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1章 牢獄編
しがない中年自警団
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「まさかアーム家の次男坊を捕まえる日が来るとはな……夢にも思わなかったよ」
この職に就いて二十年。十八の頃は、悪人を捕らえて裁きを与える――そんな熱い志を胸に自警団へ入団したもんだが、今ではすっかり面倒ごとを避けることばかり考えている。
そんなある日、アーム家長男アラン・アームから「次男を捕えてほしい」との請願書が届いた、と部下から聞かされた時は、血の気が引いた。だが、恐れていた殺し合いになることもなく事件は解決し、心底ほっとしたものだ。
「しかし、クレリオ様のご子息があんな狂気に染まった人間だとは思いませんでしたね」
お気に入りの部下、クラフトがそう応じてくる。
「クレリオ様の偉大なところは全部、長男のアラン様が引き継いじまったからな。まあ……次男の宿命ってやつか」
「ちょっと!今の発言はまずいですよ、グランツさん。大犯罪者でも相手は貴族様なんですから、誰かに聞かれたらグランツさんだって罪に問われますよ!」
クラフトが慌てて訂正を入れてきた。どうせ処刑される人間に気を遣う必要はないと思うが、まあ確かに、我が子を悪く言われて腹を立てぬ親はいないだろう。
「今のは酒が勝手に口を動かしただけだ。聞かなかったことにしてくれ」
「次からは気をつけてくださいね。僕じゃなかったらどうなっていたか……」
空気が重くなったので、気分転換にクラフトと煙草でも吸おうとポケットを探ると、一枚の紙がひらりと舞い落ちた。
「グランツさん、それは?」
不思議そうに問うクラフト。俺も思い出せずに紙を広げてみると、稚拙な字で「お仕事がんばってね 悪党を捕まえてね パパ!」と書かれており、下手な絵も添えられていた。
「ああ、思い出した! 少し前、ヴァルドネロの組長を捕縛しに遠征する前日だ。娘が“辛くなったらこれを見て元気を出して”って渡してくれたやつだ」
忙しさに紛れて忘れていたが、今こうして目にすると、不思議と力が湧いてくる。
「いい娘さんですね」
「ああ……本当に愛しい娘だ。あいつの成長を見るまでは、死んでも死にきれん」
しだいに娘が恋しくなり、早退願でも出すかと思案していると、ドアが開く音が響いた。
「大して仕事のない夜勤とはいえ、勤務中であることに変わりはないはずだ。……なのに、この部屋は酒の匂いがするな?」
いつもなら「俺も混ぜろ!」と笑うはずの団長モーランが、不機嫌な声で職務怠慢を咎めてきた。その迫力に、一瞬で酔いが覚める。
「い、いえ。昨日買った香料が酒の匂いに似ていたもので……」
苦しい言い訳だと自分でも分かっていたが、口をついて出た。
「普段から大目に見てきた俺の責任でもある。誤魔化さなくていい。……それより、お前らは今すぐ第二出口に向かえ」
「えっと、何かあったんですか?」
クラフトが問い返すと、モーランは少し考え込むような顔をしたが、すぐに真顔で答えた。
「誤魔化そうかとも思ったが正直に言う。これは勘でしかないが――今夜、囚人の脱獄が起きる」
その一言に、心底後悔した。なぜなら、この人の勘が外れたところを俺は一度も見たことがないからだ。
「俺は一番嫌な予感がする第一出口に向かう。牢の前にはバルバトス隊を配置した。丸腰の囚人に負けることはないだろうが、ヴァルドネロの組長やクレリオ様の御子息一行がいる以上、突破されるかもしれん。他にも配置はしているが……お前らが第二出口最後の砦だということを忘れるな」
「「了解!」」
俺とクラフトはすぐに持ち場へ向かった。
せめて囚人たちが、俺の元まで来ませんように――そう祈りながら、ポケットの紙を強く握りしめた。
この職に就いて二十年。十八の頃は、悪人を捕らえて裁きを与える――そんな熱い志を胸に自警団へ入団したもんだが、今ではすっかり面倒ごとを避けることばかり考えている。
そんなある日、アーム家長男アラン・アームから「次男を捕えてほしい」との請願書が届いた、と部下から聞かされた時は、血の気が引いた。だが、恐れていた殺し合いになることもなく事件は解決し、心底ほっとしたものだ。
「しかし、クレリオ様のご子息があんな狂気に染まった人間だとは思いませんでしたね」
お気に入りの部下、クラフトがそう応じてくる。
「クレリオ様の偉大なところは全部、長男のアラン様が引き継いじまったからな。まあ……次男の宿命ってやつか」
「ちょっと!今の発言はまずいですよ、グランツさん。大犯罪者でも相手は貴族様なんですから、誰かに聞かれたらグランツさんだって罪に問われますよ!」
クラフトが慌てて訂正を入れてきた。どうせ処刑される人間に気を遣う必要はないと思うが、まあ確かに、我が子を悪く言われて腹を立てぬ親はいないだろう。
「今のは酒が勝手に口を動かしただけだ。聞かなかったことにしてくれ」
「次からは気をつけてくださいね。僕じゃなかったらどうなっていたか……」
空気が重くなったので、気分転換にクラフトと煙草でも吸おうとポケットを探ると、一枚の紙がひらりと舞い落ちた。
「グランツさん、それは?」
不思議そうに問うクラフト。俺も思い出せずに紙を広げてみると、稚拙な字で「お仕事がんばってね 悪党を捕まえてね パパ!」と書かれており、下手な絵も添えられていた。
「ああ、思い出した! 少し前、ヴァルドネロの組長を捕縛しに遠征する前日だ。娘が“辛くなったらこれを見て元気を出して”って渡してくれたやつだ」
忙しさに紛れて忘れていたが、今こうして目にすると、不思議と力が湧いてくる。
「いい娘さんですね」
「ああ……本当に愛しい娘だ。あいつの成長を見るまでは、死んでも死にきれん」
しだいに娘が恋しくなり、早退願でも出すかと思案していると、ドアが開く音が響いた。
「大して仕事のない夜勤とはいえ、勤務中であることに変わりはないはずだ。……なのに、この部屋は酒の匂いがするな?」
いつもなら「俺も混ぜろ!」と笑うはずの団長モーランが、不機嫌な声で職務怠慢を咎めてきた。その迫力に、一瞬で酔いが覚める。
「い、いえ。昨日買った香料が酒の匂いに似ていたもので……」
苦しい言い訳だと自分でも分かっていたが、口をついて出た。
「普段から大目に見てきた俺の責任でもある。誤魔化さなくていい。……それより、お前らは今すぐ第二出口に向かえ」
「えっと、何かあったんですか?」
クラフトが問い返すと、モーランは少し考え込むような顔をしたが、すぐに真顔で答えた。
「誤魔化そうかとも思ったが正直に言う。これは勘でしかないが――今夜、囚人の脱獄が起きる」
その一言に、心底後悔した。なぜなら、この人の勘が外れたところを俺は一度も見たことがないからだ。
「俺は一番嫌な予感がする第一出口に向かう。牢の前にはバルバトス隊を配置した。丸腰の囚人に負けることはないだろうが、ヴァルドネロの組長やクレリオ様の御子息一行がいる以上、突破されるかもしれん。他にも配置はしているが……お前らが第二出口最後の砦だということを忘れるな」
「「了解!」」
俺とクラフトはすぐに持ち場へ向かった。
せめて囚人たちが、俺の元まで来ませんように――そう祈りながら、ポケットの紙を強く握りしめた。
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