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第三十三話 犬だらけ会議と久しぶりの再会
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ヴィオラは第一層最奥の間に一層の住人全員を集めた。
「とりあえず飢えを満たしてねぐらを整えることを優先したから後回しになっていたんだけど、君たちには前の洞窟を追い出された時のことを聞かせてほしいと思っていたんだ」
それは俺も聞く必要があると思ってた。なんだかずっとバタバタしてたもんで、なかなか落ち着いて話ができなかったんだけど。
「僕は、弱い魔物が追い出されたものと思っていたんだ。向こうのダンジョンがC級以上に指定されたっていう情報と考え合わせて。
でも、さっきのアイツもダンジョンの魔物だったんだろうけど、あっちは追い出されずにむしろ側近として取り立てられてる。この違いは何だろうと思ったんだ」
ヴィオラがそう言って一同を見渡す。
「リウス、キオ、どう? 覚えてる?」
問われて二人は少し考える表情を見せる。
「オレは、正直、よくわからない。覚えてるのはある日魔族が来てオレたちを追い立てた、抵抗しても捕まえられて外へ放り出されたってことだけで、その魔族がどんなヤツだったのかとかは思い出せない。あの時のオレは人間の姿なんて全部同じに見えてたから……」
リウスが申し訳なさそうに言い、「闇狗たちも大体俺と同じだと言ってる」と後ろを見渡して付け加えた。
やはり時間が経ってしまっているせいで、記憶は曖昧になっているようだ。
特にリウスはヴィオラの《催淫》で苦しんだ時間があるから、余計になのだろう。
「黒狼たちはどう?」
傍らにひとかたまりで座ってる狼たちに尋ねるが、彼らの答えも似たり寄ったりだった。守護者の意地で多少追い出されまいと抵抗しようとしたようだが、相手にならなかったと悔しそうにしていた。
「……ボク、覚えてます」
キオが呟くように言葉を発する。
「本当? 何でもいい、覚えてることを教えて」
ヴィオラがそう言ってキオを見つめた。
そしてキオが考え考え、ポツポツと話した内容をまとめると以下のようになった。
その日突然やって来たのは大きな男の魔族で、獣魔族だということはわかったが、種族までは判別がつかなかった。
ひどく生臭いニオイを纏った男だった。闇狗は死肉も食らうから少しくらいの腐臭はむしろ食欲をそそられるのだが、それとはまた異質なニオイだと思った。(それを聞いてリウスの記憶も蘇ったらしく「ああ、そうだ、アイツ臭かった!」と合いの手を入れていた。)
鼻の良い闇狗たちは皆そのニオイに気づき、それぞれに逃げたり軽く唸ったりしていた。強そうな魔族だったから、あからさまに戦いを挑む者はいなかったが。
そんな闇狗たちの様子に男は気分を害したらしい。
近づこうとしないキオたちを見下ろしてぽつりと言ったのだ。
「お前らは要らねえ」
その目がなんだか恐ろしくて……魔獣の鋭い目とは違う、これまでに見たことのない粘りつくような、それでいて虚ろで何も見ていないような奇妙な眼差しに胸を騒がされて、ひどく印象に残っていたのだとキオは語った。
「生臭いニオイね……」
キオの話を受けて、ヴィオラが小さく唸る。
「魔力のニオイではあるんだろうが……」
キオたち闇狗は魔力をニオイで感知するが、どうやら現実のニオイと魔力のニオイの違いはあまりわかっていない様子だな。
「死霊魔法のニオイかな? 死霊魔法はそれ自体は別にニオイはしないはずだけど、降りた死霊の纏うニオイでひどく臭うことがあるそうだし」
「死霊魔法……幽鬼か」
唸り声をこぼす。思わずガシガシと頭を掻きむしった。
「これ、逆に面倒くさいよな? 単純に始末すればいいってもんじゃなくなっちまった」
「諸悪の根源が幽鬼なんだとすると、下手に憑代を殺してしまうとまた別のところに飛んだりするからね……」
