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第三十四話 アレスの後悔と和解の食事会
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「レイチ、この店でいいか?」
アレスが一件の酒場の前で足を止める。
現在の時間は俺の体内時計で午後三時過ぎくらい。
こっちの世界ではカフェなんてないから、飲食はみんな酒場だ。こんな時間でも酒場でエールをやりながら話すのが一般的なので、アレスが特別飲兵衛とかってわけではない。
「え、店に入るのか?」
ちょっと躊躇した。いや、アレスと酒場って、なんかトラウマが。
「ダメか?」
「……連れと後でメシ食う約束してるから」
「じゃ、エール一杯だけにしておこう。奢るよ」
「…………わかった」
頷いた俺は、あからさまに渋々の顔をしていただろうと思う。
いや、この店じゃないけどさ。あの時は他のパーティメンバーも居たし、状況は違うんだけど……アレスという存在自体がトラウマ化してるから。
だってさ、仕事を終えて、自分なりにいい仕事したつもりで帰ってきてその打ち上げ的な夕飯の席で“お前はもう要らない”って言われてみろよ! 元からささやかでしかなかったプライドなんて、木っ端微塵のズタボロだよ!
酒場でそれを告げたこの顔と差し向かいでエールとか、もうフラッシュバックで頭ぐるぐるするっての。
いや、ほんとマジでうっすら吐き気するし。
「……ダメだ。俺、ちょっと今、胃の調子良くないから果汁にしとく」
席に着いてそう告げると、アレスはキュッと眉を寄せた。
「わかった」
そう言ってエールと果汁をオーダーする。
「レイチ、緊張してるか?」
「え?」
「いや、お前、昔からよく腹の具合悪くしてただろ? デカい討伐の前とか……緊張するとダメなんだって」
「あー……」
バレてた。
いや、実を言うとこの前ヴィオラが話した“自分で勝手に見る悪夢”の例えの話は、マジで他人事じゃないんだ。俺の場合は胃痛として出てくるので、あの話みたいな惨事にはまずならないんだけど。
デカい討伐の前は緊張による胃痛でほとんど食事が摂れないってことがよくあった。接敵してしまえば治まるんだけど。
飲み食いできなくなるっていう点では今も一緒だな。
「ごめん、レイチ。俺、お前に謝らなきゃってずっと思ってたんだ」
「いや……」
今更だし。ってか、忘れてたんだから蒸し返さないでほしい。そういう話なら今すぐ席を立って帰りたい。
「あの時さ、お前、話を最後まで聞かないで出て行っちまっただろ? ほんとは、まだ続きがあったんだ。……いや、続きっていうか、言おうかどうしようか迷ってたせいであんな言い方になっちまって……結局、ただお前を傷つけるだけで終わってしまって、こんなことならあの話、最初から断れば良かったって……」
アレスが声を詰まらせる。
よくわからないけど、どうやらアレス側にも何か事情があった様子だな。
「アレス。落ち着いて、順を追って説明してくれないか? 今度は短気起こして途中で出て行ったりしないからさ」
言いながら、ああ、俺にも悪いところがあったんだな、ということに気付く。
アレスはアレスで、あんな事を言い出さなければならなかった理由があったんだろう。
「そうだな、ごめん。もうお前に新しい仲間がいるなら、話してもいいよな」
そう言ってアレスは口を湿らせるようにエールを一口飲んだ。
「そもそもは、あのモーティスが初めて参加した鎧蜥蜴の討伐の少し前に、とあるB級パーティから声をかけられたのが始まりでさ」
「とある?」
「ああ。あまりいい話じゃないから、一応名前は伏せるよ。まあ、モーティスが元々いたパーティって言ったらわかっちまうけどな」
「ああ……」
言われて頷いた。
最近Bに上がったばかりのパーティだったはずだ。モーティス自身はC級で、ついて行くのがしんどいから移りたいって言ってきたって話だった。
「そこのリーダーから取り引きを持ち掛けられたんだ。モーティスをうちに移籍させるから、代わりにレイチ、お前を寄越せって」
「はあ?」
思わずポカンとしてしまう。
いや、だって、C級魔術師とD級魔物使いじゃ、どう考えても魔術師のほうがいいだろ? なんでわざわざ不利な取引を持ちかけるんだ?
「いや、モーティスを出してまで、なんでB級パーティが俺を欲しがるんだ?」
あまりに胡散臭い話に、眉間に皺が寄る。
「レイチ、魔獣の解体できるだろ? 牙猪くらいなら現地で一人でやっちまうじゃん。ソイツ、魔物の討伐の仕事が増えたから、解体屋として欲しいって言ってきたんだ」
「あー……」
納得した。そっちの要員か、って。
「結構評判なんだよ、レイチが解体した素材は高く売れるって。
ほら、スライムを現地調達して、血抜きとか剥がした皮の処理とかするだろ? 肉は臭みがなくて美味いし皮も脂身とか綺麗に除かれて処理し易いって、業者に持ち込むといい金額で引き取ってもらえるんだ。下手するとギルド所属の解体屋より上手いって。だから……」
俺は苦笑とも泣き笑いともつかぬ微妙な表情を浮かべたアレスを見つめた。
「アレスは、それ、いい取り引きだと思ったのか?」
俺の問いにアレスは黙って首を横に振る。
「D級パーティがB級に逆らうなんて出来なかったよ。
それに、C級魔術師を交換要員として出すとまで言われたら、ね。
B級パーティで経験を積めるのはレイチ自身にとってもいいことだって言われて、そうか、と思ってしまった」
アレスは俯いて溜め息をつく。
「レイチの性格的にこの話をそのまま聞かせたら拒否するだろうから、まずうちのパーティをクビにしろ、そしたらソイツが声をかけるからって言われた。
悩んだんだ。それで、一応あっちの言うように話を持っていって、レイチが嫌そうな様子を見せたら内情を話してしまおうと思っていた」
「そういう、ことか……」
深い溜め息がこぼれた。
自分の馬鹿さ加減に頭を抱えた。
最後まできちんと聞いてれば、ああいう風にはならなかったんだな。
短気を起こして人の話を最後まで聞かずに会話を打ち切った、そのためにアレスまで苦しませてしまった。
「ゴメンな、アレス。辛い思いをさせたな」
アレスはまた首を横に振る。
「最初からキッパリと断っていればよかったんだ。レイチは仲間だから、クビになんて出来ないって」
「そしたらナルファに居辛くなるだろ?」
「いや、俺らもそろそろ拠点を他の街に移してもいい頃だよ」
アレスはそう言って柔らかく微笑んだ。
その微笑みに俺は言葉を失う。
……俺は、ちゃんと、仲間として受け入れられていたんだな。
若い仲間に勝手に引け目を感じて、自分で居心地を悪くしていたのか。
本当に、俺は馬鹿だ。
「話してくれてありがとう、アレス。正直、かなり参ってたんだ。おかげで、これからナルファをコソコソしないで歩けるよ」
笑って言った俺にアレスも笑ってこう返す。
「俺の方こそ、こうして話すことができて、胸のつかえが消えたよ。
そう言えばレイチ、あのめちゃくちゃハンサムな仲間と凄い親密そうにしてたけど、コソコソってよりかなり堂々としてたよな?」
「……!!」
顔が引きつった。
待てぃ、アレス!そこはツッコむところじゃないぞ!!
