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第四十七話 新ダンジョン、本日開店!

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 「わあ、すごい! たくさん捕ってきてくれたね! みんな元気そうだし、大事に運んでくれたんだね、ありがとう! はい、二十七匹、ちょっとオマケで三十オルブあげるね!」
 満面の笑みを浮かべてヴィオラ──いや、魔王のヴィオラと区別するために、淫魔のヴィオラは以前冒険者として登録する時に使った偽名ヴィオと呼ぶことにした──は卓上にパチパチと三枚の小銀貨を並べた。

 まだ若い……というか中学生くらいじゃね? って外見の冒険者の男女五人はキラキラ光る硬貨を見て目の色を変える。
 「うわぁ、スライムが銀貨に……」

 ヴィオラ、ではなくヴィオはふと並んでいる面々を見渡して小首を傾げる。
 「あ、みんなで分けるなら、銅貨で払う方がいい?」
 「いいのか? そうしてもらえると助かるよ!」
 リーダーとおぼしき少年が顔を輝かせた。

 「いいよ! なんなら一部を一セーネ銅貨にしてもいいけど」
 「いや、そこまではしなくていい」
 リーダーの少年が苦笑する。

 一セーネは五円相当で、二十枚で一オルブとなる。
 ちなみに、十セーネにあたる半オルブ銅貨というのもある。

 恐らく、この利益をメンバーで分け合い、割り切れない分はリーダーもしくはスライム捕獲で一番戦力となった者の取り分となるのだろう。

 新しいダンジョンは今朝オープンした。
 ノームは調合した薬を樽で持ち込み、それを裏で瓶詰めして店に並べ、無事に商品が揃ったところで入口にかけた幻惑を解除した。

 入口前では先にスライム買い取りのカウンターだけ出してて、そこに早朝から若い冒険者たちがパラパラとやってきていたのだ。

 淫魔のヴィオは張り切ってカウンターに立ち、その美少年ぶりで女だけでなく男の目まで奪っていた。

 外見年齢十二三歳、俺と出逢った頃のヴィオラだ。

 「でも、スライムなんて買ってどうするの?」
 スライム売却に来たパーティにいた女の子が尋ねてきた。
 「森に放すんだ!」
 「せっかく買ったのを放しちゃうの?」
 女の子の声に少し非難めいた響きが入る。
 「スライムは街にいるより森にいたほうがいいんだよ。街では嫌われて駆除されちゃうけど、森では大事な仲間なんだ」
 「ふぅん……もしかして、君、エルフ?」
 女の子が気持ち声を潜めた。どうやらエルフの素性を隠すために、どうにかして耳を隠しているものとでも思われたのかもしれない。

 「エルフではないよ。でも、まあ、似たようなものかな」
 クスッと笑って答えるヴィオ。

 「似たような? ……ハーフエルフ?」
 女の子はなおも首を傾げていたが、
 「ねえ、それよりさ、ダンジョン見ていかない? きっと面白いと思うよ!」
 ヴィオが誘うと、一同は顔を見合わせた。

 「ここ、新しいダンジョンなんだよね?」
 「そうだよ」
 「新しいダンジョンって、下級冒険者は先に行っちゃいけないんだ。中の危険性の確認がとれてからじゃないと、命の保証ができないからって」
 女の子が申しわけなさそうに言う。
 つられたようにヴィオのほうも少しシュンとした顔になりつつすぐにまた元の笑顔に戻り、
 「そうなんだ。残念。じゃ、お店だけでも見てって! ごはんも食べられるよ」となおも誘う。

 「お店? ……え、お店?! ダンジョンに?」
 その言葉に一同がざわついた。

 「そうだよ~特上の回復薬もあるよ。飲み薬だけど体力と傷の回復が同時に出来る優れものだよ♪」
 ここぞとばかりに、出来立てほやほやの回復薬のピーアールを始めるヴィオ。
 もう、淫魔じゃなくて商人だろ、これ。

 「……マジで?」
 見事に釣られるお魚もとい冒険者御一行様。

 「うん、ちょっと高いけどね!」
 「高いのかよ!」
 「あはは、無理して買わなくていいよ~見るだけでもおっけーだし♪」
 「畜生、そう言われると買ってやりたくなるなー。よし、店だけならいいだろ、行こうぜ!」
 そしてわらわらと一行はダンジョン内に吸い込まれていった。

 「ヴィオラ……じゃなくてヴィオ、お前、凄腕だな」
 思わず呟いた。

 「え、何が?」
 「営業トーク。……え、自覚無しか?」
 「みんなをダンジョンに誘ったこと? 僕だけじゃなくて、淫魔はみんな得意だと思うよ。その気のない相手を閨に誘ったりとかするの楽しんだりもするし。誘惑スキル持ってるからね!」
 あー、なるほどな。
 淫魔は全員商人。覚えた。

 そして一行がダンジョンに吸われていってから二時間ほども経過して。
 「……遅いな」
 さすがに気になって呟く。
 ノームの店を冷やかして食堂で特製シチュー食ってたとしても、さすがに二時間はかからないよな。
 「ノームもなかなか商売上手だから、乗せられちゃったかもね~」
 あはは、とヴィオが笑う。

 一度でもダンジョンに行けば欲しくなるような品を揃えてるから、ノームは店の客をダンジョンに誘導しようとするんだそうな。

 ……命の危険はないが、ある意味、恐ろしいダンジョンだな。
 人の欲望を突いてくるって点では、まさに妖魔のダンジョンらしいとも言えるが。

 今日は初日だから、中にリウスとキオを潜入させてるんだ。やっぱ、中の様子は気になるし。

 俺は念話の回線を開いた。
 対象、リウス、キオ、ヴィオ。

 『リウス、キオ、そっちはどうだ?さっき冒険者一組入ったんだけど、もしかしてそっち行ってたりする?』
 ダンジョン内に控えさせて様子を見させていた二人に声をかけてみる。

 リウスとキオはダンジョン内で、子犬部屋の守護ゴーレムに扮して見守らせていたんだ。
 本物のゴーレムは隠形モードにして代わりにあいつらが半身だけ犬化させてそれに代わって立つと、そもそも本物が生きてるようにしか見えないような出来だから、初見では見分けがつかないような馴染みっぷりだった。

 『マスターか。来たぜ。犬側がスキルの扱いに慣れてなくて発動が遅れた分、何頭かやられちまったけど、もう復活してる。前いた洞窟より、こっちのが復活が早いな』
 リウスの声だ。

 「やっぱり中行っちゃったんだ。ノームに勝てなかったみたいだね!」
 ヴィオがそう言ってケラケラ笑う。

 ふむ。復活が早いのか。
 敵を倒して先に進んで、取りこぼしとかで戻ったら倒したはずの敵が復活してるというアレだな。
 出来立てのダンジョンだから、魔力が強いのか?

 『今はどこにいる?』
 『子犬部屋に入ったきり出てこねえ』
 思わず吹いた。
 『なんだよ、結局全部のトラップにかかってるのかよ』
 『魔術師が子犬と契約したみたいだから、出てきたら帰らせますね』
 キオがにこやかな声で一行のアタック失敗を告げた。

 あーあー、まんまと妖魔の思うつぼにはまっちまった。
 このダンジョンの第一層は、子犬と契約したらそこで強制終了なんだわ。子犬連れでその親と戦闘なんてさせられねえだろ?

 まあ、もう一回来てくれってことで!

 その時、ふと傍らの帆布のでかい袋に入れられてムニョムニョしてるスライムたちが目に入った。

 「そうだ、こいつらと契約してダンジョンに放ったら、リウスとキオを中に待機させなくても中の様子が分かるんじゃねえか?」
 「んー。契約した個体が分裂して増えた方のスライムは未契約の個体になるんだよね。
 だから、時間が経つと犬たちに食べられたりして元の個体が減って、だんだん未契約の新しい個体ばかりになっていくだろうから、都度契約していかないといけないと思うよ。
 でも、いちいちレイチが契約しなくても、中にスライムを放せばスラサンが中の様子をわかるようになるから、念話で聞くといいんじゃないかな」
 「ああ、そうか」
 ヴィオの言葉になるほどと納得して、このスライムたちはそのままダンジョン内に放流することにした。

 その時、ダンジョンから冒険者たち一行が出てきた。
 「お疲れさま~、楽しんでくれたみたいだね!」
 ヴィオがニコニコと声をかけると、一行のリーダーが深刻そうな顔でこちらに歩み寄ってくる。

