ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

23話 森の王者④

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 東側の森の中から、自らの役回りを終えた一人の剣士が、街道に姿を現した。昼間には少し目立つ黒い装束に身を包み、顔には黒塗りの犬の様な仮面を付けていた。
 剣士は頻りに周囲の様子を窺うと、後に続く者達にも出て来る様にと合図を送った。すると、待ち構えていたかのように、二人の子供が茂みの中から飛び出した。
 二人共、剣士と同じ様な装いをしている。

 「ふー、楽勝、楽勝。大した事なかった」

 子供の内の一人はそう言うと、顔に付けていた黒塗りのカラスの仮面を取った。男の子だった。

 「まだよ、ドリム。お家に帰るまでが仕事だって、お母様が言ってたもん」
 もう一人の子供が、男の子に倣い自分の仮面を取ってそう言った。その子は女の子だった。
 「関係無いね。後は、この道を真っ直ぐ帰るだけじゃないか」
 「そんな事言って、魔導士達に見つかったら大変なんだから」
 「平気さプリン。ハニイが一緒なんだから」

 街道の周辺を窺い続けていた剣士は、自らの仮面を取り、二人の方へと向き直った。

 「プリンの言う通りだ。気を抜くなドリム。拠点に帰るには、関所を越える必要があるだろ。私達は関所の手前で、もう一度森を抜ける必要があるんだ」
 「ええ! 真っ直ぐ行こうよ。魔導士くらいやっつけられるって」
 「ダメだ。初仕事ではしゃぎたいのは分かる。だが、お前達はまだ、兵器を受領していない。それでは戦えないだろ」

 ハニイはそう言うと、自分の腰に付けている剣を二人に見せつけた。

 「帯刀していないお前達の事を母様がどんな思いで仕事に送り出したのかを考えろ。この私の下に預けられたのは、私の仕事振りから多くの事を学ばされる為、実戦はその後だ」
 「ちぇっ、分かったよ」

 不服そうな顔を浮かべながらも、ドリムはハニイの言う事に従った。

 「この仕事が終われば、お前も直ぐに剣士になる。焦る必要などないさ」

 ハニイはそう言いながら、ドリムの頭を撫で廻した。

 「私も直ぐに剣士になれるのかな?」
 「プリンはもう少しだな。今は、私とドリムの言う事をちゃんと聞いているんだ」
 「はーい」

 元気よく返事を返すプリンに、ハニイは優し気な笑み見せた。

 「よし。既に作戦は実行されている。ここからは少し駆け足で街道を行くが、二人共当たりの警戒を怠るなよ」

 ハニイはそう言うと、街道を南に向かって進み始めた。
 鍛えられた剣士の足は速く、後に続く小さな二人は遅れまいと駆け足立ち、直ぐに息を切らせ始めた。
 周囲に警戒するハニイの耳にもそんな二人の息遣いが聞こえて来る。そして、疲れ切ってしまわない様に、時々歩調を落とし、休んでは走りを繰り返した。
 そうして、関所の辺りに近づき始めた頃だ。ハニイは森の中に何者かの気配を感じた。
 ピタリと足を止め、後に続く二人にも止まる様に合図を出す。

 「どうしたの?」
 「し!」

 プリンの質問に答えず、黙る様に指示した。
 周囲の森の中には姿は見えない。だが、ハニイの研ぎ澄まされた五感は、先程感じた気配が正しかった事をハニイ自身に伝えた。
 臭う。ほのかに甘い香りが漂ってる。
 ハニイは森の中の一点を睨みつけた。
 そこに居る。この距離に近づくまで、その気配を一切悟らす事が無かった。ただ者の動きではない。そればかりかこの臭い。自分の存在を意図して示す様な、大胆不敵な振る舞い。
 強者だ。
 これまで、幾多の戦闘を経験していたハニイはそう直感する。

 「そこに居るな。出て来い!」

 ハニイは警戒しつつそう叫んだ。
 すると、その言葉に応じる様に、それまで森の中に隠れていた人物がハニイ達の前に姿を現した。

 「貴様は……、長岐、日々喜」

 ハニイは驚く。
 先だって市街の倉庫に閉じ込めた日々喜が、森の中で突然姿を現した事もそうだが、何よりも、楽に捕らえる事の出来たこの見習い魔導士からは、その時感じる事の無かった、ただならぬ雰囲気の様なものを感じたのだ。
 ハニイは、後ろに控える二人を守る様に身構えた。

 「こんにちは」

 日々喜は気まずそうな顔で、ハニイに挨拶した。

 「ここで何をしている。何でわざわざ、姿を現した」
 「はい、あの、それは僕が聞きたかった事なんですが……」
 「何だと?」
 「森の東側に居ましたよね?」

 ハニイは言葉に詰まる。
 トウワの魔導士、コウミの存在を警戒し、その縄張りを避けながら、密かに自分達の仕事を完遂したつもりだった。しかし、日々喜の言葉には、そんな自分達の動向を把握していたと言う含みがあるように思えた。

 「森の東側は、このイバラ領のルーラー、アイディ・クインの後継者達の住処です。今、不用意に入られると機嫌を損ねてしまうんですよ」

 何も言わないハニイに対し、日々喜は話を続けた。

 「後継者の機嫌だと? 後継者が生まれたのか?」
 「そうです」
 「貴様は……今、後継者と共に居ると言うのか?」
 「そうです。ハニイさん達が勝手に森に入ったと聞いて、注意をしに来ました」