「レイチ、話終わった?」
ヴィオラが手を振りながらニコニコ笑顔を湛えてやって来た。
タイミングいいのか悪いのかよくわからないが、とりあえず話の矛先は変えられそうだ。
「ああ、済んだ……よな?」
アレスを振り返る。
アレスは目をパチクリさせてヴィオラを見つめつつ、頷いた。
「俺の話は済んだよ……」
さっきは落ち着いてると思ったけど、話が済んで一段落すると、アレスでもこうなるんだな。
「じゃ、せっかくだしこのままここで一緒に食事しない? それとも店移る?」
そう言いながらヴィオラは空いた席に座って俺の果汁を勝手に飲む。
「あ、すみません、俺この後パーティのメンバーと一緒に食事の約束をしてて……」
アレスが申し訳なさそうに断ろうとすると、ヴィオラは更にかぶせるように言う。
「それならみんなで食べようよ! ちょうどいいからみんなの話を聞きたいな! あ、秘密の打ち合わせとかあるなら遠慮するけど」
さっきはヴィオラの美貌に目を奪われていた様子のアレスは、今はぐいぐい来る押しの強さに押されている様子だった。
「あ、いや、大丈夫です。ただ食事をするだけなんで。……レイチはそれでいいのか?」
気遣うように俺のほうに視線を寄越す。
「……ああ、うん。いいよ」
俺は何か言う気も失せ、頷いた。
まあ、色々聞くのにアレスのパーティはちょうどいいだろう。
ナルファの旧ダンジョンのことについても聞きたいし。
またしても俺は長身イケメンの二人に挟まれて、酒場を後にすることになった。
「じつはさ、とある筋から最近、森の薬草の魔力が薄くなってるって話を聞いてね。中でもルティローエとオルムラムがヤバいって話なんだけど、なんか聞いてないかな?
僕ら、ちょっとナルファを離れててその辺の事情をよく知らないから、教えてほしいと思ったんだ」
ヴィオラがワインをチビチビやりつつ一同に問いかける。
アレスパーティの夕食に急遽飛び入り参加した俺とヴィオラだったけど、一同はあっさり受け入れた。と言うより、ヴィオラは一瞬でその席の主になった。
これも妖魔王の力なんだろうか。
パーティのメンバーには女性もいたけど特に火花の散らしあいみたいにはならず、というよりも男女関係なくみんな一瞬で崇拝の眼差しに変わり、以降は主君と臣下みたいになった。
ヴィオラはそれを普通に受け止めていて、これが“王者の資質”の力なのか、と思ったりする。
同席しているメンバーだけじゃなく、店にいる人全員がヴィオラのほうを気にしているし、なんだかいつになく店内が静かな気がして、横にいる俺は申し訳ない気分になってしまう。
いや、まあ、うちの従魔がすみません。早めに退散しますんで、と心の中で謝罪する。
で、先のヴィオラの言葉にあったルティローエとオルムラムっていうのは両方とも外傷用の治療薬の材料なんだ。
詳しいことは割愛するが、それぞれ違う作用をする魔草で、特にルティローエは保管にも注意を要する危険な草だ。
その危険な魔草が魔力を失いただの草になっているというのが、先に聖霊王が問題にしていた話なのだ。
「そういう話は聞いてないですが……」
一同が首を捻る。
「あ、そう言えば」
声をあげたのは魔術師のモーティスだった。
俺が移籍する話が消えても、モーティスはアレスパーティに移籍したんだな。
「この前、知り合いの魔術師が自分で調合した薬を使ったら全然効かなかったと言ってました」
「全然? 調合をミスったとか保存袋に穴開いてたとかじゃなく?」
「摘んだばかりの薬草をその場で調合したそうです。草で持ち帰るよりかさばらなくていいからいつもそうしていたらしいんですけど、たまたま怪我をしたんで使ったら、全くだったって、しょげてました。その日摘んだ薬草は全滅だったそうです」
