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蒼の皇国 編
理想郷に全てを捧ぐ者
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蒼龍皇が指定したデッドライン。海上から100メートルまで10メートルを切ってしまった。
直下の海上では呑気に酒盛りをしている一団の姿が見えた時は全身から力が抜けそうになった。
「この状況であの人達は何やってんですか!?」
“んなもん俺に聞くんじゃねぇよ! つーか、コウイチのヤツ。マジで人間か? あんな化物共に囲まれて、なに平然と酒を飲み交わしてやがるんだ”
「全くですよ。自分なら水一滴喉を通りません」
蒼龍皇、紅龍皇、白龍皇、紫毒、夜天、そしてそれらと肩を並べる実力を持つ白狼ハク。
世界中の化物の見本市と言ってもいい中心に吹けば消えてしまうような蝋燭の灯程度の脆弱な人間であるコウイチが酒を片手に笑っている。
「あ、なんかこっちに手振ってますよ」
”マジで一発殴りてぇ。こっちはそれどころじゃねぇんだよ!”
ジリジリ、ジリジリ、と数ミリづつアヴァロンは落下を続けている。
先ほどゲンジから連絡があり循環魔力融合炉『ソル』と『ルナ』の起動に成功したと連絡があった。しかし、出力が安定せずアヴァロン全体に魔力が行きわたらない状態に陥っているそうだ。対応策は既にあり現在実行中とのことだが、今しばらく時間を要するとのことだ。
幾年かかるかと分からなかった頂上が目前にある。
峠の先の光明が見えているのだ。
あと少し……この身が引き千切れたとしても支えて見せるとミドガルズオルムは精魂尽き果てた身体に喝を入れる。
そんな折、アヴァロンの一角から猛スピードで空の彼方へと飛んでいく飛行物体が視界を掠めた。
移動工房艦アメノマだ。
”エイジ、何か聞いているか?”
コウイチは直下にいる。方角的に助けに向かってくる様子ではない。
「いえ、自分は何も――っ、ミドガルズオルム様、集中してください!? もう自分無理っすから!?」
”ばっか、ふざけんな! 俺だってもう無理なんだよ。精も魂も果ててんだ。あとは気合で頑張るんだよ!”
「そんな根性論で乗り切れるのは少年漫画だけですからっ!? 自分らの道は逆立ちしても王道とはかけ離れてますから根性論は無理です!」
”いいから、パワーだ、パワーぁ!”
「その筋肉ネタじゃあ、もう頑張れません!?」
限界を通り越した二人は無意味に騒ぐことで痛みと折れそうな心を紛らわせていた。
光明が見えているのに、それが途方もなく遠く感じた。
気合いだと口にしていても身体は正直で、ミドガルズオルムの意識は時折暗転しそうになっていた。
意識が明滅するように暗転した次の瞬間、目の前にあり得ない存在が立っていた。
”どういう……ことだ”
「なぜ、貴方が」
エイジもその存在に気づいていた。
それが放つ気配はよく見知っていながらも異質で嫌でも気づかされた。
花魁のような着物姿の女――タマモがくすりと笑って見せる。
「ちょっと見いへん間にデカいだけの蛇になってもうたみたいやね」
タマモは軽口を叩いて巨大な大蛇ミドガルズオルムの鼻先を撫でた。
まるで死人かと思わせるような氷のように冷たい体温が伝わってくる。
”お前、本当にタマモか?”
タマモは紫毒の毒にやられて身動きが取れない状態で病院のベッドの上に横たわっているはずだ。二度と起き上がることのない身体のはず。
「ちょっと色々とあってな。こうして”最後”にあんたらと肩を並べることが出来るんよ」
”最後ってどういうことだよ!?”
「そのまんまの意味や。もう休んでええよ。あとはウチがやるさかい」
不意にミドガルズオルムは全身から力が抜け、辛うじて保っていた意識が遠のいていく。
「これも一緒にお願いするわ」
タマモはぐったりとした血まみれのエイジを鼻先に乗せた。
いつの間に。
アヴァロンの真下で支えていたはずエイジがいなくなっていた。
更に視線を戻すと、そこにタマモの姿はなかった。
急激な脱力感が、タマモの冷たい手が触れた鼻先から全身へと浸透していく。
薄れゆく意識の中、ミドガルズオルムは黒と橙が入り混じった斑模様の狐が悲しそうな瞳で見下ろしていた。
====================
アヴァロンを黒と橙色の禍々しい光が包み込んでいく。
その発生源は斑模様の九尾の狐だ。
「あれ……気持ち悪い」
「そうか? 俺はカッコいいと思うけどな」
異様な姿の狐を見た途端にハクは口元を抑えて眉間に皺を寄せた。
「違う。見た目じゃなくて、魔力が気持ち悪いの。……あれは普通じゃない」
「どういうことだ?」
「それは我が説明してやろう」
レナーテが酒瓶の口を少し傾けて空になったコウイチの持つコップを誘って来る。
コウイチはコップになみなみと注がれた清酒を堪能しつつ、レナーテの言葉に耳を傾けた。
「あれの肉体は我の毒で半分が壊死に近い状態になっていてな。あの黒いのは腐敗した魔力だ。魔力を敏感に感じ取れるハクには醜悪なものにしか見えないだろうな」
「腐敗って……タマモさん、大丈夫なのかっ!?」
「大丈夫な訳ないだろう。ちゃんと見ておいてやれ。最期をな」
「……助けられないのか?」
「助ける理由が我には無い」
「そう言うと思ったけどさ。血も涙もないよな、あんたらの界隈って」
「其方の歯に衣着せぬ言葉は一周回って好ましく思える」
「そりゃどーも」
「ただ、存外に血も涙もあるという所をしかと見届けて欲しいものだ」
「それって、どういう?」
コウイチが聞き返したのと同時にレナーテが立ち上がった。
「そろそろ始まる。我らは見届けることが出来ぬ。キツネの最期を見届けてやれ」
気づけばアオと白龍皇も立ち上がり、各々、各方位へと視線を向けていた。
レナーテは東、アオは南、紅龍皇は北、白龍皇は西の方角を見上げている。
ハクが這い上がるようにコウイチの身体にしがみ付いてきた。
「ハク?」
「コウイチ、怖いのが来る」
怖いの。
コウイチの脳裏に浮かんだのは空を覆いつくした蠢く闇だ。
不意に右腕が軽くなり、視線を向けるとアイリスが二本の短剣を握り締めて背を向けていた。微かに垣間見えた彼女の横顔は、普段見せない真剣な表情をしていた。
「ハクさん、コウイチさんをお願いします」
そのままアイリスは西の方角に向かい白龍皇の隣に並んだ。
各人が配置についたところでアオが杖で氷の舞台を叩いた。
「白いの。解除して」
「承知した。奴ら、抑え込まれたせいで怒り狂っておる。無傷は難しいぞ」
「分かってる。他の三人も分かった?」
「ふん、誰にものを言っている!」
「あたしも準備オーケー」
「大丈夫。あの人たちには手出しさせない!」
各人が頷いた瞬間、空にひびが入り――割れた。
====================
自分の意思とは関係なく全身から魔力が溢れ出ていく。
それも自身の許容量を遥かに超えた魔力量だ。ミチミチと全身の筋肉が悲鳴を上げ、刻一刻と死に近づいて行っているのが手に取るようにわかる。
溢れ出た魔力を操作して包み込むようにアヴァロンを支える。
ミドガルズオルムとエイジが2人してギリギリ支えていたアヴァロンだが、今のタマモにとってはちょっとした漬物石程度だ。
タマモはアヴァロン内部の魔力の流れを感じ取る。
ソルとルナが順調に稼働している。しかし、何らかのトラブルが起きている様子で浮上させるだけの出力が捻出出来ていない。
“ゲンジ、聞こえるな!”
“その声は、た、タマモ様!? どうして!”
“話は後や。今からウチがアヴァロンを押し上げるさかいに、そっちはアヴァロン全体に魔力を行き渡らせて姿勢を安定させる事だけを考えい”
もう自分の時間がない。
それだけ言うと念話を切り、タマモは命の灯火を燃やし尽くすかの如くアヴァロンを押し上げていく。
“聞こえるな、タマモ”
脳内に萎れた老人の声が響く。
久しく聞いた。
三皇が一匹。白いのの声だ。
“今から結界を割る。外にいる馬鹿者共は儂らが何とか処理を試みるが被害ゼロは難しい。落とさぬようしっかり支えよ”
“恩に着るわ”
硝子が割れるかのように空がバラバラになって砕け落ちていく。
その向こうに4つ……頭上高くにもう一つ、合わせて5つの巨大な気配を感じる。
恐らくは殲滅派のアヴァロンを認めない者たちだろう。
「ウチは何も出来ひんから頼むで」
直下の海上では呑気に酒盛りをしている一団の姿が見えた時は全身から力が抜けそうになった。
「この状況であの人達は何やってんですか!?」
“んなもん俺に聞くんじゃねぇよ! つーか、コウイチのヤツ。マジで人間か? あんな化物共に囲まれて、なに平然と酒を飲み交わしてやがるんだ”
「全くですよ。自分なら水一滴喉を通りません」
蒼龍皇、紅龍皇、白龍皇、紫毒、夜天、そしてそれらと肩を並べる実力を持つ白狼ハク。
世界中の化物の見本市と言ってもいい中心に吹けば消えてしまうような蝋燭の灯程度の脆弱な人間であるコウイチが酒を片手に笑っている。
「あ、なんかこっちに手振ってますよ」
”マジで一発殴りてぇ。こっちはそれどころじゃねぇんだよ!”
ジリジリ、ジリジリ、と数ミリづつアヴァロンは落下を続けている。
先ほどゲンジから連絡があり循環魔力融合炉『ソル』と『ルナ』の起動に成功したと連絡があった。しかし、出力が安定せずアヴァロン全体に魔力が行きわたらない状態に陥っているそうだ。対応策は既にあり現在実行中とのことだが、今しばらく時間を要するとのことだ。
幾年かかるかと分からなかった頂上が目前にある。
峠の先の光明が見えているのだ。
あと少し……この身が引き千切れたとしても支えて見せるとミドガルズオルムは精魂尽き果てた身体に喝を入れる。
そんな折、アヴァロンの一角から猛スピードで空の彼方へと飛んでいく飛行物体が視界を掠めた。
移動工房艦アメノマだ。
”エイジ、何か聞いているか?”
コウイチは直下にいる。方角的に助けに向かってくる様子ではない。
「いえ、自分は何も――っ、ミドガルズオルム様、集中してください!? もう自分無理っすから!?」
”ばっか、ふざけんな! 俺だってもう無理なんだよ。精も魂も果ててんだ。あとは気合で頑張るんだよ!”
「そんな根性論で乗り切れるのは少年漫画だけですからっ!? 自分らの道は逆立ちしても王道とはかけ離れてますから根性論は無理です!」
”いいから、パワーだ、パワーぁ!”
「その筋肉ネタじゃあ、もう頑張れません!?」
限界を通り越した二人は無意味に騒ぐことで痛みと折れそうな心を紛らわせていた。
光明が見えているのに、それが途方もなく遠く感じた。
気合いだと口にしていても身体は正直で、ミドガルズオルムの意識は時折暗転しそうになっていた。
意識が明滅するように暗転した次の瞬間、目の前にあり得ない存在が立っていた。
”どういう……ことだ”
「なぜ、貴方が」
エイジもその存在に気づいていた。
それが放つ気配はよく見知っていながらも異質で嫌でも気づかされた。
花魁のような着物姿の女――タマモがくすりと笑って見せる。
「ちょっと見いへん間にデカいだけの蛇になってもうたみたいやね」
タマモは軽口を叩いて巨大な大蛇ミドガルズオルムの鼻先を撫でた。
まるで死人かと思わせるような氷のように冷たい体温が伝わってくる。
”お前、本当にタマモか?”
タマモは紫毒の毒にやられて身動きが取れない状態で病院のベッドの上に横たわっているはずだ。二度と起き上がることのない身体のはず。
「ちょっと色々とあってな。こうして”最後”にあんたらと肩を並べることが出来るんよ」
”最後ってどういうことだよ!?”
「そのまんまの意味や。もう休んでええよ。あとはウチがやるさかい」
不意にミドガルズオルムは全身から力が抜け、辛うじて保っていた意識が遠のいていく。
「これも一緒にお願いするわ」
タマモはぐったりとした血まみれのエイジを鼻先に乗せた。
いつの間に。
アヴァロンの真下で支えていたはずエイジがいなくなっていた。
更に視線を戻すと、そこにタマモの姿はなかった。
急激な脱力感が、タマモの冷たい手が触れた鼻先から全身へと浸透していく。
薄れゆく意識の中、ミドガルズオルムは黒と橙が入り混じった斑模様の狐が悲しそうな瞳で見下ろしていた。
====================
アヴァロンを黒と橙色の禍々しい光が包み込んでいく。
その発生源は斑模様の九尾の狐だ。
「あれ……気持ち悪い」
「そうか? 俺はカッコいいと思うけどな」
異様な姿の狐を見た途端にハクは口元を抑えて眉間に皺を寄せた。
「違う。見た目じゃなくて、魔力が気持ち悪いの。……あれは普通じゃない」
「どういうことだ?」
「それは我が説明してやろう」
レナーテが酒瓶の口を少し傾けて空になったコウイチの持つコップを誘って来る。
コウイチはコップになみなみと注がれた清酒を堪能しつつ、レナーテの言葉に耳を傾けた。
「あれの肉体は我の毒で半分が壊死に近い状態になっていてな。あの黒いのは腐敗した魔力だ。魔力を敏感に感じ取れるハクには醜悪なものにしか見えないだろうな」
「腐敗って……タマモさん、大丈夫なのかっ!?」
「大丈夫な訳ないだろう。ちゃんと見ておいてやれ。最期をな」
「……助けられないのか?」
「助ける理由が我には無い」
「そう言うと思ったけどさ。血も涙もないよな、あんたらの界隈って」
「其方の歯に衣着せぬ言葉は一周回って好ましく思える」
「そりゃどーも」
「ただ、存外に血も涙もあるという所をしかと見届けて欲しいものだ」
「それって、どういう?」
コウイチが聞き返したのと同時にレナーテが立ち上がった。
「そろそろ始まる。我らは見届けることが出来ぬ。キツネの最期を見届けてやれ」
気づけばアオと白龍皇も立ち上がり、各々、各方位へと視線を向けていた。
レナーテは東、アオは南、紅龍皇は北、白龍皇は西の方角を見上げている。
ハクが這い上がるようにコウイチの身体にしがみ付いてきた。
「ハク?」
「コウイチ、怖いのが来る」
怖いの。
コウイチの脳裏に浮かんだのは空を覆いつくした蠢く闇だ。
不意に右腕が軽くなり、視線を向けるとアイリスが二本の短剣を握り締めて背を向けていた。微かに垣間見えた彼女の横顔は、普段見せない真剣な表情をしていた。
「ハクさん、コウイチさんをお願いします」
そのままアイリスは西の方角に向かい白龍皇の隣に並んだ。
各人が配置についたところでアオが杖で氷の舞台を叩いた。
「白いの。解除して」
「承知した。奴ら、抑え込まれたせいで怒り狂っておる。無傷は難しいぞ」
「分かってる。他の三人も分かった?」
「ふん、誰にものを言っている!」
「あたしも準備オーケー」
「大丈夫。あの人たちには手出しさせない!」
各人が頷いた瞬間、空にひびが入り――割れた。
====================
自分の意思とは関係なく全身から魔力が溢れ出ていく。
それも自身の許容量を遥かに超えた魔力量だ。ミチミチと全身の筋肉が悲鳴を上げ、刻一刻と死に近づいて行っているのが手に取るようにわかる。
溢れ出た魔力を操作して包み込むようにアヴァロンを支える。
ミドガルズオルムとエイジが2人してギリギリ支えていたアヴァロンだが、今のタマモにとってはちょっとした漬物石程度だ。
タマモはアヴァロン内部の魔力の流れを感じ取る。
ソルとルナが順調に稼働している。しかし、何らかのトラブルが起きている様子で浮上させるだけの出力が捻出出来ていない。
“ゲンジ、聞こえるな!”
“その声は、た、タマモ様!? どうして!”
“話は後や。今からウチがアヴァロンを押し上げるさかいに、そっちはアヴァロン全体に魔力を行き渡らせて姿勢を安定させる事だけを考えい”
もう自分の時間がない。
それだけ言うと念話を切り、タマモは命の灯火を燃やし尽くすかの如くアヴァロンを押し上げていく。
“聞こえるな、タマモ”
脳内に萎れた老人の声が響く。
久しく聞いた。
三皇が一匹。白いのの声だ。
“今から結界を割る。外にいる馬鹿者共は儂らが何とか処理を試みるが被害ゼロは難しい。落とさぬようしっかり支えよ”
“恩に着るわ”
硝子が割れるかのように空がバラバラになって砕け落ちていく。
その向こうに4つ……頭上高くにもう一つ、合わせて5つの巨大な気配を感じる。
恐らくは殲滅派のアヴァロンを認めない者たちだろう。
「ウチは何も出来ひんから頼むで」
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