2 / 5
1章目:氷の競売(こおりのきょうばい)
第2話:宝華泉という男
しおりを挟む
第2話 宝華泉という男
俺の周囲が静まり返ったのは、宝華泉が現れたその瞬間だった。白い壁に囲まれた隔離施設《第七収容区》の廊下に、規則正しい革靴の音が響く。その足音だけで、何かが違うことがわかる。大量の職員の中でも、明らかに“異質な存在”が近づいてきていた。
廊下の先に現れた男は、長い白髪を肩に垂らしていた。整いすぎた顔立ち、そして金色の瞳。初めて会ったその瞬間から、血の気が引くような感覚が全身を走った。誰もが畏怖を抱く空気を放っている。彼は微笑むでもなく、慈愛を漂わせるでもなく、ただ静かに俺を評価していた。
「氷川陽さん、ですね」
声は低く、滑らかで、周囲の空気さえ引き締まる。彼は一歩一歩俺の前に近づく。その歩みは決して急がず、しかし避けられない運命を感じさせた。
「君は非常に貴重な能力を持っている。本来なら能力者の時点で即座にオークションにかけられる。しかし君は、見た目も麗しい。しかも──氷、だ」
その言葉に、体温が一気に下がる。呼吸の隙間に冷気が入り込み、頭から指先まで全身を駆け巡った。
「美しい君が、美しい能力を持つ。それは運命なのではないかと思う」
宝華泉の視線は、まるで芸術品を観るかのようだった。肌の色、髪の艶、指先の震え──細部まで観察され、評価されている。恐怖と畏怖が混ざる中、俺は何も言えず黙って立っているしかなかった。
次の瞬間、宝華は手にした銀色の手錠を差し出す。光を反射する冷たい金属。心臓が跳ね、手が少し震えた。
「痛くはしない。だが、礼儀として──商品は、美しく梱包しないとね」
カチリ、と手錠が閉じられる音。続いて足枷も装着され、皮膚に冷たさが染み込む。逃げ場のない状況がはっきりと実感される。今までの施設生活と同じく、逃げることは許されない。しかし今回は違う。宝華泉という評価者が、全てを決定しているのだ。
「君の手首、足首はこうして守ることで、力の制御が不可能な状態でも安全に保てる」
優しく囁く声と冷たい金属。矛盾した感覚に頭が支配される。恐怖、屈辱、そしてどこか理解できない安堵。手錠に縛られているのに、守られているような感覚が芽生えた。
移送車のドアが開く。白い靴底がステップに触れる音。手錠と足枷をつけられたまま、俺は宝華泉の後をついて行くしかなかった。廊下を抜け、鉄格子の扉を通る。ライトが眩しく、職員たちは一礼して視線を下げる。みんな、俺に目を向けるが、それは“少年”ではなく、商品を見ている目だった。
車内は静かで、外の街灯が窓ガラスに反射して揺れるだけ。隣には他の被験者が座っていた。久我蓮司──炎の能力者。片桐美苑──光を操る少女。二人とも目を伏せ、沈黙を守っている。車内に流れる空気は、緊張と恐怖、そして微かな希望の混ざったものだった。
宝華泉は淡々とした声で話す。「君たちは特別だ。誰よりも、運命に選ばれた存在。だから、この移送は重要なのだ」
陽は小さく息を吐く。彼の言葉は優しいが、逃れられない現実を改めて突きつける。外の街灯が揺れ、遠くの夜景がちらりと見える。自由への微かな希望が胸の奥で光ったが、手錠の重みがそれを押さえつける。
俺は久我蓮司に視線を向けた。彼の目は恐怖に支配され、光の少女は震えている。俺も同じように縛られ、自由を奪われている。だが、宝華泉の視線の下で、俺たちは“特別な存在”であることを思い知らされる。
「氷川陽──君は美しい。だからこそ、価値がある」
宝華泉の声が暗闇に響き渡る。冷たい言葉が、俺の胸を貫き、しかしどこか甘い温度を残した。車は静かに夜の街を走り抜ける。息を詰めるしかできない俺の胸に、恐怖と安堵が入り混じった感覚が広がった。
隣の久我蓮司が小さく息を漏らす。片桐美苑は目を伏せたまま小指を握りしめる。俺はただ、手錠の冷たさを感じながら、彼らの緊張と共鳴していることを知った。冷気が微かに指先に絡み、ネモフィラの花びらのように舞うような錯覚を覚える。
宝華泉は静かに俺の肩に手を置いた。「君の恐怖も、怒りも、悲しみも──すべては価値に変わる。恐れなくていい」
俺は震えながらも、彼の言葉を理解しようとする。しかし、理解できない自分と、理解せざるを得ない現実が交錯する。車のエンジン音と外の夜風が混ざり、時間の感覚が歪む。
街を抜け、施設の影が遠ざかると、俺の心はさらに緊張した。ここから先は、もう少年としての日常ではなく、能力者として、そして“商品”としての運命が始まるのだ。
宝華泉の声が再び響く。「氷川陽──君は美しい。だからこそ、価値がある」
その言葉が、俺の胸に深く刻まれた。恐怖と期待、屈辱と安堵──混ざり合った感情が、俺を次の世界へと導いていく
俺の周囲が静まり返ったのは、宝華泉が現れたその瞬間だった。白い壁に囲まれた隔離施設《第七収容区》の廊下に、規則正しい革靴の音が響く。その足音だけで、何かが違うことがわかる。大量の職員の中でも、明らかに“異質な存在”が近づいてきていた。
廊下の先に現れた男は、長い白髪を肩に垂らしていた。整いすぎた顔立ち、そして金色の瞳。初めて会ったその瞬間から、血の気が引くような感覚が全身を走った。誰もが畏怖を抱く空気を放っている。彼は微笑むでもなく、慈愛を漂わせるでもなく、ただ静かに俺を評価していた。
