64 / 132
【第六章】重なる世界
時安リーダーとの会食
しおりを挟む
仕事を終え、予約をしてあるというお店に着くと、そこは高級なレストランだった。僕は店の前で立ち止まり、襟とネクタイを整える。慣れない雰囲気に緊張しながら店に入ると、静かで上品な音楽が流れ、低い声のスタッフが丁寧に出迎えてくれた。
案内されると、すでに時安リーダーが座っていた。
彼女はいつもと変わらぬ落ち着いた笑顔で、僕に軽く会釈をした。
「こうしてゆっくり会うのは久しぶりね、洵くん」
「はい。ご無沙汰してます」
僕は席につき、スタッフに促されるままメニューを見て、スパークリングワインを注文する。スタッフが去った後、時安リーダーが口を開いた。
「仕事はどう? 困っていることはない?」
「まだ勉強しなくちゃいけないことばっかりです。でもいずれは〈MAHORA〉の開発に関わる仕事ができればと思っています」
「うん。がんばってね。応援してるわ。――それで、今日洵くんを誘ったのは、大方予想はついていると思うけど、娘のことをきちんとお話しようと思って」
きた、と僕は思った。息を整え、頭の中で準備していた言葉を探し出す。
「あの……すみません、僕、動揺してしまって、初対面なのに可琳さんを驚かせるようなことを言ってしまって……」
「それは大丈夫よ」
時安リーダーは、意外にもあっさり微笑んで言った。その穏やかな反応に、怒られると思っていた僕は、少し拍子抜けしてしまった。
「可琳と……同姓同名だったので驚きました。僕の知っている可琳と見た目は違いますが、どうして現実世界にも可琳さんがいることを教えてくれなかったんですか?」
時安リーダーは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに穏やかな顔になり、静かに答えた。
「あなたの世界の可琳とは別人だからよ。それに、言ったところで、洵くんを無駄に混乱させるだけだと思ったの。ごめんなさい」
時安リーダーの言い分は理解できる。僕にとっても、可琳にとっても、お互い知らないほうが混乱は少なかっただろう。
でも――。
「あの、β世界の可琳のデータなんですけど……」
ワイングラスを揺らしていた時安リーダーの手が止まった。
「時安リーダーが子どもの頃のデータを使ったって言ってましたが、それは本当ですか? 現実の可琳さんのデータを使っていたってことは……ありませんか?」
時安リーダーはワイングラスをゆっくりとテーブルに置いた。その仕草には、考えを巡らせる気配が漂っていた。
「それを知って、あなたはどうするの?」
彼女は顔を上げ、まっすぐに僕の目を見つめた。その視線には、逃げ場のない真剣さがあった。
「データが可琳のものであってもなくても、現実の可琳はあなたが好きな可琳ではないわ」
その言葉は鋭く胸に突き刺さった。僕は、彼女の目を見つめ返すことができなかった。
「そう……なんでしょうか……」
絞り出すような声で答えると、リーダーは少し眉を寄せ、小さく息をついた。
「私から洵くんに、ひとつだけお願いがあるの。今後、二人がどこかで会うことがあっても、あなたの知っている可琳の話題を出さないでほしいの。こちらの世界のあなたたちは、先日偶然に出会っただけの間柄。それ以上でも以下でもない」
リーダーの声は冷静だったが、その奥に何か複雑な感情が隠れているようだった。その言葉が真実であることはわかる。僕に反論する余地はない。けれど、心のどこかが抗う。
「……はい。承知しました。でも……その……会うことを禁止されたりは……」
思い切って言葉を続けると、時安リーダーは少しだけ表情を緩めた。
「それは私の言うことではないわ。ただ、可琳は人より繊細なところがあるから少し心配で。それに、ちょっと頑固でね」
小さくため息をついた時安リーダーの表情には、娘を想う母親としての優しさと、言葉にできないほどの愛情が滲み出ていた。目を伏せながら、彼女は静かに話し始めた。
案内されると、すでに時安リーダーが座っていた。
彼女はいつもと変わらぬ落ち着いた笑顔で、僕に軽く会釈をした。
「こうしてゆっくり会うのは久しぶりね、洵くん」
「はい。ご無沙汰してます」
僕は席につき、スタッフに促されるままメニューを見て、スパークリングワインを注文する。スタッフが去った後、時安リーダーが口を開いた。
「仕事はどう? 困っていることはない?」
「まだ勉強しなくちゃいけないことばっかりです。でもいずれは〈MAHORA〉の開発に関わる仕事ができればと思っています」
