かれ倒れたところを捕らえられた。
柵に背を預け、荒い息を吐く。彼もまた満身創痍である。幾本矢を受けたか知れぬ。幾刀傷を負ったか知れぬ。最早身体を染めるのが返り血か自分の血かも判別せぬ。
「……主……様」
呼びかけられ、顔を上げると、貞任に負けぬほど傷だらけの女武将が、薙刀に縋るように歩み寄ってきた。
「東和……!」
崩れ落ちそうになる東和を抱き止める。
「東和、東和よ!」
「義妹、……無事、逃がしました」
瀕死の顔に笑みを浮かべ、自分を抱く夫の顔を見上げる。
「主様、泣いて……おられるか?」
不思議そうな顔で、貞任を見つめる。
「泣いているあなたを……見るの、……初めてのような気がいたしまする」
目を細め、隈取の貞任の目尻に手を伸ばし、涙を拭ってやる。
「ふふ、……変なお顔」
そう言って笑い、ぱたり、とその手が顔から離れ、東和は貞任の腕の中で静かに息を止めた。
「……東和よ、お前には最後まで苦労を掛けてしもうたな」
妻の目を閉じて、髪を撫でながら、愛おしそうに語りかける。
「いずれ、俺もあちらで――ぐうっ!?」
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