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謎解きは食卓の上で!
謎解きは食卓の上で!③
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「おかえりなさい、マルゴット」
フェーベル教授に頼まれていた計算は全て終わらせ、提出済みなので、もう帰宅しても良いはずだ。
「教授に何も頼まれてないですか? やる事あるなら私だけ残って終わらせてから帰ります」
「簡単だったから直ぐ終わっちゃったの。オイゲンさんが待ってるし、大学に何の用事もないなら帰りましょ」
研究室の窓から正門の方を見ると、黒い箱馬車の隣にガッシリとした藁色の髪の男性の姿が見える。
オイゲンはバシリーの部下なので本来であれば、ハイネの側近の一人なのだろうが、ジルの送迎兼監視の役割を担っている。
有難い様な、窮屈な様な……オイゲンが穏やかな性格なので衝突もなくやっていけているという感じだ。
ジルの視線に気づいたのか、こちらに向かってオイゲンは軽く敬礼してくれる。そんな彼にジルは手を振り、マルゴットと共に研究室を後にした。
「今日フェーベル教授に資料を貸してもらって『バザル』について調べてたのよ」
階段を下りながら、ジルはマルゴットに話しかける。
「何か気になる事でもありましたか?」
「ええ。小麦の耕作地が随分少ない事が気になったの。南部は北部よりも小麦の栽培が盛んでしょ? だから、どの様な理由があるのか興味があって」
「なるほど。ジル様らしい着眼点ですね。疑問は解消しましたか?」
「どうやら小麦の他にも多くの品種の農産物を扱ってるみたいよ。かなり郷土料理が充実してそうな気がするわ」
ジルは自分の発言が少し不謹慎だったかと反省する。マルゴットがあの村に行ったのは、魔女狩りという悪しき慣習を止める為だったので、料理について気にする暇等なかったはずだ。
だが、彼女は気分を害した風でもなく、アゴに人差し指を当て、首を傾げた。
「確かに小さな村のわりには美味しい物が多かった気がします。でも――」
「ジル様、お疲れ様です。マルゴットさんも」
正門の前で待ち構えていたオイゲンがにこやかに箱馬車の扉を開けてくれる。
「オイゲンさん、今日も有難うございます」
オイゲンの手に助けられながら馬車を乗り込むジルの姿を、他の大学生達にギョッとした表情で見られる。毎日侍従の制服を着た男に送迎されている時点で、山間部の村の出身というジルのプロフィールに無理が生じてしまうわけだが、誰も直接に聞いて来ない。
突いたらやばいものが出て来ると勘づいているのかもしれない。
3人が客車に乗り込んだ後、箱馬車は静かに走り出す。
「マルゴット、さっき何を言いかけていたの?」
ジルはマルゴットに話の続きを促した。オイゲンと合流した事で途絶えてしまったが、内容には興味があるため聞いておきたい。
「パンが食べづらかったんです。酸っぱくて硬くて……、悪くなってる物を食べさせられただけなのかもしれませんが、きつかったんです」
マルゴットはその味を思い出したのか、口を尖らせ、顔を顰めた。
「酸っぱいパンなんてあるのね。ジャムが酸っぱかったんじゃないわよね?」
「違います。パン自体の酸味でした」
食べた事がない物の味を想像する事は難しく、ジルは「う~ん」と唸った。ワザと硬く焼いたパンなら食べた事があるものの、軽く焼き直すと表面がぱりぱりで中がモチモチだった。そして味は僅かな甘みがあり、酸味は特に感じなかったと記憶している。
「……フフ……」
正面に座ったオイゲンが笑いを漏らしたため、ジルは彼の方を向いた。
「どうかなさったの?」
「あぁ、失礼しました。我が国の代表的なパンが不評なようでしたので、つい……」
「気にしないでちょうだい。マルゴットが食べたのは、ブラウベルク帝国の代表的なパンなのね?」
「はい。上流階級は白パンを食べるんですが。この国の低所得者層は、長期間保管出来るパンを食べるんですよ」
普通に暮らしているだけでは知らない事を教わり、新鮮な気持ちでジルは頷いた。
「そのパンが硬く、酸っぱいお味という事ですのね?」
「ええ、材料はライ麦で、発酵の際にサワードウが使われています。良ければ離宮に帰られる前にパン屋に寄りませんか? 庶民の味をご経験なさっては?」
「まぁ、宜しいのですか? 是非!」
思ってもみないオイゲンの提案に、ジルは嬉しくなった。
それと同時に、頭の片隅にフリュセンに駐在していた炊事兵の日報がかすめる。あらかじめ帝都でパンを焼いたという記述、もしかするとこのライ麦を使用したパンだったのではないだろうか?