「うん。がんばってね。応援してるわ。――それで、今日洵くんを誘ったのは、大方予想はついていると思うけど、娘のことをきちんとお話しようと思って」
きた、と僕は思った。息を整え、頭の中で準備していた言葉を探し出す。
「あの……すみません、僕、動揺してしまって、初対面なのに可琳さんを驚かせるようなことを言ってしまって……」
「それは大丈夫よ」
時安リーダーは、意外にもあっさり微笑んで言った。その穏やかな反応に、怒られると思っていた僕は、少し拍子抜けしてしまった。
「可琳と……同姓同名だったので驚きました。僕の知っている可琳と見た目は違いますが、どうして現実世界にも可琳さんがいることを教えてくれなかったんですか?」
時安リーダーは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに穏やかな顔になり、静かに答えた。
「あなたの世界の可琳とは別人だからよ。それに、言ったところで、洵くんを無駄に混乱させるだけだと思ったの。ごめんなさい」
時安リーダーの言い分は理解できる。僕にとっても、可琳にとっても、お互い知らないほうが混乱は少なかっただろう。
でも――。
「あの、β世界の可琳のデータなんですけど……」
ワイングラスを揺らしていた時安リーダーの手が止まった。
「時安リーダーが子どもの頃のデータを使ったって言ってましたが、それは本当ですか? 現実の可琳さんのデータを使っていたってことは……ありませんか?」
時安リーダーはワイングラスをゆっくりとテーブルに置いた。その仕草には、考えを巡らせる気配が漂っていた。
「それを知って、あなたはどうするの?」
彼女は顔を上げ、まっすぐに僕の目を見つめた。その視線には、逃げ場のない真剣さがあった。
「データが可琳のものであってもなくても、現実の可琳はあなたが好きな可琳ではないわ」
その言葉は鋭く胸に突き刺さった。僕は、彼女の目を見つめ返すことができなかった。
「そう……なんでしょうか……」
絞り出すような声で答えると、リーダーは少し眉を寄せ、小さく息をついた。
「私から洵くんに、ひとつだけお願いがあるの。今後、二人がどこかで会うことがあっても、あなたの知っている可琳の話題を出さないでほしいの。こちらの世界のあなたたちは、先日偶然に出会っただけの間柄。それ以上でも以下でもない」
リーダーの声は冷静だったが、その奥に何か複雑な感情が隠れているようだった。その言葉が真実であることはわかる。僕に反論する余地はない。けれど、心のどこかが抗う。
「……はい。承知しました。でも……その……会うことを禁止されたりは……」
思い切って言葉を続けると、時安リーダーは少しだけ表情を緩めた。
「それは私の言うことではないわ。ただ、可琳は人より繊細なところがあるから少し心配で。それに、ちょっと頑固でね」
小さくため息をついた時安リーダーの表情には、娘を想う母親としての優しさと、言葉にできないほどの愛情が滲み出ていた。目を伏せながら、彼女は静かに話し始めた。
1
あなたにおすすめの小説
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
見上げた空は、今日もアオハルなり
木立 花音
青春
──私の想いは届かない。私には、気持ちを伝えるための”声”がないから。
幼馴染だった三人の少年少女。広瀬慎吾(ひろせしんご)。渡辺美也(わたなべみや)。阿久津斗哉(あくつとおや)。そして、重度の聴覚障害を抱え他人と上手くうち解けられない少女、桐原悠里(きりはらゆうり)。
四人の恋心が激しく交錯するなか、文化祭の出し物として決まったのは、演劇ロミオとジュリエット。
ところが、文化祭の準備が滞りなく進んでいたある日。突然、ジュリエット役の桐原悠里が学校を休んでしまう。それは、言葉を発しない彼女が出した、初めてのSOSだった。閉ざされた悠里の心の扉をひらくため、今、三人が立ち上がる!
これは──時にはぶつかり時には涙しながらも、卒業までを駆け抜けた四人の青春群像劇。
※バレンタイン・デイ(ズ)の姉妹作品です。相互にネタバレ要素を含むので、了承願います。
※表紙画像は、ミカスケ様にリクエストして描いて頂いたフリーイラスト。イメージは、主人公の一人悠里です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる