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それぞれの思惑
それぞれの思惑⑥
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部屋を出ると、扉の脇に立つ近衛兵達が敬礼した。
現皇帝の孫で、次期皇帝の娘だからと特別な警備を配置されているわけだが、どうにも窮屈感を感じてしまう。
彼等にペコリと頭を下げ、ノロノロと出口を目指して歩く。
一階まで下り、中庭に植えられたトピアリーに目を奪われていると、前方がにわかに騒がしくなった。
ナターリア皇女とその側近達がこちらに向かって来ている。
おそらく即位式やその後の予定を話し合っていたんだろう。
ステラはすれ違わないように中庭に出た。
別に酷い事を言われているわけではない。それどころか、この三日間で、ナターリアに二度食事に誘われている。
しかしステラはどちらも断った。
シトリーの件で彼女が生存出来るように協力してあげたけれど、今更仲良くするのには拒否感が邪魔する。
何気なさを装って、中庭を通り抜けてしまおうと考えていたのに、残念ながら見つかり、声をかけられてしまった。
「お前、どこかへ出掛けるの?」
大胆なスリットが入ったドレスを着た彼女は、ステラとよく似ているはずなのに、大人の雰囲気を漂わせる。
現に彼女の近くに居る男性は、その半分程剥き出しになった豊かな胸に釘付けになっており、気持ちが悪い。
その嫌悪感が、元修道女だから感じるのか、もしくはナターリアが自分の産みの親だから感じるのかは定かではない。
ステラは顔を顰めながら小さく口を動かす。
「街に行きます」
「そう。陽が短くなっているから、暗くなる前に帰って来い」
ナターリアの言葉が、ステラの心臓の真ん中辺りを、ジリリと焼く。
焦げるような感覚に落ちつかなくなり、ドレスの胸の辺りを握りしめる。
彼女はただそれだけ言うと、階段を上って行き、中庭にはステラだけが取り残された。
「帰って来いって……、ここは私の家じゃない」
宮殿に滞在している間、自分が心を閉ざすのを何度も感じている。
素直になれたら、ずっと望んでいた物が手に入るのかもしれない。
だけど、新たな家族を得る事は、他の関係を捨てる事に繋がる。無意識に天秤にかけているんだろう。
複雑な想いを抱えながら宮殿から出て、乗合馬車に乗る。目指すのは帝都の外れだ。
アジ・ダハーカに聞いていた宿は玉ねぎの様な形の屋根がのっかったメルヘンチックな外観だった。
レイチェルらしい選択だと感心しながら中に入る。
フロントに声をかけ、ちゃんと本人が泊まっているかどうか確かめてみたところ、ホテルマンは「ホテル内のラウンジに彼女が入り浸っている」と教えてくれた。
名前を覚えられているのは、彼女がここに滞在している間に、それだけ目立つ行動をとったからに違いない。
ホテル最上階のラウンジまで行くと、広々としたフロアの片隅に、男女一組だけが座っていた。
女性の方が珍しい藤色の髪をしているので、レイチェルで間違いなさそうさ。
「レイチェルさん」
「ん~? お、ステラちゃん。どした~?」
コバルトブルーのカクテル片手に、トロンとした眼差しをステラに投げて寄こす彼女は、まだ陽が高いというのに、完全に出来上がっている。
「えぇと、少し会いたくなってしまったというか。それに気になることもあって……わわっ!?」
話の途中でレイチェルに抱きしめられ、ムニムニと頬ずりされる。
酒臭さに耐えかねて、彼女の腕から必死に逃げ出すと、同席している男性が声を出して笑った。
「仲が良いなぁ」
三十代くらいの落ち着いた雰囲気で、琥珀色の酒をロックで口にしているにも関わらず、酔いが回っていないようだ。
彼がレイチェルの師匠なのだろうか。
「だって、この子がすっごく可愛い事言うんですもん! ねぇ、ステラ、アタシともチューしよ~!」
「うぅ……、酔っ払いなんです!」
「悪魔と出来て、何でアタシと出来ないのさ! プンプン!」
「あれは不可抗力で……、というか、何で私のキスの相手を知っているんですか!?」
「あ~、昨日の夜にね、帝都内のクラブで、泥酔状態のジョシュア坊ちゃんが大声でわめいてたからね。あんな一面もあるのかぁ」
「う、うわぁ……」
彼女の話の中のジョシュアは、普段の彼からは想像も出来ない行動だ。
キスが特別なモノだと理解してはいるものの、そこまでとり乱さなくてもと思う。恋人とはいっても、親戚や友人の延長みたいな関係なのだから。
レイチェルは微妙な顔で沈黙するステラを放置し、同席している男性に絡み出した。
「男の嫉妬程見苦しいモノはないですよね~? ブレンダン様~?」
「あはは……、大切な人に対してなら、嫉妬よりも、悪魔と口付けして大丈夫なのかどうか心配すべきじゃないかな」
ちょうど聞きたかった事を話題に出してくれた。
ステラは彼等とジックリ話すために、ウェイターにホットミルクを注文し、同席する。
「やっぱりあの口付けは良くないのでしょうか? シトリーに不審な鈴蘭も貰ってしまって、それも気になっています」
「その時の状況を教えてくれないかな? 僕の名前はブレンダン・ヘルメレル。レイチェルに召喚について教えていたんだよ」
