203 / 285
十章 マグダリーナとエリック
203. 恋しかるべき
しおりを挟む
学園の舞踏会も無事に終え、いよいよエリック王子の成人の祝いの舞踏会準備に本腰を入れなければいけなくなった。
と言っても、マグダリーナ達のすることは、盛装の準備くらいで、祝いの品の手配などは大人たちの仕事だ。
ショウネシー家ではいつも通り、コッコの卵を献上するかとダーモットとハンフリーが話していた。
女神教の配信動画のおかげで、ハイエルフという存在の認知が、国中に広まりつつあるので、彼らも成人祝いの舞踏会に呼ばれていた。
そしてこの週末、さっそく某公爵令嬢は、別荘候補を見にショウネシー領に来ていた。
エステラと一緒に、大体ショウネシー領を一回りしたところで、マグダリーナ達と合流し、図書館の一室に集まる。
「海が見える所が良いのですわぁ」
「流石にそこは街から離れすぎですから、生活には不便ですよ。魔獣もでますし。それにヴァイオレット氏からは、様子が見に行ける範囲でと言われています」
公爵令嬢の要望に、さっそくマグダリーナは異議を唱えた。
ヴィヴィアンからの贈り物を、すごく気に入ったエステラは、割と無茶な要望にも対応しそうだし、現実的な落とし所でなんとか納得していただかないと、とマグダリーナは額に汗をかいていた。
ヴィヴィアン令嬢のお陰で判明したのだが、なんとヴァイオレット氏はヴィオラ・オーズリー公爵の異母弟だったのだ。
感情をあまり面に出さないヴァイオレット氏が、珍しく姪っ子が無茶をしないか、胃を抱えていた。それはそうだ。その姪っ子、公爵が独身のままだったら次期公爵なのだ。公爵といえば、王族の次に身分の高い、やんごとなき家柄であるからして……
「いっそヴァイオレット服飾店の隣の店舗使う? 販売しなくても、作品の展示場として使ってもいいと思うのよ。職人さんに入ってもらえるよう、裏は工房になってるし」
なんとエステラに送った細工物や、菓子折りの箱は、この公爵令嬢の手作りだったらしい。
エステラの提案に、ヴィヴィアンは首を振った。
「ずっといられるかわからないのに、貴重な店舗は使えませんわぁ……あの美しいお花に囲まれたお家の隣にしますわ! 毎日あのお花が眺められますものね!」
ルシンの家の隣だ。
あそこなら、まあ安全だろう。マグダリーナも安心した。
ヴィヴィアンはヴェリタスに話しかける。
「アスティン侯爵夫人は、今身重でいらっしゃるのでしたわよねっ。お相手はハイエルフなのだわぁ」
「ん、まあね」
「うちの叔母様もここに連れて来たら、どなたかさくっと身重にしてくださらないかしらぁ」
らめぇぇ
ラムちゃんの鳴き声は、同意なのか否定なのか……
「さくっとは無理だろ。元々ハイエルフは子供ができる確率が低いんだ。だから、母上が無事出産できるよう、今も交代でハイエルフ達が側に居てくれてるし」
「そうなんですのぉ……」
ヴィヴィアンは残念そうに目を瞑った。
「ヴィヴィアンお姉様は、公爵になりたくないんですの?」
家政科同士で接する機会が多いので、レベッカは既にお姉様呼びをしていた。
「不安なのですわぁ。叔母様は学園卒業後、既に社交会出禁でしたもの。何をどうすれば良いのかさっぱりぽんですもの」
さっぱりぽん……オーズリーの方言なのだろうか。
「とりあえず女主人として一通りのことは、と思いまして、領地の奥様方に家事全般に家計の把握、貯金に節約術と学びましたの。そしたらお父様が、努力の方向が明後日だと笑っておっしゃるのよ! 正解は教えてくださらないのぉぉ」
……なんだろう。想像していた公爵家と全然ちがうわ、オーズリー公爵家。こんな危なっかしい人達、野放しにしておいていいの?
