後宮の臨時画家は陰陽を描く〜その画家は崑崙山を追い出された道士につき、はかりごとの際は要注意を〜

六章 珍道中

六章③

　西王母に会うためには、彼女が住まう崑崙山に行かなければならない。
　しかしながら、海に面する白都から崑崙山までは人の足で四ヶ月以上もかかる。
　西王母に会うという正当な目的があるとはいえ、流石にそれほどまで長く休もうものなら画院を首になるだろうと二の足を踏んでいたのだが、白都で出会った地仙によると、旅の日数を大幅に短縮できる経路があるのだそうだ。

　なんでも、白都から南東方向に十日ほど歩いた先に、蒼林山そうりんさんなる中程度の高さの山があり、その山には仙人が一人暮らしているのだそうだ。
　しかも、その仙人が仙術で崑崙山の麓ふもとまで飛ばしてくれるとのこと。
　それが本当であれば、当初想定したよりもかなり楽な旅になるだろう。

　しかも帰りは（おそらく）西王母が白都に飛ばしてくれるから、大体半月程度で戻ってくる感じになる。
　それでも長期の休みにはなるため、春菊は画院長に画院を辞めるべきかどうかの確認をとった。

　すると、現在春菊は臨時画家の身分なので、案外自由に行動出来るとのことだった。
　働いていない日数分は給料から差し引かれるだけで、休暇の制限はかからないらしい。

　旅に関して、楊家から厚い支援を受けた。
　馬を四頭と、荷馬車。馬の餌や馬具などを貸してもらえることとなり、天佑の従者である呂壮ろ　そうからは馬の世話の方法や扱い方を教えてもらった。

　荷馬車には西王母に持っていく予定の奇石を真っ先に運び込んだ。
　とは言っても、後宮の御水園にあった問題の奇石の全てを合わせたら相当な重量になるので、その全て積み込むわけにはいかない。
　馬の負担を考えて、最も小さい石だけを運搬することにした。


　食糧なども用意し、ついに出発の日となった。
　楊家の門周辺には楊家の当主である天佑と、呂壮、そして普段春菊と交流のある使用人や下女数名が見送りに出てくれている。

　荷馬車の上で手綱を握る春菊に、天佑は苦笑する。

「貴女は本当に自由な方ですね。羨ましくなりますよ」
「天佑もどんどん旅したらいいんじゃないかな？」
「そうもいきません。郭家の問題行動の数々に対する処理で、暫くは忙しいですから」
「うぁぁ……。そういえば、天佑がおもに対応してるんだったね」
「ええ。それに、実は私あまり体が丈夫ではないのです。幼き頃はほぼ寝たきりで、何度か生死を彷徨さまよったこともありました。……陰謀に一度でも巻き込まれたなら、あっさりと死ぬだろうとよく言われたものです。今はあの頃に比べ、格段に健康になりましたが、長旅が死に繋がる可能性がないとも言い切れませんから」
「病弱だったんだ？　じゃあ白都から出た事はなさそうだね」
「ありませんよ。……一官吏として、なるべく都を出て見聞を広げるべきだとは思っているのです。しかし、ゆったりと旅するには時間が足りず、うまく調整も出来ない。だから是非、貴女が旅先で描くであろう画を見せて下さい」
「憂炎からも似たようなこと言われたなー」
「ふふふ。憂炎も少し煮詰まってきているかもしれません。自由に出歩けない者にとっては、知人の旅の話は何よりの娯楽。風景画などもあれば、三日三晩は暇を潰せますね」
「だったら、頑張って風景画を描かないと！」
「楽しみです」

　天佑は扇の先を口元に当て、少し考える素振りをする。

「どうしたの？」
「貴女が帰ってくる頃には、おそらく私は左丞相の位に就いているでしょう。重圧のかかる立場になりますから、屋敷の雰囲気も変わるかもしれません」
「天佑が左丞相になるのかぁ……」

　左丞相と聞くと、郭家の当主を思い浮かべてしまう。
　御史台で裁かれているはずの彼は、もしかすると降格などの処分を受け、役職としての左丞相が空くのかもしれない。
　その席に就くには天佑は若すぎる気がするけれど、彼は皇帝の従兄弟であるため、年齢は関係ない感じなのだろうか？

「左丞相が何をする役職なのかは分からないけど、天佑は憂炎のそばで仕事出来る様になるのかな？　それってきっと、お互いにとっていいことなんだろうね！」
「ええ、とても。全力であの方をお支えするつもりです」
「仲良しだなー！　あ、長話しちゃうと次の街に着く前に日が暮れちゃうや。もう行くね！」
「お元気で」

　手綱を引くと四頭の馬がのろのろと動き、春菊が乗る荷馬車も楊家の屋敷から離れる。楊家の人々の声を背中に受けながら、春菊は少し寂しいような気分になる。
　あの屋敷では色々な事件が起こったけれど、春菊に対して温かい対応をしてくれる人が多かった。

（なるべく早く帰ってきたいなー。でも、ちょっと寄りたい街があるんだよね）

　蒼林山に真っ直ぐ行くだけならかなり早く旅は終わるだろう。だが、蒼林山の方向には香楽がある。画院で働くようになってから何かと耳にするかの街に、是非とも行ってみたい。
　憂炎や元左丞相などの話を頭の中で組み合わせてみると、父親が描いた水景は香洛の近くに流れる河なのだと思われる。そしてそこには、伝説の龍が居る。
　憂炎の殿舎に飾られている画も父親の描いた龍だった。
　これらはただの偶然なのか、それとも関連があるのか？
　とりあえず現地に行き、何が待っているのか確かめたい。