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【第七章】歩き出す世界
久しぶりの学校
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その日はマップを頼りに、街を探索した。
ハチがいる学校へ行ってみると、校庭では生徒がボールを追いかけ、校舎の窓には授業中の生徒たちの影が見える。
道行く人々が私とすれ違い、すぐ横を車が走り抜け、足元には草花が揺れている。心地よい風が吹き、肌に触れる感覚までもが鮮やかだった。
「ほんとの世界みたい……」
いや、これはもしかすると、本当に現実かもしれない。
そんなふうに思えてしまうほど、この世界はとてもリアルだった。
その日のβ世界の冒険を終え、ヘッドセットを外した私に、ハチのお父さんが訊いた。
「どう? できそうかな?」
私は大きく頷き、瞳を輝かせた。
「うん! 私、この世界で学校に通ってみたい!」
隣のママが目を丸くしたあと、嬉しそうに微笑んだ。
ハチのお父さんが一晩で準備を整えてくれたおかげで、私は翌日から、ハチと同じ学校に通い始めた。
教室は2階だったけれど、自分の足で歩いて、人の手を借りずに階段を登る。それだけで嬉しかった。
教室から賑やかな声が聞こえてきて、少し躊躇しながら入る。本当に大丈夫なのかな……という不安をよそに、何人かが振り向き、私に笑顔を向けた。
「あ、可琳ちゃん、おはよう!」
「可琳ちゃんだ~!」
私は知らないのに、みんな私のことを知っていて、少し戸惑う。
「お、おはよう」
恐る恐る声をかけてみると、「ねえ、算数の宿題やった? 難しかったよねー」と自然に会話が始まる。みんなが向けてくれる笑顔に安心し、教えてもらった席につくと、教室の窓から心地よい風が吹き込んできた。
――こんなふうにクラスメイトと話すの、いつぶりだろう?
授業が始まり、先生が黒板に字を書きながら問題を出す。その滑らかな筆跡も、教室を満たす生徒たちの声も、本物そっくりだった。
本当の世界では行きたくないと思っていた学校なのに、こっちの世界の学校は楽しい。
休み時間には校庭に出て、今日知り合ったばかりの子たちと鬼ごっこをした。風を切って走ると感じる、胸の鼓動がとてもリアルで、今私は、この世界で生きているのだと感じた。
クラスのみんなが友好的なのに対して、ハチは、声をかけても私の顔をちらりと見るだけで「ああ」とぶっきらぼうに呟く。表情はとても暗く、ハチとだけは、少しだけ距離を感じた。
どうしてハチだけ……?
その問いは、私の心の中で、ゆっくりと形を作り始めた。
その日、学校に通ってみてとても楽しかったことを、私は息つく暇もなくハチのお父さんに話し続けた。自分の足で歩けたこと、久しぶりに勉強をしたこと。うまく答えられなくても、友達がそっと教えてくれたこと。
お友達はみんなとても優しかった。でも、ただ一人だけ、ハチとはあまりうまく話せなかった。
「明日はもう少し頑張ってみるね」
ハチのお父さんからの頼まれ事がうまくできなくて、私はしょんぼりする。
「ありがとう。ハチはね、みんなを笑わせる、とても明るい子だったんだ……でも今はきっと、心がずっと悲しいままなんだ。だからこそ、可琳ちゃんに力になってもらいたい」
「じゃあ、ハチを笑顔にすればいいのね。あの世界なら私、頑張れる気がするの!」
胸を張ったその言葉に、ハチのお父さんは柔らかく微笑み、「よろしくね」と呟いた。
一息ついた後、ふと心に浮かんだ疑問を口にする。
「他の子とは、お友達にならなくてもいいの?」
「可琳ちゃんがなりたければお友達になっていいんだよ。ただ、ハチ以外の人は、すべてAIなんだ」
「えーあい?」
ハチのお父さんは小さく頷くと続けた。
「話しかければ答えてくれるし、笑顔も作る。でも……本当の心は持っていない。AIは、ロボットみたいなものなんだ」
そう言われても、ロボットには見えないし、私には人間との違いなんてわからなかった。
でも、本当の人間ではないと思うと、嫌われることが怖くなくなり、私はますます、物怖じせずに話せるようになった。
鏡を覗けば、そこには佐奈ちゃんそっくりの可愛い自分がいる。ぱっちりとした瞳、さらさらの髪――憧れの姿。
ここでなら、私はうまくやれる。
現実の世界で失った自信を、このβ世界で取り戻していくようだった。
