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第十四話 不思議の森の魔女と騎士
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ティアが仁義なき戦いをしている頃、ルウドは呑気に釣りをしていた。
魚は釣れるが、幽霊は釣れない。
なんだか眠くなってきた。ルウドは寝転がり、うとうととまどろむ。
旅疲れもあり、貯まった休みを遠慮なく消化させて貰っているがこんなに静かな日は滅多にない。始終ティア姫がどこかで問題を起こしているので気が休まらない。
森の冷涼な空気とどこからか聞こえる何かの唸り声を聞きながらルウドはぼんやりもの思う。
悩みは色々あるけれど、優先するのは昨日の事。
ティア姫は必ず追及してくる。絶対誤魔化されない。
――――――どう言い訳したらいいんだ?
正直になど言えるわけない。ここはやはり覚えていないふりか。
「―――おい、こら、聞いてるのか?」
「……‥」
ルウドはゆっくり起きて辺りを見回す。
「……ええと?」
「目を覚ませ、全く鈍い男だ」
目の前に男が立っていた。
黒髪緑眼、長身の騎士の制服を着た男だ。制服は随分古そうだが騎士の紋章が胸に着いているので分かりやすい。
「…ええと貴方は……?」
なんだか居出立ちが堂々としていて固くて偉そうだが、何だかその姿が揺らいでいる。良くみると透けている。
「何だお前は。騎士と言うならもっとしゃきっとせんか!全く最近の騎士は緩くていかん。いくら平和な世が続いているといっても騎士の仕事は王国の重鎮を守る重要な仕事だ。
何時いかなる時も周囲に気を配り変化を見逃さず、常に警戒態勢を怠るのではない」
「―――はい、申し訳ございません!」
ルウドはぴしりと立ち上がり恐縮する。
幽霊に怒られた。しかし幽霊であっても先輩であった。大昔の人だけあってさすがに厳しい。
「……ところであの、貴方はこの湖の幽霊ですか?」
「まあな」
「なぜ成仏されないので?」
「―――悪いのか?」
ぎろりと睨まれてルウドは恐縮した。
「……いえその、呪いとかあるのはちょっと困るかな、と」
「何が困るかな、だ。貴様のような不甲斐無い頼りなさげな男の為にこの呪いはあるのだ。
好きな女もまともに口説けない、モノに出来ないお前の様な奴が真っ先にここを使うべきなのだ。存分に使え、そして彼女を幸せにしてやれ」
「……それはちょっと、無茶ですから。それよりもこの呪縛を解いて呪いを解くにはどうしたら?」
「何だと…?」
「何時までもそのままは辛いでしょう?早く成仏された方がいいかと」
「私の事などほっておけ!如何にこの世に留まるのが辛かろうとそれは私の贖罪。お前には関係ない。お前は自分の事を何とかしろ!このままではいかんぞ!」
「しかしその、もう十分長くここに留まっておられるのでしょう?贖罪と言われていますがもう十分それは果たされた様に思います。楽になってもいいではないですか?」
「…お前、私を成仏させるために待っていたのか?」
「はい、ぜひ、助けになればと」
「そうか。しかし私の罪は永劫ともいえる罪。ここで永遠に罪を贖い続けねば私の気が済むことはない。私のような男は永遠に苦しみ続けるべきなのだ」
「……そんな…」
永遠に彼は苦しみ続ける。それを自ら選んでしまった彼を救うというのはどうすればいいのだろう?
