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第五話 スラサンの新技(その2)とヴィオラの特技
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「では主、参ります!」
「おう、いつでも来い!」
俺はスラサンの五メートルほど前に立って気持ち踏ん張った。
スラサンが『ボフッ!!』という音と共にこちらに向かって撃ち出される。初速は《風噴射》とそう変わらない。飛距離が長くなると《風弾丸》は速度が落ちるだろうが、この程度の距離ならほとんど変わらない。思った通りだ。
スラサンは撃ち出されると同時に展開し、皮膜状になって飛んでくる。
ベシャッ!と顔に張り付き、そのままぬるりと頭部を覆った。
う、やべぇ、死ぬ。
俺は慌ててスラサンのボディをペシペシと叩いた。
スラサンはシュルッと頭から離れ、俺の肩で纏まった。
「如何ですか?」
「これ、やべぇな。怖い。あのままだと死ぬわ、確実に」
「私の方の感覚としては、魔力消費が少なく、飛んだ後の攻撃はスライム本来の動きになるのでかなり楽です」
「楽?まだ魔力ある?もう一発できそう?」
「はい、まだあと二回は出来ます」
「よし、じゃ、もう一回やってみよう!今度は俺、全力で避けようとしてみる!」
スラサンは俺の体を伝って降りると、またさっきの位置まで戻った。
「いつでもいいぞ!」
「は!それでは参ります!」
ボフッ!とスラサンが撃ち出される。
皮膜状で飛んでくるそれを手で防ぎつつ、上半身を横にスライドさせてかわそうとする。
スラサンは俺の差し出した手に絡んだが、被膜の端が避けきれず顔に触れ、手に絡んだ本体がシュルリと顔の方に引き寄せられ、結局さっきと同じように頭部を覆われてしまう。
うぷっ!やべぇやべぇ!死ぬ!
スラサンに再び合図して離れてもらった。ヤバいな、これ。
被膜状のスライム、大きさはだいたいA2コピー用紙サイズ。結構でかい。体に触れさせたら瞬時に纏まり、そこから意思を持ってこっちの急所を目指して移動してくるのが、スライム投網の怖いとこだな。しかも物理攻撃不能、掴もうとしても掴めない。これを躱すには避けるってレベルじゃなく、逃げるってくらいの勢いで飛ばないと無理だろう。もしくは魔法を使うか。どっちにしても予備知識なしの初見では無理だろうな。
「いや、これ凄い。人間相手ならめちゃくちゃ効果あると思う。魔物の場合は分からないけど」
「魔物の場合は食うか食われるかの勝負になるでしょうね。人間のように呼吸を止めるのではなく、溶解液で戦うことになりそうです」
「溶かすのが先か、食われるのが先か、ってか。きっついな、魔物には通用しないか」
「そんなことはありません。何しろ一方的に食われるばかりだったスライムが、勝負できるのですから。若いスライムには魔法の使用は厳しいですが、年を経たスライムなら、《風弾丸》くらいなら使えるでしょう。全てのスライムが経験値を得て進化できる可能性が出てきた、それだけで多大なる成果です。主、全てのスライムを代表して感謝いたします」
「へ?全てのスライム?なんで?いつの間にそんな大げさなことになったの?」
「スライムは集合的無意識の領域が非常に強い生き物です。
集合的無意識というのは人も持っている、無意識の底にある、同種の生き物で共有する無意識領域のことです。
スライムは個々の自我が非常に希薄で、その分、集合的無意識によって行動を決定する部分が大きいのです。それ故にスライムの集合的無意識には様々な情報が集約されています。
私は賢者スライムと名乗っていますが、その知識は全てのスライムが共有しているものです。ただ、他のスライムはその知識を利用する知能と自我を持たないので、宝の持ち腐れとなっているだけです。
ですので、ここで私がやったことも全てのスライムに共有されます。一部の長生きして自我を持ち始めたスライムは、人間や魔物と戦うための手段として、今の技を使うかもしれませんし、そうなって欲しいと私は思っています」
「えーと……」
なんかすっげー喋ってたけど、よくわからんかった。つまり、全てのスライムは繋がってるってことでいいんだよな?
内容的にはかなり大事な話っぽかったので、後でもう一度解説してもらおう。
「レイチ、朝ごはんできたよ」
ヴィオラが焚き火の側で呼んだ。
「おー、悪いな、お前食わないのに」
「僕はさっき貰ったからね。レイチの従魔なんだからこのくらいしないと」
ヴィオラが艶っぽく微笑う。
そうなんだ。当初、精液は一日一回!なんて言ってたけど、結局朝晩二回やることになってしまっている。
昨夜は話の内容が盛りだくさん過ぎ、しかもひとつひとつの話がそれぞれに衝撃度強すぎ、頭パンクしてオーバーヒートしそうになってたんだけど、ヴィオラの「寝ないとダメだよ」の一言で《睡眠/スリープ》(淫夢付き)をかけられ、しっかり眠ってエロい夢見て目が覚めたらヴィオラにしゃぶられてたという状況で、なんかもう、考えるのが馬鹿らしくなってしまった。
で、とりあえずはスラサンの存在はひた隠し、ヴィオラの正体もひた隠しつつそれぞれのレベルアップを目指すという、まことにざっくりとした方針を決めるに留まったのだった。
しょうがねぇよな。俺もヴィオラもべつに魔王なんて目指してなくて、こっちはただ、地味にちまちまと冒険者として稼いで食っていくことしか考えてないし。
ヴィオラはもう仲間だしスラサンも仲間だし、例え魔王に差し出せって言われても差し出すわけにはいかないから、それを要求されたら対抗しなきゃいけなくなるんだけど、もともと魔王の敵になるつもりはない。
ヴィオラは俺とスラサンが新技の試し打ちをしている間、一晩守った焚き火の種火から再び火を起こし、俺の朝食の調理をしていた。ま、肉を炙ってパンに挟むだけのカンタン料理、と思ったら、おや。目玉焼きが挟まってるぞ。
「ヴィオラ、卵、どうしたんだ?」
サンドイッチに齧り付きつつ、ヴィオラに尋ねた。街にいるならともかく、旅の途中で卵は貴重だ。プルプル白身に黄身がトロリ。堅いパンに具材の水分が浸みて、丁度いい固さになっている。旨っ!
「あ、それね、山鳥いたから、ちょっと誘惑してみた。そしたらそれプレゼントしてくれたんだよ」
「は?」
誘惑って?鳥を?へ、何言ってるの?
「レイチたちが強くなるために頑張ってるし、僕も頑張らなきゃ、と思ってね、スキルを積極的に使うようにしてるんだ。それで、丸々太った山鳥が居たんで誘惑のスキル使ってみたら、卵産んでくれたんだよ。美味しい?」
ニコニコ微笑って言いつつ、ヴィオラは食後のフレッシュハーブティーの用意をしている。俺たちが遊んで……いや、特訓をしている間に摘んでおいたらしい。
強くなりたい、と涙ぐんだヴィオラの努力は何か変な方向に向かっているように見えるのだが……大丈夫だろうか。
いや、ありがたいんだけど。自分は食わないのにこんな料理なんて覚えちゃって、俺一人のために。いい嫁さんだな……って、囲い込まれてるような気がしなくもないんだが。
サンドイッチを食い終えて、ヴィオラがブレンドしたらしいハーブティーを飲みつつ昨夜の話の続きをする。
「今の魔王、なんでワイズスライムいないんだろうな?」
「それははっきりしてます。今の魔王は魔物から見ても非常に問題のある方で、臣下は皆、力ずくで従わされているような状態なのです。スライムはストレスに弱い魔物ですから、そんな恐ろしい魔物の側では自己溶解してしまいます。進化させたくても魔王の側に連れてきただけでスライムが片っ端から溶けてしまうので、ワイズスライムに進化させられなかったのでしょう。私も多分、魔王に攫われたら溶解してしまうと思います」
「ダメだよ、スラサン。そうなったら俺、絶対助け出すから、頑張ってくれよ」
スラサンの言葉に思わず焦ってしまう。ワイズスライムを溶かすって、それ国宝級のダイヤモンドを焚き火に焚べるようなものだろ!
「ありがとうございます、主。そんなことがないことを願いたいですが、そのようなことになったときには、できるだけ自己を保つ努力を致します」
「夢空間を通じて僕が助けに行けるかもしれない。魔王城で果たして《夢の扉/ドリームゲート》が使えるのかどうかわからないけど、スキルレベルを上げておくようにするよ」
ヴィオラが引き締まった表情で言う。
「《夢の扉/ドリームゲート》って、それ空間移動スキルなのか?自分だけじゃなくてスラサンも連れて入れるか?」
「レベルによる。習熟すればスラサンもレイチも連れて行けるはずだけど、今はまだスラサン一人も難しい」
ヴィオラが唇を噛む。
やっぱりヴィオラは有能だ。色々レアなスキルを持ってるようだ。
「焦らなくていい。べつに、積極的に魔王と対立するつもりはないんだからな!」
「……それもそうだね」
ヴィオラは安堵したように微笑んだ。
スライムは飼うのが難しいっていうのはよく聞く話だ。捕まえて自宅で飼育ケースに入れておいて翌朝見たら溶けてたとか、下手すると連れて帰る間に溶けてたとか、とにかくスライムは溶けるって話だ。ストレスで自己溶解、つまり自分で自分を溶かしてしまっていたんだな。
人間で言う胃潰瘍みたいなものだろう。胃だけに留まらず、全身溶かしてしまうのは魔物らしいダイナミックさだ。
ある意味、人間には馴れ合わぬというスライムの誇り高さの現れとも思える。《従魔契約/テイム》しても逃げるしな。
「主、昨日申し上げた『ステータスボード』なるものを作成してみたのでご確認いただけますか?私とヴィオラ様、それに主の分を作成しました。それで良ければ、時間を見て私が知る他の魔物についても基本的なデータを纏めておきたいと思います」
「おー!もう出来たのか!見たい!すぐ送って!」
「かしこまりました」
……今の会話、めっちゃ会社員っぽかったな。適当上司の俺と有能部下のスラサンって感じか。日本での俺は一番の下っ端で、部下も後輩もいなかったけど。
懐かしいな、日本。皆どうしてるかな。
俺は失踪扱いになってるのかな。
泣けるほど懐かしく焦がれてた日本だけど、気が付くと以前ほどの郷愁を感じていないように思える。
アレスたちとのパーティでは、最後まで彼らとの間に薄い壁があるのを感じていたからな。なんとなく俺だけ、ちょっと隔たりがあるような。
それは冒険者レベルを上げれば解消できるのだろうと思って、がむしゃらにレベルアップを目指してたけど、息苦しい日々でもあったんだな、と、今は思う。
同時に気になるのは、今のヴィオラがかつての俺と似てるように思えたこと。「強くなりたい」と言うけど、それが俺との間にある心理的隔たりを解消するための手段になっていないだろうか。
とは言え、ヴィオラが目指すのはセックスして番になることだもんなぁ。隔たりを完全に解消しちゃうと……むぅ。
ごめん、まだ俺、勇気出ないわ。
まだ子どもだから、と言い訳してたけど、気が付けば今のヴィオラはもう、すっかり若者──十六、七ほどの容姿になっていて、身長も……え、待って。俺、超えられた?ヴィオラ、デカくね?え?いや、ちょっと、いきなり伸び過ぎじゃね?
確かに、その辺の年齢って、いきなりドカンと伸びる奴いるよ。いるけどさ、早すぎるだろ!まだ出会ってから何日も経ってないだろ?!
栄養?栄養行き渡ったせいなの?俺のアレはそんなに良かったの?
「ん、何?ムラムラした?」
無意識に俺はヴィオラをジッと見てたらしく、それに気付いたヴィオラがふわりと微笑む。爽やかな笑顔だけど、台詞はやっぱり下ネタ。通常運転だ。
「そう言えばレイチ、僕がまだ子どもだからセックス出来ないって言ってたんだよね。そろそろいいんじゃない?」
「う……まだ、未成年だろ」
「未成年?もう大人だよ。レイチの故郷ではまだ違うの?もっと大きい方が好み?……それとも、レイチ、押し倒される方が好き?」
ニンマリと微笑みの形に弧を描く、桜色の唇。俺を見やる紫色の瞳はやけに艶っぽくて……。
やべぇ。なんか自爆した気がする。
「いいよ、じゃ、もっと大きく強くなって、レイチのこと、押し倒してあげるね」
「違う!違うから!押し倒さなくていいから!」
「照れなくていいよ。僕、頑張るからね」
フフッと微笑って、ヴィオラは俺が食い終わった後の食器やコップを片し始めた。
やべぇ!マジで自爆した!主導権を向こうに取られたら……あ、いや、まだ大丈夫。男同士の行為の仕方知らないって言ってたよな?教えなきゃ出来ないはずだ。まだ大丈夫。うん。
「おう、いつでも来い!」
俺はスラサンの五メートルほど前に立って気持ち踏ん張った。
スラサンが『ボフッ!!』という音と共にこちらに向かって撃ち出される。初速は《風噴射》とそう変わらない。飛距離が長くなると《風弾丸》は速度が落ちるだろうが、この程度の距離ならほとんど変わらない。思った通りだ。
スラサンは撃ち出されると同時に展開し、皮膜状になって飛んでくる。
ベシャッ!と顔に張り付き、そのままぬるりと頭部を覆った。
う、やべぇ、死ぬ。
俺は慌ててスラサンのボディをペシペシと叩いた。
スラサンはシュルッと頭から離れ、俺の肩で纏まった。
「如何ですか?」
「これ、やべぇな。怖い。あのままだと死ぬわ、確実に」
「私の方の感覚としては、魔力消費が少なく、飛んだ後の攻撃はスライム本来の動きになるのでかなり楽です」
「楽?まだ魔力ある?もう一発できそう?」
「はい、まだあと二回は出来ます」
「よし、じゃ、もう一回やってみよう!今度は俺、全力で避けようとしてみる!」
スラサンは俺の体を伝って降りると、またさっきの位置まで戻った。
「いつでもいいぞ!」
「は!それでは参ります!」
ボフッ!とスラサンが撃ち出される。
皮膜状で飛んでくるそれを手で防ぎつつ、上半身を横にスライドさせてかわそうとする。
スラサンは俺の差し出した手に絡んだが、被膜の端が避けきれず顔に触れ、手に絡んだ本体がシュルリと顔の方に引き寄せられ、結局さっきと同じように頭部を覆われてしまう。
うぷっ!やべぇやべぇ!死ぬ!
スラサンに再び合図して離れてもらった。ヤバいな、これ。
被膜状のスライム、大きさはだいたいA2コピー用紙サイズ。結構でかい。体に触れさせたら瞬時に纏まり、そこから意思を持ってこっちの急所を目指して移動してくるのが、スライム投網の怖いとこだな。しかも物理攻撃不能、掴もうとしても掴めない。これを躱すには避けるってレベルじゃなく、逃げるってくらいの勢いで飛ばないと無理だろう。もしくは魔法を使うか。どっちにしても予備知識なしの初見では無理だろうな。
「いや、これ凄い。人間相手ならめちゃくちゃ効果あると思う。魔物の場合は分からないけど」
「魔物の場合は食うか食われるかの勝負になるでしょうね。人間のように呼吸を止めるのではなく、溶解液で戦うことになりそうです」
「溶かすのが先か、食われるのが先か、ってか。きっついな、魔物には通用しないか」
「そんなことはありません。何しろ一方的に食われるばかりだったスライムが、勝負できるのですから。若いスライムには魔法の使用は厳しいですが、年を経たスライムなら、《風弾丸》くらいなら使えるでしょう。全てのスライムが経験値を得て進化できる可能性が出てきた、それだけで多大なる成果です。主、全てのスライムを代表して感謝いたします」
「へ?全てのスライム?なんで?いつの間にそんな大げさなことになったの?」
「スライムは集合的無意識の領域が非常に強い生き物です。
集合的無意識というのは人も持っている、無意識の底にある、同種の生き物で共有する無意識領域のことです。
スライムは個々の自我が非常に希薄で、その分、集合的無意識によって行動を決定する部分が大きいのです。それ故にスライムの集合的無意識には様々な情報が集約されています。
私は賢者スライムと名乗っていますが、その知識は全てのスライムが共有しているものです。ただ、他のスライムはその知識を利用する知能と自我を持たないので、宝の持ち腐れとなっているだけです。
ですので、ここで私がやったことも全てのスライムに共有されます。一部の長生きして自我を持ち始めたスライムは、人間や魔物と戦うための手段として、今の技を使うかもしれませんし、そうなって欲しいと私は思っています」
「えーと……」
なんかすっげー喋ってたけど、よくわからんかった。つまり、全てのスライムは繋がってるってことでいいんだよな?
内容的にはかなり大事な話っぽかったので、後でもう一度解説してもらおう。
「レイチ、朝ごはんできたよ」
ヴィオラが焚き火の側で呼んだ。
「おー、悪いな、お前食わないのに」
「僕はさっき貰ったからね。レイチの従魔なんだからこのくらいしないと」
ヴィオラが艶っぽく微笑う。
そうなんだ。当初、精液は一日一回!なんて言ってたけど、結局朝晩二回やることになってしまっている。
昨夜は話の内容が盛りだくさん過ぎ、しかもひとつひとつの話がそれぞれに衝撃度強すぎ、頭パンクしてオーバーヒートしそうになってたんだけど、ヴィオラの「寝ないとダメだよ」の一言で《睡眠/スリープ》(淫夢付き)をかけられ、しっかり眠ってエロい夢見て目が覚めたらヴィオラにしゃぶられてたという状況で、なんかもう、考えるのが馬鹿らしくなってしまった。
で、とりあえずはスラサンの存在はひた隠し、ヴィオラの正体もひた隠しつつそれぞれのレベルアップを目指すという、まことにざっくりとした方針を決めるに留まったのだった。
しょうがねぇよな。俺もヴィオラもべつに魔王なんて目指してなくて、こっちはただ、地味にちまちまと冒険者として稼いで食っていくことしか考えてないし。
ヴィオラはもう仲間だしスラサンも仲間だし、例え魔王に差し出せって言われても差し出すわけにはいかないから、それを要求されたら対抗しなきゃいけなくなるんだけど、もともと魔王の敵になるつもりはない。
ヴィオラは俺とスラサンが新技の試し打ちをしている間、一晩守った焚き火の種火から再び火を起こし、俺の朝食の調理をしていた。ま、肉を炙ってパンに挟むだけのカンタン料理、と思ったら、おや。目玉焼きが挟まってるぞ。
「ヴィオラ、卵、どうしたんだ?」
サンドイッチに齧り付きつつ、ヴィオラに尋ねた。街にいるならともかく、旅の途中で卵は貴重だ。プルプル白身に黄身がトロリ。堅いパンに具材の水分が浸みて、丁度いい固さになっている。旨っ!
「あ、それね、山鳥いたから、ちょっと誘惑してみた。そしたらそれプレゼントしてくれたんだよ」
「は?」
誘惑って?鳥を?へ、何言ってるの?
「レイチたちが強くなるために頑張ってるし、僕も頑張らなきゃ、と思ってね、スキルを積極的に使うようにしてるんだ。それで、丸々太った山鳥が居たんで誘惑のスキル使ってみたら、卵産んでくれたんだよ。美味しい?」
ニコニコ微笑って言いつつ、ヴィオラは食後のフレッシュハーブティーの用意をしている。俺たちが遊んで……いや、特訓をしている間に摘んでおいたらしい。
強くなりたい、と涙ぐんだヴィオラの努力は何か変な方向に向かっているように見えるのだが……大丈夫だろうか。
いや、ありがたいんだけど。自分は食わないのにこんな料理なんて覚えちゃって、俺一人のために。いい嫁さんだな……って、囲い込まれてるような気がしなくもないんだが。
サンドイッチを食い終えて、ヴィオラがブレンドしたらしいハーブティーを飲みつつ昨夜の話の続きをする。
「今の魔王、なんでワイズスライムいないんだろうな?」
「それははっきりしてます。今の魔王は魔物から見ても非常に問題のある方で、臣下は皆、力ずくで従わされているような状態なのです。スライムはストレスに弱い魔物ですから、そんな恐ろしい魔物の側では自己溶解してしまいます。進化させたくても魔王の側に連れてきただけでスライムが片っ端から溶けてしまうので、ワイズスライムに進化させられなかったのでしょう。私も多分、魔王に攫われたら溶解してしまうと思います」
「ダメだよ、スラサン。そうなったら俺、絶対助け出すから、頑張ってくれよ」
スラサンの言葉に思わず焦ってしまう。ワイズスライムを溶かすって、それ国宝級のダイヤモンドを焚き火に焚べるようなものだろ!
「ありがとうございます、主。そんなことがないことを願いたいですが、そのようなことになったときには、できるだけ自己を保つ努力を致します」
「夢空間を通じて僕が助けに行けるかもしれない。魔王城で果たして《夢の扉/ドリームゲート》が使えるのかどうかわからないけど、スキルレベルを上げておくようにするよ」
ヴィオラが引き締まった表情で言う。
「《夢の扉/ドリームゲート》って、それ空間移動スキルなのか?自分だけじゃなくてスラサンも連れて入れるか?」
「レベルによる。習熟すればスラサンもレイチも連れて行けるはずだけど、今はまだスラサン一人も難しい」
ヴィオラが唇を噛む。
やっぱりヴィオラは有能だ。色々レアなスキルを持ってるようだ。
「焦らなくていい。べつに、積極的に魔王と対立するつもりはないんだからな!」
「……それもそうだね」
ヴィオラは安堵したように微笑んだ。
スライムは飼うのが難しいっていうのはよく聞く話だ。捕まえて自宅で飼育ケースに入れておいて翌朝見たら溶けてたとか、下手すると連れて帰る間に溶けてたとか、とにかくスライムは溶けるって話だ。ストレスで自己溶解、つまり自分で自分を溶かしてしまっていたんだな。
人間で言う胃潰瘍みたいなものだろう。胃だけに留まらず、全身溶かしてしまうのは魔物らしいダイナミックさだ。
ある意味、人間には馴れ合わぬというスライムの誇り高さの現れとも思える。《従魔契約/テイム》しても逃げるしな。
「主、昨日申し上げた『ステータスボード』なるものを作成してみたのでご確認いただけますか?私とヴィオラ様、それに主の分を作成しました。それで良ければ、時間を見て私が知る他の魔物についても基本的なデータを纏めておきたいと思います」
「おー!もう出来たのか!見たい!すぐ送って!」
「かしこまりました」
……今の会話、めっちゃ会社員っぽかったな。適当上司の俺と有能部下のスラサンって感じか。日本での俺は一番の下っ端で、部下も後輩もいなかったけど。
懐かしいな、日本。皆どうしてるかな。
俺は失踪扱いになってるのかな。
泣けるほど懐かしく焦がれてた日本だけど、気が付くと以前ほどの郷愁を感じていないように思える。
アレスたちとのパーティでは、最後まで彼らとの間に薄い壁があるのを感じていたからな。なんとなく俺だけ、ちょっと隔たりがあるような。
それは冒険者レベルを上げれば解消できるのだろうと思って、がむしゃらにレベルアップを目指してたけど、息苦しい日々でもあったんだな、と、今は思う。
同時に気になるのは、今のヴィオラがかつての俺と似てるように思えたこと。「強くなりたい」と言うけど、それが俺との間にある心理的隔たりを解消するための手段になっていないだろうか。
とは言え、ヴィオラが目指すのはセックスして番になることだもんなぁ。隔たりを完全に解消しちゃうと……むぅ。
ごめん、まだ俺、勇気出ないわ。
まだ子どもだから、と言い訳してたけど、気が付けば今のヴィオラはもう、すっかり若者──十六、七ほどの容姿になっていて、身長も……え、待って。俺、超えられた?ヴィオラ、デカくね?え?いや、ちょっと、いきなり伸び過ぎじゃね?
確かに、その辺の年齢って、いきなりドカンと伸びる奴いるよ。いるけどさ、早すぎるだろ!まだ出会ってから何日も経ってないだろ?!
栄養?栄養行き渡ったせいなの?俺のアレはそんなに良かったの?
「ん、何?ムラムラした?」
無意識に俺はヴィオラをジッと見てたらしく、それに気付いたヴィオラがふわりと微笑む。爽やかな笑顔だけど、台詞はやっぱり下ネタ。通常運転だ。
「そう言えばレイチ、僕がまだ子どもだからセックス出来ないって言ってたんだよね。そろそろいいんじゃない?」
「う……まだ、未成年だろ」
「未成年?もう大人だよ。レイチの故郷ではまだ違うの?もっと大きい方が好み?……それとも、レイチ、押し倒される方が好き?」
ニンマリと微笑みの形に弧を描く、桜色の唇。俺を見やる紫色の瞳はやけに艶っぽくて……。
やべぇ。なんか自爆した気がする。
「いいよ、じゃ、もっと大きく強くなって、レイチのこと、押し倒してあげるね」
「違う!違うから!押し倒さなくていいから!」
「照れなくていいよ。僕、頑張るからね」
フフッと微笑って、ヴィオラは俺が食い終わった後の食器やコップを片し始めた。
やべぇ!マジで自爆した!主導権を向こうに取られたら……あ、いや、まだ大丈夫。男同士の行為の仕方知らないって言ってたよな?教えなきゃ出来ないはずだ。まだ大丈夫。うん。
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