ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第一章 とても不思議な世界

6話 イバラの道

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 領域の境界を越え、日々喜達一行を乗せた幌馬車は、イバラの森の中へと入った。
 既に日が暮れ始めており、木々の間から射すオレンジがかった陽の光だけが辺りを照らしていた。
 サフワンは暗くなり始めた周囲を確認し、馬車に備え付けられたランタンに光を灯した。日が沈み切る前であったとは言え、僅かに周囲が明るく照らされる。

 「大きな木。凄い森だ」
 「凄いだろ。開拓される前から残っていたんだ。この森がイバラ領の北側。イスカリ領とヴァーサ領の境界線に沿って、東西に広がってる。この街道は、丁度森の真ん中辺りを突っ切って、南に伸びているんだ」
 「森の中心を通って行くんだ」

 樹齢が幾つぐらいになるのか、定かでは無い程の巨木が何本も生えているのを見て、日々喜は嬉しそうに答えた。
 通り過ぎる木々を指差し、あれは二百年、あれは三百年生きているかも知れないとコウミに話し掛ける。コウミはその度に、それは驚いた、それは凄いね、等と抑揚のない生返事を返した。

 「おや? どう、どう、どう」

 サフワンが唐突に馬車を止めた。森の中を見渡していた日々喜もそちらを振り返る。

 「何だこりゃ?」
 「どうしたの、サフワン」
 「荷物だよ。旅人の物みたいだけど」

 サフワンは馬車を降り、道の真ん中に置かれた物を確認している。それは、誰かの大きな鞄だった。
 日々喜も馬車から降り、周囲を確認する。しかし、そこには人の気配は感じられなかった。

 「誰かが捨てて行ったのかな?」
 「ああ、かも知れない。大方、馬車の荷台から転げ落ちて、そのまま気付かず行っちゃったんだよ」

 サフワンはそう言うと、大きな鞄を持ち上げ、道からどかそうとする。

 「結構重いな。日々喜手伝ってくれよ」

 日々喜とサフワンは一緒になって鞄を持ち上げようとした。その時、何か悲鳴の様なものが森の中から聞こえ、二人は同時に森の同じ方向へ振り返った。

 「何だ? 何か聞こえたぞ」
 「人の声?」

 二人が辺りを確認していると、幌馬車の中からコウミが顔を出した。

 「日々喜、馬車に戻れ。エイジム、お前はさっさと出せ」
 「え!? え、ですけど」

 戸惑うサフワンを他所に、コウミは馬車から飛び降りると、荷物を軽々と持ち上げそのまま荷台の中に放り投げた。

 「おお、凄い」
 「感心してるな。さっさと行くぞ。……日々喜? おい、日々喜!」

 日々喜は依然として、森の中をながめていた。すると、今度はハッキリと女性の声と分かる叫び声が聞こえた。

 「また聞こえた。……あっちだ!」

 その叫び声に駆り立てられたように、日々喜は森の中へと飛び込んで行ってしまった。

 「日々喜!? お前が行ってどうする! ……クソッ」
 「あ、あの、コウミ師匠さん。どうしましょう」
 「お前はここに居ろ。俺があの馬鹿を連れ戻して来る」
 「え、ここに、一人で? ……嘘だろ?」

 サフワンの不安の言葉を聞く事なく、コウミもまた日々喜を追って森の中へ走り出した。
 森は街道からはある程度見通しが利いていた。しかし、少し足を踏み入れただけで、方角さえ定かでは無くなる程鬱蒼としている。
 コウミは日々喜の走り去った方を目指し、乱立する木々の間を凄まじい速度で走り抜けた。

 「馬鹿野郎め! 知らない土地で、訳も分からず飛び出して行きやがって!」

 胸中に沸いた焦りが、思わず口から飛び出した時、コウミは足を止めた。
 日々喜を見失った。
 日が完全に落ち始め、辺りは暗い森へと変わり始めていた。

 「消えた……。いや、落ち着け。こういう時、俺はどうやってあいつを探していた……」

 コウミは過去、幾度となく、山の中で日々喜の事を見失った自分の経験を思い起こす。

 「確か、俺は木の枝葉につかまって、あいつを見つけていた」

 コウミはそう呟くと、手近な巨木によじ登り始めた。見通しの利く高さに達したところで、コウミは周囲を見渡し始める。
 季節は二月の下旬。
 落葉から冬を巡り、新芽が芽吹くに至る前。コウミの視界を遮る物は、幸な事に裸同然の木々の枝しかなかった。
 やがて、森の奥深く、少しばかり開けた場所に、ランタンの僅かな光源に照らされた人影を見出した。
 二人の人間を抱き抱える様にしながら座り込む、魔導士風の女の子。日々喜は木の杖を振りかざしながら、その子を守る様に何者かと対峙している。
 その目の前には、人の子供の様な体型をしながらも、まるでその大きさのまま年を重ねたかのように、背が曲がり、顔には醜い程の皺が寄り、人ではあり得ない緑がかった肌色をした化物が四、五匹、佇んでいるのを確認した。

 「人型? 日々喜!」

 コウミはその場から、一直線に日々喜の居る場所目掛け跳んだ。
 その反動を受け、それまで体を預けていた巨木の枝が大きく揺らされた。コウミの体は放たれた矢ほどの速さで、日々喜達の居る開けた場所に到達した。

 「小僧共がああ!!」

 着地と同時に、コウミの怒号に近い叫び声がその場に響き渡った。
 その声に押されて、寝静まっていた鳥や野生の動物が一斉に逃げ出そうとしたかの様に、周りに生えていた木々がざわついた。
 その場で対峙していた者達は、緊張の糸が切れたかの様に、一方はその場にへたり込み、もう一方は暗い森の中へと、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出して行った。
 コウミは、その場でへたり込む日々喜達のそばへ近づいて行く。

 「日々喜! この馬鹿が、俺のそばから離れるな!」
 「コ、コウミ」
 「さっさと森から出るぞ。どうした、腰を抜かしたか?」
 「う、上です。木の上」
 「上?」

 コウミは上を見上げた。
 薄暗い森の中、空に掛かる枝木の中から、人の首よりも大きな鎌首を垂れさせた一匹の白い蛇が、こちらを見つめていた。

 「でかっ!?」

 コウミが驚きの声を上げた瞬間。蛇の尻尾が鞭の様にしなり、コウミの身体を打ち付けた。丸太の様な尻尾に打たれ、その身体は宙を舞い大木に激突した。

 「コウミ!」

 日々喜は再び立ち上がり、白蛇の前に立ちはだかろうとする。しかし、それまで倒れる仲間達を守っていた女の子が日々喜の服をつかみ止めに入った。
 心もとないランタンの照明によって、表情は朧げに映し出されていたが、少女のグレーの瞳のみが、ハッキリと日々喜に危険を訴えかけていた。

 「魔導を使ってはダメ! ただのモンスターじゃない。あいつは、マジックブレイカーよ!」
 「何ですかそれ?」
 「魔法陣を破壊するの!」

 少女が警告する最中、白蛇の鎌首は地面すれすれまで伸びて行き、日々喜達のもとにその大きな顔を近づけた。
 血の色をほうふつとさせるほどの真っ赤な瞳に睨まれ、二人は先程、醜い人型のモンスターと対峙していた時と同様に体を硬直させた。
 瞬きする事の無い蛇の凝視は、その視界の中から生物らしき動きを見極めている。睨まれた二人は、その事を本能的に察したかのように、動けなくなってしまった。

 「この俺に目もくれない。人の子の味を知っているのか? なんて恐ろしい奴だ……」

 嘲笑を混ぜた言葉が蛇の背後から聞こえた。と、同時に、蛇の鎌首がガクリと揺れ、上に向かって引っ張り上げられた。
 声のする方を見れば、先程大木に叩きつけられたコウミが、蛇の尻尾をつかんで立っていた。

 「そうとも。俺は、お前の獲物に成り得ない。食い合いという自然摂理から除外されている。関わるべきじゃない者だ。だから、俺の物に手を出すな」

 コウミはおもむろに蛇の尻尾を両手でつかんだ。

 「モータスアクシス!」

 叫ぶと同時に、その全身から黒い瘴気の様なものをほとばしらせ、コウミは蛇の尻尾を背負い込む形で引っ張った。
 バキバキと枝の折れる音を鳴らし、蛇の頭が上空へ消えた。かと思うと、再びコウミの身体を挟んだ反対側から姿を現し、勢い良く地面に叩きつけられた。
 それで終わらない。
 コウミは蛇の尻尾をつかみ続け、所構わず振り回し、叩きつけ始めた。
 巨大な胴体が、大木にぶつかっては木々を揺らし、地面に叩きつけられてはその衝撃の強さを後に残した。
 蛇の頭が、最早、原形を留めてはいないのではないかと思える程に暴れ回った時、ブチっと何かが千切れる音が聞こえ、後には、森の惨憺たる光景の中、千切れた蛇の尻尾を握るコウミが、ただ一人佇んでいた。

