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六章 珍道中

六章⑦

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 さっきまで水中で大変な状態になっていたはずが、気が付くと河岸に寝転んでいた。
 辺りは既に暗くなり、何故か後宮で知り合った女性、鄧雨桐が側にいた。
 彼女は目を覚ました春菊に、「片方の目の瞳が青くなっている」と言い、鏡を手渡す。
 それを覗き込んでみて、ようやく春菊にも自分の変化が分かった。

「わわっ! 本当だー! 何でこんな色に? この河に入ると瞳の色が変わっちゃったりするの??」
「そんな話は聞いたことがない。生きている間に瞳の色が変わった人に会ったのも初めて」
「そうなのかぁ。不思議なこともあるもんだね。でもちょっと格好いいから、得しちゃった気分だよ」

 へらへら笑う春菊に、雨桐はもの凄く嫌そうな顔をした。

「どうして自分の身に起きた異常事態をそんなにあっさりと受け入れられるの。私には理解不能……。あんたって、ほんっっっとうに変な子だと思う」
「色んな人に変って言われてるから、もう慣れちゃったよ」
「はぁ、あんたと話していると、心から毒が抜ける気分になる。……あ、そうだ。あんたの持ち物、拾っておいたんだった」
「え!!」

 雨桐が長い枝で指し示す方向を見れば、さっき河岸に置いてきた手荷物などが綺麗に並べられてあった。
 荷物の中には、紛失しようものなら春菊が無能と化すものが複数あるため、拾い集めておいてもらったのは非常に有難い。
 春菊は雨桐に礼を言ってから、拾い上げ、一箇所にまとめる。

 春菊がそうしている間、雨桐は一言も話そうとはしなかった。
 彼女に目を向けてみれば、彼女は背中を丸め、膝を抱えていた。
 握った枝で焚き火を掻き回すさまはやる気が無さそうに見える。
 後宮で働く彼女はいつでも背筋が真っ直ぐに伸び、りんとしていたから、なんだか別人のようだ。

 春菊は自分の荷物の中から、干した肉を取り出す。

「お腹が空いているの? お肉持っているからあげるね」
「いらない」
「あう……。えっとー、あのさ! 僕ってさっき河で溺れていたよね? 雨桐が助けてくれたんでしょ?」
「私ではない。というか、目の前で本当に不思議なことが起こった。さっき、あんたが水中に沈むのが見えたから、私はあんたはこのまま死ぬんだろうと思った。……私は泳ぎが不得意で、助けられるはずがなかったから。でも、駄目元で河に入った。そうしたら、水中からあんたが投げられ、河岸に落ちたの」
「ん? 投げられるって、どういうこと?」
「どう言い表せば伝わるのか分からない。なんていうか……、あんたの肉体が勢い良く飛んだように見えた」
「ヘぇー。僕自身のことなのに、全く記憶にないよ。意識があったなら、面白い出来事を体験出来たのかぁ」
「面白くなんかない。だってあれは、あの現象は……」
「ん?」
「神龍と契約を交わせたってことでもあると思うから」
「……雨桐の言っていること、僕にはよくわからないよ」

 春菊が困惑してそう言うと、雨桐は強く唇を噛み締める。
 そして、手に持つ枝を乱暴に放り投げた後、組んだ腕の間に顔を伏せてしまった。
 泣いているのだろうか?
 春菊は彼女にかける言葉が分からない。
 気まずさを誤魔化すためにのそのそと彼女の向かい側に移動し、似たような姿勢をとってみる。

「もう…神龍に頼るしかないと思ってた。だって私、このままだと大罪人として殺されてしまうから」
「あ……」

 たしかにそうなのだ。
 後宮で起こった石蠱の事件に、彼女が関与しているかもしれない。
 春菊は何となくそう予想していた。その答えが、今彼女の口から出てきてしまった。
 元左丞相が裁かれる件で、天佑に雨桐の名前を伝えようかどうか悩んだのだが、決心がつかず、黙っていた。
 それが悪いことだとは分かっていたものの、自分の発言の所為で雨桐が酷い目に遭うのが怖かった。

 だけども、元左丞相は裁かれる中で、彼自身の減刑のために雨桐に全ての罪を着せる可能性がある。というか、元左丞相はそれなりに権力や財産があるがために、そういうことを当然しそうに思われる。

 大罪人となってしまっては、圭国中の捜索が始まり、雨桐は捕まってしまうだろう。

 春菊が何も言えないでいると、雨桐はやけになったかのように、色々語り出した。

「柳家の血を引く者の中には、過去に神龍と契約を結ぶ者が数人いたらしい。だから私にも出来るかもしれないって、僅かな希望だったけど、馬鹿げた考えだったけどっ、助けてもらえるかもって、それしかすがるものがなかったから、……だから私っ」
「ご、ごめん、僕の所為で台無しになったってことなんだよね?」
「……」

 長い長い沈黙の後、雨桐は緩慢に頭を振った。

「それは、違う。ここであんたが画を描いていたとき、近くに私も居た。でも、神龍はあんたしか見ていなかった。それが、答えなんだと思う。……私は、死を選ぶことにする」
「ええ!? だ、だめだよ。そんな」

 雨桐の目はどこまでも暗い。
 このままだと、別れた時に何をしでかすか分からず、春菊はぶるりと震えた。
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