ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

21話 森の王者②

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 イバラの森、西側の奥地。
 イバラ領内の市街よりも、イスカリ領の境界の方が近くなるその場所で、日々喜は一本の大木を前に佇んでいた。
 森の中は太陽の昇りきった昼過ぎだと言うのに、木々によって陽射しが遮られ薄暗い。その為か、地面は草や若木が一本も生えておらず、土の面を露出させていた。そして、所々には木の根が顔を覗かせている。
 荒廃してる。年老いた森だ。
 辺りを見渡していた日々喜はそう思った。
 荒廃が進めば、永らく動物も寄せ付けない場所になる。下草が消えれば、雨から土を守るものも無くなる。根っこが剥き出しになり、支えの利かなくなった木々は倒壊して朽ちて行くだろう。そうなれば、この辺りの森は死を迎える事になる。そして、長い時間を掛けなければ、また森が再生して行く事は無い。
 この森の生まれ変わるプロセスを早めるには、どうしても人の手を借りる必要がある。

 「ここは何とか、皆伐しておきたいけど……」

 日々喜は自分の欲求を吐露した。
 しかし、技術も人手も無い中では、できたとしても、僅かな陽の光を取り込めるよう、所々に生える大木を切り倒し、間伐する程度に留める他ない。
 日々喜は改めて、自分の前にする大木を確認した。
 大きな木だ。
 百年、二百年とこの場所に根を張り、森の成長と共にあり続けて来たのだろう。その厳かな佇まいを前に、日々喜は思わず、自分の軽々しい呟きを恥じ入る気持ちになった。
 ふと日々喜はその大木の枝木の辺りに注目し始める。広葉樹の木らしく、その枝には一枚の葉っぱも付いていない。しかし、新芽の季節を迎えているにもかかわらず、その木からは一つの芽も見出す事が出来なかった。
 不審に思いながらその大木を観察し続けていると、その根元の部分に大量の木屑の様な物が落ちているのに気が付いた。

 「これは、フラス?」

 日々喜はその木屑を摘まみ上げながらそう呟いた。

 「ここに居たか! おおーい、こっちだ!」

 大木の観察を行う日々喜の前にコウミが姿を現した。そして、その呼び声に誘われる様にして、フクジン達数名の若いゴブリンが息を切らせながら姿を見せた。

 「たくっ! 一人でスタスタ行っちまうな! 迷ったかと思ったぞ」

 叱りつけるコウミに、日々喜は謝罪した。

 「毎木調査だか何だか知らんがな、こんな奥地にまで入りやがって」
 「必要な事です。少なくとも、ここに住んでいるゴブリンの皆には、森を把握しておく義務があるんです」
 「フクジン達を置いてきぼりにしたら意味が無いだろ!」

 二人が話をしている所に、へとへとになったフクジン達が近づいて来た。

 「長岐、足、速いな。もう少し、ゆっくり頼む」
 「見ろ。こいつら付いてくのにやっとで、とても調査どころじゃないってよ」

 コウミはフクジンを示しながらそう言った。

 「ごめん」

 素直に謝る日々喜に、ゴブリン達は苦笑を返した。

 「この木も切り倒すのか、長岐」
 「うん」

 日々喜はフクジンの質問に頷いて答えた。

 「立派な木だ。切り倒すのは惜しい」
 「切りたくない。残しておこう」
 「名前を付けて、俺達の神木にしよう」
 「そうだ。その方がいい」

 居合わせるゴブリン達は、木を切りたくない思いを口々に述べ始めた。
 間伐の為の木を日々喜が選別すると、ゴブリン達は口を揃えて木を切りたくないと言い出す。その為、日々喜は切り倒すのに適切な木を見つける為に、森中を駆け回っていたのだった。

 「ダメだよ。この木は切らなくちゃいけない」
 「ええー!?」

 ゴネれば直ぐに折れる日々喜だったが、今回は揺るがなかった。ゴブリン達は驚きと不満の混じった声を上げた。

 「皆、木を切るのって心が痛むよね。僕も同じだよ。でも、人が生きて行く以上、ちゃんと森を管理しておかなくちゃダメなんだ。それが出来ないようなら、森を捨てるか、ここで獣同然に生きる以外にないよ」

 日々喜は大木に手を添えて、その木を示した。

 「それに、この木はもう枯死してる。集中攻撃マスアタックを受けた跡があるんだ」
 「集中攻撃?」

 日々喜は手にした木屑を見せた。

 「ほら、この木の根元にフラスが溜まってる。虫がこの木にだけ穿入した跡だよ。多分、キクイムシの仲間だと思う」
 「キクイムシ? 虫が木を食べて、枯らしたのか」

 ゴブリン達は不思議そうな表情を浮かべた。小さな虫達の手によって、大きな木が枯らされて行く事が、世間を知らないゴブリンには不思議でならなかったのだ。

 「色んな種類を知ってる。中でも特定の木に集中攻撃を仕掛けるのは、カシナガ(カシノナガキクイムシ)の類。木を枯らす病気を媒介するんだ」
 「病気!? 悪い虫か? 長岐、危険なのか?」

 慌てるフクジンに、日々喜は首を振って答えた。

 「いいや。カシナガは森の分解者だよ。幹周りの太い老齢樹に集中攻撃するんだ。そうやって、森の死を早めてくれている。直ぐに蘇って、森が若返るように。森の終わりと始まりを繋ぐ役割なんだよ」
 「森の死を早める? それが、直ぐに蘇る為になる……。不思議な考え方だ」

 ゴブリン達は、薄暗い森の中を見渡した。日々喜の話した森の死と、蘇りの循環のプロセスをそこから見出そうとするかのように。

 「とは言え!」

 呆けるゴブリン達に声を掛け、日々喜はこちらに注目させる。

 「これ一本で万を超える虫が詰まってる、多分。夏までに切り倒さないと、大量に発生したカシナガに、見境なく若木まで食い荒らされちゃう」

 日々喜はそう言うと、黒くねばつく塗料の様な物で、大木にバツ印を付けた。

「だから伐採予定木として、印を付けておく。皆は他にこれと同じ特徴のある木を探して、同じように印を付けておいて。後日、その木を全て切り倒すよ。カシナガの代わりに、より正確に早く、森の再生を行うんだ」

 日々喜がそう言い終わると、ゴブリン達は勢い込んで周囲の木々を調べ始めた。

 「くだらん事に張り切りやがって……」

 日々喜とゴブリン達のやり取りを遠巻きに見ていたコウミが呟く。
 森に来てから日々喜は、はつらつとしている。コウミには何となくその理由が分かった。祖母環世の家で暮らす様になってから、日々喜はほぼ毎日の様に一族が所有する里山に通い詰めていた。この森の環境がその時の生活を呼び覚ましているのだろう。
 日々喜自身、その事を裏付ける様に、この森が自分の育った故郷の植生と良く似ていると妄言を吐いていたのをコウミは聞いていた。
 やはり、初めから森の中で生活していれば良かったのだ。
 ゴブリン達に指示を出し続ける日々喜の姿を見据え、コウミはつくづくそう思った。
 しかし、そうであっても、最近は少しばかり元気が良すぎるような気もしている。何よりこの森の中を駆けまわる日々喜の動きは、少し人間離れして来ているのではないかと思えた。

 「コウミ殿、ここでしたか」

 コウミ達の居る場所に、ゴブリンの子供達を連れたタマリが顔を出した。
 年齢としてはフクジンもタマリも、その子供達と変わらないか、寧ろ年下のはずだが、異常な程に成長が早い二人は、率先して大人の仕事をこなしたり、子供達の面倒を見たりしているのだった。
 数匹の子ゴブリンが、コウミの下に駆け寄って来た。

 「コウミたまー!」
 「何だよ……」

 コウミは膝元に集る子ゴブリン達を面倒臭そうに見つめた。

 「あのね。長岐、どこ? 見せたい物、あるの」

 子供達の問いかけに、コウミは黙って日々喜の方を指差した。子ゴブリン達はお礼と共に、ぺこりと一礼し、日々喜の下に駆け付けて行った。
 あれらは厄介だ。タマリの躾けの所為か、どんどん人間臭くなっていく。鬱陶しくて敵わない。
 コウミは走り去る子ゴブリンを見ながら、それらの親の世代を漬物と罵倒していた頃を懐かしんだ。

