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第十四話 不思議の森の魔女と騎士
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しおりを挟む怖い森をひたすら走って湖に行きついてティアは泣きだす。
「ルウドの馬鹿っ、どうしていつもああなのよ?酷いわ。私が子供だからいけないというの?」
薄暗くて冷たくて不気味で怖い森だがそれよりももっと、悲しくてならなかった。
「どうせ子供よ。色気も胸もないわよっ。だからってどうしろと言うのよ?できればもっと早く生まれてきたかったけど仕方ないじゃない!」
「……お姫様、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよおおおっ、ルウドの馬鹿あああああっ!」
「………余りお泣きになると身体に毒ですよ?何でも聞いて差し上げますから泣くのはやめましょう?」
ティアは傍の男の声に顔をあげ、顔を拭いて彼を見る。
姿形が揺らめいて、薄く透けている。緑の瞳が優しく緩んで姫を見つめ、微笑んでいるので怖いとは感じない。
「……貴方は誰…?」
「幽霊ですよ。でも姫様を守る騎士でした」
「騎士なのに湖にいるの?どうして?」
「私は姫を守れませんでした。だから姫の元へ帰る資格がないのです」
「姫はきっと待っているのではなくて?私なら幾らでも待つわ。いつか戻って来てくれると信じているなら」
「………姫様の騎士は……」
「ルウドは私じゃ駄目なのよ。不服なんだわ。大人の女性がいいのよ」
「姫様だってすぐに大人になりますよ。それも誰も文句など付け様のないお美しい女性になります」
「……今じゃないと嫌。不安なのよ。ルウドがどこかへ行ってしまいそうで」
「しっかり捕まえておきたいのですね。分かりました、私が協力いたしましょう。どんな事をしてもあの男をモノにするのです」
「本当?有難う!」
ティアが頬を染めて笑うと騎士の幽霊は切なげに微笑んだ。
そのすぐ後にルウドが現れる。
「―――――ティア様、森を出ましょう?機嫌を直して下さいよ?」
「嫌よ、ルウド、なぜこちらに来ないの?そんなに離れて?」
「……呪いの森と言ったでしょう?そのような所にいると幽霊に呪われてしまいますよ?」
木陰でルウドは姫を呼ぶ。今更怖いわけでもなかろうにそこから動きもしない。
そんなに結ばれるのが嫌なのかとティアは悲しくなる。
「……知らないわよ。呪われたってルウドに関係ないでしょう?どうでもいいわよ」
「ティア様、そんな自棄にならず、もっとよく考えて下さいよ?姫様なら幾らでもよい相手に巡り合えます。私の様な何も持たない男を選ぶよりずっと…」
「ルウドはそれでいいというの?でも私はより不幸だわ」
「……姫様……」
「そんな所にいないでこっちに来てよ?ルウドは私の事、そんなに嫌なの?」
「………そんなわけないでしょう」
ルウドはのろのろと湖付近のティアの傍にやってきた。ティアはルウドにしがみ付く。
「私はルウドしか選ばないわ。ルウドが受け止めてくれないと私は一生独身のままよ?絶対ルウド以外の人との結婚なんてあり得ない」
「――――――…ホントに頑固な……」
一度決めた事はけして曲げない。これはティア姫だけに限らず、連綿と続くこの王家の特性らしい。王も、皇子も姫達も、妙に頑固なところがある。
ルウドは抱きついたまま離れない姫の髪を優しく撫でる。
「……ティア様………」
「どこにも行っちゃいやよ?ルウドはずっと私の傍にいてよ」
「……いますよ」
ルウドはそっとティア姫を抱きしめる。
腕の中の姫がとても愛しくて仕方がないが、気をつけなければ呪いに負けてしまう。ルウドは必死に何とか正気を保とうとする。が―――――、
「ふふふふふ、甘い――――……」
「え…‥?うわっ……!」
突然ルウドの身体が崩れ、草の上に倒れた。
何かに縛られた様に身体が動かない。
「――――っ、なんだ?どうなって……?」
「ルウド?大丈夫?」
ティア姫がルウドの頭を支え、髪を撫でる。
「大丈夫です。なんか体が動かな……?」
何故か幽霊がルウドを眺め、不気味に笑っている。
「ク、クラディウス殿……」
「へえ、クラディウスと言うのねあなた」
「…‥ひ、姫…?」
幽霊の騎士はティア姫に礼をとる。
「そうです、遅ればせましたが私、騎士クラディウスと申します。国内外にも少しは名の通った騎士だったのです」
「まあ、それはもったいなかったわね」
「昔の話です。今はただの幽霊です。ですがあなたのお役に立てる事はこの上ない幸せ。さあどうぞ、この男をお好きなようになさってください。既成事実さえでき上がってしまえばもう抵抗する力すら起こりませんよ。この男も観念します」
「――――――――――!」
「まあ嬉しい、こんな所でなんだけど。チャンスはモノにしないとね。遠慮なく頂くことにするわ」
「――――――姫、何言って…!」
「私消えますから遠慮なく好きなだけゆっくりして行って下さい」
「――――クラディウス殿……!」
ティアはルウドの上に乗って嬉しげに顔を寄せる。
「――――ひ、姫、はしたない、やめて下さい」
「いやよ?」
身体をすり寄せられて、顔に口づけられる。
「……‥っ、何時の間に幽霊とグルになったのです?あなた幽霊嫌いでしょう?」
「あんまり、思ったほど怖くないわね?何か爽やかな紳士って感じだけど彼、幽霊ってあんなものなのかしら?」
ティアの拙いキスを受けてルウドは身をよじらせる。身体が金縛りのように動かないが何とか抵抗を試みる。
「……幽霊は幽霊でしょう?姫、何とかして下さいこれ!」
「何とかしたら逃げるでしょう?」
「当たり前です!というかやめて下さい!痴女ですか貴女は!」
「………何とでも言えばいいわ。ルウドが悪いんだから」
「―――――っ!そ、それがお姫様のする事ですかっ!」
「どちらにしろルウドと結婚したら身分もなくなるし、お姫様でなくなるからそんな事気にする必要ないわね。…………ところでルウド、既成事実ってどうやって作るのかしら?」
「―――――うっ、わあああああああああっ!」
ルウドは無理やり力づくで姫を剥がして、転がり這いずり何とか離れた。
身体を無理やりにでも動かして気合いで金縛りを破る。
「………ルウド……」
神経がピリピリするが何とか体が動き、自由になった。
「―――――ティア様」
ルウドはニッコリと姫を見て笑う。
「……………‥」
「こちらに来なさい」
「……………お、怒ってるの……?」
「当たり前です、さあいらっしゃい。既成事実を知りたいのでしょう?」
「…………」
おずおずと近づくティア姫をルウドはしっかり捕まえる。
「…ル、ルウド…?」
冷やかな青い瞳が鋭く光り、ティア姫はビクつく。
「お仕置きです、覚悟しなさい!」
「―――――――ひっ!いやあああああああああああっ!」
森の中にティア姫の悲鳴が長々と木霊した。
「ルウド、酷い。こんなになるまで叩くなんて。もうお嫁に行けない」
「知りません、自業自得です。全くロクな事をしやしない」
ルウドにお尻を散々叩かれてぐったりして大人しくなった頃、ようやく連れ出されて魔法使いの塔に入った。
客室の長椅子に寝かされて叩かれたお尻を摩ると痛みが走る。
「お姫様のお尻を叩く騎士が居て?こんな扱い酷過ぎる」
「騎士に襲いかかる姫が居ますか。幽霊まで味方につけて。冗談じゃない。もう二度と森へ近づいてはいけません」
「何でよ?あんな森で一人で。寂しがるわよ彼」
「あの方はもう何百年もあそこにいるのです。寂しいならとっくに成仏しているはずです。ほっておきなさい」
「冷たいわねルウド。同じ騎士でしょう、それも先輩の」
「だから成仏させようとしていたのに」
「……ずっといるのなら何かのきっかけがないと難しいわよね」
「呪いの湖なのですから姫はけして入らないでください」
「ルウドが一緒ならいいわよね?」
「ダメです、ほんとに懲りない人ですねあなたは」
「……ケチ。デートのやり直しもしてくれないし」
「ケチで結構。それともう一つ」
ルウドはゾフィーの本が並んでいる棚から一冊の本を取り出す。
その本のラベルを見たティアは戦慄した。
「―――――嘘!どうして?そんなまさか?それが何でそこにあるのよ?」
魔女ロヴェリナの記述書。
ティアの研究室にあるそれがゾフィーの本棚にあるわけない。研究所にはティアしか入れないはずなのだから。
「嘘よ!それ本物なの?」
「どちらでもよろしい。とにかくこれは没収します。危険薬品の精製法などが書かれている本を悪用して悪さを重ねられたら堪りません」
「―――――そ、そんな!悪さなんかしないわよ!それは色々役に立っているのよ?毒だって消したじゃない!お願い返して!」
「古代文字をどう翻訳しているのか想像もつきませんが。良く分からない物を適当に造って表に出す事がどれだけ危険な事か、分からない訳ではないでしょう?」
「精製が目的ではないわ!それにはロヴェリナの意思が!伝わらない真実の歴史が!隠された宝の鍵が!」
「どちらにしろ貴女が読むべき書ではない事は確かです。もう諦めなさい」
「そんな!嫌よ!冗談じゃないわ!私が何年かかってそれを訳していると思っているの!なぜ私の探究心を取り上げるの?ルウド酷い!」
「……貴女魔法使いでもないでしょう?知る必要のない知識は身につけなくてよろしい。お姫様はお姫様らしく守られていればいいのです」
「返して!真実の書!それがないと夜も眠れないわ!お肌が荒れちゃうわよ!」
手を伸ばして必死で叫ぶティアをルウドは冷たく見据え、更に冷酷に笑う。
「これは預かります。ですが次にまた姫があの森へ入った事が分かった時は、この本燃やしますからね?」
「いやああああああああああ!ルウドのばかあああああああああああっ!」
ティアはとんでもない質を取られた。
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