 こいつは、さっきから何を言っているんだ。
 日々喜の話しからは、その考えや目的がさっぱり見えて来ない。
 だが、どうやら、自分達がこの森で秘密裏に行っている作戦について、まだ把握されていないと言う事が分かった。

 「……そうやって、後継者共に取り入ろうと言う算段か?」
 「あまり、好かれてないんですけど、頑張って仲良くしようと思ってます」

 包み隠す事のない日々喜の言葉を聞き、ハニイは怒りを噛み締めた様に表情を強張らせた。

 「そうか、ご苦労な事だな。早々に母様から後継者へと鞍替えを計った訳か」
 「え? 違いま――」
 「黙れこの色魔が!」
 「シキ!?」

 その罵倒のセリフは、日々喜に利いた。これまでの不当な扱いに対する感情も相まって、ハニイに対する不快感として表に出始めた。

 「外界の知恵を持ってゴブリン共を手籠めにしたらしいが、剣士の私には通用しない。切り刻まれたくなければ、大人しくするがいい」

 ハニイはそう言うと、自らが帯刀する剣をつかんだ。

 「また、僕を監禁するんですか、ハニイさん?」

 ハニイは答えない。既に臨戦態勢に入っていた。

 「ここでは、僕の事を捕まえるのは無理です」

 日々喜はそう言うと、マントの中から手斧を取り出した。

 「それでも、試してみますか?」
 「おう!」

 ハニイは吠える様に一声上げると、猛然と日々喜に飛び掛かった。
 だが、それよりも一瞬早く、日々喜は身を翻し、背後に広がる森の中に飛び込んだ。そして、そのまま木々の合間に身体を滑らせ、溶けるように姿を消してしまった。

 「妙な動きだ……。だが……」

 日々喜の行く手、森の中を見据えながらハニイは呟く。
 東ではなく、西へ……。この私を誘っている。アトラスも無しに。
 日々喜の意図を読み取り、ハニイは会心の笑みを作った。

 「面白い!」

 そう言うと、ハニイは自分の引き連れていた二人の方へ向き直った。

 「お前達。先に戻っていろ。私は、長岐を捕まえてから帰る」
 「ええ!? 俺も手伝うよ!」

 ドリムはせがむ様にハニイに詰め寄った。

 「一人で追っかけるより、三人の方が直ぐに捕まえられるって! いいだろ、ハニイ!」
 「図に乗るな!」

 ハニイはドリムを叱りつけた。

 「いいか、ドリム。奴は強者だ。捕らえる為とは言え、戦闘を回避する事は出来ないだろう。小僧の出る幕など無い!」

 先程と打って変わった剣幕に、ドリムは委縮した様に黙った。

 「フフフ、この私を怒らせるなど、お前くらいの者だよドリム。だから焦らず、今はこの私の言う事だけを聞いていればいい」

 ハニイは笑いながらそう言うと、ドリムの頭を撫でた。その表情は、先程あらわにした険しさは消えており、優しい姉としての顔になっていた。

 「プリンの事を頼むぞ。お前が守ってやるんだ」
 「……分かったよ」
 「プリン。ドリムの言う事を聞いて、ちゃんと拠点に帰るんだぞ」
 「はーい」

 プリンは相変わらず元気な声でそう答えた。
 ハニイは、その返事を聞くと、黒塗りの犬の仮面を被り直す。そして、勢い込んで森の中へと飛び込んで行った。

 「ドリム、よしよし」

 ハニイの立ち去った後、プリンはドリムの下に駆け寄り、慰める様にその頭を撫でてやった。

 「止めろい!」

 気恥ずかしさからか、ドリムはその手を振り払った。そして鼻を啜りながら、思わず汚れた顔を袖口で拭った。

 「さっさと帰るぞ。ちゃんとついて来いよプリン」

 ドリムはそう言うと、振り返りもせずに街道を南に向かって歩いて行ってしまった。

 「待って、ドリム」

 プリンは、さっさと行ってしまうドリムを追いかけようとした。その時、目の前にする茂みの中で、何かがうごめくようにガサガサと音を立てた。
 そちらを見れば、丁度茂みの上の辺りに大きな獣の耳が二つ、顔を覗かせている事に気が付く。

 「あなたは、だーれ?」

 プリンの言葉に応える様に、その耳を生やした獣が茂みの中から飛び出して来た。

 「キツネさんだ。ねえ、ドリム。キツネがいたよ!」

 この森では珍しい、大きな獣を前に、プリンは目を輝かせてそう叫んだ。

 「いいから! 早く来いよ。行っちゃうぞ」

 ドリムはそんなプリンの様子も見ず、一人先へと行ってしまう。
 プリンは慌てる様子で、獣とドリムの方を交互に見やった。
 獣の方は、プリンの様子を窺う様に視線を送ると、そのまま、森の中へと飛び跳ねる。

 「あっ! 待って」

 プリンの言葉を理解した様に、獣はその場で立ち止まり、こちらを振り向いた。
 行きずりの獣が、自分に親愛の情を振りまいてくれている。プリンにはまるで、その獣が自分について来る様にと言っているように感じられてならなかった。
 そして、獣に導かれる様に、プリンは森の中へと入って行ってしまった。

 「キツネくらいいるさ、こんなに広い森なんだから。別に珍しくも無いだろ?」

 何時も能天気な妹の言葉等に聞く耳を持たないドリムは、そう呟きながら一人スタスタと街道を歩いて行ってしまった。
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