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第三章 花火大会
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しおりを挟む結局、本当になーんにも、困ったことにはならなかった。
あたしたちはそのまま、あっという間にうちのマンションの中庭におりたった。
人に見られたらどうするのかしらと思ってどきどきしてたら、ギーナさんがくすくす笑って言った。
「大丈夫さ。ちゃあんと、人には見えない魔法も使ってるからね」って。
……魔法?
この人、本物の魔法使いなの?
そりゃあ、あたしだって映画や本で、魔法使いは見たことあるけど。
いまの日本に、生きた本物の魔法使いがいるなんて知らなかったわ。
「とにかく。さっきの約束は忘れないこと。……いいね? キラちゃん」
最後にギーナさんはあたしに向かって、人差し指を立ててウインクした。
そうして、来たときと同じようにまた、ぴゅーんと空に舞い上がって消えてしまった。
(……ああ、そうだったのね)
それであたしは、やっとわかった。
最初にあの人に会った時、どうしてあの人が帰っていくのをベランダから見送ることができなかったのか。
きっとあの人、あの時もこうやったんだわ。
「おかえりなさい。楽しかった?」
玄関のドアを開けたママは、ものすごーくふつうだった。「今日は無理いってごめんなさいね、ユウ君」って、ただにこにこしてるだけ。
あたしは自分のかっこうがどこかおかしくないかしらってそわそわしちゃって、かなりソンした気分になった。「遅かったわね」「何かあったの」って質問ぜめになるかしらって本気でどきどきしてたのに、バカみたい。
その理由も、すぐにわかった。
部屋に入って時計を見たら、花火が終わってからまっすぐ帰ってきたのと変わらないぐらいの時間だった。
(どうなってるの……?)
あたし、ミサキさんの部屋でかなり眠っていたみたいだったのに。
ゆかたをキレイにしてもらったり、看病してもらったり。あれって、何時間もかかったんじゃ?
やっぱり、これも魔法なのかしら。
もしかして、ミサキさんの部屋にだけ、時間があんまり進まないようにする魔法でもかかっていたとか? そういえば何かのアニメで、そんな便利な魔法の部屋が出てきたことを思い出す。
それに、ケガのことだって不思議だった。
たぶんあたし、すごい大ケガをしてたはず。そうでなかったら、ユウお兄ちゃんがあんなに心配そうな顔になるわけないもの。
じゃあ、やっぱりそれも魔法で治してもらったのかな。
(……まあ、とにかく)
ママにまた雷を落とされなくてすんだのはよかったわ。
今度ギーナさんやミサキさんに会ったら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。だってあたし、レディだもの。ちゃんとお礼も言えないような子供だなんて、思われたくないもんね。
と、洗面所のほうからママの不思議そうな声がした。
「……あら? ねえ、綺羅」
「なあに? ママ」
「ちょっと見て。この浴衣」
「えっ?」
どきんとした。
ママがゆかたを持ってこっちにやってくる。
やばい。やっぱり何かあったのかしら。
ママがゆかたのえりのあたりをちょっと指さした。
「確かこのへんに、前につけちゃった食べこぼしのあとがあったわよね? ほら、前におばあちゃんちでお祭りに行ったときの、やきそばソースのあと。覚えてない?」
「そ……そうだっけ?」
「洗ってもなかなか落ちないから、今度クリーニング屋さんに言わなきゃって思ってたのよ。だから、よーく覚えてるわ。あの跡、どこにいっちゃったのかしら。なんか、きれいになっちゃってるみたい……?」
「そ、……そう?」
「あたしが場所を間違えてるのかしら。おっかしいわねえ……」
「ふ、ふーん」
ああもう。
心臓がばくばくいってる。
ギーナさんったら、ギーナさんったら!
もともとあった汚れまですっかりキレイにしちゃったら、ママにバレちゃうじゃない!
まったくもう! まったくもう……!
あたしは部屋にダッシュして、ぼふっとベッドにもぐりこんだ。
だけど、こみあげてきたのは怒りじゃなかった。
「ふ……ふふ」
あっははは、と大声で笑いだしそうになるのを必死にがまんする。
魔法って便利だけど、バンノウなわけじゃないってことね。
あたしはその夜、何度も何度も思い出しては大笑いをしそうになって、ママに変な顔をされまくった。
◆
お兄ちゃんとの勉強は、そのあとも順調につづけられた。
毎週二回、お兄ちゃんは午前中にやってくる。大体は二時間で、途中でおばあちゃんがお茶とお菓子をもってきてくれたら少し休けい。
でも最近、なんとなーくお兄ちゃんがヘンな気がする。
前に「勉強中に、ぼーっとしていちゃいけないよ」って注意されたから、あたしは問題を解くときはなるべくそっちに集中するようにしてるのに。
今度は先生であるお兄ちゃんが、ときどきぼーっとしてるみたいなの。あたしの気のせいなのかしら。
「……お兄ちゃん? ここなんだけど」
「えっ? あ、どれ……?」
ほらね。
今だって、なにかぼんやり他のことを考えてたでしょ。あたしなんかにわかんないって思ったら、大まちがいなんだから。あたしがこれまで、どれだけお兄ちゃんのこと見てきたと思ってるの?
その日の算数が終わったところで、おばあちゃんがいつもみたいにお茶菓子を運んで来てくれた。あたしはオレンジジュースで、お兄ちゃんはアイスコーヒー。
あたしはお皿の上に乗った、少しぶかっこうなクッキーを指さした。
「あの、これ。昨日、おばあちゃんと焼いたやつなの」
「あ、そうなの。おいしそうだね」
「うん。形は悪いけど、ちゃんとおいしいから! 食べてみて」
「ありがとう。いただきます」
気のせいかなあ。
なんとなーく、会話が続かない。
お兄ちゃん、この間からなにかずっと考え込んでいるみたい。
あたし、ちゃんと約束守ってるわよ?
ギーナさんたちのヒミツは、パパにもママにもお友達にも、ひとことだってしゃべってない。
「……ね。キラちゃん」
「ん?」
自分で話しかけてきたくせに、お兄ちゃんはそこからちょっと言うのをためらった。
アイスコーヒーのグラスを持ったまま、窓の外とか、なんにもない壁とかをなんとなく見回している。
「えっと……この間の、ことなんだけど」
「うん。なに?」
「覚えてる? あの公園の階段から落ちて……それから」
「ああ。おぼえてるよ、ぼんやりとだけど。あたし、すごいケガをしたんでしょ? それをギーナさんたちが魔法で治してくれたんだよね」
「ん……そうなんだけど」
なんだろう。
お兄ちゃん、うまく言えなくて困ってるみたいな顔だ。
今度は長くてきれいな指を、ひざの上でもじもじさせてる。
「あの時、キラちゃん……僕を呼んだよね。その……ちょっと不思議な呼び方で」
「えっ?」
あたしはきょとんと、お兄ちゃんの顔を見つめ返した。
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