ヴィオラもそう言って眉間に皺を寄せる。
「スライム記憶庫の魔法って、死霊魔法は手薄なんだよね。スライムは自我がほとんどなく、霊体もないから……」
「死霊魔法か」
チリッと記憶の端に引っかかるものがあった。
「そう言えば、たしかサファイアが死霊魔法のスキルが覚醒したって言ってたよな?」
「ああ、言ってた! 場合によっては手伝ってもらうのも有りかもしれないね」
「まあ、覚醒したばっかの死霊魔法じゃ、逆に幽鬼にやられる可能性も高そうだけどな」
使い手がサファイアだし。アイツが幽鬼を従えるイメージはあまりない。
「……魔族を操るほどの幽鬼だと、かなりの力を持ってるんだろうからね」
ヴィオラが溜め息をつく。
「……ああ~! これじゃ街なんて行ってる場合じゃねえよなぁ」
盛大に溜め息がこぼれた。
「街? ナルファ? 行きたいの?」
「ああ。薬草が魔力無くなってるって聖霊王が言ってただろ? そのへんの影響がどの程度出てるのか、ダンジョン作りが落ち着いたらナルファのギルドで確認してきたいと思ってたんだ」
「いや、それは大事だと思うよ。薬草が不足して死者が続出するようなことにでもなっていたとしたら、最優先で解決しなきゃいけないし。行こうよ! まさか近々とか言っておいてその日のうちに来るってことはないだろうし」
「わかんねぇぞ。解釈の相違だとか言って、俺らがここを離れたところを狙って来たりとか、アイツならしそうだ。っていうか、お前も来るつもりなのか?」
「当然だよ! え、待って、レイチまさか一人で行くつもりだったの? やめてよね! 街の人に紛れた魔族に攫われたらどうするのさ」
「いや、あの、俺、冒険者なんだけど?」
反論すると、ヴィオラは真剣な目で俺をひたと見据えた。
「……レイチ、自覚して。君は妖魔王の恋人で、妖魔族への強い影響力を持ってる。獣魔族のヤツからすれば、美味しい餌でしかない。もし君が一人になったら、即狙ってくるはずだよ。行くなら、僕かリウスとキオか、どっちかを絶対連れて行って」
悔しいけど、ヴィオラの言うことにも一理ある。
一人で街をぶらつくのは諦めた。
どっちか連れてけって言われてもな。
リウスとキオに街は無理だろ。この間まで犬だったせいで、人間としての振る舞いがまだ身についてない。
食後の皿舐めるくらいで済めばいいけど、屋台の料理とか勝手に食ったりしそうだ。そもそもアイツら、金の意味を理解してないだろうし。
「わかったよ。でも、ここを離れていいのか? ヤツらが来るかもしれねえだろ?」
「リウスとキオに守ってもらえばいい」
ヴィオラの言葉にリウスが頷く。
「大丈夫。オレたちでここを守る。ヴィオラ様とレイチ様が闇狗のために作ってくれた洞窟だ。オレたちの縄張りを、今度こそ守ってみせる」
「もう、以前のボクらとは違いますからね。獣魔王様の眷属ではないですから」
キオもその眼差しに守護者の責任の色を滲ませる。
そんな彼らの様子にヴィオラが嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、頼もしいよ。それにゴーレムたちもいるもんね。なんならもう一体大きいのを作って表に立たせておこうか」
「表に?!」
「人間たちにアピールする看板にもなるし、問題ないでしょ。どうせ最初に来るのは冒険者だろうし」
「まあ、そうだろうけど」
頷いたものの、街道沿いにデカいゴーレムとか、くっそ目立つぞ。
「ってか、そのゴーレムを倒しに冒険者が来るんじゃね?」
「……そうか。無駄に騒がせちゃうかな? じゃ、魔族を弾く封印結界にしておこう」
そう言った後、ヴィオラはふと思いついた様子で付け加えた。
「そうだ、ここの転移陣も行く先変えておこう」
ヴィオラは奥の転移陣に歩み寄り、一部を書き換えた。
「どこにしたんだ?」
