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7 表現の自由ってなあに その4

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 昔の人も、そういう屁理屈でそんなものを作ったのか。
 だから、古い絵にはヴィーナスだとか天使だとか、神様の絵が多いのか。
 ちょっと納得です。

「それから、当時の権力者もそれらの作品を『これは芸術だから』といって守ったという経緯がある。中世イタリア・ルネサンス期のメディチ家は代表的なものだね。メディチ家はいろんな芸術家のパトロン──つまり、いっぱいお金を出して芸術家を応援する人になるってことだけど、そういうことも色々やっていた」
「へー」
「その中には、有名なレオナルド・ダ・ヴィンチや、さっきも出てきたミケランジェロもいるよ。メディチ家がルネサンス文化を育てるのに大きく貢献したのは事実だけれど、単純に文化を守りたいからだけじゃなく、芸術作品によって自分たちの利益や権威を高めるためでもあったと思われる。そういう権力者、大金持ちが保護していなかったら、それらの芸術も今まで残っていたかどうかはあやしい」
「ふーん」

 ちょっと難しいですが、とりあえず「ルネサンス」と「メディチ家」だけは覚えておいて、あとでウィキペディアでも見てみよう、とタケシ君は心ひそかに思いました。

「それやこれやで何百年もたつうちに、それらの作品がはっきり『芸術』と認められるようになってきた、という経緯がある。文化として、権力者だけでなくひろく知識人に認められてきた、っていうのかな」
「なるほどー」
「で、さっきの絵の話に戻るわけだけどね」

 パパはまた、コーヒーをひと口飲みました。

「問題になっている『裸リボンの少女の絵』に関しては、まだそこまでになるには時期尚早……つまり、ちょっと早いかなと、僕は思ってる。あの絵はそういうパトロンがいるわけでもなく──まあ、パトロンはどうでもいいけど、時間的にも描かれてからせいぜい数年というところだ。まだ『芸術だ』とはっきり言えるほどの評価が定まっているとは到底いえない」
「あー。それはそうだよね」

 というか、「萌え絵」と呼ばれている絵そのものが、全体的にそんなに古いものとは言えない気がします。小学五年生がそう思うのですから、大人はもっとそう思うのではないでしょうか。

「あれを擁護する人たちは、さっきのように古い時代の絵画や彫刻の例をあげて『だから子どもに見えるところに掲示したっていいのだ』と主張していたわけだけど、パパはこの違いは大きいと思ってる」
「ふーん」
「まあ、美術館に展示されている作品は、そもそも事前に入場料を払って見るものだ。お客さんも、事前にだいたいどんな作品が展示されるかがわかっているよね。それこそ裸の絵があるとか、裸の彫刻があるとかさ。親だって、そこに自分の子どもを連れていくのかどうかを事前に検討する時間と自由があるわけだ」
「まあ、そうだね」
「少なくとも、そんな絵を見るつもりもなく、商業施設の通路を普通に歩いていただけなのに、一緒にいた子どもが見つけてしまっていきなり『見る~!』って親の手を振り払ってスペースへ駆けこんでいく……なんてことは起こらない。だから、やっぱり今回の状況とは大きく違うと思うんだよね」
「ん~。そうなのかな。よくわかんないけど……」

 タケシ君は考えこんでしまいました。
 パパはそんなタケシ君の様子をしばらくじっと見ていましたが、やがて言いました。

「うん。意見は別に、人それぞれに違っていてもいいと思う。さっきも言った通り、人生のステージが変わったことで考え方が変わることだってよくあるんだし、それが自然だしね」
「うん」
「いま、小学五年生の少年としてのタケシがどう思ってどう判断するかは、タケシの自由なんだ。ただ大事なのは、それを人に押し付けすぎちゃいけないよ、ってこと」
「ああ、うん。そうだよね」

 そういうところは、タケシ君がパパを尊敬しているところかもしれません。いつも最後は「これはパパの考えなだけだから。タケシはタケシで考えて自分の考えをつくっていけばいいよ」というスタンスなのです。
 考えてみれば、パパもママもいわゆる「オタク」ですが、好きなものは全然ちがいます。でも、お互いの好きなものや意見を決してバカにしません。むしろ尊重しているように見えます。だからこそ、夫婦としてやっていけるのでしょう。

「今回、SNSで起こってしまったことは、まさにそんな感じだったよ。それだけならいいけど、お互いに匿名なもんだから言葉が鋭くなりすぎて、ひどい論戦……っていうか罵倒の応酬に発展しちゃってねえ。ひどいもんだった」
「あ~。そうなんだ」
「タケシも、自分の意見を持つのはいいんだ。いいんだけど、だからって違う意見を持つ人のことをなにか酷い呼び方で呼んだり、人格的なことまで否定したり、汚い言葉で罵倒したりっていうのはやめてほしいなって思ってるよ。パパはね」

 なるほど。
 つまり今回、SNSではそういう事態に発展していた、ということのようです。
 パパには言えないことですが、実はタケシ君は知っています。SNSには人のことを「クソ○○」と呼んだり、「○○ブタ」とか「キモ○○」と呼んだりする無礼な人たちが大勢いるということを。
 それが恐らく、自分よりも年を取った人、しかも大人である人たちだろうと思うと、なんだか暗くていやな気持になったものです。
 もちろん自分は、たとえ「匿名」だからといって人をそんな風に罵倒するような人間になりたいとは思いませんけれど。
 ちょっと考えてから、タケシ君はまた聞きました。

「ね。今回のその絵の作者の人とか、お店側って、どうしてちゃんと『レイティング』をしなかったの? ギリギリR18じゃないとしても、じゃあR15とか、つけようと思えばつけられたんだよね?」
「あー、うん。それなんだよなあ……」

 パパはまたぽりぽりと後頭部を掻きました。

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