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【第三章】君と色づく世界
急接近
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同窓会が終わり、二次会と称して窪が経営しているラーメン屋に少人数で移動した。四人がけのテーブル席に、窪と可琳と僕、あと数名が、他の席に分かれて座る。
「飲んだあとのラーメンってうまいよな! 今日は俺の奢り! 好きなの頼んで!」
窪は得意げに笑い、注文を訊き終えた後、「俺ちょっと厨房手伝ってくる」と席を外した。
可琳と二人きりになった僕は、何から話したものかと考えあぐねいていると、
「東京での生活はどう? 楽しい?」
と可琳が訊いてきた。
ざわめく店内。厨房から中華鍋を振る音が聴こえてくる。
可琳の瞳がまっすぐすぎて、耐えきれず僕は目を逸らしながら答える。
「……正直、あんまり楽しくはないかな。ただ東京って場所に憧れてただけで、なりたいものも、やりたいことも見つからない」
そう言った後、自分の言葉が少し情けなく響いて、気まずくなる。
「そうなんだ」
可琳は少し残念そうに呟いた。その声に、ほんの少しの沈黙が重なる。
「可琳は、いつこっちに戻ってきたの?」
「少し前にね。ハチが東京に行ったって知って、ああ、ちゃんと夢を叶えたんだなぁって思ったのに……楽しくないなら、こっちに帰ってくれば?」
その軽い誘いに、僕の心が揺れる。東京の生活に特に未練はない。むしろ、可琳がいるなら――なんて考えてしまう自分がいた。
「久しぶりにみんなと会ったら、ちょっと気持ちが揺らぐよ」
そう零すと、可琳は声を上げて笑いながら言った。
「よーし、帰っておいで! みんな喜ぶよ!」
その笑顔につられて、僕も笑顔を取り戻す。
「可琳は? 今、何やってるの?」
「部署は違うけど、ママと同じ会社で働いてるよ。……ハチのお父さんと同じ会社。昔、ママと一緒に働いてたんだって」
「へぇ、そうなんだ……」
少し意外だった。父が、可琳の母親と同じ職場だったなんて。だけど、次に可琳が口にした言葉で、胸の中がざわめく。
「ハチのお父さん、すごい人だったって、ママが言ってたよ」
「……父さんの話はいいよ」
その一言を口に出すと、場の空気が一瞬で変わったのがわかった。可琳の表情も少し曇る。
「そっか。ごめん」
小さく謝る可琳の声に、かすかな後悔が胸を刺す。でも、父親の話はどうしても聞きたくなかった。
いつも仕事ばかりで家にほとんどいなかった。それに、どんなに凄い人だったとしても――子どもだった僕を置いて出ていった人だ。
今となっては、その存在に何の興味もない。
さっきまで笑っていた可琳は、ふとまつ毛を伏せてお冷を一口飲んだ。光を受けたグラス越しに彼女の艷やかな唇が揺れ、その仕草に僕は息を呑む。大人になった可琳は――とても……とても綺麗だ。
気まずい沈黙が続く。僕はその沈黙を破ろうと、無理に笑顔を作りながら話題を探した。
「可琳、そういえばさ――」
けれど、その言葉は最後まで言えなかった。可琳がそっとカウンターにコップを置き、真っ直ぐ僕を見つめる。
「……そういえばハチ、昔、出会った頃はすごく寂しそうだったよね」
静かで優しいその声が、僕の心の奥深くを揺らした。
「きっとあの頃のハチは、たくさん辛い思いを抱えてたんだよね。私、何も知らないのに、嫌なこと思い出させちゃったね。ごめんね」
彼女の気遣う言葉に、胸がじんと熱くなる。僕は思わず顔を伏せた。
「いや……僕は……」
そうじゃない。本当は、辛かったけれど――君がいたから救われたんだ。そう伝えたいのに、その言葉は喉の奥でつっかえ、声にならない。
再び沈黙が落ちる。それを打ち破るように、可琳がふっと微笑み、柔らかい声で尋ねた。
「ハチ、いつまでこっちにいるの?」
「明後日の朝、東京に戻る予定」
「じゃあ、明日はまだこっちにいる?」
「うん」
彼女の瞳が大きく開き、僕を捉える。そしてスッと顔を近づけてきた。
「そしたらさ……」
耳元で囁く彼女の声が、まるで体温を帯びたように温かく響く。
「明日、二人だけで遊ばない?」
ボン! 頭の中で何かが弾け、顔が一気に熱くなるのがわかった。
落ち着け! これはただ、昔の幼馴染としての誘いだ。きっとそうに違いない!
そう自分に言い聞かせたけれど、心臓は早鐘のように鳴り出し、視線をどうしていいかわからない。
顔も――恐らく赤くなっているだろう。
「い、いいよ」
どうにか平静を装いながら答えると、可琳は「やった!」と小さくガッツポーズをして笑った。その笑顔があまりにも眩しくて、僕はますます視線を彷徨わせる。
「飲んだあとのラーメンってうまいよな! 今日は俺の奢り! 好きなの頼んで!」
窪は得意げに笑い、注文を訊き終えた後、「俺ちょっと厨房手伝ってくる」と席を外した。
可琳と二人きりになった僕は、何から話したものかと考えあぐねいていると、
「東京での生活はどう? 楽しい?」
と可琳が訊いてきた。
ざわめく店内。厨房から中華鍋を振る音が聴こえてくる。
可琳の瞳がまっすぐすぎて、耐えきれず僕は目を逸らしながら答える。
「……正直、あんまり楽しくはないかな。ただ東京って場所に憧れてただけで、なりたいものも、やりたいことも見つからない」
そう言った後、自分の言葉が少し情けなく響いて、気まずくなる。
「そうなんだ」
可琳は少し残念そうに呟いた。その声に、ほんの少しの沈黙が重なる。
「可琳は、いつこっちに戻ってきたの?」
「少し前にね。ハチが東京に行ったって知って、ああ、ちゃんと夢を叶えたんだなぁって思ったのに……楽しくないなら、こっちに帰ってくれば?」
その軽い誘いに、僕の心が揺れる。東京の生活に特に未練はない。むしろ、可琳がいるなら――なんて考えてしまう自分がいた。
「久しぶりにみんなと会ったら、ちょっと気持ちが揺らぐよ」
そう零すと、可琳は声を上げて笑いながら言った。
「よーし、帰っておいで! みんな喜ぶよ!」
その笑顔につられて、僕も笑顔を取り戻す。
「可琳は? 今、何やってるの?」
「部署は違うけど、ママと同じ会社で働いてるよ。……ハチのお父さんと同じ会社。昔、ママと一緒に働いてたんだって」
「へぇ、そうなんだ……」
少し意外だった。父が、可琳の母親と同じ職場だったなんて。だけど、次に可琳が口にした言葉で、胸の中がざわめく。
「ハチのお父さん、すごい人だったって、ママが言ってたよ」
「……父さんの話はいいよ」
その一言を口に出すと、場の空気が一瞬で変わったのがわかった。可琳の表情も少し曇る。
「そっか。ごめん」
小さく謝る可琳の声に、かすかな後悔が胸を刺す。でも、父親の話はどうしても聞きたくなかった。
いつも仕事ばかりで家にほとんどいなかった。それに、どんなに凄い人だったとしても――子どもだった僕を置いて出ていった人だ。
今となっては、その存在に何の興味もない。
さっきまで笑っていた可琳は、ふとまつ毛を伏せてお冷を一口飲んだ。光を受けたグラス越しに彼女の艷やかな唇が揺れ、その仕草に僕は息を呑む。大人になった可琳は――とても……とても綺麗だ。
気まずい沈黙が続く。僕はその沈黙を破ろうと、無理に笑顔を作りながら話題を探した。
「可琳、そういえばさ――」
けれど、その言葉は最後まで言えなかった。可琳がそっとカウンターにコップを置き、真っ直ぐ僕を見つめる。
「……そういえばハチ、昔、出会った頃はすごく寂しそうだったよね」
静かで優しいその声が、僕の心の奥深くを揺らした。
「きっとあの頃のハチは、たくさん辛い思いを抱えてたんだよね。私、何も知らないのに、嫌なこと思い出させちゃったね。ごめんね」
彼女の気遣う言葉に、胸がじんと熱くなる。僕は思わず顔を伏せた。
「いや……僕は……」
そうじゃない。本当は、辛かったけれど――君がいたから救われたんだ。そう伝えたいのに、その言葉は喉の奥でつっかえ、声にならない。
再び沈黙が落ちる。それを打ち破るように、可琳がふっと微笑み、柔らかい声で尋ねた。
「ハチ、いつまでこっちにいるの?」
「明後日の朝、東京に戻る予定」
「じゃあ、明日はまだこっちにいる?」
「うん」
彼女の瞳が大きく開き、僕を捉える。そしてスッと顔を近づけてきた。
「そしたらさ……」
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「明日、二人だけで遊ばない?」
ボン! 頭の中で何かが弾け、顔が一気に熱くなるのがわかった。
落ち着け! これはただ、昔の幼馴染としての誘いだ。きっとそうに違いない!
そう自分に言い聞かせたけれど、心臓は早鐘のように鳴り出し、視線をどうしていいかわからない。
顔も――恐らく赤くなっているだろう。
「い、いいよ」
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