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第十八話 意地悪姫と他人事姫
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しおりを挟むその頃ルウドは困っていた。
何故こんな事になっているのだろう?最早分からない。
「全くうちの母にも困ったものだよ。私の時にも散々口を挟まれて混乱してしまったというのにまた同じ事を弟にするんだから。こんな事は当人同士の問題だと言っているだろうに」
「はあ…」
「大体せっかく楽しくお付き合いをしている所に水を差してどうするんだ。まとまるものも壊れるよ」
「そうですね……」
クライブ皇子は木剣を振り上げながら愚痴を言う。ルウドは内心困りながら皇子の剣を受け応じる。
ここは兵の訓練場である。
訓練の為にやってきたルウドにクライブ皇子が声を掛けてきて訓練の相手をしてくれと言われた。それはいいのだが愚痴の相手までしたくない。
大体愚痴を言いながら剣技を繰り出してくる相手は生半可な腕ではない。愚痴を聞く余裕などない。
「君、ちゃんと聞いてる?もしかして姫様とスティアが仲良くするのが気に入らないとか?姫と騎士の恋愛とか、良くある話だけど?」
「そんな事はありません!」
ルウドの肩にクライブの木剣が入った。
「………まさか図星?」
「違いますよ、やめて下さい」
ルウドはクライブの間合いから離れる。
「もう貴方の愚痴は聞きません、強い相手と呑気に話しながら応戦する余裕は私にはありません。話か訓練かどちらかにして下さいよ」
「いや済まない、何しろ時間があまりないものだから何でも纏め癖がついていてね?」
「スティア皇子と姫の事は当人同士に任せることです。あれこれ言っても仕方ない。私は訓練の方が重要ですが?」
「そうだね、私もだ。剣技大会には私も出るからね」
「黒騎士隊長どのが出るのでは?」
「剣技大会は誰でも参加自由だよ。まあ私の騎士も出るけど。そして当然彼は私よりずっと強いよ?」
「それは怖い、ではもっと真剣に訓練に励まねばなりません」
「そうだね、じゃ無駄口はやめよう」
クライブの目が真剣味を帯び、ルウドを見据える。
気迫が伝わり、ルウドは緊張する。
「――――――行くぞ」
クライブの剣が一気にルウドの間合いに飛び込んでくる。
ルウドは必死に応戦する。
二人の気迫と木剣の音が訓練場に強く鳴り響き、周囲の兵を圧倒した。
「クライブ様、強いですね。その上黒騎士殿まで付いているなんて最早無敵ですか。なんか剣技大会などに出ても恥をかくだけの気がしてきました」
「私は幼いうちからローリーに散々剣技を叩き込まれたからそれなりに強いよ。
何しろ私は第一皇子だから命を狙われる危険が大きくてね。自分の身は自分で守れとローリーに鬼のように扱かれた。
奴は元々王兵ダンダリアに憧れ彼の元で修練と経験を積んできた騎士でね。その鬼神加減はわが国では最早ダンダリアに次ぐと言われている。
ダンダリアはもう年だからそんなに表に出る事はないだろうがローリーは前線真っ盛りだ。……ああいう怪物と相対するのも貴重な経験だと思うよ」
「そんなに強いのですか。ぜひお会いしたいですが緊張しますね」
「剣技大会には他にも強い騎士が出るよ。ローリーと拮抗する強さなのが赤騎士ビビアン、紫のフレイ。君がフレイと同等の強さならローリーとのいい勝負が出来る」
「他国にも名の通る騎士ですからフレイ殿も強いのだと知っています。ただまだ対戦したことはないのでどのくらいかは全く」
「ビビアンは元々城兵だったのを第二皇子に拾われて隊長まで上り詰めた奴だがフレイはスティアがどこからか連れて来た奴だ。
スティアの隊にいる抜きん出て強い連中のほとんどはそうなのだがどこから来たのか分からない得体のしれん連中でな。最初の頃は城内の者全てが警戒していた。
数年もたたんうちにすっかり馴染んでしまって警戒心も消えてしまったが」
「スティア様が。結構行動派ですよねあの方」
「うん、わが弟ながら不思議な奴でただのボンボンかと思えば突然旅に出るとか、隣国へ赴くとか言い出すんだ。自分のものは自分で取りに行きたいのだな。
それならばとスティアにもそこそこの自分の身を守れる程度の剣技を身に付けさせた。
そしてわが弟ながらいいものを持ち帰ってきた」
「ではスティア皇子も強いのですか?」
「うーん、剣に秀でる性質ではないからね。しかしスティアの隊は強いよ、気を付けた方が良い。どうせフレイクラスは皆でるだろうから」
「……強い人ばかり出るわけですね。うちの隊も扱き直さねば全滅して大恥をかいてしまうかも」
「まあ気楽に考えたまえ、気楽にね」
「………」
クライブ皇子は気楽に笑い、休憩所から出て行った。
仕事の合間に肩慣らしに訓練場へ来て愚痴りながら軽くルウドの相手をして、ひと時休んでまた執務の仕事に戻るのだそうだ。
クライブ皇子に自慢さながらにこの国の強い騎士達の話を聞かされてルウドはジワリと危機迫るような焦りを感じた。
そもそもマルスの騎士隊とロレイアの騎士団では幾ら訓練しても経験の差が大きく出るだろう。とくに戦禍に巻き込まれることなく何百年も平和でいた国と幾度も戦乱を経験してきた国の兵とは気迫からしてまるで違う。
即席で兵を鍛えたところで意味はない。
「ルウド、頑張っているな。クライブは強かったろう?」
「ベリル皇子。ええ、ほんとに。剣技大会などに出てもまるで勝てる気がしなくなってきました」
「皇子の中で一番剣技に長けているのはあいつだ。自分を守るために必要な事だからな」
「大変ですね。ベリル様も必要なのでは?」
「僕の命なんか欲しいって奴はいないよ。何の才も取り得もない皇子だからな」
「剣はなにも自分だけを守るために習うわけではないのですよ」
「守りたいものなんかいない」
「いずれあなたにも出来ます。その為に必要になるかも知れません」
「僕に剣を習わせたいのか、ルウド。向いていないって言っているのに」
「やってみなければ分かりません。最初から諦めてどうするのです。たとえ良い騎士が付いたとしても確実にあなたの身の安全が保障されるわけではありません。自分の身は自分で守る術を身につけねば」
「……まあ考えておく。ルウドは何の為に騎士になったんだ?」
「私はお姫様を守るために騎士になりました」
「なんだそれ。詰まんない理由だな。もっと大きな野望とかないのかお前には?」
「野望なんてそんな。私などの望みなど小さなものです。うちの姫様に幸せになって頂きたい」
「本当に小さいな。お姫様の護衛なんか面白くもないだろ?嫁に行けばそれで終わりだ。そのあとどうするんだ?ずっと城内警備か、つまらんな」
「……今のところ先の事は考えてはいないので。いろいろ思う所はありますが」
「ふうん……」
訓練場の兵は少なくなってきた。そろそろ夕刻、皆宿舎に戻るのだろう。
皇子は辺りを見回してからそろそろ晩餐の時間だと言って城内へ戻って行った。
夕食後、図書室へ行くとやはりティア姫は書斎にいた。
もはやここが姫の住処となっている。
「…ティア様、あまり無理をなさいませんよう。本ばかり読んでいたら身体を壊してしまいますよ。まっとうな生活して下さい。夜は休んでくださいよ?」
「今日は外へ出て時間を無駄に費やしてしまったのよ。ちょっと考えるべき問題が出来てしまったけど。とにかく昼からロクに調べられなかったのよ。その分の遅れを取り戻さなきゃ。お昼に調べるはずだった分の本が山積みよ」
効率が悪すぎる。大体姫一人でロヴェリナの記述など調べきれるものではない。
「一生かかっても見つからないと言う代物をたかだか数日という短期間で見つけられるはずないでしょう?ここは長期戦を考えてロレイアの方々と交流を図ることを優先しませんか?これからもお世話になるつもりなら必要な事でしょう?」
「でも、ここにある物を早く見つけたいのよ」
「気がはやるのは仕方ありませんが書物は逃げたりいたしませんから。捜し物をするにしても身体を壊しては何も出来ませんでしょう?」
「……そうね、分かったわ…‥」
ルウドは肩を撫で下ろす。
「ではお部屋に戻りましょう、ベッドでお休みください。しばらく本の事は忘れて外へ出かけましょう」
姫は大人しくルウドに従い客部屋に戻る。
「そう言えばルウドはこの頃何をしていたの?全然見かけなかったけど」
「剣技大会が近いので訓練を。部下も少しでも鍛えて出さなければ幾らなんでも全滅では恥ずかし過ぎる」
「……それは恥ずかしいわね。全滅する位なら出ない方がいいんじゃ?」
「せっかく強い人達と戦えるのに誰も出ないのでは逆に臆病者と笑われてしまいます。それはそれで嫌でしょう?」
「……確かに嫌ねそれは」
「とにかくうちは全員参加です。強い他国の騎士と対する機会などない私達にはいい経験です。姫の顔を潰さぬよう頑張ります」
「そう、頑張ってね。ところで明日は私の側にいるのよね?」
「そうですね、フレイ隊長と入れ替わりで護衛していますから」
「ちょっと私一人では解決できない問題が出てきてしまってね、詳細は明日話すわ」
「そうですか……?」
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