「入口。ここは獣魔族とのことが収まるまでは、第一層のみのミニダンジョンにするよ」
「ああ、それはいいな。妖魔界に踏み込まれたら面倒そうだ」
「妖魔族との全面戦争になりかねないからね」
ヴィオラが溜め息をつく。
結局、ダンジョンの入口には魔族を判別して弾く封印結界を施すこと、洞窟の警護としてリウスとキオを置いていくこと、ここを訪れる者があればすぐに念話で連絡することを確認して、俺とヴィオラは街に調査に行くことになった。
「結局また戻って来ちまったな」
久しぶりのナルファの門を前にして呟く。
傍らには髪と瞳を栗色に変えたヴィオラ。短髪にしているので、妖魔感はだいぶ薄れている。
さすがにあの派手な髪と目では目立ちすぎるから、街に行くならせめて色だけでも変えてくれと頼んだんだ。
前に一緒にナルファを歩いた時は子どもの姿だったけど、あの時でさえ注目浴びすぎて結局途中で姿を消してもらったんだ。今のヴィオラをそのまんまで歩かせたら、多分えらいことになる。
でも髪と瞳がありふれた色になった分、余計に目鼻立ちの美しさが際立って見える気もするが。
いいんだ。ヴィオラが人目を引いてくれれば、仮に俺を知る人間に出くわしてもみんなヴィオラの方に目が行って、脇を歩く俺に気付かないだろう。
若返ってるとか騒がれたら面倒だ。
街の門をくぐる時はまた例によってヴィオラには姿を消してもらった。身分証がないからな。偽造とか言い訳とかするよりはるかに楽だ。
街の中に入るとすぐに手近な路地に入り、ヴィオラに姿を現してもらう。
路地から出る時、なぜかヴィオラがグッと肩を抱き寄せてきた。
「え、なに?」
戸惑って尋ねると、ヴィオラは耳元に口を寄せて囁いてきた。
「こうしてれば、こんな狭くて何もない路地に入り込んでた理由を向こうで勝手に察してくれるでしょ?」
言われて今出てきた路地を振り返る。
狭い。暗い。よく見れば路地ってよりも建物の間って表現したほうが適切かもしれない、そんなレベルの怪しさで。
そんなところから寄り添って出てきた俺らは、多分いかがわしいことをしてきたカップルにしか見えないであろうってことが推測されるわけで。
……ひいぃ!
し、知り合いとかいねえよな? 大丈夫だよな?
キョロキョロしたい衝動を抑え、さり気なく辺りを伺う。
……知り合いは居なそうだ。助かった。
ホッとしつつさり気なく身を離そうとすると、ヴィオラに再びグッと引き寄せられた。
「ダメだよ、僕から離れちゃ。危ないからね」
「いや、だからと言って、こんなにくっ付いて歩く必要もないだろ?」
「必要はある。だってほら、みんなこっち見てるよ? レイチのこと可愛いって目を付けるヤツいそうだから、僕のだってアピールしておかないと!」
「馬鹿、ありゃみんなお前を見てるんだよ。誰も俺なんて見てねえって。ってか、可愛いってなんだよ、そこは“カッコいい”だろ?」
「うん、カッコいいし可愛い。だから離れちゃダメだよ」
だからぁ! 見られてるからこそ離れてほしいのに!
ヴィオラに目を奪われた女たちの目がスライドしてきて俺で止まった時に、突然温度下がるのわかるんだよ!
視線が魔力持ってたら、今頃俺、氷漬けだから!
「もう充分アピールできただろ。そろそろ離れ……」
「レイチ?」
「──ッ?!」
いきなり後ろから声をかけられ、驚いて飛び上がる。
ヴィオラの手をどけつつ振り返ると、そこにはポカンとした顔のアレスがいた。
「……レイチ、だよな?」
人違いです、って言いたいけど、名前に反応しちまったからもう肯定するしかない。絶対に俺以外にいるはずのない名前だし。
渋々と頷いた俺に、アレスはホッとした様子で微笑んだ。
「よかった、レイチの声だと思って呼んだんだけどなんだか少し雰囲気違ってたから、もしかして別人かと思ったよ」
「久しぶりだな、アレス」
雰囲気違うってところは全力でスルーさせてもらう。
声かぁ。声を変えてもらっておけばよかった!