「ヴィヴィアンお姉様はエリック王子の妃の地位に、興味はありませんの」
レベッカはずばり聞いた。
「ありませんわぁ。どう考えても、王子妃になったら、好きなものを自由に作ったり出来ないですわよね? ラムちゃんが大きくなってしまいますわ。夜な夜な王宮の女官が一人……そしてまた一人……謎の衰弱死事件が発生してしまいますわぁぁぁ」
眠り妖精は自身とテイマーの、不眠とストレスで大きくなる魔獣だ。そして大きくなると、他の生き物の命を食べ始めるという、熊とは別方向に危険度の高い魔獣だった。
「我が公爵家は、たまたま過去に王族を婿に迎えたから公爵家になっただけで、古い歴史ですと、危険で希少な眠り妖精を保護し、眠り妖精から人を守る活動をしていた一族なのですわぁ。その褒賞に、眠り妖精を可愛がっていた精霊様が、豊かな金鉱を与えて下さったんですの。ですから、眠り妖精をテイムした女性は、家のためではなく、自分の為に自分で伴侶を選ばないとなのですわぁ。ラムちゃんを大きくさせないように! ですからあたくし、五歳の頃から、何人もの男の子に求婚してるのに、惨、敗、なのですわぁぁぁ!!!!」
「もしかして、それで一人暮らしを?」
マグダリーナは、ちょっと引き気味に聞いた。
「いつどこで出禁になっても、よろしくってよの練習ですわぁぁ」
「かわいそう。ヴィーかわいそうー、タマちゃんがいい男紹介してあげるー。エリックはどう?」
「いや、今さっきその人ダメだって言ってたところだからね」
マグダリーナはタマを宥める。
「大丈夫よ。タマの出身地にスライムパワーダイレクトアタックすれば、可愛いベビーが誕生よ。タマそのくらいなら出来るよ!」
「……やめて……絶対、やめて差し上げて」
ライアンとヴェリタスも、何かしら思うところがあったのだろう……さっと話題を変える。
「そうなると、エリック王子の婚約者になりそうな令嬢は、シーグローブ公爵家の令嬢くらいか?」
ライアンがそう予想したが、ヴェリタスは首を横に振る。
「拝領貴族じゃなくても、伯爵位までの家系の令嬢は範囲に入るんじゃね? リーナに声かけて来たくらいだし」
そうなんですの? とヴィヴィアンの視線がマグダリーナに注がれる。マグダリーナは身振り手振りでお断りしましたと伝える。
ノックの音がして、エステラが返事すると、ニレルが飲み物を乗せたトレイを持って入って来た。
アーケード屋台で売っている飲み物だ。
今日はスパイスとサトウマンドラゴラ糖の入ったミルクティーだった。
「家は決まったのかい?」
ニレルがテーブルにトレイを置くと、めいめいお礼を言って、自分のコップを取っていく。
「ルシンお兄ちゃんの家の隣かなって」
「あそこは風の通りも良いし、いい場所だと思うよ」
ニレルは自然とエステラの隣に座る。
それを見て、ヴィヴィアンは聞いた。
「ニレルさんが、エステラちゃんを自分の伴侶にするって決めたそうですわよね? 決め手は何でしたの?」
その場の視線が全部、ニレルに集中した。エステラの視線もだ。
「私……産まれたばかりだったのよね? 赤ちゃんだったのよね……そういえば、赤ちゃん……相手に……なんで……」
エステラが、今更ながら驚いた顔をしていた。
「どうしても、云わなきゃダメかい?」
エステラが頷いたので、全員頷いた。
「……聞いても嫌わない?」
そんな声と顔で言われたら、全世界の男女とも頷くと思われたが、エステラは冷静だった。
「待って、今から数秒、ニレルがどんな変態でも受け止める覚悟を作るから」
エステラは目を閉じて、しばしの沈黙の後、目を開けた。
その間、エステラの手がワキワキと妙な動きをしていたことは、気にしない事にする。
「よし、来い!!」
意を決してエステラが言うと、ニレルは頷いて、エステラを抱きしめた。
「え、違くない?」
ニレルの腕の中で目を丸くするエステラを見て、ヴェリタスが呆れた顔で言った。
「来いなんて言うからだよ」
着席したニレルは、ミルクティーを少し飲んで落ち着くと話出した。
「僕がまだ幼い頃、ハイエルフよりもハイドラゴンよりも強い自分の力を恐れて、その一部を金の神殿に封印したきっかけだよ。僕は、ハイエルフを造れてしまった」
幼いニレルの周囲は、始まりのハイエルフ達しかいなかった。母とも言えるエルフェーラも、王位は退いても、子育てに専念できないくらいには忙しかった。
ディオンヌの側にハラがいるように、ニレルは自分だけの存在が欲しいと願った。
そして、新たなハイエルフが。
伸ばした手の先に、徐々に肉体化してゆく。
自分だけの、自分の、ハイエルフ。
――――その瞬間、怖くなったのだ。
「あと少しで、すべて完成するという所で、ハイエルフはハイエルフを造ることはできない……その事実に気づき、僕は怖くなって……この世界に完全に生まれる前に、その子を壊して……殺してしまった……そこに宿っていた魂も、何処かにかき消えた……そうして僕は、僕の力の一部を封印したんだ。それから数千年経ち……叔母上の所で、産まれたばかりのエステラを見た。この腕に抱いて、エステラの魂が、あの時僕が造りきらなかったハイエルフの魂だとわかったんだ。長い時間をかけて、僕の所に戻ってきてくれたんだとわかって、僕の中に言葉にできない不思議な何かが生まれた。それから僕は、エステラが愛おしくてしょうがない」
ニレルが話し終わると、静かな時間が流れた。
やがてヴェリタスがぼそりと言った。
「難しすぎる」
ニレルも頷いた。
「恋愛に関する僕らの感覚と、人族の感覚には差があるから、そうかもね。あんまり参考にならなくて申し訳なかったかな」
え? そう簡単に種族の違いにしていいの? マグダリーナはちょっと疑問に思った。
実際その封印した力の一部が、エルフとハーフだった人族のエステラを、本当にハイエルフに変えてしまったのだから、ニレルは清楚な顔をしてても業が深い……
エステラが手を挙げた。
「つまりニレルは、可愛い赤ちゃんだった、このエステラちゃんの魅力にメロメロになっていた訳では、なかったと?」
ニレルは慌てた。
「そうじゃない、もちろんきっかけは今言った通りだけど、ちゃんと可愛い赤ちゃんだったエステラの魅力にもメロメロになったさ」
「……なら、許す」
と言いつつ、ちょこっとお口を尖らせてるエステラが可愛いなあとマグダリーナは思った。
いつものように、真剣にニレルの話をノートに書き込みながら、過去のノートを見せてレベッカはヴィヴィアンに事情を説明する。
「とりあえずカンですけど、ハイエルフが恋愛対象に向かないことは、なんとなく理解しましたわぁ」
らめぇぇぇ
ラムちゃんも同意した。
と言っても、マグダリーナ達のすることは、盛装の準備くらいで、祝いの品の手配などは大人たちの仕事だ。
ショウネシー家ではいつも通り、コッコの卵を献上するかとダーモットとハンフリーが話していた。
女神教の配信動画のおかげで、ハイエルフという存在の認知が、国中に広まりつつあるので、彼らも成人祝いの舞踏会に呼ばれていた。
そしてこの週末、さっそく某公爵令嬢は、別荘候補を見にショウネシー領に来ていた。
エステラと一緒に、大体ショウネシー領を一回りしたところで、マグダリーナ達と合流し、図書館の一室に集まる。
「海が見える所が良いのですわぁ」
「流石にそこは街から離れすぎですから、生活には不便ですよ。魔獣もでますし。それにヴァイオレット氏からは、様子が見に行ける範囲でと言われています」
公爵令嬢の要望に、さっそくマグダリーナは異議を唱えた。
ヴィヴィアンからの贈り物を、すごく気に入ったエステラは、割と無茶な要望にも対応しそうだし、現実的な落とし所でなんとか納得していただかないと、とマグダリーナは額に汗をかいていた。
ヴィヴィアン令嬢のお陰で判明したのだが、なんとヴァイオレット氏はヴィオラ・オーズリー公爵の異母弟だったのだ。
感情をあまり面に出さないヴァイオレット氏が、珍しく姪っ子が無茶をしないか、胃を抱えていた。それはそうだ。その姪っ子、公爵が独身のままだったら次期公爵なのだ。公爵といえば、王族の次に身分の高い、やんごとなき家柄であるからして……
「いっそヴァイオレット服飾店の隣の店舗使う? 販売しなくても、作品の展示場として使ってもいいと思うのよ。職人さんに入ってもらえるよう、裏は工房になってるし」
なんとエステラに送った細工物や、菓子折りの箱は、この公爵令嬢の手作りだったらしい。
エステラの提案に、ヴィヴィアンは首を振った。
「ずっといられるかわからないのに、貴重な店舗は使えませんわぁ……あの美しいお花に囲まれたお家の隣にしますわ! 毎日あのお花が眺められますものね!」
ルシンの家の隣だ。
あそこなら、まあ安全だろう。マグダリーナも安心した。
ヴィヴィアンはヴェリタスに話しかける。
「アスティン侯爵夫人は、今身重でいらっしゃるのでしたわよねっ。お相手はハイエルフなのだわぁ」
「ん、まあね」
「うちの叔母様もここに連れて来たら、どなたかさくっと身重にしてくださらないかしらぁ」
らめぇぇ
ラムちゃんの鳴き声は、同意なのか否定なのか……
「さくっとは無理だろ。元々ハイエルフは子供ができる確率が低いんだ。だから、母上が無事出産できるよう、今も交代でハイエルフ達が側に居てくれてるし」
「そうなんですのぉ……」
ヴィヴィアンは残念そうに目を瞑った。
「ヴィヴィアンお姉様は、公爵になりたくないんですの?」
家政科同士で接する機会が多いので、レベッカは既にお姉様呼びをしていた。
「不安なのですわぁ。叔母様は学園卒業後、既に社交会出禁でしたもの。何をどうすれば良いのかさっぱりぽんですもの」
さっぱりぽん……オーズリーの方言なのだろうか。
「とりあえず女主人として一通りのことは、と思いまして、領地の奥様方に家事全般に家計の把握、貯金に節約術と学びましたの。そしたらお父様が、努力の方向が明後日だと笑っておっしゃるのよ! 正解は教えてくださらないのぉぉ」
……なんだろう。想像していた公爵家と全然ちがうわ、オーズリー公爵家。こんな危なっかしい人達、野放しにしておいていいの?
「ヴィヴィアンお姉様はエリック王子の妃の地位に、興味はありませんの」
レベッカはずばり聞いた。
「ありませんわぁ。どう考えても、王子妃になったら、好きなものを自由に作ったり出来ないですわよね? ラムちゃんが大きくなってしまいますわ。夜な夜な王宮の女官が一人……そしてまた一人……謎の衰弱死事件が発生してしまいますわぁぁぁ」
眠り妖精は自身とテイマーの、不眠とストレスで大きくなる魔獣だ。そして大きくなると、他の生き物の命を食べ始めるという、熊とは別方向に危険度の高い魔獣だった。
「我が公爵家は、たまたま過去に王族を婿に迎えたから公爵家になっただけで、古い歴史ですと、危険で希少な眠り妖精を保護し、眠り妖精から人を守る活動をしていた一族なのですわぁ。その褒賞に、眠り妖精を可愛がっていた精霊様が、豊かな金鉱を与えて下さったんですの。ですから、眠り妖精をテイムした女性は、家のためではなく、自分の為に自分で伴侶を選ばないとなのですわぁ。ラムちゃんを大きくさせないように! ですからあたくし、五歳の頃から、何人もの男の子に求婚してるのに、惨、敗、なのですわぁぁぁ!!!!」
「もしかして、それで一人暮らしを?」
マグダリーナは、ちょっと引き気味に聞いた。
「いつどこで出禁になっても、よろしくってよの練習ですわぁぁ」
「かわいそう。ヴィーかわいそうー、タマちゃんがいい男紹介してあげるー。エリックはどう?」
「いや、今さっきその人ダメだって言ってたところだからね」
マグダリーナはタマを宥める。
「大丈夫よ。タマの出身地にスライムパワーダイレクトアタックすれば、可愛いベビーが誕生よ。タマそのくらいなら出来るよ!」
「……やめて……絶対、やめて差し上げて」
ライアンとヴェリタスも、何かしら思うところがあったのだろう……さっと話題を変える。
「そうなると、エリック王子の婚約者になりそうな令嬢は、シーグローブ公爵家の令嬢くらいか?」
ライアンがそう予想したが、ヴェリタスは首を横に振る。
「拝領貴族じゃなくても、伯爵位までの家系の令嬢は範囲に入るんじゃね? リーナに声かけて来たくらいだし」
そうなんですの? とヴィヴィアンの視線がマグダリーナに注がれる。マグダリーナは身振り手振りでお断りしましたと伝える。
ノックの音がして、エステラが返事すると、ニレルが飲み物を乗せたトレイを持って入って来た。
アーケード屋台で売っている飲み物だ。
今日はスパイスとサトウマンドラゴラ糖の入ったミルクティーだった。
「家は決まったのかい?」
ニレルがテーブルにトレイを置くと、めいめいお礼を言って、自分のコップを取っていく。
「ルシンお兄ちゃんの家の隣かなって」
「あそこは風の通りも良いし、いい場所だと思うよ」
ニレルは自然とエステラの隣に座る。
それを見て、ヴィヴィアンは聞いた。
「ニレルさんが、エステラちゃんを自分の伴侶にするって決めたそうですわよね? 決め手は何でしたの?」
その場の視線が全部、ニレルに集中した。エステラの視線もだ。
「私……産まれたばかりだったのよね? 赤ちゃんだったのよね……そういえば、赤ちゃん……相手に……なんで……」
エステラが、今更ながら驚いた顔をしていた。
「どうしても、云わなきゃダメかい?」
エステラが頷いたので、全員頷いた。
「……聞いても嫌わない?」
そんな声と顔で言われたら、全世界の男女とも頷くと思われたが、エステラは冷静だった。
「待って、今から数秒、ニレルがどんな変態でも受け止める覚悟を作るから」
エステラは目を閉じて、しばしの沈黙の後、目を開けた。
その間、エステラの手がワキワキと妙な動きをしていたことは、気にしない事にする。
「よし、来い!!」
意を決してエステラが言うと、ニレルは頷いて、エステラを抱きしめた。
「え、違くない?」
ニレルの腕の中で目を丸くするエステラを見て、ヴェリタスが呆れた顔で言った。
「来いなんて言うからだよ」
着席したニレルは、ミルクティーを少し飲んで落ち着くと話出した。
「僕がまだ幼い頃、ハイエルフよりもハイドラゴンよりも強い自分の力を恐れて、その一部を金の神殿に封印したきっかけだよ。僕は、ハイエルフを造れてしまった」
幼いニレルの周囲は、始まりのハイエルフ達しかいなかった。母とも言えるエルフェーラも、王位は退いても、子育てに専念できないくらいには忙しかった。
ディオンヌの側にハラがいるように、ニレルは自分だけの存在が欲しいと願った。
そして、新たなハイエルフが。
伸ばした手の先に、徐々に肉体化してゆく。
自分だけの、自分の、ハイエルフ。
――――その瞬間、怖くなったのだ。
「あと少しで、すべて完成するという所で、ハイエルフはハイエルフを造ることはできない……その事実に気づき、僕は怖くなって……この世界に完全に生まれる前に、その子を壊して……殺してしまった……そこに宿っていた魂も、何処かにかき消えた……そうして僕は、僕の力の一部を封印したんだ。それから数千年経ち……叔母上の所で、産まれたばかりのエステラを見た。この腕に抱いて、エステラの魂が、あの時僕が造りきらなかったハイエルフの魂だとわかったんだ。長い時間をかけて、僕の所に戻ってきてくれたんだとわかって、僕の中に言葉にできない不思議な何かが生まれた。それから僕は、エステラが愛おしくてしょうがない」
ニレルが話し終わると、静かな時間が流れた。
やがてヴェリタスがぼそりと言った。
「難しすぎる」
ニレルも頷いた。
「恋愛に関する僕らの感覚と、人族の感覚には差があるから、そうかもね。あんまり参考にならなくて申し訳なかったかな」
え? そう簡単に種族の違いにしていいの? マグダリーナはちょっと疑問に思った。
実際その封印した力の一部が、エルフとハーフだった人族のエステラを、本当にハイエルフに変えてしまったのだから、ニレルは清楚な顔をしてても業が深い……
エステラが手を挙げた。
「つまりニレルは、可愛い赤ちゃんだった、このエステラちゃんの魅力にメロメロになっていた訳では、なかったと?」
ニレルは慌てた。
「そうじゃない、もちろんきっかけは今言った通りだけど、ちゃんと可愛い赤ちゃんだったエステラの魅力にもメロメロになったさ」
「……なら、許す」
と言いつつ、ちょこっとお口を尖らせてるエステラが可愛いなあとマグダリーナは思った。
いつものように、真剣にニレルの話をノートに書き込みながら、過去のノートを見せてレベッカはヴィヴィアンに事情を説明する。
「とりあえずカンですけど、ハイエルフが恋愛対象に向かないことは、なんとなく理解しましたわぁ」
らめぇぇぇ
ラムちゃんも同意した。
97
あなたにおすすめの小説
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!
日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」
見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。
神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。
特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。
突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。
なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。
・魔物に襲われている女の子との出会い
・勇者との出会い
・魔王との出会い
・他の転生者との出会い
・波長の合う仲間との出会い etc.......
チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。
その時クロムは何を想い、何をするのか……
このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……
こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します
burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。
その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる