罪花

ちょこ

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1章目:氷の競売(こおりのきょうばい)

第2話:宝華泉という男

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第2話 宝華泉という男

俺の周囲が静まり返ったのは、宝華泉が現れたその瞬間だった。白い壁に囲まれた隔離施設《第七収容区》の廊下に、規則正しい革靴の音が響く。その足音だけで、何かが違うことがわかる。大量の職員の中でも、明らかに“異質な存在”が近づいてきていた。

廊下の先に現れた男は、長い白髪を肩に垂らしていた。整いすぎた顔立ち、そして金色の瞳。初めて会ったその瞬間から、血の気が引くような感覚が全身を走った。誰もが畏怖を抱く空気を放っている。彼は微笑むでもなく、慈愛を漂わせるでもなく、ただ静かに俺を評価していた。

「氷川陽さん、ですね」

声は低く、滑らかで、周囲の空気さえ引き締まる。彼は一歩一歩俺の前に近づく。その歩みは決して急がず、しかし避けられない運命を感じさせた。
「君は非常に貴重な能力を持っている。本来なら能力者の時点で即座にオークションにかけられる。しかし君は、見た目も麗しい。しかも──氷、だ」

その言葉に、体温が一気に下がる。呼吸の隙間に冷気が入り込み、頭から指先まで全身を駆け巡った。
「美しい君が、美しい能力を持つ。それは運命なのではないかと思う」

宝華泉の視線は、まるで芸術品を観るかのようだった。肌の色、髪の艶、指先の震え──細部まで観察され、評価されている。恐怖と畏怖が混ざる中、俺は何も言えず黙って立っているしかなかった。

次の瞬間、宝華は手にした銀色の手錠を差し出す。光を反射する冷たい金属。心臓が跳ね、手が少し震えた。
「痛くはしない。だが、礼儀として──商品は、美しく梱包しないとね」

カチリ、と手錠が閉じられる音。続いて足枷も装着され、皮膚に冷たさが染み込む。逃げ場のない状況がはっきりと実感される。今までの施設生活と同じく、逃げることは許されない。しかし今回は違う。宝華泉という評価者が、全てを決定しているのだ。

「君の手首、足首はこうして守ることで、力の制御が不可能な状態でも安全に保てる」

優しく囁く声と冷たい金属。矛盾した感覚に頭が支配される。恐怖、屈辱、そしてどこか理解できない安堵。手錠に縛られているのに、守られているような感覚が芽生えた。

移送車のドアが開く。白い靴底がステップに触れる音。手錠と足枷をつけられたまま、俺は宝華泉の後をついて行くしかなかった。廊下を抜け、鉄格子の扉を通る。ライトが眩しく、職員たちは一礼して視線を下げる。みんな、俺に目を向けるが、それは“少年”ではなく、商品を見ている目だった。

車内は静かで、外の街灯が窓ガラスに反射して揺れるだけ。隣には他の被験者が座っていた。久我蓮司──炎の能力者。片桐美苑──光を操る少女。二人とも目を伏せ、沈黙を守っている。車内に流れる空気は、緊張と恐怖、そして微かな希望の混ざったものだった。

宝華泉は淡々とした声で話す。「君たちは特別だ。誰よりも、運命に選ばれた存在。だから、この移送は重要なのだ」

陽は小さく息を吐く。彼の言葉は優しいが、逃れられない現実を改めて突きつける。外の街灯が揺れ、遠くの夜景がちらりと見える。自由への微かな希望が胸の奥で光ったが、手錠の重みがそれを押さえつける。

俺は久我蓮司に視線を向けた。彼の目は恐怖に支配され、光の少女は震えている。俺も同じように縛られ、自由を奪われている。だが、宝華泉の視線の下で、俺たちは“特別な存在”であることを思い知らされる。

「氷川陽──君は美しい。だからこそ、価値がある」

宝華泉の声が暗闇に響き渡る。冷たい言葉が、俺の胸を貫き、しかしどこか甘い温度を残した。車は静かに夜の街を走り抜ける。息を詰めるしかできない俺の胸に、恐怖と安堵が入り混じった感覚が広がった。

隣の久我蓮司が小さく息を漏らす。片桐美苑は目を伏せたまま小指を握りしめる。俺はただ、手錠の冷たさを感じながら、彼らの緊張と共鳴していることを知った。冷気が微かに指先に絡み、ネモフィラの花びらのように舞うような錯覚を覚える。

宝華泉は静かに俺の肩に手を置いた。「君の恐怖も、怒りも、悲しみも──すべては価値に変わる。恐れなくていい」

俺は震えながらも、彼の言葉を理解しようとする。しかし、理解できない自分と、理解せざるを得ない現実が交錯する。車のエンジン音と外の夜風が混ざり、時間の感覚が歪む。

街を抜け、施設の影が遠ざかると、俺の心はさらに緊張した。ここから先は、もう少年としての日常ではなく、能力者として、そして“商品”としての運命が始まるのだ。

宝華泉の声が再び響く。「氷川陽──君は美しい。だからこそ、価値がある」

その言葉が、俺の胸に深く刻まれた。恐怖と期待、屈辱と安堵──混ざり合った感情が、俺を次の世界へと導いていく
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