フェーベル教授に頼まれていた計算は全て終わらせ、提出済みなので、もう帰宅しても良いはずだ。
「教授に何も頼まれてないですか? やる事あるなら私だけ残って終わらせてから帰ります」
「簡単だったから直ぐ終わっちゃったの。オイゲンさんが待ってるし、大学に何の用事もないなら帰りましょ」
研究室の窓から正門の方を見ると、黒い箱馬車の隣にガッシリとした藁色の髪の男性の姿が見える。
オイゲンはバシリーの部下なので本来であれば、ハイネの側近の一人なのだろうが、ジルの送迎兼監視の役割を担っている。
有難い様な、窮屈な様な……オイゲンが穏やかな性格なので衝突もなくやっていけているという感じだ。
ジルの視線に気づいたのか、こちらに向かってオイゲンは軽く敬礼してくれる。そんな彼にジルは手を振り、マルゴットと共に研究室を後にした。
「今日フェーベル教授に資料を貸してもらって『バザル』について調べてたのよ」
階段を下りながら、ジルはマルゴットに話しかける。
「何か気になる事でもありましたか?」
「ええ。小麦の耕作地が随分少ない事が気になったの。南部は北部よりも小麦の栽培が盛んでしょ? だから、どの様な理由があるのか興味があって」
「なるほど。ジル様らしい着眼点ですね。疑問は解消しましたか?」
「どうやら小麦の他にも多くの品種の農産物を扱ってるみたいよ。かなり郷土料理が充実してそうな気がするわ」
ジルは自分の発言が少し不謹慎だったかと反省する。マルゴットがあの村に行ったのは、魔女狩りという悪しき慣習を止める為だったので、料理について気にする暇等なかったはずだ。
だが、彼女は気分を害した風でもなく、アゴに人差し指を当て、首を傾げた。
「確かに小さな村のわりには美味しい物が多かった気がします。でも――」
「ジル様、お疲れ様です。マルゴットさんも」
正門の前で待ち構えていたオイゲンがにこやかに箱馬車の扉を開けてくれる。
「オイゲンさん、今日も有難うございます」
オイゲンの手に助けられながら馬車を乗り込むジルの姿を、他の大学生達にギョッとした表情で見られる。毎日侍従の制服を着た男に送迎されている時点で、山間部の村の出身というジルのプロフィールに無理が生じてしまうわけだが、誰も直接に聞いて来ない。
突いたらやばいものが出て来ると勘づいているのかもしれない。
3人が客車に乗り込んだ後、箱馬車は静かに走り出す。
「マルゴット、さっき何を言いかけていたの?」
ジルはマルゴットに話の続きを促した。オイゲンと合流した事で途絶えてしまったが、内容には興味があるため聞いておきたい。
「パンが食べづらかったんです。酸っぱくて硬くて……、悪くなってる物を食べさせられただけなのかもしれませんが、きつかったんです」
マルゴットはその味を思い出したのか、口を尖らせ、顔を顰めた。
「酸っぱいパンなんてあるのね。ジャムが酸っぱかったんじゃないわよね?」
「違います。パン自体の酸味でした」
食べた事がない物の味を想像する事は難しく、ジルは「う~ん」と唸った。ワザと硬く焼いたパンなら食べた事があるものの、軽く焼き直すと表面がぱりぱりで中がモチモチだった。そして味は僅かな甘みがあり、酸味は特に感じなかったと記憶している。
「……フフ……」
正面に座ったオイゲンが笑いを漏らしたため、ジルは彼の方を向いた。
「どうかなさったの?」
「あぁ、失礼しました。我が国の代表的なパンが不評なようでしたので、つい……」
「気にしないでちょうだい。マルゴットが食べたのは、ブラウベルク帝国の代表的なパンなのね?」
「はい。上流階級は白パンを食べるんですが。この国の低所得者層は、長期間保管出来るパンを食べるんですよ」
普通に暮らしているだけでは知らない事を教わり、新鮮な気持ちでジルは頷いた。
「そのパンが硬く、酸っぱいお味という事ですのね?」
「ええ、材料はライ麦で、発酵の際にサワードウが使われています。良ければ離宮に帰られる前にパン屋に寄りませんか? 庶民の味をご経験なさっては?」
「まぁ、宜しいのですか? 是非!」
思ってもみないオイゲンの提案に、ジルは嬉しくなった。
それと同時に、頭の片隅にフリュセンに駐在していた炊事兵の日報がかすめる。あらかじめ帝都でパンを焼いたという記述、もしかするとこのライ麦を使用したパンだったのではないだろうか?
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