 「長岐。子供達に優しい。皆、良く懐いてる」

 タマリがそう言った。

 「ゴブリンと人間。きっと、仲良くできる。長岐、それ証明してくれてる」

 タマリは日々喜の存在に期待を寄せている様だ。

 「いや、あいつはロリコンなだけだ。ガキ共に逆らえないのさ」
 「ロリコン?」

 タマリはコウミに聞き返す。

 「個人的な問題だ……。あいつが特別で、人間が皆、そうと言う訳じゃない」

 コウミはそう言うと、日々喜の方へ視線を移した。
 子ゴブリン達は、日々喜に森で見つけた珍しいキノコを見せていた。

 「この時期に、こんなにたくさん。珍しいね」

 日々喜はその内の一つを手に取る。地味な色合いの割に、甘い芳香剤の様な強い香りを放っている。

 「良い匂い。でも、これは食べられないかも」

 食卓に並んだ良く知るキノコとは、まったく違う香りだ。

 「それ、いっぱいある。日々喜にあげるね。後、これ」

 子ゴブリンはそう言うと、もう一つとっておきのキノコを見せた。
 それは、赤サンゴの様な、毒々し気な色と形をしたキノコだった。

 「ねえ、綺麗でしょ。森で見つけたの」
 「うわわ! それはダメ! 絶対に触っちゃダメな奴!」

 日々喜は慌てて子ゴブリンからキノコを取り上げ、森の中に放り投げた。

 「ああいう鮮やかな色の物は、毒を持ってるからね。無暗に触っちゃダメだよ」

 日々喜はそう言いながら、子ゴブリン達の手が毒によって荒れていないか丹念に調べ廻した。

 「はーい」
 「気を付けるよう」

 子ゴブリン達は素直に日々喜の言う事に従っている様だ。
 その様子はコウミの目にも、人間とモンスターが仲良く過ごしている様に映った。しかし、日々喜はこの世界の人間では無い。

 「異邦人同士、肩を寄せ合ってるだけだ」

 今はルーラーが不在の一時。外から来たモンスターが、この領域に籍を設ける事が見過ごされている。もし、後継者達が玉座につけば、ゴブリン達の立場は一変するだろう。
 森での暮らし方や、人間と仲良くする方法を学ぶ事より、後継者達に取り入る事の方が優先すべき事なのだ。

 「ここから先は綺麗事じゃすまない。誇りや気概だけでは食っていけない。お前達がこの小さい領域で生きて行くには、どうしたって同じ領域の人間を相手にしなくちゃならない。どのように立ち回るのか、俺達は高みの見物をさせてもらうぞ」

 コウミの不穏当な発言は、自分達を鼓舞する言葉とでも受け取ったのか、タマリはただ一言、頑張ります、と希望に満ちた表情を浮かべながら答えた。
 人間を脅かす存在には成り得ないな。
 コウミは、そんなゴブリン達の様子を見てそう思った。

 「あ! 見て!」

 子ゴブリンが森の奥を指差し叫んだ。
 そこには、大型の犬の様な生き物が一匹、こちらの様子を窺う様に佇んでいた。

 「オオカミだ」

 日々喜はそう言うと、子ゴブリン達を集めた。

 「オオカミ?」
 「そうだよ。子供を襲って食べちゃうんだ」
 「怖い!」
 「平気だよ。ちゃんと大人達と一緒に居れば襲っては来ないから」
 「本当に?」
 「うん」

 日々喜は子供達に頷くと、オオカミの方を見た。オオカミはじっとこちらの様子を窺っている。
 その大きな耳や尖った口は、自分の良く知るオオカミよりは、キツネに似ている印象を覚えた。しかし、その体格は十分人を襲えそうな程大きなものだった。

 「とても、頭のいい生き物なんだ。だから、強そうな相手に無理に襲っては来ない。ああして、僕達の事を観察して、興味を持った子供を連れ出して、食べちゃうんだよ」

 日々喜は安心させるつもりで言ったのだろうが、子ゴブリン達は、その話を聞いて余計に怖がり始めた。

 「大丈夫、大丈夫。フクジン君やタマリちゃんの言う事を聞いてれば、安全だからね」

 日々喜は震える子ゴブリンの頭を撫でながらそう言った。
 森の奥地に居た動物が戻って来ている。街道の付近に危険が無くなった為だろうか。
 日々喜は荒廃した周囲の森を見渡した。
 この森の荒廃が進めば、必然的にそこに住んでいた動物は住処を奪われる。安全になったから戻って来たのではなく、住めなくなったから、人前にも姿を現す様になったのだろう。

 「少し、後継者の二人に相談して見なくちゃな……」

 日々喜はそう呟く。
 オオカミは、小さな獲物の事を諦めたかのように、何時の間にか姿を消していた。
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