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一番大事な人?
一番大事な人?⑧
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ステラの手当てを終えた後、ジョシュアの従者とメイドは部屋を出て行く。
彼等を見送るふりで追いかけてみると、彼等は隣接する小部屋に入り、壁に穿たれた窪みに手をかけスライドさせた。
眼前にジョシュアの私室が広がった。
思わず出て行きたくなる衝動に駆られる。しかしレイフが困り顔でこちらを振り返り、手で制すので、強行突破は難しそうだ。
「後で美味しいお菓子を運ばせますね。それでは」
「さよならです」
頭を下げて退室する二人。
閉まりゆく壁は、方向から推察するに、本棚が並んでいたはずだ。
レイフ達の姿が完全に見えなくなってから、パタパタとそこに近寄り、耳を当てる。
壁の中で“ガチャリ”と重低音が鳴った。
(向こう側から鍵がかけられたのかも)
その証拠に、壁の窪みに手をかけ、力を込めてみてもビクリともしない。
そのまま耳をそば立てていると、二人の足音やドアが開閉する様な音が聞こえた。
ここでなら、大きな声を上げたら向こうにも届きそうだ。
ステラはフムフムと頷き、壁から離れた。
これから取るべき行動を考えたり、フレグランスを調香してみたりしているうちに、夜になってしまった。
運んで来て貰った夕食をとったり、お湯で体を洗ったりしているとかなりの時間が過ぎ、そろそろ寝ようかと思い始めた時おかしな現象が起きた。
通気口の真下部分が発光したのだ。
最初は淡く、徐々に範囲を広げる。
大きな四角に形取ったその光は、窓の様に、中央部分で二分割された。
「な……なに!?」
突然の異常事態に驚き、ステラは逆側の壁にへばりつく。
閉じ込められている所為で、逃げられないのが憎たらしい。
パカリと開いたそこから、人間の姿が現れる。
その姿を見て、ステラは今度こそ悲鳴を上げそうになった。
「こんばんわぁ。星の無い夜だと思ったら、こんな所にあったの」
夜だというのに日傘を差した少女は、以前と変わらぬ儚げな笑みを浮かべ、窓の縁に腰掛けた。
ありえない光景に、ステラは目を瞬かせる。
忘れていたが、彼女と最初に会った時、そういえば幻覚を使っていた。
これもまた、能力の一つなのだろう。
「シトリー……」
「名前をわざわざ調べてくれたのねぇ。嬉しい。……フフ。貴女もこっちに来ない? 悪魔避けの所為でこれ以上入れないの」
「……ここで結構です。もしかして私の魂を狙いに来たんですか?」
「うぅん……。褒めてあげたくなったの。人の身でありながら、私においたしちゃうんだもん。もぅ、びっくり」
どうやら彼女は、ステラが作ったフレグランスについて言っているらしい。
やっぱり効果が的面だったようだ。
しかし怒っている様子はなく、天使もかくやと思われる程の美貌はどこまでも穏やか。
彼女は、直面した不都合についてツラツラと語る。
それに対して適当な相槌をしながら去ってくれるのを待つと、話は思わぬ方向に飛んだ。
「__貴女の澄んだ魂を見て、どこかで覚えがあるなーって悩んでたの」
「……悪魔の方なら、たくさんの魂を見ていると思いますし、似ているのの一つや二つくらいあるんじゃないですか」
「うふふ。それはね、私への捧げ物」
「捧げ物……?」
“魂の捧げ物”と言いたいのだろうか?
そこから連想するのはレイチェルから聞いた悪魔の召喚だ。
つまり捧げられた“特別な魂”とステラの魂が似ているということ。
「肉体の外見も、似てたかなぁ……。親子なの?」
「そんなのは……知らないです……」
ゾワゾワしながらも、何とか返事をする。
(シトリーは、何を意図してる……? 魂? 親子? たしか、レイチェルさんのお師匠様は、ミクトラン帝国に拐われたかもしれなくて、私の産みの親も帝国の皇族って聞いた……。それってまさか……。いや、でも……)
泣きそうになるステラとは逆に、シトリーは楽しくてたまらないとでも言いたいかのように笑い続けている。
その姿は正しく悪魔。
「やっぱり、フレグランスの事で怒ってるんですね……。何が望みなんですか?」
「怒る? 怒ってなんかない。ただ楽しいだけ」
「……」
笑いを止めた彼女は、虚空から白い箱を取り出した。
「親愛なるステラちゃん。シトリーと取引しましょう?」
「お断りなんです!」
悪魔との取引なんてとんでもないことだ。
修道院で聞いた話によれば、それで身を滅ぼした者は数えきれないらしい。
録な内容ではないのは明白。
「いいのかなぁ? 取引しなかったら、ソックリさんの魂は私のもの。折角私と遊んでくれるステラちゃんの為に、他の道を用意してあげようと思ったのに」
「聞こえません!」
両手で耳を塞ぎ「あーあー!」と叫んでみるが、効果が薄いようだ。
何故だか、彼女の言葉がクリアに聞こえる。
「ステラちゃんが、一番大事に思っている人の魂を私に頂戴。そうしたら貴女とソックリな魂はステラちゃんのもの。……ウフフ、優しいでしょ? 私」
「一番……大事な……」
悪魔の甘言。
それはステラに残酷な天秤を差し出しただけの、ただの嫌がらせだ。