「……ふむ」
ヴィオラがその話に頷いて少しばかり黙り込む。
「あ、そう言えば、ここんとこ薬草採集の依頼の達成率が落ちてるって、リーナさんがこぼしてたな」
「あー、あれか。魔力の無いただの草摘んでくるって話か。あれ、保管をミスっただけなんじゃないのか?」
「そう思われてるけど、ベテラン魔術師が自分用に摘んだものでもそうだってことなんだろ?」
「あー……」
一瞬その場に沈黙が落ちる。
「もしも先の薬草に関する情報が正しいとすると、今はまだ魔力のある在庫を使ってるから市場に影響は出てないけど、今後影響が出てくる可能性があるってことじゃ……?」
アレスの言葉に、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた気がした。
「ヤバくないですか? それ……」
「最悪、傷薬が手に入らなくなる……」
「オルムラムは体力回復用のポーションにも使われてるよな?」
シン、と静まり返った。
俺は思わず辺りを見回す。
「ヴィオラ、この話、他に聞かれるとまずくないか?」
「大丈夫、《風殻》をかけてある」
あ、やけに店内が静かなのは結界のせいだったのか。
「僕らは今、この問題を解決するために動いてる。今聞いたことは絶対に他言しないで欲しい」
ヴィオラが一同を見渡した。
アレスパーティのメンバー全員、やや顔を青ざめさせて頷いた。
「ルティローエやオルムラムを使わない代用薬も考えてるから、そんなに深刻に考えなくていいからね。
僕ら、ナルファの北門から半刻くらい歩いたところに店を作ったんだ。薬も置く予定だし、ダンジョンもあって遊べるから、よかったらみんなおいでね」
ヴィオラは魅了の微笑みを湛え、そう言った。
……俺のこと商人だとか言って唖然としてたくせに、お前、すっげー営業マンじゃねぇ?!
アレスパーティの夕食の席に無理くり飛び込んだのは、ダンジョンの集客のためか!
呆れる俺の傍らでヴィオラはダンジョンの解説をしている。
みんな前のめりで聞いていて、今度行くと約束させられていた。
「元からあるダンジョンは、今どうなってるか知ってるか? C級以上に資格が引き上げられたんだろ?」
俺が尋ねると、アレスが答えた。
「そっちは今度、俺たちで調査をすることになった。近いみたいだし、行きか帰りにお前の店にも寄ってみるよ」
「大丈夫なのか?」
「充分に気をつけるさ。C級に上がって初めての仕事だ、絶対に達成する」
アレスの目が、真剣な色に光った。
アレスが一件の酒場の前で足を止める。
現在の時間は俺の体内時計で午後三時過ぎくらい。
こっちの世界ではカフェなんてないから、飲食はみんな酒場だ。こんな時間でも酒場でエールをやりながら話すのが一般的なので、アレスが特別飲兵衛とかってわけではない。
「え、店に入るのか?」
ちょっと躊躇した。いや、アレスと酒場って、なんかトラウマが。
「ダメか?」
「……連れと後でメシ食う約束してるから」
「じゃ、エール一杯だけにしておこう。奢るよ」
「…………わかった」
頷いた俺は、あからさまに渋々の顔をしていただろうと思う。
いや、この店じゃないけどさ。あの時は他のパーティメンバーも居たし、状況は違うんだけど……アレスという存在自体がトラウマ化してるから。
だってさ、仕事を終えて、自分なりにいい仕事したつもりで帰ってきてその打ち上げ的な夕飯の席で“お前はもう要らない”って言われてみろよ! 元からささやかでしかなかったプライドなんて、木っ端微塵のズタボロだよ!