「氷川陽さん、ですね」
声は低く、滑らかで、周囲の空気さえ引き締まる。彼は一歩一歩俺の前に近づく。その歩みは決して急がず、しかし避けられない運命を感じさせた。
「君は非常に貴重な能力を持っている。本来なら能力者の時点で即座にオークションにかけられる。しかし君は、見た目も麗しい。しかも──氷、だ」
その言葉に、体温が一気に下がる。呼吸の隙間に冷気が入り込み、頭から指先まで全身を駆け巡った。
「美しい君が、美しい能力を持つ。それは運命なのではないかと思う」
宝華泉の視線は、まるで芸術品を観るかのようだった。肌の色、髪の艶、指先の震え──細部まで観察され、評価されている。恐怖と畏怖が混ざる中、俺は何も言えず黙って立っているしかなかった。
次の瞬間、宝華は手にした銀色の手錠を差し出す。光を反射する冷たい金属。心臓が跳ね、手が少し震えた。
「痛くはしない。だが、礼儀として──商品は、美しく梱包しないとね」
カチリ、と手錠が閉じられる音。続いて足枷も装着され、皮膚に冷たさが染み込む。逃げ場のない状況がはっきりと実感される。今までの施設生活と同じく、逃げることは許されない。しかし今回は違う。宝華泉という評価者が、全てを決定しているのだ。
「君の手首、足首はこうして守ることで、力の制御が不可能な状態でも安全に保てる」
優しく囁く声と冷たい金属。矛盾した感覚に頭が支配される。恐怖、屈辱、そしてどこか理解できない安堵。手錠に縛られているのに、守られているような感覚が芽生えた。
移送車のドアが開く。白い靴底がステップに触れる音。手錠と足枷をつけられたまま、俺は宝華泉の後をついて行くしかなかった。廊下を抜け、鉄格子の扉を通る。ライトが眩しく、職員たちは一礼して視線を下げる。みんな、俺に目を向けるが、それは“少年”ではなく、商品を見ている目だった。
車内は静かで、外の街灯が窓ガラスに反射して揺れるだけ。隣には他の被験者が座っていた。久我蓮司──炎の能力者。片桐美苑──光を操る少女。二人とも目を伏せ、沈黙を守っている。車内に流れる空気は、緊張と恐怖、そして微かな希望の混ざったものだった。
宝華泉は淡々とした声で話す。「君たちは特別だ。誰よりも、運命に選ばれた存在。だから、この移送は重要なのだ」
陽は小さく息を吐く。彼の言葉は優しいが、逃れられない現実を改めて突きつける。外の街灯が揺れ、遠くの夜景がちらりと見える。自由への微かな希望が胸の奥で光ったが、手錠の重みがそれを押さえつける。
俺は久我蓮司に視線を向けた。彼の目は恐怖に支配され、光の少女は震えている。俺も同じように縛られ、自由を奪われている。だが、宝華泉の視線の下で、俺たちは“特別な存在”であることを思い知らされる。
「氷川陽──君は美しい。だからこそ、価値がある」
宝華泉の声が暗闇に響き渡る。冷たい言葉が、俺の胸を貫き、しかしどこか甘い温度を残した。車は静かに夜の街を走り抜ける。息を詰めるしかできない俺の胸に、恐怖と安堵が入り混じった感覚が広がった。
隣の久我蓮司が小さく息を漏らす。片桐美苑は目を伏せたまま小指を握りしめる。俺はただ、手錠の冷たさを感じながら、彼らの緊張と共鳴していることを知った。冷気が微かに指先に絡み、ネモフィラの花びらのように舞うような錯覚を覚える。
宝華泉は静かに俺の肩に手を置いた。「君の恐怖も、怒りも、悲しみも──すべては価値に変わる。恐れなくていい」
俺は震えながらも、彼の言葉を理解しようとする。しかし、理解できない自分と、理解せざるを得ない現実が交錯する。車のエンジン音と外の夜風が混ざり、時間の感覚が歪む。
街を抜け、施設の影が遠ざかると、俺の心はさらに緊張した。ここから先は、もう少年としての日常ではなく、能力者として、そして“商品”としての運命が始まるのだ。
宝華泉の声が再び響く。「氷川陽──君は美しい。だからこそ、価値がある」
その言葉が、俺の胸に深く刻まれた。恐怖と期待、屈辱と安堵──混ざり合った感情が、俺を次の世界へと導いていく
0
あなたにおすすめの小説
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
『定時後の偶然が多すぎる』
こさ
BL
定時後に残業をするたび、
なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。
仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。
必要以上に踏み込まず、距離を保つ人――
それが、彼の上司だった。
ただの偶然。
そう思っていたはずなのに、
声をかけられる回数が増え、
視線が重なる時間が長くなっていく。
「無理はするな」
それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、
彼自身はまだ知らない。
これは、
気づかないふりをする上司と、
勘違いだと思い込もうとする部下が、
少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。
静かで、逃げ場のない溺愛が、
定時後から始まる。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる