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第四十八話 お客さんが来ないので

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 さほどの時間をおかずにアレス一行は外に出てきて、さすがはC級冒険者、駆け出しパーティとは違うところを見せてくれた。

 「早かったな、アレス!」
 「……レイチ、お前なぁ。薬だけ買って出るのにどれだけエネルギー使ったと……」
 アレスは苦い表情で言いかけたがそれをすぐに苦笑で止め、
 「……いや。この仕事終えて落ち着いたらまた来るよ」
 そう言って、アレスは「じゃ、また」と手を振って仲間たちと共に旧ダンジョンに向けて、街道の先へ歩いていった。

 「やっぱ、誘惑を振り切るのは大変だったんだな」
 その後ろ姿を見つつ思わず呟く。

 「高レベルの冒険者だから、ノームも相当頑張って誘ったんだろうけどね~別の仕事あるんじゃ、仕方ないよねぇ」
 「っていうか、誰彼構わず誘いまくるのは控えさせたほうがいいんじゃね? 来てくれなくなったら意味ねえし」
 「いや、いいと思うよ。元々お店だけって人はあまりたくさん来て欲しくないんだ。あくまでダンジョンに行く人のために作ったものだからね」
 ヴィオの言葉に「そうか」と頷いた。
 ま、それならそれでいいんだけど。

 「けどさ、ギルド指定の人間が探索しないと下級冒険者が入れないんじゃ、困るよね。二層の淫魔たちも、あまり長くかかると飽きていなくなっちゃうよ」
 ヴィオがむぅっと形のいい眉をひそめつつ、口を尖らせる。

 「いっそ、こっちから迎えに行くか」
 「それいい! 行こうよ、待ってたらいつになるかわからないし!」
 俺の提案にヴィオが満面の笑顔で食いつき、早速とばかりに立ち上がった。

 「そうだ、リウスとキオも連れて行くか。あいつらもそろそろ人間としての生活に慣れさせないといけないし」
 「そうだね。スラサンが人間の文字の読み書きとか、簡単な計算とかの知識を《知識共有》で教えておいてくれてるから、あとは実際に街で実物を見せながら教えるのがいいと思うよ」
 「マジか! ──ほんっとうにスラサン、有能だよなぁ」
 腰に着けた空っぽのポーチを見下ろした。

 なんか、いるときにはほとんどその存在を意識することもなくて、都合のいいときに知識を求めるだけだったけど、いなくなると妙に寂しいもんだな。

 念話が通じるんだよな。ちょっと呼んでみるか。

 《念話/スラサン、ヴィオ》

 『おお、マスターですな。いかがなさいましたか?』
 『ああ、なんかちょっと声を聞きたくなっただけなんだ。スラサンがリウスとキオに読み書き計算を教えておいてくれたって聞いてさ』
 『ああ、そのくらいのことはおやすいご用です。キオ殿は非常に理解が早く、知識共有だけであらかた理解してしまったような調子でしたからな。リウス殿は実はまだよくわかっていらっしゃらないようですが、キオ殿がゆっくり教えるとおっしゃっていました』
 『ははっ、そうか。ありがとうな、スラサン、助かったよ。今夜あたりまたそっち行くからさ、ゆっくり話をしようぜ』
 『はい、お待ち申し上げております。──そうそう、近々獣魔族側との接触がありそうですし、かなり皆さんの状態も変化があったようですので、“ステータスボード”をまとめてみたのですが、ご覧になられますか?』
 『おー! 見る見る! やっぱりスラサンは有能だな!』
 『お褒めいただきありがたく存じます。くれぐれも、油断なさらぬようお願いします。──なにか、嫌な感じがするのです。獣魔族側の中枢に近づいたスライムがことごとく消えるので……』
 きっと、念話の向こうではスラサンが身を震わせているのだろう。
 『そうだな。あの、暗殺者アサシンスライムとかもいるもんな。気をつけるよ。じゃあ、またな!』
 『はい、お声を聞かせていただきありがとうございました』

 念話を切ると、ヴィオが不思議そうな顔で俺を見ていた。

 「どうした?」
 「それ、こっちのセリフ。急にスラサンに念話とか、どうしちゃったの?」
 「先回りして必要な情報を回しておいてくれるなんて、ありがたいからな。離れて忘れられたくないし」
 「僕に取られそうで心配なんだ?」
 「──まあ、すっげぇ正直に言うと、それはちょっとある」
 今まで、ヴィオラにはヴァス、俺にスラサンって風に分かれていたのに、このままだとどっちもヴィオラのものになってしまう。

 「大丈夫だよ。レイチが思ってる以上に、魔物使いテイマーと従魔の関係って強いんだよ」
 そう言ってヴィオは俺にしなだれかかってきた。
 「僕だって、レイチの従魔だし?」
 「そうだな」
 小さく笑って左手でその柔らかな髪を撫でつけてやると、左手の甲に袖口から覗く“妖魔王のしるし”が見える。
 こんなのを持ってる人間が、普通の冒険者としての生活に戻れるのだろうか?

 普通の魔物はまず手が出せないと言っていた。
 ということは、魔物討伐の仕事なんかは逆に、やりにくくなるんじゃないかという気がする。
 無抵抗の相手を狩るようなことは、できないよな。

 これを活かすなら、護衛とかの方が向いてるかもしれない。あるいはダンジョン探索とか、かな。

 少し、物思いにふけってしまったようだ。
 気が付くと、ヴィオがいない。
 周囲を見回した時、ヴィオの居場所を理解して硬直した。

 ダンジョンのすぐ外に椅子とテーブルを出して、そこをスライム買い取りカウンターにして俺とヴィオが席を並べていたわけだが、ヴィオはそのテーブルの下に潜り込んでいた。
 んで、何をしているかというと……

 「こら、ヴィオ、何してるんだ! ズボンを下ろすなと言うのに! こんなところでいきなり盛るんじゃない!」
 「だって、お客さん来なくてヒマだし、レイチがボーッとしてるし、そろそろお腹減ってきたし」
 「腹減ったって、お前は魔王種じゃないんだろう? それならそんなに魔力はいらないんじゃないのか?」
 「えー、魔力は要るよ? 淫魔としてのレベルを上げるにはえっちしないといけないし」
 「だからって、今ここでやることないだろうが!」
 「いいじゃん、ちょっと舐めるだけだよ」
 「いや、良くねえって! こんなとこ見られたら……」
 「大丈夫。《幻惑》かけとくし」
 「そういう問題じゃねえ! 下で舐められつつ上で取り澄ましてなきゃいけないって、どこのAVだっての!」
 「えーぶいってなーに?」
 「えっと……エロいことをしてる人の幻惑を再生できるようにした魔石みたいなもん、って、お前はそれ知らなくていいから」
 「えー、何それ、面白い! レイチの故郷にはそんなのがあるの?」
 ピョコッとヴィオがテーブルの下から顔を出してきた。

 「まあ、そんな感じのものが、あるけど」
 「それ、いいね! 人間って他人のえっち見て興奮するもんね。それなら、二層の淫魔たちの幻惑を取り込んで普通の人でも発動できるようにしたら、お店で売れるんじゃないかな?」
 「……売れそうだな」
 「二層にアタックした人とかが、お気に入りの淫魔の魔石を買いそうだよね! よーし、今度みんなの幻惑の魔石作っちゃお! レイチ、ありがとう! お礼に超気持ちよくしてあげるからね♪」
 「しなくていいと言ってるだろうが! ……だから、やめ……っん、ぅ……あ……ダ、メ……スライムは、マジで、やめろって……あ、あ、あ、んッ!」
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