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六章 珍道中

六章④

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 荷馬車を使う旅なので楽だろうと考えていた春菊だったが、白都を出た後は苦労の連続だった。
 一番辟易とさせられたのは、路面の酷さだ。
 深すぎるわだち(馬車の車輪の跡)、ごろごろとした石が埋まった箇所、水たまり。ちょっとした障害でも馬たちは立ち止まってしまう。
 少し進んでは止まり、馬を押したり、無理なら迂回うかいしたり。
 もの凄く効率の悪い進み方をしている……。
 それに、進行方向が分からなくなることもしばしばあった。
 ざっくりとした地図などを持ってきてはいるが、方角を判別する方法が、太陽の軌道やら星座の位置やらになるので、雲の量が多めだとまるで分からない。
 春菊は一人で出発したことを何度も後悔した。

 しかし悪いことばかりでもなかった。
 見るもの全てに新鮮味があったのだ。
 今までは神仙が暮らす崑崙山や、圭国の中心都市のような、少し特殊な場所で暮らしていたため、普通の農村やら海辺の街、平野などを初めて見る。

 平原の先は地平線が確認出来、驚くほどに雄大。そして山あいの村には整備された棚田たなだが広がる。
 田植えさればばかりの田には水が張られ、夕暮れ時ともなると、一面が美しい朱色に染まる。

 圭国南部は大河の下流なので肥沃な土地が多い。それに加えて、水資源も豊富だ。
 良い土地と水、そして勤勉な国民性。
 旅で目にする光景から、この国の豊かさが十分に見てとれた。

 そして、白都から離れれば離れるほど、人々の衣服にも変化があり、春菊は目新しい物の一つ一つを紙に描いた。
 悪路に苦しみつつも、作画に関してはかなり充実している。
 
 そんなこんなで、香洛に到着する頃には思った以上の日数が経過してしまっていた……。
 これでは、徒歩でかかるだろうと言われていた日数と殆ど変わらないのではないだろうか?
 春菊は無事に辿り着いたから良し、と考えることとし、とりあえず街の観光に繰り出す。

 広い街の中で、まず目に飛び込んできたのは、骨組みだけになった楼閣だ。
 今にも倒れそうなくらいに傾いたそれは、父が描いた水景の楼閣と同じかどうかは判別が難しい。

「あの画には鐘楼もあったかなぁ。これなのかな? それとも無くなっちゃった?」

 街はだいぶ荒廃していて、画の通りではない。
 それもこれも、近くの河川が氾濫しがちなため、没落する家々が多いからだ。

 旅の前に歴史に詳しい天佑から聞いた話によると、王朝が代わった後暫くは香洛近くを流れる河川は穏やかだったようだ。
 しかしながら、十年ほど前からちょっとした嵐でも氾濫するようになり、経済的に苦しい状況に陥る有力者が後をたたない。
 
 しかも最近は河川の治水事業をめぐり、さまざまな問題が発覚しているらしく、天佑は日々頭を悩ませてしまっている。
 その問題の一つは、事業者から郭家に渡されていた多額の賄賂。
 天佑は自分の婚約者の家が関わる問題で、随分と難しい立場に置かれてしまっていたらしい。
 だからもしかすると、郭家の没落によって、天佑の仕事が円滑になる部分もあるのかもしれない。不打不成交《雨降って地固まる》である。

 春菊は荷馬車で楼閣に行き、石を積み上げた台座に登る。
 すると、近くを流れる川がよく見えた。
 遥かかなたまで続く川は大きく蛇行《だこう》し、支流などは手足のように見えなくもない。これを龍と表現してしまう気持ちはよく分かる。

(この川は十年ほど前から氾濫するようになったんだっけ? そのころに何かが起こったのかな? 確かめようもないけれど、なんだか気になるなぁ)

 適当なことを考えながら、じっと川の流れや河岸を眺めていると、近くに大型の荷馬車が停まった。
 中から出てきたのは一人の男性だ。
 楼閣近くの建物の入り口まで駆けて行き、大声をあげる。

「おやっさん!! また石を持ってきたぜ! 悪いけど、引き取ってくれねーか!?」
「またか……。最近は白都からの注文がとんと入らんよーになってなぁ。静水城のお偉いさんからは訳のわからない容疑もかけられるし……」
「ん? 容疑ってどういうことでぇ?」
「いや、あんたには関係ないよ。石が溜まる一方だから、あまりかさばるようなものを持ってきてもらっても困るんだよ」
「こっちも置き場に困ってるんだよな。持ち帰ろうにも、この街から米を買って行かなきゃならんから、積んでおけない。川にでも捨てちまうかっ」
「それはあまりにも勿体無い。仕方がない、その辺にでも置いて行ってくれ」
「ありがてぇ!」

 男たちの会話を春菊は目をまん丸にして聞いていた。
 そういえば、後宮で発見した石蠱は卸問屋を経由しているが、元々は香洛の石屋にあったものなのだと聞いた。
 彼等の今の会話内容的に、この建物がその石屋なんだろうか?

 春菊は馬たちを引き、問屋の前まで移動する。

「こんにちはー!! ちょっと聞きたいことがあるよ! いいかな?」
「どうしたんだい、坊主? いや、嬢ちゃんか」
「あのさ、僕の石に見覚えない?」
「その荷馬車につけられてある石のことか?」
「うんっ!」
「どれどれ……、ぬぬっ!? これは柳家の末裔まつえいからうちが買い取った希少な奇石じゃないか! 白都の卸問屋に売り渡した物なのに、どうしてあんたが持っている!?」
「柳家って、旧王朝の?」
「ああそうだよ。白都に搬送後に、運送業の兄ちゃん等が数人亡くなっているから、よく覚えている」
 
 石屋の主人は、気になることを話しだした。
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