短編集*ファンタンジー

稲瀬 薊

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嫌われる準備はしてました

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「すまない、真実の愛を見つけてしまったんだ。ロゼンダには本当に申し訳ないと思っているが君との婚約を解消してシェリンダと婚約関係を結ばせて欲しい」

 義理の妹シェリンダを大事そうに隣に立たせて人が多い廊下で頭を下げる私の婚約者のレロン。
 お互い伯爵家である事から幼い頃より交流を持っており、私達は三人で仲睦まじい幼馴染の関係を築いていた。
 婚約関係を結んだのは私の方だったが、実際に愛を育んだのは義妹の方だったというわけだ。

 とはいえ人気が有る学園の廊下でするような話ではない。
 そもそも婚約者を変えたいならば話をする機会は幾らでもあったはずだ。それこそ二人が愛を育んだ期間は三年もあったのだから。

「お姉様が家を継ぐ為にレロンを婿養子にと婚約を結んだのは知ってます。けどわたしもレロンの事を愛してしまったの。何度も何度も諦めようと思ってもどうしようもなくて……だから」
「シェリンダ、ここからは俺が話すよ。ロゼンダ、君はクロウェンツ家の次期当主候補だ。けれどそれをシェリンダに譲って補佐に回ってくれないだろうか?そうすれば俺達は幸せになれると思うんだ」

 随分と都合の良い言葉を紡ぐレロンに失笑する人達が居た。その殆どが高位貴族の人達や次期後継者の教育を受けている者達だ。
 残りはレロンの話に感動する後継者争いに関係ない者達と下位貴族が悪女とみなして私を睨み付けてくる。
 さて私はここまで一言も話していないのだけどシェリンダとレロンはどう思ってるのかしら。

「わたしお姉様にも幸せになってほしいの」

 なるほど、幼少期から後継者になるべく励んできた私を補佐にする事が私の幸せと本気で思ってるのか。

「ロゼンダの為にもなるんだ」

 確かに私とレロンの間に家族愛、友愛以外の愛は無いからその認識は間違いが無い。けれど残念。彼等の言葉は自分達の都合が良いだけの言葉だ。

 決して決定的な言葉を発さずニコニコと笑みを浮かべて聞いてると次第に二人の顔に焦りが浮かぶ。
 もう少し黙っていたら自爆してくれそうな雰囲気を察して黙秘を継続する事を決めた。

 どんどん人が集まってくるのを感じながら、これだけの多くのギャラリーが居る中でどこまでやってくれるのか。
 私の計画と言えば杜撰な物だが、それが分かった高位貴族の人達は皆同じ様に笑みを浮かべて静観の姿勢をとった。その中でも私と関わりが無かった人が手を軽く振ってくれたので今後は良い友好関係を築けそうである。
 反対に私へ厳しい視線を向ける人達との家とは関係を見直す方向だ。

「…どうして何も仰って下さらないのですか!わたしが平民の出身だから気に食わないのですか!?」
「君には失望したよ。平気で差別するなんてそんな人が当主になれるはずが無い。ロゼンダが次期当主になればクロウェンツの領民達が可哀想だ!」
「どうして、お姉様は!どうしてそんな酷いのですか!?」
「俺達はただ幸せになりたいだけなのに何故君は頷いてくれない!」
「あんまりだわ!」

 流石義母に甘やかされて育ったシェリンダと後継者争いから早くも脱落し学びを放棄した三男レロンの言葉は、まあなんというか軽い。
 そして勝手にヒートアップして喚いてるのも客観視出来てない証拠だ。

 周囲の空気も先程よりも明確に分かれてる為ここが潮時だと思う。
 少なくともこれから付き合いを止めるべき貴族とそうでない貴族は分かったので、婚約解消騒動改め婚約破棄は取り敢えず実のあるものに出来た事だろう。

 まずは二人に本当の事を話すとしよう。

「既に私とレロンは婚約破棄してるわよ」

 ようやく発した私の言葉に、辺りは一気に静まり返る、が気にせず続ける。

「正確には今婚約破棄として認められた、と言うべきね。これでも私は二人の関係を知っていたから早い段階で両家当主様に相談をしていたのよ。レロンとの婚約をシェリンダに変えてあげて欲しいとね」

 まさか両家の当主、つまり父親に知られてるとは思っていなかったのかレロンとシェリンダの顔色が変わる。
 それだけで二人がどんな計画を企てていたのか確定したようなものだ。

「勿論条件付きだったわ。二人がきちんと両家に話した場合は私との婚約解消の後シェリンダとの婚約を結ぶ。けれど両家を通さずに婚約解消の話が私に直接来た場合はレロンを有責にした婚約破棄になる、と。つまり現時点で婚約破棄が成立したというわけ。私の従者が此処に居ないことから両家に伝わってるわね」

 笑みを絶やさずに事実を伝えると理解が及んだのかレロンは床に座り込んだ。シェリンダも不味い状態と理解出来たのかレロンの腕を必死に離さないようにしている。

 変わって周囲の反応も掌返しのように綺麗なものだ。
 だが少しでも私に不要な敵意を向けた人達とは今後仲良くするつもりはない。三流の甘言に流される人と今後取引をするとなれば不安しかないからだ。

「現時点で二人が犯した罪はクロウェンツ乗っ取り未遂よ。私を補佐に回す?それが罷り通るとでも?貴方達の都合の良い駒になる為に後継者の教育を受けてきたわけではないわ。平民と平気で差別をする?私が言葉にしてない事をさもそうであるように話した貴方達の方がそう思ってるのではなくて?」

 思っていなければ出ないだろうと告げればレロンとシェリンダへ不快な視線を向ける人が多い事。
 居心地が悪くなってきた二人は目で私に何かを訴えてくるが今此処で手を緩めるつもりはない。彼等への優しさは既に売り切れである。

「時にナナリー。先程私に厳しい視線を向けていた人達のリストは出来ているかしら」
「勿論でございます。ロゼンダお嬢様」
「流石ね。それにしても結構いたのね。上辺だけの言葉に流される家と今後の交流は見合わせないといけないからね、お父様へ相談する材料にするわ」

 しれっとレロンとシェリンダから話題を外すと身に覚えのある人達の顔色が変わった。殆どが長子で無いことから、自身の行動一つでどうなるか想像が出来なかったのだろう。
 高い勉強料としてこれを機に貴族社会というものを心改めて学び直してもらいたい。

「ろ、ロゼンダ待ってくれ。俺達もう少し落ち着いて話し合おう?」
「何について?」
「勿論俺達の婚約関係についてだよ」
「婚約破棄が成立してるのにこれ以上話す事はないわ」

 この男は未だ巻き返せるとでも思ってるのだろうか。

「俺達にはお互い言葉が足りなかったんだよ。だから話をするべきなんだ」
「そ、そうですわお姉様」
「敢えて人気の有る場所で私が言い逃れると悪女になるような環境下で婚約解消の話を出したのはレロンとシェリンダでしょう」
「そ、れは…」

 ハッキリ違うと言っていれば少しは変わったもののレロンは言葉に詰まり、シェリンダは悔しそうに唇を噛んでいた。無論、二人が否定したら論破するつもりだったけれども。
 分が悪くなる方に進んでるのを自覚しないと底なし沼に行くわよと呆れるも助言はしない。

 これでも私は二人のことを大事にしてきた。レロンとシェリンダが想いあってるのを知ったのも二人を良く見ていたからだ。
 だから両家に頭を下げて当主に渋々と条件付きにしてもらったのに、二人にとって私は恋のスパイスで邪魔者でしか無かったのだろう。

 私にとってレロンは大切な幼馴染でシェリンダは可愛い妹で、二人と遊ぶ時が唯一の楽しみで、後継者になるための辛い勉強も大切な二人の未来が少しでも良くなるようにと思って頑張ってきたのに。

 少しだけ胸が痛んだ。

「二人とも家に帰れば当主より私と今後一切の接触を禁止されるでしょう。この学園に通う事も貴方達の返答次第になると思うわ。私から両当主に言葉添えはしません。先ほどのような行き当たりの言葉では無く、しっかり考えて言葉にするように」

 冷たく聞こえるように言葉を選んで突き放せば、自分達の行動を棚に上げてレロンとシェリンダからは恨み籠った視線を向けられるが想定内だ。
 もうそれすらも見る事が出来なくなるのだから。

「さようなら」

 最後に私は笑って決別の言葉を告げた。
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