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高層マンションの最上階、オートロック三重、防音完備、ルームサービス24時間対応のプライベートフロア。御堂蓮の「仮住まい」は、もはや家ではなく城だった。
「ここ……に、住むんですか……?」
目の前に広がる大理石の床とガラス張りの天井。空が近い。
「そうだ。必要なものは揃っている。今日からお前は“御堂の婚約者”だ。ふさわしい暮らしをしてもらう」
「ううっ……庶民には刺激が強すぎる……」
最初は抵抗していたものの、御堂蓮の説得という名の押し切りと、会社の退職手続きがあっさり済んでしまったことにより、私はこの家に“保護”されることとなった。
生活環境は文句なし。でも、心は全然追いついていない。
「茉莉、時間だ。着替えろ」
「えっ? なにかあるんですか?」
「今日、渡瀬主催のパーティーがある。表向きは企業連携の親睦会だが、裏では……“俺の存在”が目的だ」
「……湊くんも、来るんですか」
「来る。奴は、俺の動向を警戒している。お前が俺と一緒にいるところを、見せるには最適だ」
「……」
わかってる。これは“作戦”。私は御堂蓮の武器として、彼に選ばれた。
でも。
「初恋の人に、初めて“彼氏”として見せる相手が偽物なんて……なんだか変な気分ですね」
そう言った私に、蓮は少しだけ眉をひそめた。
「偽物か。本当にそう思ってるのか?」
「……はい?」
「俺は、手段であっても、嘘は嫌いだ」
言って、彼は私の手を取った。
スッと指をなぞられるような感触に、思わず肩をすくめる。
「お前を“婚約者”に選んだことだけは、俺の中で必要以上の意味がある」
「ど、どういう意味ですかそれ……」
「理解できるようになったら、教えてやる」
その一言を残して、彼はスーツに袖を通した。ああ、今日もまたこの男に振り回されるんだな、と私は観念するしかなかった。
パーティー会場は都内一等地の高級ホテル。煌びやかなシャンデリアと、ドレスアップした男女が交差する空間で、私は息を呑んだ。
御堂が貸し与えたドレスは、白銀のオフショルダー。背中が大胆に開いたデザインで、まさに“御堂の隣に立つ女”という意図が見え見えだった。
「……目立ちすぎじゃないですか?」
「当然だ。“俺の女”として、お披露目だからな」
「ああもう、そういう言い方……」
誰が聞いても本気のカップルにしか見えない。それが御堂の狙いだとしても、私の心は平静を保てなかった。
「……来たな」
彼の目線の先――パーティーの入り口に現れたのは、見覚えのある人影だった。
黒髪にスーツ、無造作に流した前髪。高校の頃と変わらない、だけど大人びた色気を纏った姿。
――渡瀬 湊。
私の、10年間の片想いの相手。
心臓が高鳴る。視線を逸らそうとしても、どうしても目で追ってしまう。
(湊くん……)
彼の視線がこちらに向いた。ほんの一瞬、目が合った。
そして次の瞬間。
――彼の顔色が変わった。
鋭い目が、御堂蓮の腕に絡む私の手元を見つめる。
湊はゆっくりと、会場を抜け、私たちに向かって歩いてきた。空気が変わる。会場のざわめきが一気に静まる。
「……白石、茉莉?」
低く、驚いた声。私の名前を、あの彼が――
「久しぶりだな、渡瀬」
御堂が先に口を開く。
「こいつが俺の婚約者だ。知ってる顔らしいが?」
「……婚約者、だと?」
湊の顔が、ゆっくりと曇っていく。
「まさかとは思うが……遊びじゃないだろうな、御堂」
「冗談は嫌いだ。こいつの存在は、俺にとっても重要だ」
湊が私に視線を向けた。迷うような、疑うような、でもどこか――寂しげな目。
「茉莉、本当に……この男と……?」
どうしてそんな顔をするの。湊くんが、私を振り向くことなんて一度もなかったじゃない。
それなのに――今更、そんな目で見ないで。
「……そうよ」
震える声で、私は答えた。
「私、御堂さんと結婚するの。――好きだから」