 「あの……」
 少し口ごもって、チラリと後ろの魔術師を見やる。
 その腕にはしっかりと黒い子犬が抱えられていた。
 「どうか、このことは伏せておいてほしいんだけど」
 「ああ、ギルド指定冒険者が探索する前に立ち入ったことだね? いいよ、俺も冒険者だ。気持ちはわかるしな」
 俺がそう言って笑みを浮かべて見せると、少年はホッとしたように笑った。
 「大丈夫だよ、今日来た人は全員お客さん第一号扱いするから!」
 ヴィオが無責任なことを言う。

 「適当なこと言ってんなよ」
 「いいじゃん、初日なんだし」
 ヴィオはとぼけた様子で言うと、少年に向かって「また来てよね!」と笑いかけた。
 彼は微妙な表情を浮かべる。

 「でも、ここの犬を従魔にしてここに来ると、身内同士で戦わせることになるんじゃないかって……」
 「大丈夫だよ。成長すれば同種属同士で喧嘩ごっこは日常だし、ここは不死のダンジョンだから、本気全力の喧嘩ごっことか、同じ群れの仲間内でもやるし」
 「本気全力の喧嘩ごっこって、それはただの戦闘なんじゃないのか?」
 少年が片頬をひきつらせる。

 「死んでも生き返るからね。そうして彼らも日々、戦闘力を磨いてるんだよ。だから、あの子も強くしてまた連れてきてよ。彼らも身内が強くなった姿見たら、喜ぶよ」
 「──わかった。解禁されたら、また来る」
 向こうで子犬にメロメロのメンバーたちを苦笑混じりに見やりつつ彼はそう答え、一同と合流するとまた、ナルファへと戻っていった。

 初日から押すな押すなの大盛況とはいかず、彼らが去ると少し暇になった。
 その隙にダンジョン内に先ほどの冒険者たちが持ち込んだスライムを適当に各所に放っていく。

 早速犬たちがふんふんとニオイを嗅ぎまくり、ちょいちょいとつついていじめていた。
 犬から逃げたスライムは、天井に避難して貼りつく。

 ふむ。こうして、天井からスライムが落ちてくるという天然のトラップができるわけだな。

 スライムがいれば、犬たちの糞尿も処理してくれるだろう。
 スライムが分裂して増えれば、それをまた犬たちが食らう。
 小さな生態系の完成だ。

 リウス&キオと合流し、ダンジョンの外に戻ると、そこには見知った顔が来ていた。

 「よお、レイチ」
 片手を挙げて挨拶してきた長身のイケメンは、もちろんアレスだ。

 「アレス、来たのか!」
 「ああ、でも今日はあまりゆっくりしてる時間はないんだ。薬を見たいから、店だけなんだけど見ていっていいか?」
 「もちろん! ってことは、これから、旧ダンジョンの調査か?」
 「ああ。何度も潜ったダンジョンだ。不覚は取らないよ。ただ、さっきすれ違った冒険者たちから、体力と傷を同時に癒せる高性能の飲み薬の噂を聞いてね、ぜひダンジョンに潜る前に入手したいと思ってさ」
 「……あ」
 何だよあいつら、人に黙っててくれとか言っておいて、自分たちでバラしてるのか?

 「捕獲したスライムを売って、店で買い物しただけだと言っていたな。店では子犬も売っているのか?」
 アレスがとぼけた顔で尋ねるので、
 「さあ? 道中で捕まえたんじゃないか?」
 と、俺もすっとぼけてみせる。
 アレスはニヤリと笑い「そういうことにしておいてやるよ」と言うと「店はあの中にあるのか?」と尋ねてきた。

 「ああ、入ってすぐのところだよ」
 「わかった、ちょっと見せてもらうな。悪い、あまりゆっくりできなくて」
 「いいよ、今度ゆっくり見にきてくれよ」
 俺の言葉に片手で答えつつ、アレスとその仲間たちはダンジョン内に入っていった。
 「まさか、あいつらまでノームの口車に乗せられたりしないよな?」
 ちょっとだけ不安がよぎる。

 「大丈夫じゃない? 負けたらそれはそれで面白いけどね。彼らなら第二層の淫魔たちが喜んで迎えるだろうし」
 さっきの子たちじゃ、ちょっとまだ早い感じだったからねぇと、それよりもっと幼い外見の淫魔は呟いた。
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