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第十八話 意地悪姫と他人事姫
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しおりを挟む昼食後、王妃に呼ばれて部屋に赴くと開口一番に言われた。
「スティア、剣技大会に出て優勝なさい」
「突然何を言うのです母上。無理に決まっているでしょう?」
「もうすでに大会の参加届を出しています。負けてはなりませんよ」
「そんな勝手な!何故そんな無茶を言うのです?」
王妃はカッと目を見開き、皇子を叱りつける。
「ティア姫の心を繋ぎとめるにはこれしかないでしょう!他にどんな方法があると言うのです!この機会を逃したらあなたなんか完全に忘れられてしまいます!どうするのですか!」
「………」
皇子は言葉に詰まった。
事実だ。それは紛れもない事実なのだ。いくら知らぬふりをしても目の前に立ちはだかる事実は変えられない。
「……だ、だからって優勝なんて……」
「何としても勝ちなさい!奇跡でも何でも起こしなさい!死ぬ気でやるのです!」
「赤騎士や黒騎士になんて死ぬ気で百回向かっても勝てませんよ」
「そんな意気地のない事で姫の心をつかめますか!姫の為に何としても勝ちなさい!少しは必死で何かをつかもうとする姿を見せなさい!」
「……はい」
スティアは王妃の部屋を出てよろよろと騎士団の宿舎へ向かう。
騎士団宿舎の食堂は相変わらず賑やかだ。
「おや、皇子、顔色悪いですな、腹でも下したので?」
「ち、ちがう。皆聞いてくれ。大変な事になってしまった……」
「……大変な事?」
顔を真っ青にした皇子の大変な事と聞いて騒いでいた騎士達は静かになった。
客人のマルスの騎士達も何事かと皇子に注目する。
「わ、私が剣技大会に出場して優勝せねばならぬ事になってしまった…‥…」
「……スティア様が…?」
「……‥そう、私が……」
「冗談ですか?ブラックですな」
「本気だよ、奇跡でも何でも起こして優勝しろと……」
「何故また、何のメリットがあって?」
「ティア姫の心をつかむために。少しでも記憶の片隅にでも置いて貰う為に…」
「…‥大変ですな、皇子様も…‥」
「そんな難儀な事をしなくとも普通に女一人口説けんのですか?」
「うちの母は気が短いんだよ。それなりの成果を示さないと気が済まないらしいんだ。友人としての付き合いだと言っているのに何としても姫の気持ちをこちらに向けさせろと」
「剣技大会優勝なんてそんな途方もない無茶話する位なら普通に口説いた方がよっぽど現実的ですが」
「何も姫の為にそこまでする必要はないでしょう」
騎士達は呆れ、食堂は笑いに包まれる。
「皇子、女の口説き方なら幾らでも教えて差し上げますよ?」
「そう言う事じゃない。とにかくもう勝手に出場届を出されてしまった。
出るからにはどちらにしろ勝たないとダメだろう?いくら騎士が強くても皇子が脆弱ではほかの兄弟達にも笑われてしまう。笑われるだけならいいが一部の人達に怒り狂われ殺される!」
再び食堂が静まりかえった。誰かがごくりと唾を飲み込む音がする。
「……それはそうかも……」
「皇子が出て負けるなんて、スティア騎士団の沽券にかかわるか」
「しかも王妃直々の命だろう?簡単に負けていい訳がない」
「王妃様はスティア皇子が優勝できると思っているのか?それは買い被り過ぎだな。しかし頂上付近にはいかないとまずいよな。王妃の顔まで潰す事になる」
「それだけじゃない。うちの兄やその騎士にまで怒り狂われる。負けてただでは済まない」
「スティア様、大変ですな。皇子が死んだらまたみんな解雇されて野良犬稼業に逆戻りかなあ?」
「それはいやだ。ここは給金よし、酒飲み放題のいい職場なのに!」
「お前達、私が死んでからの話はいいからとりあえず協力してくれ。腕の立つ騎士なのだから」
「おお、秘密特訓ですか?二、三日頑張った所で余り変わらないでしょうが」
「やらないよりましだ。付け焼刃でも何とかしないと騎士団丸ごと大恥をかくことになるぞ?」
「それはいやです、ではやりましょう」
「うん、ありがとう、では明日から……」
「馬鹿言っちゃあいけませんよ皇子。今からやるんです!もう日がないのですから徹夜で休みなく行きますよ。さあ地下特訓場へ降りなさい!」
「ええええええ?」
「騎士団の名誉までかかっているなら手加減なしです。何としても優勝してもらいますよ?」
「……」
皇子は地下特訓場へ運び込まれ、それから三日間寝る間も惜しんで訓練に励む羽目になった。
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