って言っても、この後ギルドに行くわけだし知り合いうじゃうじゃいるんだから、俺が戻ってるってことが知られるのも時間の問題ではあった。ただ、アレスとは出来れば会いたくなかったな。
でもそう思ってるのは俺だけだったようで、アレスはヴィオラの方をちらりと見やって言葉を継ぐ。
「新しい仲間ができたんだな。良かったよ」
「ああ、まあ……」
曖昧に頷く。仲間じゃなくて従魔、とは言えないよな。
「少しだけ、時間をもらえないか?レイチに会えたらどうしても伝えたいことがあったんだ」
「えっと、ちょっと今……」
「いいよ、行っておいで。僕はその間、姿を消しててあげるから」
ヴィオラが途中で言葉を奪った。
えー、いいのに。俺、別に話したくなかったから断ろうとしてたのに。
ヴィオラを横目で睨む。
ヴィオラは澄ましてるけど、この“姿を消す”って文字通りの意味なのはわかってる。
『せっかくだから彼から情報をもらえばいいでしょ?』
念話が届いた。
まあ、たしかに、そうなんだけど。
「ありがとう」
アレスが微笑ってヴィオラに礼を言う。
ヴィオラに全く動じてない様子なのは、ヤツもそれなりのイケメンだからなのか?
長身のイケメン二人に挟まれ、ひどく居心地が悪いんだけど。
クソ、俺だって日本ではそんなにチビじゃないんだぞ!百七十五センチには届かなかったけど、平均は一応クリアしてるんだからな!
そんなことを考えて憮然としているうちに、「また後で。迎えに行くから一人でウロウロしちゃダメだからね」と手を振るヴィオラに見送られ、俺はアレスに拉致された。
「とりあえず飢えを満たしてねぐらを整えることを優先したから後回しになっていたんだけど、君たちには前の洞窟を追い出された時のことを聞かせてほしいと思っていたんだ」
それは俺も聞く必要があると思ってた。なんだかずっとバタバタしてたもんで、なかなか落ち着いて話ができなかったんだけど。
「僕は、弱い魔物が追い出されたものと思っていたんだ。向こうのダンジョンがC級以上に指定されたっていう情報と考え合わせて。
でも、さっきのアイツもダンジョンの魔物だったんだろうけど、あっちは追い出されずにむしろ側近として取り立てられてる。この違いは何だろうと思ったんだ」
ヴィオラがそう言って一同を見渡す。
「リウス、キオ、どう? 覚えてる?」
問われて二人は少し考える表情を見せる。
「オレは、正直、よくわからない。覚えてるのはある日魔族が来てオレたちを追い立てた、抵抗しても捕まえられて外へ放り出されたってことだけで、その魔族がどんなヤツだったのかとかは思い出せない。あの時のオレは人間の姿なんて全部同じに見えてたから……」
リウスが申し訳なさそうに言い、「闇狗たちも大体俺と同じだと言ってる」と後ろを見渡して付け加えた。
やはり時間が経ってしまっているせいで、記憶は曖昧になっているようだ。
特にリウスはヴィオラの《催淫》で苦しんだ時間があるから、余計になのだろう。
「黒狼たちはどう?」
傍らにひとかたまりで座ってる狼たちに尋ねるが、彼らの答えも似たり寄ったりだった。守護者の意地で多少追い出されまいと抵抗しようとしたようだが、相手にならなかったと悔しそうにしていた。
「……ボク、覚えてます」
キオが呟くように言葉を発する。
「本当? 何でもいい、覚えてることを教えて」
ヴィオラがそう言ってキオを見つめた。
そしてキオが考え考え、ポツポツと話した内容をまとめると以下のようになった。
その日突然やって来たのは大きな男の魔族で、獣魔族だということはわかったが、種族までは判別がつかなかった。