「私はステラ・グリフィスです。えぇと__」
お互い名乗りあってから、ステラは三日前の事を語り始めた。
現皇帝の孫で、次期皇帝の娘だからと特別な警備を配置されているわけだが、どうにも窮屈感を感じてしまう。
彼等にペコリと頭を下げ、ノロノロと出口を目指して歩く。
一階まで下り、中庭に植えられたトピアリーに目を奪われていると、前方がにわかに騒がしくなった。
ナターリア皇女とその側近達がこちらに向かって来ている。
おそらく即位式やその後の予定を話し合っていたんだろう。
ステラはすれ違わないように中庭に出た。
別に酷い事を言われているわけではない。それどころか、この三日間で、ナターリアに二度食事に誘われている。
しかしステラはどちらも断った。
シトリーの件で彼女が生存出来るように協力してあげたけれど、今更仲良くするのには拒否感が邪魔する。
何気なさを装って、中庭を通り抜けてしまおうと考えていたのに、残念ながら見つかり、声をかけられてしまった。
「お前、どこかへ出掛けるの?」
大胆なスリットが入ったドレスを着た彼女は、ステラとよく似ているはずなのに、大人の雰囲気を漂わせる。
現に彼女の近くに居る男性は、その半分程剥き出しになった豊かな胸に釘付けになっており、気持ちが悪い。
その嫌悪感が、元修道女だから感じるのか、もしくはナターリアが自分の産みの親だから感じるのかは定かではない。
ステラは顔を顰めながら小さく口を動かす。
「街に行きます」
「そう。陽が短くなっているから、暗くなる前に帰って来い」
ナターリアの言葉が、ステラの心臓の真ん中辺りを、ジリリと焼く。
焦げるような感覚に落ちつかなくなり、ドレスの胸の辺りを握りしめる。
彼女はただそれだけ言うと、階段を上って行き、中庭にはステラだけが取り残された。
「帰って来いって……、ここは私の家じゃない」
宮殿に滞在している間、自分が心を閉ざすのを何度も感じている。
素直になれたら、ずっと望んでいた物が手に入るのかもしれない。
だけど、新たな家族を得る事は、他の関係を捨てる事に繋がる。無意識に天秤にかけているんだろう。
複雑な想いを抱えながら宮殿から出て、乗合馬車に乗る。目指すのは帝都の外れだ。
アジ・ダハーカに聞いていた宿は玉ねぎの様な形の屋根がのっかったメルヘンチックな外観だった。
レイチェルらしい選択だと感心しながら中に入る。
フロントに声をかけ、ちゃんと本人が泊まっているかどうか確かめてみたところ、ホテルマンは「ホテル内のラウンジに彼女が入り浸っている」と教えてくれた。
名前を覚えられているのは、彼女がここに滞在している間に、それだけ目立つ行動をとったからに違いない。
ホテル最上階のラウンジまで行くと、広々としたフロアの片隅に、男女一組だけが座っていた。
女性の方が珍しい藤色の髪をしているので、レイチェルで間違いなさそうさ。
「レイチェルさん」
「ん~? お、ステラちゃん。どした~?」
コバルトブルーのカクテル片手に、トロンとした眼差しをステラに投げて寄こす彼女は、まだ陽が高いというのに、完全に出来上がっている。
「えぇと、少し会いたくなってしまったというか。それに気になることもあって……わわっ!?」
話の途中でレイチェルに抱きしめられ、ムニムニと頬ずりされる。
酒臭さに耐えかねて、彼女の腕から必死に逃げ出すと、同席している男性が声を出して笑った。
「仲が良いなぁ」
三十代くらいの落ち着いた雰囲気で、琥珀色の酒をロックで口にしているにも関わらず、酔いが回っていないようだ。
彼がレイチェルの師匠なのだろうか。
「だって、この子がすっごく可愛い事言うんですもん! ねぇ、ステラ、アタシともチューしよ~!」
「うぅ……、酔っ払いなんです!」
「悪魔と出来て、何でアタシと出来ないのさ! プンプン!」
「あれは不可抗力で……、というか、何で私のキスの相手を知っているんですか!?」
「あ~、昨日の夜にね、帝都内のクラブで、泥酔状態のジョシュア坊ちゃんが大声でわめいてたからね。あんな一面もあるのかぁ」
「う、うわぁ……」
彼女の話の中のジョシュアは、普段の彼からは想像も出来ない行動だ。
キスが特別なモノだと理解してはいるものの、そこまでとり乱さなくてもと思う。恋人とはいっても、親戚や友人の延長みたいな関係なのだから。
レイチェルは微妙な顔で沈黙するステラを放置し、同席している男性に絡み出した。
「男の嫉妬程見苦しいモノはないですよね~? ブレンダン様~?」
「あはは……、大切な人に対してなら、嫉妬よりも、悪魔と口付けして大丈夫なのかどうか心配すべきじゃないかな」
ちょうど聞きたかった事を話題に出してくれた。
ステラは彼等とジックリ話すために、ウェイターにホットミルクを注文し、同席する。
「やっぱりあの口付けは良くないのでしょうか? シトリーに不審な鈴蘭も貰ってしまって、それも気になっています」
「その時の状況を教えてくれないかな? 僕の名前はブレンダン・ヘルメレル。レイチェルに召喚について教えていたんだよ」
「私はステラ・グリフィスです。えぇと__」
お互い名乗りあってから、ステラは三日前の事を語り始めた。
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