悲しみを含んだ緑眼を緩ませた彼はすっと消えた。
ルウドは彼にかける言葉が分からなかった。
「……どうすればいいんだ私は?」
「そ、それを私に言われても……」
魔法使いの塔に戻ってきたルウドはゾフィーに説明した。
しかしゾフィーにはどうしようもない。
魔法使いなのに最近何の役にも立っていない気がする。
「ルウドったら、折角会ったのにただお説教されただけなんて。まあこれだけ長い時をあの場にいるというのだから簡単にはいかないのは分かってたけど」
ルウドの横でロヴェリナが言う。最近彼女はいつもルウドに張り付いている。
「ロヴェリナ様、何で出て来てくれなかったのですか?……幽霊ですけど相手は古代の大先輩。遭って見るとなんか怖くて成仏しろなんて偉そうに言えないじゃないですか。
……なんかすごく怒られてしまったし……」
「……上の者にはとことん逆らえないのね。幽霊なのに」
「とりあえず森の入口には危険の立札を立てる事にしました、今更ですが」
「……あの人、私などに救われるのはやっぱりプライドに触りますかね?」
「何言ってるのよ?彼を救えるのは今を生きる人達だけよ?彼を見つけたあなたが助けなくてどうするの?あなたが何とかしないと彼はまたずっとあのままよ?」
「………自分は苦しむべきだという彼をどう救えというんだ?」
「もう随分昔に終わってしまった事を取り返そうとするのは不可能よ。どんなに罪を悔いてもなにもかえらないわ」
「それを分かっていても贖罪を続けてるんだ。私などが口を挟むことすらおこがましい」
「それじゃ彼は成仏できない」
弱気になったルウドはじっとロヴェリナを見る。
「―――――ロヴェリナ様、貴女は?何故この世に残り続けているんだ?」
ロヴェリナは困ったようにルウドの髪を撫でる仕草をする。
「私は幽霊じゃなく過去の残り香よ。どうしても見届けなければならない事があるからここにいるの。贖罪を負う彼とは違うの」
「それはどのような?」
「それは貴方には関わりのない事よ?私は勝手に現れて、きっとまた勝手に消えるわ。気にしなくていいの」
「……そうですか……」
ルウドは息を落す。
関係ない、関わりないと皆に言われる。しかしそれで引き下がっていたら本当に関係がなくなってしまう。それはとても寂しい、折角会ったのに。
「どうしたら彼を救えるのだろうか…?」
永遠を選んでも彼自身に変わるものなどない。成仏しなければ先へは進めない。
彼の中で止まってしまった時間を動かすには…?
魚は釣れるが、幽霊は釣れない。
なんだか眠くなってきた。ルウドは寝転がり、うとうととまどろむ。
旅疲れもあり、貯まった休みを遠慮なく消化させて貰っているがこんなに静かな日は滅多にない。始終ティア姫がどこかで問題を起こしているので気が休まらない。
森の冷涼な空気とどこからか聞こえる何かの唸り声を聞きながらルウドはぼんやりもの思う。
悩みは色々あるけれど、優先するのは昨日の事。
ティア姫は必ず追及してくる。絶対誤魔化されない。
――――――どう言い訳したらいいんだ?
正直になど言えるわけない。ここはやはり覚えていないふりか。
「―――おい、こら、聞いてるのか?」
「……‥」
ルウドはゆっくり起きて辺りを見回す。
「……ええと?」
「目を覚ませ、全く鈍い男だ」
目の前に男が立っていた。
黒髪緑眼、長身の騎士の制服を着た男だ。制服は随分古そうだが騎士の紋章が胸に着いているので分かりやすい。
「…ええと貴方は……?」
なんだか居出立ちが堂々としていて固くて偉そうだが、何だかその姿が揺らいでいる。良くみると透けている。
「何だお前は。騎士と言うならもっとしゃきっとせんか!全く最近の騎士は緩くていかん。いくら平和な世が続いているといっても騎士の仕事は王国の重鎮を守る重要な仕事だ。
何時いかなる時も周囲に気を配り変化を見逃さず、常に警戒態勢を怠るのではない」
「―――はい、申し訳ございません!」
ルウドはぴしりと立ち上がり恐縮する。
幽霊に怒られた。しかし幽霊であっても先輩であった。大昔の人だけあってさすがに厳しい。