ひどく生臭いニオイを纏った男だった。闇狗は死肉も食らうから少しくらいの腐臭はむしろ食欲をそそられるのだが、それとはまた異質なニオイだと思った。(それを聞いてリウスの記憶も蘇ったらしく「ああ、そうだ、アイツ臭かった!」と合いの手を入れていた。)
鼻の良い闇狗たちは皆そのニオイに気づき、それぞれに逃げたり軽く唸ったりしていた。強そうな魔族だったから、あからさまに戦いを挑む者はいなかったが。
そんな闇狗たちの様子に男は気分を害したらしい。
近づこうとしないキオたちを見下ろしてぽつりと言ったのだ。
「お前らは要らねえ」
その目がなんだか恐ろしくて……魔獣の鋭い目とは違う、これまでに見たことのない粘りつくような、それでいて虚ろで何も見ていないような奇妙な眼差しに胸を騒がされて、ひどく印象に残っていたのだとキオは語った。
「生臭いニオイね……」
キオの話を受けて、ヴィオラが小さく唸る。
「魔力のニオイではあるんだろうが……」
キオたち闇狗は魔力をニオイで感知するが、どうやら現実のニオイと魔力のニオイの違いはあまりわかっていない様子だな。
「死霊魔法のニオイかな? 死霊魔法はそれ自体は別にニオイはしないはずだけど、降りた死霊の纏うニオイでひどく臭うことがあるそうだし」
「死霊魔法……幽鬼か」
唸り声をこぼす。思わずガシガシと頭を掻きむしった。
「これ、逆に面倒くさいよな? 単純に始末すればいいってもんじゃなくなっちまった」
「諸悪の根源が幽鬼なんだとすると、下手に憑代を殺してしまうとまた別のところに飛んだりするからね……」
ヴィオラもそう言って眉間に皺を寄せる。
「スライム記憶庫の魔法って、死霊魔法は手薄なんだよね。スライムは自我がほとんどなく、霊体もないから……」
「死霊魔法か」
チリッと記憶の端に引っかかるものがあった。
「そう言えば、たしかサファイアが死霊魔法のスキルが覚醒したって言ってたよな?」
「ああ、言ってた! 場合によっては手伝ってもらうのも有りかもしれないね」
「まあ、覚醒したばっかの死霊魔法じゃ、逆に幽鬼にやられる可能性も高そうだけどな」
使い手がサファイアだし。アイツが幽鬼を従えるイメージはあまりない。
「……魔族を操るほどの幽鬼だと、かなりの力を持ってるんだろうからね」
ヴィオラが溜め息をつく。
「……ああ~! これじゃ街なんて行ってる場合じゃねえよなぁ」
盛大に溜め息がこぼれた。
「街? ナルファ? 行きたいの?」
「ああ。薬草が魔力無くなってるって聖霊王が言ってただろ? そのへんの影響がどの程度出てるのか、ダンジョン作りが落ち着いたらナルファのギルドで確認してきたいと思ってたんだ」
「いや、それは大事だと思うよ。薬草が不足して死者が続出するようなことにでもなっていたとしたら、最優先で解決しなきゃいけないし。行こうよ! まさか近々とか言っておいてその日のうちに来るってことはないだろうし」
「わかんねぇぞ。解釈の相違だとか言って、俺らがここを離れたところを狙って来たりとか、アイツならしそうだ。っていうか、お前も来るつもりなのか?」
「当然だよ! え、待って、レイチまさか一人で行くつもりだったの? やめてよね! 街の人に紛れた魔族に攫われたらどうするのさ」
「いや、あの、俺、冒険者なんだけど?」
反論すると、ヴィオラは真剣な目で俺をひたと見据えた。
「……レイチ、自覚して。君は妖魔王の恋人で、妖魔族への強い影響力を持ってる。獣魔族のヤツからすれば、美味しい餌でしかない。もし君が一人になったら、即狙ってくるはずだよ。行くなら、僕かリウスとキオか、どっちかを絶対連れて行って」
悔しいけど、ヴィオラの言うことにも一理ある。
一人で街をぶらつくのは諦めた。
どっちか連れてけって言われてもな。
リウスとキオに街は無理だろ。この間まで犬だったせいで、人間としての振る舞いがまだ身についてない。
食後の皿舐めるくらいで済めばいいけど、屋台の料理とか勝手に食ったりしそうだ。そもそもアイツら、金の意味を理解してないだろうし。
「わかったよ。でも、ここを離れていいのか? ヤツらが来るかもしれねえだろ?」
「リウスとキオに守ってもらえばいい」
ヴィオラの言葉にリウスが頷く。
「大丈夫。オレたちでここを守る。ヴィオラ様とレイチ様が闇狗のために作ってくれた洞窟だ。オレたちの縄張りを、今度こそ守ってみせる」
「もう、以前のボクらとは違いますからね。獣魔王様の眷属ではないですから」
キオもその眼差しに守護者の責任の色を滲ませる。
そんな彼らの様子にヴィオラが嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、頼もしいよ。それにゴーレムたちもいるもんね。なんならもう一体大きいのを作って表に立たせておこうか」
「表に?!」
「人間たちにアピールする看板にもなるし、問題ないでしょ。どうせ最初に来るのは冒険者だろうし」
「まあ、そうだろうけど」
頷いたものの、街道沿いにデカいゴーレムとか、くっそ目立つぞ。
「ってか、そのゴーレムを倒しに冒険者が来るんじゃね?」
「……そうか。無駄に騒がせちゃうかな? じゃ、魔族を弾く封印結界にしておこう」
そう言った後、ヴィオラはふと思いついた様子で付け加えた。
「そうだ、ここの転移陣も行く先変えておこう」
ヴィオラは奥の転移陣に歩み寄り、一部を書き換えた。
「どこにしたんだ?」
「入口。ここは獣魔族とのことが収まるまでは、第一層のみのミニダンジョンにするよ」
「ああ、それはいいな。妖魔界に踏み込まれたら面倒そうだ」
「妖魔族との全面戦争になりかねないからね」
ヴィオラが溜め息をつく。
結局、ダンジョンの入口には魔族を判別して弾く封印結界を施すこと、洞窟の警護としてリウスとキオを置いていくこと、ここを訪れる者があればすぐに念話で連絡することを確認して、俺とヴィオラは街に調査に行くことになった。
「結局また戻って来ちまったな」
久しぶりのナルファの門を前にして呟く。
傍らには髪と瞳を栗色に変えたヴィオラ。短髪にしているので、妖魔感はだいぶ薄れている。
さすがにあの派手な髪と目では目立ちすぎるから、街に行くならせめて色だけでも変えてくれと頼んだんだ。
前に一緒にナルファを歩いた時は子どもの姿だったけど、あの時でさえ注目浴びすぎて結局途中で姿を消してもらったんだ。今のヴィオラをそのまんまで歩かせたら、多分えらいことになる。
でも髪と瞳がありふれた色になった分、余計に目鼻立ちの美しさが際立って見える気もするが。
いいんだ。ヴィオラが人目を引いてくれれば、仮に俺を知る人間に出くわしてもみんなヴィオラの方に目が行って、脇を歩く俺に気付かないだろう。
若返ってるとか騒がれたら面倒だ。
街の門をくぐる時はまた例によってヴィオラには姿を消してもらった。身分証がないからな。偽造とか言い訳とかするよりはるかに楽だ。
街の中に入るとすぐに手近な路地に入り、ヴィオラに姿を現してもらう。
路地から出る時、なぜかヴィオラがグッと肩を抱き寄せてきた。
「え、なに?」
戸惑って尋ねると、ヴィオラは耳元に口を寄せて囁いてきた。
「こうしてれば、こんな狭くて何もない路地に入り込んでた理由を向こうで勝手に察してくれるでしょ?」
言われて今出てきた路地を振り返る。
狭い。暗い。よく見れば路地ってよりも建物の間って表現したほうが適切かもしれない、そんなレベルの怪しさで。
そんなところから寄り添って出てきた俺らは、多分いかがわしいことをしてきたカップルにしか見えないであろうってことが推測されるわけで。
……ひいぃ!
し、知り合いとかいねえよな? 大丈夫だよな?
キョロキョロしたい衝動を抑え、さり気なく辺りを伺う。
……知り合いは居なそうだ。助かった。
ホッとしつつさり気なく身を離そうとすると、ヴィオラに再びグッと引き寄せられた。
「ダメだよ、僕から離れちゃ。危ないからね」
「いや、だからと言って、こんなにくっ付いて歩く必要もないだろ?」
「必要はある。だってほら、みんなこっち見てるよ? レイチのこと可愛いって目を付けるヤツいそうだから、僕のだってアピールしておかないと!」
「馬鹿、ありゃみんなお前を見てるんだよ。誰も俺なんて見てねえって。ってか、可愛いってなんだよ、そこは“カッコいい”だろ?」
「うん、カッコいいし可愛い。だから離れちゃダメだよ」
だからぁ! 見られてるからこそ離れてほしいのに!
ヴィオラに目を奪われた女たちの目がスライドしてきて俺で止まった時に、突然温度下がるのわかるんだよ!
視線が魔力持ってたら、今頃俺、氷漬けだから!
「もう充分アピールできただろ。そろそろ離れ……」
「レイチ?」
「──ッ?!」
いきなり後ろから声をかけられ、驚いて飛び上がる。
ヴィオラの手をどけつつ振り返ると、そこにはポカンとした顔のアレスがいた。
「……レイチ、だよな?」
人違いです、って言いたいけど、名前に反応しちまったからもう肯定するしかない。絶対に俺以外にいるはずのない名前だし。
渋々と頷いた俺に、アレスはホッとした様子で微笑んだ。
「よかった、レイチの声だと思って呼んだんだけどなんだか少し雰囲気違ってたから、もしかして別人かと思ったよ」
「久しぶりだな、アレス」
雰囲気違うってところは全力でスルーさせてもらう。
声かぁ。声を変えてもらっておけばよかった!
って言っても、この後ギルドに行くわけだし知り合いうじゃうじゃいるんだから、俺が戻ってるってことが知られるのも時間の問題ではあった。ただ、アレスとは出来れば会いたくなかったな。
でもそう思ってるのは俺だけだったようで、アレスはヴィオラの方をちらりと見やって言葉を継ぐ。
「新しい仲間ができたんだな。良かったよ」
「ああ、まあ……」
曖昧に頷く。仲間じゃなくて従魔、とは言えないよな。
「少しだけ、時間をもらえないか?レイチに会えたらどうしても伝えたいことがあったんだ」
「えっと、ちょっと今……」
「いいよ、行っておいで。僕はその間、姿を消しててあげるから」
ヴィオラが途中で言葉を奪った。
えー、いいのに。俺、別に話したくなかったから断ろうとしてたのに。
ヴィオラを横目で睨む。
ヴィオラは澄ましてるけど、この“姿を消す”って文字通りの意味なのはわかってる。
『せっかくだから彼から情報をもらえばいいでしょ?』
念話が届いた。
まあ、たしかに、そうなんだけど。
「ありがとう」
アレスが微笑ってヴィオラに礼を言う。
ヴィオラに全く動じてない様子なのは、ヤツもそれなりのイケメンだからなのか?
長身のイケメン二人に挟まれ、ひどく居心地が悪いんだけど。
クソ、俺だって日本ではそんなにチビじゃないんだぞ!百七十五センチには届かなかったけど、平均は一応クリアしてるんだからな!
そんなことを考えて憮然としているうちに、「また後で。迎えに行くから一人でウロウロしちゃダメだからね」と手を振るヴィオラに見送られ、俺はアレスに拉致された。
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