自分で言っておいて、胸が締めつけられる。
でも、今はもう、後戻りできない。
そう、これは復讐のための契約。御堂蓮との約束。
「……そうか」
湊が視線を逸らす。その手が、ぎゅっと拳を握るのが見えた。
沈黙が流れたあと、湊は小さく息をついて、御堂に向き直った。
「……気をつけろ、御堂。白石は、そんな器用な女じゃない」
「それは俺が判断する。お前には関係ない」
「……そうか」
湊は一瞬だけ私を見て、そして、踵を返して歩き去っていった。
(湊くん……)
私の中に、どうしようもない罪悪感が残った。
嘘をついた。好きだなんて、言ってないくせに。いや、御堂蓮のことを“好きになろう”としてるのか、自分でもわからない。
――そんな私を、隣で御堂蓮は見ていた。
「見事だった」
「……え?」
「渡瀬の心を確実に揺さぶった。あれで“お前に無関心”だったとは思えない」
「……そうですか」
私は、目を伏せた。
嘘を演じることは、こんなにも胸が苦しいんだ。
その夜
パーティーから戻り、御堂の部屋のソファにうずくまっていた。ワインもケーキも残したまま。
「……吐きそう」
「飲みすぎか?」
「そうじゃなくて、気疲れです」
肩が重い。罪悪感と混乱で、思考がまとまらない。
そのとき、不意に御堂が静かに隣に座った。
「……一つ聞いてもいいか」
「……はい?」
「お前は、今でも渡瀬が好きなのか?」
胸を撃ち抜かれるような問いだった。
「……わかりません」
それが、正直な答えだった。
「昔みたいに、彼を見ると胸が痛くなる。でも、今の彼のことは何も知らない。……ただ、思い出の中の湊くんを、ずっと想ってただけかもしれません」
御堂は何も言わなかった。ただ、静かに私を見つめていた。
「……じゃあ、これから俺を知ればいい」
「……え?」
「過去を愛するのではなく、今を選べ」
御堂の手が、私の髪をそっと撫でた。優しい手つきに、思わず心が揺れる。
「俺は、過去に囚われているお前を“解放”したいとも思ってる」
それが、復讐の道具としてじゃなく、ひとりの“女”としての言葉だったなら――
私は、たぶん、泣いていたと思う。
「ここ……に、住むんですか……?」
目の前に広がる大理石の床とガラス張りの天井。空が近い。
「そうだ。必要なものは揃っている。今日からお前は“御堂の婚約者”だ。ふさわしい暮らしをしてもらう」
「ううっ……庶民には刺激が強すぎる……」
最初は抵抗していたものの、御堂蓮の説得という名の押し切りと、会社の退職手続きがあっさり済んでしまったことにより、私はこの家に“保護”されることとなった。
生活環境は文句なし。でも、心は全然追いついていない。
「茉莉、時間だ。着替えろ」
「えっ? なにかあるんですか?」
「今日、渡瀬主催のパーティーがある。表向きは企業連携の親睦会だが、裏では……“俺の存在”が目的だ」
「……湊くんも、来るんですか」
「来る。奴は、俺の動向を警戒している。お前が俺と一緒にいるところを、見せるには最適だ」
「……」
わかってる。これは“作戦”。私は御堂蓮の武器として、彼に選ばれた。
でも。
「初恋の人に、初めて“彼氏”として見せる相手が偽物なんて……なんだか変な気分ですね」
そう言った私に、蓮は少しだけ眉をひそめた。
「偽物か。本当にそう思ってるのか?」
「……はい?」
「俺は、手段であっても、嘘は嫌いだ」
言って、彼は私の手を取った。
スッと指をなぞられるような感触に、思わず肩をすくめる。
「お前を“婚約者”に選んだことだけは、俺の中で必要以上の意味がある」
「ど、どういう意味ですかそれ……」
「理解できるようになったら、教えてやる」
その一言を残して、彼はスーツに袖を通した。ああ、今日もまたこの男に振り回されるんだな、と私は観念するしかなかった。
パーティー会場は都内一等地の高級ホテル。煌びやかなシャンデリアと、ドレスアップした男女が交差する空間で、私は息を呑んだ。