――ふと、心のどこかで「これは本当の自分じゃない」と囁く声が聞こえた。でも、その声をすぐに、胸の奥に押し込めた。
今だけは、憧れの自分でいたい。
ハチがいる学校へ行ってみると、校庭では生徒がボールを追いかけ、校舎の窓には授業中の生徒たちの影が見える。
道行く人々が私とすれ違い、すぐ横を車が走り抜け、足元には草花が揺れている。心地よい風が吹き、肌に触れる感覚までもが鮮やかだった。
「ほんとの世界みたい……」
いや、これはもしかすると、本当に現実かもしれない。
そんなふうに思えてしまうほど、この世界はとてもリアルだった。
その日のβ世界の冒険を終え、ヘッドセットを外した私に、ハチのお父さんが訊いた。
「どう? できそうかな?」
私は大きく頷き、瞳を輝かせた。
「うん! 私、この世界で学校に通ってみたい!」
隣のママが目を丸くしたあと、嬉しそうに微笑んだ。
ハチのお父さんが一晩で準備を整えてくれたおかげで、私は翌日から、ハチと同じ学校に通い始めた。
教室は2階だったけれど、自分の足で歩いて、人の手を借りずに階段を登る。それだけで嬉しかった。
教室から賑やかな声が聞こえてきて、少し躊躇しながら入る。本当に大丈夫なのかな……という不安をよそに、何人かが振り向き、私に笑顔を向けた。
「あ、可琳ちゃん、おはよう!」
「可琳ちゃんだ~!」
私は知らないのに、みんな私のことを知っていて、少し戸惑う。
「お、おはよう」
恐る恐る声をかけてみると、「ねえ、算数の宿題やった? 難しかったよねー」と自然に会話が始まる。みんなが向けてくれる笑顔に安心し、教えてもらった席につくと、教室の窓から心地よい風が吹き込んできた。
――こんなふうにクラスメイトと話すの、いつぶりだろう?
授業が始まり、先生が黒板に字を書きながら問題を出す。その滑らかな筆跡も、教室を満たす生徒たちの声も、本物そっくりだった。
本当の世界では行きたくないと思っていた学校なのに、こっちの世界の学校は楽しい。
休み時間には校庭に出て、今日知り合ったばかりの子たちと鬼ごっこをした。風を切って走ると感じる、胸の鼓動がとてもリアルで、今私は、この世界で生きているのだと感じた。
クラスのみんなが友好的なのに対して、ハチは、声をかけても私の顔をちらりと見るだけで「ああ」とぶっきらぼうに呟く。表情はとても暗く、ハチとだけは、少しだけ距離を感じた。
どうしてハチだけ……?
その問いは、私の心の中で、ゆっくりと形を作り始めた。
その日、学校に通ってみてとても楽しかったことを、私は息つく暇もなくハチのお父さんに話し続けた。自分の足で歩けたこと、久しぶりに勉強をしたこと。うまく答えられなくても、友達がそっと教えてくれたこと。
お友達はみんなとても優しかった。でも、ただ一人だけ、ハチとはあまりうまく話せなかった。
「明日はもう少し頑張ってみるね」
ハチのお父さんからの頼まれ事がうまくできなくて、私はしょんぼりする。
「ありがとう。ハチはね、みんなを笑わせる、とても明るい子だったんだ……でも今はきっと、心がずっと悲しいままなんだ。だからこそ、可琳ちゃんに力になってもらいたい」
「じゃあ、ハチを笑顔にすればいいのね。あの世界なら私、頑張れる気がするの!」
胸を張ったその言葉に、ハチのお父さんは柔らかく微笑み、「よろしくね」と呟いた。
一息ついた後、ふと心に浮かんだ疑問を口にする。
「他の子とは、お友達にならなくてもいいの?」
「可琳ちゃんがなりたければお友達になっていいんだよ。ただ、ハチ以外の人は、すべてAIなんだ」
「えーあい?」
ハチのお父さんは小さく頷くと続けた。
「話しかければ答えてくれるし、笑顔も作る。でも……本当の心は持っていない。AIは、ロボットみたいなものなんだ」
そう言われても、ロボットには見えないし、私には人間との違いなんてわからなかった。
でも、本当の人間ではないと思うと、嫌われることが怖くなくなり、私はますます、物怖じせずに話せるようになった。
鏡を覗けば、そこには佐奈ちゃんそっくりの可愛い自分がいる。ぱっちりとした瞳、さらさらの髪――憧れの姿。
ここでなら、私はうまくやれる。
現実の世界で失った自信を、このβ世界で取り戻していくようだった。
――ふと、心のどこかで「これは本当の自分じゃない」と囁く声が聞こえた。でも、その声をすぐに、胸の奥に押し込めた。
今だけは、憧れの自分でいたい。
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