酒場でそれを告げたこの顔と差し向かいでエールとか、もうフラッシュバックで頭ぐるぐるするっての。
いや、ほんとマジでうっすら吐き気するし。
「……ダメだ。俺、ちょっと今、胃の調子良くないから果汁にしとく」
席に着いてそう告げると、アレスはキュッと眉を寄せた。
「わかった」
そう言ってエールと果汁をオーダーする。
「レイチ、緊張してるか?」
「え?」
「いや、お前、昔からよく腹の具合悪くしてただろ? デカい討伐の前とか……緊張するとダメなんだって」
「あー……」
バレてた。
いや、実を言うとこの前ヴィオラが話した“自分で勝手に見る悪夢”の例えの話は、マジで他人事じゃないんだ。俺の場合は胃痛として出てくるので、あの話みたいな惨事にはまずならないんだけど。
デカい討伐の前は緊張による胃痛でほとんど食事が摂れないってことがよくあった。接敵してしまえば治まるんだけど。
飲み食いできなくなるっていう点では今も一緒だな。
「ごめん、レイチ。俺、お前に謝らなきゃってずっと思ってたんだ」
「いや……」
今更だし。ってか、忘れてたんだから蒸し返さないでほしい。そういう話なら今すぐ席を立って帰りたい。
「あの時さ、お前、話を最後まで聞かないで出て行っちまっただろ? ほんとは、まだ続きがあったんだ。……いや、続きっていうか、言おうかどうしようか迷ってたせいであんな言い方になっちまって……結局、ただお前を傷つけるだけで終わってしまって、こんなことならあの話、最初から断れば良かったって……」
アレスが声を詰まらせる。
よくわからないけど、どうやらアレス側にも何か事情があった様子だな。
「アレス。落ち着いて、順を追って説明してくれないか? 今度は短気起こして途中で出て行ったりしないからさ」
言いながら、ああ、俺にも悪いところがあったんだな、ということに気付く。
アレスはアレスで、あんな事を言い出さなければならなかった理由があったんだろう。
「そうだな、ごめん。もうお前に新しい仲間がいるなら、話してもいいよな」
そう言ってアレスは口を湿らせるようにエールを一口飲んだ。
「そもそもは、あのモーティスが初めて参加した鎧蜥蜴の討伐の少し前に、とあるB級パーティから声をかけられたのが始まりでさ」
「とある?」
「ああ。あまりいい話じゃないから、一応名前は伏せるよ。まあ、モーティスが元々いたパーティって言ったらわかっちまうけどな」
「ああ……」
言われて頷いた。
最近Bに上がったばかりのパーティだったはずだ。モーティス自身はC級で、ついて行くのがしんどいから移りたいって言ってきたって話だった。
「そこのリーダーから取り引きを持ち掛けられたんだ。モーティスをうちに移籍させるから、代わりにレイチ、お前を寄越せって」
「はあ?」
思わずポカンとしてしまう。
いや、だって、C級魔術師とD級魔物使いじゃ、どう考えても魔術師のほうがいいだろ? なんでわざわざ不利な取引を持ちかけるんだ?
「いや、モーティスを出してまで、なんでB級パーティが俺を欲しがるんだ?」
あまりに胡散臭い話に、眉間に皺が寄る。
「レイチ、魔獣の解体できるだろ? 牙猪くらいなら現地で一人でやっちまうじゃん。ソイツ、魔物の討伐の仕事が増えたから、解体屋として欲しいって言ってきたんだ」
「あー……」
納得した。そっちの要員か、って。
「結構評判なんだよ、レイチが解体した素材は高く売れるって。
ほら、スライムを現地調達して、血抜きとか剥がした皮の処理とかするだろ? 肉は臭みがなくて美味いし皮も脂身とか綺麗に除かれて処理し易いって、業者に持ち込むといい金額で引き取ってもらえるんだ。下手するとギルド所属の解体屋より上手いって。だから……」
俺は苦笑とも泣き笑いともつかぬ微妙な表情を浮かべたアレスを見つめた。
「アレスは、それ、いい取り引きだと思ったのか?」
俺の問いにアレスは黙って首を横に振る。
「D級パーティがB級に逆らうなんて出来なかったよ。
それに、C級魔術師を交換要員として出すとまで言われたら、ね。
B級パーティで経験を積めるのはレイチ自身にとってもいいことだって言われて、そうか、と思ってしまった」
アレスは俯いて溜め息をつく。
「レイチの性格的にこの話をそのまま聞かせたら拒否するだろうから、まずうちのパーティをクビにしろ、そしたらソイツが声をかけるからって言われた。
悩んだんだ。それで、一応あっちの言うように話を持っていって、レイチが嫌そうな様子を見せたら内情を話してしまおうと思っていた」
「そういう、ことか……」
深い溜め息がこぼれた。
自分の馬鹿さ加減に頭を抱えた。
最後まできちんと聞いてれば、ああいう風にはならなかったんだな。
短気を起こして人の話を最後まで聞かずに会話を打ち切った、そのためにアレスまで苦しませてしまった。
「ゴメンな、アレス。辛い思いをさせたな」
アレスはまた首を横に振る。
「最初からキッパリと断っていればよかったんだ。レイチは仲間だから、クビになんて出来ないって」
「そしたらナルファに居辛くなるだろ?」
「いや、俺らもそろそろ拠点を他の街に移してもいい頃だよ」
アレスはそう言って柔らかく微笑んだ。
その微笑みに俺は言葉を失う。
……俺は、ちゃんと、仲間として受け入れられていたんだな。
若い仲間に勝手に引け目を感じて、自分で居心地を悪くしていたのか。
本当に、俺は馬鹿だ。
「話してくれてありがとう、アレス。正直、かなり参ってたんだ。おかげで、これからナルファをコソコソしないで歩けるよ」
笑って言った俺にアレスも笑ってこう返す。
「俺の方こそ、こうして話すことができて、胸のつかえが消えたよ。
そう言えばレイチ、あのめちゃくちゃハンサムな仲間と凄い親密そうにしてたけど、コソコソってよりかなり堂々としてたよな?」
「……!!」
顔が引きつった。
待てぃ、アレス!そこはツッコむところじゃないぞ!!
「レイチ、話終わった?」
ヴィオラが手を振りながらニコニコ笑顔を湛えてやって来た。
タイミングいいのか悪いのかよくわからないが、とりあえず話の矛先は変えられそうだ。
「ああ、済んだ……よな?」
アレスを振り返る。
アレスは目をパチクリさせてヴィオラを見つめつつ、頷いた。
「俺の話は済んだよ……」
さっきは落ち着いてると思ったけど、話が済んで一段落すると、アレスでもこうなるんだな。
「じゃ、せっかくだしこのままここで一緒に食事しない? それとも店移る?」
そう言いながらヴィオラは空いた席に座って俺の果汁を勝手に飲む。
「あ、すみません、俺この後パーティのメンバーと一緒に食事の約束をしてて……」
アレスが申し訳なさそうに断ろうとすると、ヴィオラは更にかぶせるように言う。
「それならみんなで食べようよ! ちょうどいいからみんなの話を聞きたいな! あ、秘密の打ち合わせとかあるなら遠慮するけど」
さっきはヴィオラの美貌に目を奪われていた様子のアレスは、今はぐいぐい来る押しの強さに押されている様子だった。
「あ、いや、大丈夫です。ただ食事をするだけなんで。……レイチはそれでいいのか?」
気遣うように俺のほうに視線を寄越す。
「……ああ、うん。いいよ」
俺は何か言う気も失せ、頷いた。
まあ、色々聞くのにアレスのパーティはちょうどいいだろう。
ナルファの旧ダンジョンのことについても聞きたいし。
またしても俺は長身イケメンの二人に挟まれて、酒場を後にすることになった。
「じつはさ、とある筋から最近、森の薬草の魔力が薄くなってるって話を聞いてね。中でもルティローエとオルムラムがヤバいって話なんだけど、なんか聞いてないかな?
僕ら、ちょっとナルファを離れててその辺の事情をよく知らないから、教えてほしいと思ったんだ」
ヴィオラがワインをチビチビやりつつ一同に問いかける。
アレスパーティの夕食に急遽飛び入り参加した俺とヴィオラだったけど、一同はあっさり受け入れた。と言うより、ヴィオラは一瞬でその席の主になった。
これも妖魔王の力なんだろうか。
パーティのメンバーには女性もいたけど特に火花の散らしあいみたいにはならず、というよりも男女関係なくみんな一瞬で崇拝の眼差しに変わり、以降は主君と臣下みたいになった。
ヴィオラはそれを普通に受け止めていて、これが“王者の資質”の力なのか、と思ったりする。
同席しているメンバーだけじゃなく、店にいる人全員がヴィオラのほうを気にしているし、なんだかいつになく店内が静かな気がして、横にいる俺は申し訳ない気分になってしまう。
いや、まあ、うちの従魔がすみません。早めに退散しますんで、と心の中で謝罪する。
で、先のヴィオラの言葉にあったルティローエとオルムラムっていうのは両方とも外傷用の治療薬の材料なんだ。
詳しいことは割愛するが、それぞれ違う作用をする魔草で、特にルティローエは保管にも注意を要する危険な草だ。
その危険な魔草が魔力を失いただの草になっているというのが、先に聖霊王が問題にしていた話なのだ。
「そういう話は聞いてないですが……」
一同が首を捻る。
「あ、そう言えば」
声をあげたのは魔術師のモーティスだった。
俺が移籍する話が消えても、モーティスはアレスパーティに移籍したんだな。
「この前、知り合いの魔術師が自分で調合した薬を使ったら全然効かなかったと言ってました」
「全然? 調合をミスったとか保存袋に穴開いてたとかじゃなく?」
「摘んだばかりの薬草をその場で調合したそうです。草で持ち帰るよりかさばらなくていいからいつもそうしていたらしいんですけど、たまたま怪我をしたんで使ったら、全くだったって、しょげてました。その日摘んだ薬草は全滅だったそうです」
「……ふむ」
ヴィオラがその話に頷いて少しばかり黙り込む。
「あ、そう言えば、ここんとこ薬草採集の依頼の達成率が落ちてるって、リーナさんがこぼしてたな」
「あー、あれか。魔力の無いただの草摘んでくるって話か。あれ、保管をミスっただけなんじゃないのか?」
「そう思われてるけど、ベテラン魔術師が自分用に摘んだものでもそうだってことなんだろ?」
「あー……」
一瞬その場に沈黙が落ちる。
「もしも先の薬草に関する情報が正しいとすると、今はまだ魔力のある在庫を使ってるから市場に影響は出てないけど、今後影響が出てくる可能性があるってことじゃ……?」
アレスの言葉に、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた気がした。
「ヤバくないですか? それ……」
「最悪、傷薬が手に入らなくなる……」
「オルムラムは体力回復用のポーションにも使われてるよな?」
シン、と静まり返った。
俺は思わず辺りを見回す。
「ヴィオラ、この話、他に聞かれるとまずくないか?」
「大丈夫、《風殻》をかけてある」
あ、やけに店内が静かなのは結界のせいだったのか。
「僕らは今、この問題を解決するために動いてる。今聞いたことは絶対に他言しないで欲しい」
ヴィオラが一同を見渡した。
アレスパーティのメンバー全員、やや顔を青ざめさせて頷いた。
「ルティローエやオルムラムを使わない代用薬も考えてるから、そんなに深刻に考えなくていいからね。
僕ら、ナルファの北門から半刻くらい歩いたところに店を作ったんだ。薬も置く予定だし、ダンジョンもあって遊べるから、よかったらみんなおいでね」
ヴィオラは魅了の微笑みを湛え、そう言った。
……俺のこと商人だとか言って唖然としてたくせに、お前、すっげー営業マンじゃねぇ?!
アレスパーティの夕食の席に無理くり飛び込んだのは、ダンジョンの集客のためか!
呆れる俺の傍らでヴィオラはダンジョンの解説をしている。
みんな前のめりで聞いていて、今度行くと約束させられていた。
「元からあるダンジョンは、今どうなってるか知ってるか? C級以上に資格が引き上げられたんだろ?」
俺が尋ねると、アレスが答えた。
「そっちは今度、俺たちで調査をすることになった。近いみたいだし、行きか帰りにお前の店にも寄ってみるよ」
「大丈夫なのか?」
「充分に気をつけるさ。C級に上がって初めての仕事だ、絶対に達成する」
アレスの目が、真剣な色に光った。
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