「……ところであの、貴方はこの湖の幽霊ですか?」
「まあな」
「なぜ成仏されないので?」
「―――悪いのか?」
ぎろりと睨まれてルウドは恐縮した。
「……いえその、呪いとかあるのはちょっと困るかな、と」
「何が困るかな、だ。貴様のような不甲斐無い頼りなさげな男の為にこの呪いはあるのだ。
好きな女もまともに口説けない、モノに出来ないお前の様な奴が真っ先にここを使うべきなのだ。存分に使え、そして彼女を幸せにしてやれ」
「……それはちょっと、無茶ですから。それよりもこの呪縛を解いて呪いを解くにはどうしたら?」
「何だと…?」
「何時までもそのままは辛いでしょう?早く成仏された方がいいかと」
「私の事などほっておけ!如何にこの世に留まるのが辛かろうとそれは私の贖罪。お前には関係ない。お前は自分の事を何とかしろ!このままではいかんぞ!」
「しかしその、もう十分長くここに留まっておられるのでしょう?贖罪と言われていますがもう十分それは果たされた様に思います。楽になってもいいではないですか?」
「…お前、私を成仏させるために待っていたのか?」
「はい、ぜひ、助けになればと」
「そうか。しかし私の罪は永劫ともいえる罪。ここで永遠に罪を贖い続けねば私の気が済むことはない。私のような男は永遠に苦しみ続けるべきなのだ」
「……そんな…」
永遠に彼は苦しみ続ける。それを自ら選んでしまった彼を救うというのはどうすればいいのだろう?
悲しみを含んだ緑眼を緩ませた彼はすっと消えた。
ルウドは彼にかける言葉が分からなかった。
「……どうすればいいんだ私は?」
「そ、それを私に言われても……」
魔法使いの塔に戻ってきたルウドはゾフィーに説明した。
しかしゾフィーにはどうしようもない。
魔法使いなのに最近何の役にも立っていない気がする。
「ルウドったら、折角会ったのにただお説教されただけなんて。まあこれだけ長い時をあの場にいるというのだから簡単にはいかないのは分かってたけど」
ルウドの横でロヴェリナが言う。最近彼女はいつもルウドに張り付いている。
「ロヴェリナ様、何で出て来てくれなかったのですか?……幽霊ですけど相手は古代の大先輩。遭って見るとなんか怖くて成仏しろなんて偉そうに言えないじゃないですか。
……なんかすごく怒られてしまったし……」
「……上の者にはとことん逆らえないのね。幽霊なのに」
「とりあえず森の入口には危険の立札を立てる事にしました、今更ですが」
「……あの人、私などに救われるのはやっぱりプライドに触りますかね?」
「何言ってるのよ?彼を救えるのは今を生きる人達だけよ?彼を見つけたあなたが助けなくてどうするの?あなたが何とかしないと彼はまたずっとあのままよ?」
「………自分は苦しむべきだという彼をどう救えというんだ?」
「もう随分昔に終わってしまった事を取り返そうとするのは不可能よ。どんなに罪を悔いてもなにもかえらないわ」
「それを分かっていても贖罪を続けてるんだ。私などが口を挟むことすらおこがましい」
「それじゃ彼は成仏できない」
弱気になったルウドはじっとロヴェリナを見る。
「―――――ロヴェリナ様、貴女は?何故この世に残り続けているんだ?」
ロヴェリナは困ったようにルウドの髪を撫でる仕草をする。
「私は幽霊じゃなく過去の残り香よ。どうしても見届けなければならない事があるからここにいるの。贖罪を負う彼とは違うの」
「それはどのような?」
「それは貴方には関わりのない事よ?私は勝手に現れて、きっとまた勝手に消えるわ。気にしなくていいの」
「……そうですか……」
ルウドは息を落す。
関係ない、関わりないと皆に言われる。しかしそれで引き下がっていたら本当に関係がなくなってしまう。それはとても寂しい、折角会ったのに。
「どうしたら彼を救えるのだろうか…?」
永遠を選んでも彼自身に変わるものなどない。成仏しなければ先へは進めない。
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