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【第二章】彼女だけがいない世界
失われた記憶
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「なぁ、窪」
「ん?」
「五年の夏頃に転校してきた女の子のこと、覚えてる?」
「五年の夏ー?」
窪は眉をしかめながらビールを飲む。
「いや、五年の時は誰も転校してきてないと思うけどなぁ。たしか三年の時だったか、木下が転校してきたくらいで」
「ああ、木下は僕も覚えてる。他に転校生っていなかったっけ?」
「記憶にないなぁ。あ、五年の夏といえば、あれだ、お前が大変だったやつ!」
「え?」僕は思わずドキリとする。
「ほら、お前が行方不明になって、森で発見されて……あの時はみんな大騒ぎだったぞ。なぁ、山本?」
窪が興奮気味に語ると、隣にいた山本も頷きながら話に加わった。
「そうそう。え、洵、あんな大きな事件、覚えてないの?」
――森で? 行方不明?
胸の奥がざわついた。
思い出したくない何かに触れているような、そんな感覚。
そのとき、頭の奥にしまい込まれていた記憶が一気に溢れ出した。
泣き崩れる母の姿が、視界の端で揺れている。必死に僕の名を呼ぶ父の声が耳に響く。
湿った土と草のざらついた感触が、背中越しにじわりと伝わってきた。
それが現実なのか夢なのかさえわからない。
母の涙が僕の頬に落ちた瞬間、その温かさが胸を締めつけた。なのに、なぜか僕はただじっと横たわることしかできなかった。
僕の顔を覗き込む何人もの大人の顔は、どれも焦点が合わず、ぼやけて歪んで見える。
光がチラついているのか、それとも意識が混濁しているせいなのか。
そんな曖昧な視界の中で、不安が胸を締めつけた。
僕は森で何をしていた? 誰と一緒にいた?
『ハチ! 今日は森に遊びに行こう!』
耳の奥で鮮やかに響く声が、記憶の中の僕を誘う。
あの時の彼女の笑顔が、記憶の暗闇から急に浮かび上がる。
胸がざわつき、喉の奥が詰まるように苦しくなる。
なぜその声が、今ここで甦るんだ――?
「どうした? 洵。大丈夫か?」
心配した窪が僕の肩を揺さぶる。おかげで僕は記憶の迷路から戻ってくることができた。
「ああ、うん……あの時のことはよく覚えていないんだ」
「そうか。俺もはっきりとは覚えてないけど、母ちゃんや大人たちがすっごく慌てててさ、なんかただごとじゃない雰囲気だったんだよな」
窪はそう言うと、少し申し訳なさそうにビールを飲んだ。
「ああ……」
僕は頷きながら、ぼんやりとした記憶を掘り起こそうとする。
「そういや夏休み明け、洵にそのことを訊いても覚えてなかったもんな。あのあと、妙に塞ぎ込んじゃってさ、しばらく元気なかったよな」
そうだ。急に彼女がいなくなってしまって、しばらく何も手につかなかったのは覚えている。
でも……なんだろう、この違和感。僕が塞ぎ込んでいた理由は、それだけじゃなかった気がする。
そうだ、みんなの言葉も、何もかもが信じられなくなって、僕はしばらく混乱していた……
「僕と一緒に、他にも森に入った人はいたのかな」
「いや、洵だけだったと思うよ」
――彼女は一緒じゃなかったのか?
あの時のことを思い出そうとすると、彼女の声が響く。
『ハチ! 今日は森に遊びに行こう!』
あの日の彼女の弾けるような笑顔に、僕は何の疑問も抱かなかった。
その笑顔を信じて、僕は彼女と森へ遊びに行った。
――僕はあの森で、何を見て、何を失ったんだろう……
「ん?」
「五年の夏頃に転校してきた女の子のこと、覚えてる?」
「五年の夏ー?」
窪は眉をしかめながらビールを飲む。
「いや、五年の時は誰も転校してきてないと思うけどなぁ。たしか三年の時だったか、木下が転校してきたくらいで」
「ああ、木下は僕も覚えてる。他に転校生っていなかったっけ?」
「記憶にないなぁ。あ、五年の夏といえば、あれだ、お前が大変だったやつ!」
「え?」僕は思わずドキリとする。
「ほら、お前が行方不明になって、森で発見されて……あの時はみんな大騒ぎだったぞ。なぁ、山本?」
窪が興奮気味に語ると、隣にいた山本も頷きながら話に加わった。
「そうそう。え、洵、あんな大きな事件、覚えてないの?」
――森で? 行方不明?
胸の奥がざわついた。
思い出したくない何かに触れているような、そんな感覚。
そのとき、頭の奥にしまい込まれていた記憶が一気に溢れ出した。
泣き崩れる母の姿が、視界の端で揺れている。必死に僕の名を呼ぶ父の声が耳に響く。
湿った土と草のざらついた感触が、背中越しにじわりと伝わってきた。
それが現実なのか夢なのかさえわからない。
母の涙が僕の頬に落ちた瞬間、その温かさが胸を締めつけた。なのに、なぜか僕はただじっと横たわることしかできなかった。
僕の顔を覗き込む何人もの大人の顔は、どれも焦点が合わず、ぼやけて歪んで見える。
光がチラついているのか、それとも意識が混濁しているせいなのか。
そんな曖昧な視界の中で、不安が胸を締めつけた。
僕は森で何をしていた? 誰と一緒にいた?
『ハチ! 今日は森に遊びに行こう!』
耳の奥で鮮やかに響く声が、記憶の中の僕を誘う。
あの時の彼女の笑顔が、記憶の暗闇から急に浮かび上がる。
胸がざわつき、喉の奥が詰まるように苦しくなる。
なぜその声が、今ここで甦るんだ――?
「どうした? 洵。大丈夫か?」
心配した窪が僕の肩を揺さぶる。おかげで僕は記憶の迷路から戻ってくることができた。
「ああ、うん……あの時のことはよく覚えていないんだ」
「そうか。俺もはっきりとは覚えてないけど、母ちゃんや大人たちがすっごく慌てててさ、なんかただごとじゃない雰囲気だったんだよな」
窪はそう言うと、少し申し訳なさそうにビールを飲んだ。
「ああ……」
僕は頷きながら、ぼんやりとした記憶を掘り起こそうとする。
「そういや夏休み明け、洵にそのことを訊いても覚えてなかったもんな。あのあと、妙に塞ぎ込んじゃってさ、しばらく元気なかったよな」
そうだ。急に彼女がいなくなってしまって、しばらく何も手につかなかったのは覚えている。
でも……なんだろう、この違和感。僕が塞ぎ込んでいた理由は、それだけじゃなかった気がする。
そうだ、みんなの言葉も、何もかもが信じられなくなって、僕はしばらく混乱していた……
「僕と一緒に、他にも森に入った人はいたのかな」
「いや、洵だけだったと思うよ」
――彼女は一緒じゃなかったのか?
あの時のことを思い出そうとすると、彼女の声が響く。
『ハチ! 今日は森に遊びに行こう!』
あの日の彼女の弾けるような笑顔に、僕は何の疑問も抱かなかった。
その笑顔を信じて、僕は彼女と森へ遊びに行った。
――僕はあの森で、何を見て、何を失ったんだろう……
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