 「……こいつは、普通じゃないな」

 コウミは千切れた蛇の尻尾を見つめてそう呟く。その尻尾の断面からは、赤い血液の代わりに、透明な液体がしたたっていた。

 「コウミ、平気ですか?」

 日々喜はコウミの下に駆け寄り声を掛ける。

 「平気だ。あの程度では、かすり傷も負わない」
 「良かった……。痛!」
 「良くない! 無暗に走り出すな馬鹿が、俺は焦ったんだ!」

 駆け寄って来た日々喜の頭を殴りつけてそう言うと、コウミは蛇の尻尾を自分の口へと運び、そのまま、ズルズルと飲み込み始めた。

 「ごめんなさい。でも、叩かなくてもいいじゃないか……。それ、美味しいですか?」
 「不味い。だが、懐かしい味がする」
 「……どうやって、喋ってるの?」

 日々喜は、フードの影へと吸い込まれて行く蛇の尻尾を不思議そうにながめながら尋ねた。

 「知るか! それより、さっさと森を出るぞ」
 コウミは、まだ怒っているような口調でそう言った。

 「あ、あの……」

 茫然とその様子をながめていた女の子が、恐る恐る日々喜達の方へと近づき話し掛けた。
 コウミは話し掛けて来た女の子の方に顔を向ける。
 同時に、蛇の尻尾を勢い良く吸い込み、スポンと栓が抜ける様な軽快な音を鳴らし、相手を威嚇する様な態度を取った。

 「あっ、た、助けてください。友達が襲われて、気を失って、動かないんです。街まででいいんです。皆を助けてください!」
 「うるさい、話し掛けるな。行くぞ、日々喜」
 「そんな……」

 コウミの冷徹な言葉に女の子は絶望したような表情を浮かべた。

 「街道に馬車があるから、そこまで運んで行こう」
 「良いんですか? ありがとうございます!」

 倒れている者の下に駆け寄る日々喜を見つめ、コウミは苛立ちを鎮める様に深く息を吐いた。

 「おーい。日々喜! コウミ師匠さーん!」

 丁度その時、街道の方角からサフワンの声が聞こえ始める。

 「サフワン! こっち!」

 日々喜が声のする方向に声を掛けると、茂みの中からランタンを下げたサフワンが顔を出した。

 「ああ、居た。勘弁してくださいよ。暗い中で待たされて、また叫び声が上がったもんだから……。あれ、オレガノ? オレガノじゃないか!」

 サフワンは日々喜達のそばに佇む女の事を見て、彼女の名前を呼んだ。

 「サフワン……。う、うわーん」

 オレガノと呼ばれた少女は、知り合いの顔を見て緊張の糸が切れたのか、その場で泣き出してしまった。

 「知り合いなのサフワン」
 「オレガノは地元の、イバラ領の見習い魔導士だよ。新しい門下生を迎えにイスカリ領へ行っていたんだ」

 サフワンはオレガノの下に駆け寄り、彼女の事を宥めながらそう言った。

 「ふん。とにかくだ、さっさとここから出るぞ。こんな厄介な森とは聞いてなかった。日々喜、さっさと馬車へ戻れ。エイジム、お前はそいつを黙らせてから来い」
 「コウミ、待って下さい。この子達を置いて行けません」

 日々喜はそう言いながら、その場で倒れていた黒髪の青年を背負い始める。コウミは何も言わず、残ったおさげ頭の女の子を担ぎ、その場を後にして行った。

 「お、おい、落ち着けって、そろそろ泣き止めよオレガノ」

 後に残されたサフワンは、身を預けるオレガノの事を少し恥ずかし気に抱き留める。そして、オレガノの泣き顔から目を背ける様に周囲を見渡した。
 そこは、木々がなぎ倒され、地面がえぐり返り、明らかに何か凄惨な事件が起きた事を物語っていた。

 「トウワ国の魔導士……。一体どんな魔導を……」

 薄暗い森の中、サフワンの呟きに応える者は居なかった。
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