アナザー探偵事務所~黒猫ルナとお隣のお兄さん~

つづれ しういち

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第三章 花火大会

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「良かった……。本当に、どうなることかと思ったんだよ」

 お兄ちゃんがそう言ったときだった。
 かちゃりとドアの開く音がして、だれかが部屋に入ってきた。

「ああ、気がついたのかい?」
「あ、はい。ありがとうございました、ギーナさん」

 お兄ちゃんが振り向いて見た先に、あの紫色の髪をしたきれいな外人のお姉さんが立っていた。手には、ペットボトルの水とコップの乗ったお盆を持っている。
 その後ろから、お姉さんよりちょっと背の低い、別の女の人も入ってきた。
 こっちの人は日本人みたい。こう言うとシツレイだけど、ギーナさんよりはだいぶふつうの感じだった。

「浴衣、きれいになってるわよ。アイロンあてても大丈夫みたいだったから、そっちもついでにやっておいたわ」
「あ、ありがとうございます。ミサキさん!」

 お兄ちゃんがびっくりしたように頭を下げる。こっちの女の人は、ミサキさんというらしい。

(え? ゆかたって……ああっ!)

 その言葉を聞いて、あたしは急にあせり始めた。
 あわてて自分の体を見下ろしたら、あたしはかなり大きめのピンクのパジャマを着せられていた。

(ど……どうしよう)

 お気に入りの、黄色いゆかた。あたし、かなり汚しちゃったかも。
 ママから「汚さないようにね」って、何回もしつこく言われていたのに。
 それでやっと、だんだん思い出してきた。あたし、あの階段から落ちたんだわ。あんまりケガをしてないみたいでラッキーだったけど、ゆかたはきっとめちゃくちゃに汚れちゃったにちがいない。
 どうしよう。絶対ママ、激怒するわ。

 それに今、いったい何時なんだろう。
 帰るのが遅くなったら、パパもママもめちゃくちゃ怒るに決まってる。ユウお兄ちゃんだってしかられちゃう。だって「あんまり遅くならないこと」っていうのが、最初の約束だったんだもん。
 あたしはもう、のどの奥がぎゅうっとつまって、おなかが痛くなってきた。きっと、顔だって真っ青になって、ぷるぷるし始めたにちがいない。
 ユウお兄ちゃんがそれに気づいて、そっとあたしの手をにぎってくれた。

「大丈夫。心配しないで。パパやママに叱られることはないからね」
「え?」
「体は治ってるみたいだし、すぐに着付けをしてあげるわ。ギーナに送ってもらえばすぐだし。大丈夫よ」
 答えたのはミサキさんだった。軽く片目をつぶって、なんだかなぞだらけのことを言う。
 あたしはきょとんとするしかなかったけど、なぜかみんなは全部わかったような顔をして、うんうんとうなずき合ってるだけだった。

 そこからは、まるで本当のこととは思えなかった。
 ミサキさんがささっとあたしにゆかたを着せ直してくれると、ギーナさんはあたしとお兄ちゃんに「ついておいで」と言った。そうして、あたしたちをマンションの屋上につれていった。
 そう、ここは一応、マンションだった。
 あそこは、ミサキさんが住んでいる部屋なんだって。
 ついでに言うと、ミサキさんもあの「アナザー探偵事務所」の人らしい。

 屋上に出ると、頭の上にあった月は、さっきとほとんど同じところにあった。月って、時間が進むにつれて動いていくはずだから、たしかにあんまり遅くなってないってことみたい。
 ギーナさんは、手にちょっと変わった形の棒を持っている。
 あ、あたしそれ、知ってるわ。とかいう、むかーしの絵に出て来たのを見たことあるもん。確か「キセル」とか言うんでしょ?
 ギーナさんは指先で、魔法みたいにくるくるっとそれを回して見せた。

「……さてと。キラちゃん、ここでちょっと、あたしとお約束してほしいことがあるんだけどね」
「え?」
「今から見ること、体験すること。ぜーったいにパパやママや、お友達には内緒にすること。もしできないなら、今夜の記憶は消させてもらうしかなくなっちゃうよ」
「ええっ……?」

 記憶を消す? この人、なにを言ってるの?
 びっくりして手をつないだお兄ちゃんを見上げたら、お兄ちゃんも困ったような顔であたしを見下ろしてきた。でもやっぱり、優しい笑顔。

「心配ないよ。怖いことは何もないんだ。……でも」
 きゅっと、お兄ちゃんの手に力がこもる。
「記憶を消されてしまったら、キラちゃんは今夜のこともみんな忘れてしまうかもしれない。今夜の花火大会のことも、全部」
「え……」

 胸がずきんとして、あたしはそこに立ちつくした。
 やだ。
 それは、絶対にイヤ。
 あんなにあんなに、楽しみにしていた花火大会。
 お兄ちゃんと見たあのきれいなきれいな、夜空の花。
 お兄ちゃんの、きれいな横顔。
 あのむかつく女子高生たちとかの記憶は消えてもいいけど、それだけは消されたくない。

「できれば僕も、それはいやかなって。僕だって、あのことがあるまでは今夜は楽しかったんだし。それで、ギーナさんにお願いしてたんだよ」
 ギーナさんは腕組みをして、キセルでとんとんと自分の肩をたたくようにしている。
「ほんとはさあ。あたしは反対なんだけどねえ? 子供に秘密を守らせるなんて至難の業だ。最初っから記憶なんて、消すの一択しかないもんなのさ。でも、今回は他ならぬユウちゃんの頼みだからね」
「や、……やくそくする!」

 あたしはあわてて叫んでいた。

「ぜったいぜったい、言わない! 何があっても言わないわ。だから記憶は……消さないで」

 ぜったい、やだ。
 ちょっと想像しただけで、つうんと鼻の奥が痛くなる。

「おねがい……」

 お兄ちゃんの手をぎゅうっと握って、もう片方の手を握りこぶしにした。
 ギーナさんはちょっとの間、そんなあたしを見つめてた。
 そして、にこりと笑った。

「……わかったよ。確かに約束、したからね?」

 そうして、キセルでひょいと空中に円をえがくみたいにした。

「え? きゃああっ!?」

 足がいきなり床から離れて、あたしは悲鳴をあげた。
 ふわっと体が浮いて、じたばたする。すぐにお兄ちゃんにしがみついた。

「大丈夫。心配しないで」

 お兄ちゃんの手が、しっかりとあたしを抱き寄せてくれる。見れば、そのお兄ちゃんもギーナさんも、いっしょに宙に浮いていた。

「さて。行くよ」
「え? どこへ……ひゃあああああっ!?」

 次の瞬間。
 あたしたち三人は、街の光を足もとに見て、びゅーんと夜空に飛び上がっていた。
 
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