御堂が貸し与えたドレスは、白銀のオフショルダー。背中が大胆に開いたデザインで、まさに“御堂の隣に立つ女”という意図が見え見えだった。
「……目立ちすぎじゃないですか?」
「当然だ。“俺の女”として、お披露目だからな」
「ああもう、そういう言い方……」
誰が聞いても本気のカップルにしか見えない。それが御堂の狙いだとしても、私の心は平静を保てなかった。
「……来たな」
彼の目線の先――パーティーの入り口に現れたのは、見覚えのある人影だった。
黒髪にスーツ、無造作に流した前髪。高校の頃と変わらない、だけど大人びた色気を纏った姿。
――渡瀬 湊。
私の、10年間の片想いの相手。
心臓が高鳴る。視線を逸らそうとしても、どうしても目で追ってしまう。
(湊くん……)
彼の視線がこちらに向いた。ほんの一瞬、目が合った。
そして次の瞬間。
――彼の顔色が変わった。
鋭い目が、御堂蓮の腕に絡む私の手元を見つめる。
湊はゆっくりと、会場を抜け、私たちに向かって歩いてきた。空気が変わる。会場のざわめきが一気に静まる。
「……白石、茉莉?」
低く、驚いた声。私の名前を、あの彼が――
「久しぶりだな、渡瀬」
御堂が先に口を開く。
「こいつが俺の婚約者だ。知ってる顔らしいが?」
「……婚約者、だと?」
湊の顔が、ゆっくりと曇っていく。
「まさかとは思うが……遊びじゃないだろうな、御堂」
「冗談は嫌いだ。こいつの存在は、俺にとっても重要だ」
湊が私に視線を向けた。迷うような、疑うような、でもどこか――寂しげな目。
「茉莉、本当に……この男と……?」
どうしてそんな顔をするの。湊くんが、私を振り向くことなんて一度もなかったじゃない。
それなのに――今更、そんな目で見ないで。
「……そうよ」
震える声で、私は答えた。
「私、御堂さんと結婚するの。――好きだから」
自分で言っておいて、胸が締めつけられる。
でも、今はもう、後戻りできない。
そう、これは復讐のための契約。御堂蓮との約束。
「……そうか」
湊が視線を逸らす。その手が、ぎゅっと拳を握るのが見えた。
沈黙が流れたあと、湊は小さく息をついて、御堂に向き直った。
「……気をつけろ、御堂。白石は、そんな器用な女じゃない」
「それは俺が判断する。お前には関係ない」
「……そうか」
湊は一瞬だけ私を見て、そして、踵を返して歩き去っていった。
(湊くん……)
私の中に、どうしようもない罪悪感が残った。
嘘をついた。好きだなんて、言ってないくせに。いや、御堂蓮のことを“好きになろう”としてるのか、自分でもわからない。
――そんな私を、隣で御堂蓮は見ていた。
「見事だった」
「……え?」
「渡瀬の心を確実に揺さぶった。あれで“お前に無関心”だったとは思えない」
「……そうですか」
私は、目を伏せた。
嘘を演じることは、こんなにも胸が苦しいんだ。
その夜
パーティーから戻り、御堂の部屋のソファにうずくまっていた。ワインもケーキも残したまま。
「……吐きそう」
「飲みすぎか?」
「そうじゃなくて、気疲れです」
肩が重い。罪悪感と混乱で、思考がまとまらない。
そのとき、不意に御堂が静かに隣に座った。
「……一つ聞いてもいいか」
「……はい?」
「お前は、今でも渡瀬が好きなのか?」
胸を撃ち抜かれるような問いだった。
「……わかりません」
それが、正直な答えだった。
「昔みたいに、彼を見ると胸が痛くなる。でも、今の彼のことは何も知らない。……ただ、思い出の中の湊くんを、ずっと想ってただけかもしれません」
御堂は何も言わなかった。ただ、静かに私を見つめていた。
「……じゃあ、これから俺を知ればいい」
「……え?」
「過去を愛するのではなく、今を選べ」
御堂の手が、私の髪をそっと撫でた。優しい手つきに、思わず心が揺れる。
「俺は、過去に囚われているお前を“解放”したいとも思ってる」
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