選ばなければ産みの親かもしれない人物が死に、さりとて誰かを選んだとしても死が伴う。
彼女は永遠に消えない罪をステラに背負わせるつもりなのだ。
彼等を見送るふりで追いかけてみると、彼等は隣接する小部屋に入り、壁に穿たれた窪みに手をかけスライドさせた。
眼前にジョシュアの私室が広がった。
思わず出て行きたくなる衝動に駆られる。しかしレイフが困り顔でこちらを振り返り、手で制すので、強行突破は難しそうだ。
「後で美味しいお菓子を運ばせますね。それでは」
「さよならです」
頭を下げて退室する二人。
閉まりゆく壁は、方向から推察するに、本棚が並んでいたはずだ。
レイフ達の姿が完全に見えなくなってから、パタパタとそこに近寄り、耳を当てる。
壁の中で“ガチャリ”と重低音が鳴った。
(向こう側から鍵がかけられたのかも)
その証拠に、壁の窪みに手をかけ、力を込めてみてもビクリともしない。
そのまま耳をそば立てていると、二人の足音やドアが開閉する様な音が聞こえた。
ここでなら、大きな声を上げたら向こうにも届きそうだ。
ステラはフムフムと頷き、壁から離れた。
これから取るべき行動を考えたり、フレグランスを調香してみたりしているうちに、夜になってしまった。
運んで来て貰った夕食をとったり、お湯で体を洗ったりしているとかなりの時間が過ぎ、そろそろ寝ようかと思い始めた時おかしな現象が起きた。
通気口の真下部分が発光したのだ。
最初は淡く、徐々に範囲を広げる。
大きな四角に形取ったその光は、窓の様に、中央部分で二分割された。
「な……なに!?」
突然の異常事態に驚き、ステラは逆側の壁にへばりつく。
閉じ込められている所為で、逃げられないのが憎たらしい。
パカリと開いたそこから、人間の姿が現れる。
その姿を見て、ステラは今度こそ悲鳴を上げそうになった。
「こんばんわぁ。星の無い夜だと思ったら、こんな所にあったの」
夜だというのに日傘を差した少女は、以前と変わらぬ儚げな笑みを浮かべ、窓の縁に腰掛けた。
ありえない光景に、ステラは目を瞬かせる。
忘れていたが、彼女と最初に会った時、そういえば幻覚を使っていた。
これもまた、能力の一つなのだろう。
「シトリー……」
「名前をわざわざ調べてくれたのねぇ。嬉しい。……フフ。貴女もこっちに来ない? 悪魔避けの所為でこれ以上入れないの」
「……ここで結構です。もしかして私の魂を狙いに来たんですか?」
「うぅん……。褒めてあげたくなったの。人の身でありながら、私においたしちゃうんだもん。もぅ、びっくり」
どうやら彼女は、ステラが作ったフレグランスについて言っているらしい。
やっぱり効果が的面だったようだ。
しかし怒っている様子はなく、天使もかくやと思われる程の美貌はどこまでも穏やか。
彼女は、直面した不都合についてツラツラと語る。
それに対して適当な相槌をしながら去ってくれるのを待つと、話は思わぬ方向に飛んだ。
「__貴女の澄んだ魂を見て、どこかで覚えがあるなーって悩んでたの」
「……悪魔の方なら、たくさんの魂を見ていると思いますし、似ているのの一つや二つくらいあるんじゃないですか」
「うふふ。それはね、私への捧げ物」
「捧げ物……?」
“魂の捧げ物”と言いたいのだろうか?
そこから連想するのはレイチェルから聞いた悪魔の召喚だ。
つまり捧げられた“特別な魂”とステラの魂が似ているということ。
「肉体の外見も、似てたかなぁ……。親子なの?」
「そんなのは……知らないです……」
ゾワゾワしながらも、何とか返事をする。
(シトリーは、何を意図してる……? 魂? 親子? たしか、レイチェルさんのお師匠様は、ミクトラン帝国に拐われたかもしれなくて、私の産みの親も帝国の皇族って聞いた……。それってまさか……。いや、でも……)
泣きそうになるステラとは逆に、シトリーは楽しくてたまらないとでも言いたいかのように笑い続けている。
その姿は正しく悪魔。
「やっぱり、フレグランスの事で怒ってるんですね……。何が望みなんですか?」
「怒る? 怒ってなんかない。ただ楽しいだけ」
「……」
笑いを止めた彼女は、虚空から白い箱を取り出した。
「親愛なるステラちゃん。シトリーと取引しましょう?」
「お断りなんです!」
悪魔との取引なんてとんでもないことだ。
修道院で聞いた話によれば、それで身を滅ぼした者は数えきれないらしい。
録な内容ではないのは明白。
「いいのかなぁ? 取引しなかったら、ソックリさんの魂は私のもの。折角私と遊んでくれるステラちゃんの為に、他の道を用意してあげようと思ったのに」
「聞こえません!」
両手で耳を塞ぎ「あーあー!」と叫んでみるが、効果が薄いようだ。
何故だか、彼女の言葉がクリアに聞こえる。
「ステラちゃんが、一番大事に思っている人の魂を私に頂戴。そうしたら貴女とソックリな魂はステラちゃんのもの。……ウフフ、優しいでしょ? 私」
「一番……大事な……」
悪魔の甘言。
それはステラに残酷な天秤を差し出しただけの、ただの嫌がらせだ。
選ばなければ産みの親かもしれない人物が死に、さりとて誰かを選んだとしても死が伴う。
彼女は永遠に消えない罪をステラに背負わせるつもりなのだ。
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