上 下
67 / 89
一番大事な人?

一番大事な人?⑧

しおりを挟む
 ステラの手当てを終えた後、ジョシュアの従者とメイドは部屋を出て行く。
 彼等を見送るふりで追いかけてみると、彼等は隣接する小部屋に入り、壁に穿たれた窪みに手をかけスライドさせた。
 眼前にジョシュアの私室が広がった。
 思わず出て行きたくなる衝動に駆られる。しかしレイフが困り顔でこちらを振り返り、手で制すので、強行突破は難しそうだ。

「後で美味しいお菓子を運ばせますね。それでは」

「さよならです」

 頭を下げて退室する二人。
 閉まりゆく壁は、方向から推察するに、本棚が並んでいたはずだ。
 レイフ達の姿が完全に見えなくなってから、パタパタとそこに近寄り、耳を当てる。

 壁の中で“ガチャリ”と重低音が鳴った。

(向こう側から鍵がかけられたのかも)

 その証拠に、壁の窪みに手をかけ、力を込めてみてもビクリともしない。
 そのまま耳をそば立てていると、二人の足音やドアが開閉する様な音が聞こえた。
 ここでなら、大きな声を上げたら向こうにも届きそうだ。
 ステラはフムフムと頷き、壁から離れた。

 これから取るべき行動を考えたり、フレグランスを調香してみたりしているうちに、夜になってしまった。
 運んで来て貰った夕食をとったり、お湯で体を洗ったりしているとかなりの時間が過ぎ、そろそろ寝ようかと思い始めた時おかしな現象が起きた。
 通気口の真下部分が発光したのだ。

 最初は淡く、徐々に範囲を広げる。
 大きな四角に形取ったその光は、窓の様に、中央部分で二分割された。

「な……なに!?」

 突然の異常事態に驚き、ステラは逆側の壁にへばりつく。
 閉じ込められている所為で、逃げられないのが憎たらしい。

 パカリと開いたそこから、人間の姿が現れる。
 その姿を見て、ステラは今度こそ悲鳴を上げそうになった。

「こんばんわぁ。星の無い夜だと思ったら、こんな所にあったの」

 夜だというのに日傘を差した少女は、以前と変わらぬ儚げな笑みを浮かべ、窓の縁に腰掛けた。
 ありえない光景に、ステラは目を瞬かせる。
 忘れていたが、彼女と最初に会った時、そういえば幻覚を使っていた。
 これもまた、能力の一つなのだろう。

「シトリー……」

「名前をわざわざ調べてくれたのねぇ。嬉しい。……フフ。貴女もこっちに来ない? 悪魔避けの所為でこれ以上入れないの」

「……ここで結構です。もしかして私の魂を狙いに来たんですか?」

「うぅん……。褒めてあげたくなったの。人の身でありながら、私においたしちゃうんだもん。もぅ、びっくり」

 どうやら彼女は、ステラが作ったフレグランスについて言っているらしい。
 やっぱり効果が的面だったようだ。
 しかし怒っている様子はなく、天使もかくやと思われる程の美貌はどこまでも穏やか。

 彼女は、直面した不都合についてツラツラと語る。
 それに対して適当な相槌をしながら去ってくれるのを待つと、話は思わぬ方向に飛んだ。

「__貴女の澄んだ魂を見て、どこかで覚えがあるなーって悩んでたの」

「……悪魔の方なら、たくさんの魂を見ていると思いますし、似ているのの一つや二つくらいあるんじゃないですか」

「うふふ。それはね、私への捧げ物」

「捧げ物……?」

 “魂の捧げ物”と言いたいのだろうか?
 そこから連想するのはレイチェルから聞いた悪魔の召喚だ。
 つまり捧げられた“特別な魂”とステラの魂が似ているということ。

「肉体の外見も、似てたかなぁ……。親子なの?」

「そんなのは……知らないです……」

 ゾワゾワしながらも、何とか返事をする。

(シトリーは、何を意図してる……? 魂? 親子? たしか、レイチェルさんのお師匠様は、ミクトラン帝国に拐われたかもしれなくて、私の産みの親も帝国の皇族って聞いた……。それってまさか……。いや、でも……)

 泣きそうになるステラとは逆に、シトリーは楽しくてたまらないとでも言いたいかのように笑い続けている。
 その姿は正しく悪魔。

「やっぱり、フレグランスの事で怒ってるんですね……。何が望みなんですか?」

「怒る? 怒ってなんかない。ただ楽しいだけ」

「……」

 笑いを止めた彼女は、虚空から白い箱を取り出した。

「親愛なるステラちゃん。シトリーと取引しましょう?」

「お断りなんです!」

 悪魔との取引なんてとんでもないことだ。
 修道院で聞いた話によれば、それで身を滅ぼした者は数えきれないらしい。
 録な内容ではないのは明白。

「いいのかなぁ? 取引しなかったら、ソックリさんの魂は私のもの。折角私と遊んでくれるステラちゃんの為に、他の道を用意してあげようと思ったのに」

「聞こえません!」

 両手で耳を塞ぎ「あーあー!」と叫んでみるが、効果が薄いようだ。
 何故だか、彼女の言葉がクリアに聞こえる。

「ステラちゃんが、一番大事に思っている人の魂を私に頂戴。そうしたら貴女とソックリな魂はステラちゃんのもの。……ウフフ、優しいでしょ? 私」

「一番……大事な……」

 悪魔の甘言。
 それはステラに残酷な天秤を差し出しただけの、ただの嫌がらせだ。
 選ばなければ産みの親かもしれない人物が死に、さりとて誰かを選んだとしても死が伴う。
 彼女は永遠に消えない罪をステラに背負わせるつもりなのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】浮気の証拠を揃えて婚約破棄したのに、捕まってしまいました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:433pt お気に入り:3,468

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:15,023pt お気に入り:107

婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:702pt お気に入り:572

天使志望の麻衣ちゃん

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:1

夫の愛人が訪ねてきました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,881pt お気に入り:695

婚約者から愛妾になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,009pt お気に入り:936

処理中です...