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4.病室の少女
しおりを挟む病院の一室
つまらないなぁ。
新しい担任から送られてきたラインを見ながらひとりでにつぶやいた。その文面にはあたしと同じクラスメイトの名前が書かれていた。一人ひとりの名前を覚えようとしたけれども、顔がわからないのでやめた。
いつの間にか二年生になったんだ、わたし。
病気がわかったのは入学式前だった。先天性の心臓疾患、それも余命をお医者さんに宣告されたときは言葉の意味を理解することができなかった。けれど、一緒に聞いていたお母さんは口をおさえて涙ぐんでいたから、 わたしはしばらくしたら素直に意味をくみ取ることができた。
それから病院暮らしが始まった。せっかく受かった高校には受験以来一度も入ることができず、同級生とも話すことができなかった。中学生の時は、あまり友達はいなかった。話しかけても誰も聞いてくれない。だから、高校に入ったら、何人も友達を作って毎日遊びに行きたいと思っていた。カフェとかスイーツの店とか友達と行く想像を毎日していた。
この病室は見渡す限り真っ白だ。毎日このような景色を見ていると、ほんとうはわたしが天国にいるのではないかと錯覚してしまう。この病室には窓際と扉側にベッドがふたつあるが、今はわたしひとりだった。
なにも考えずに窓の外を見た。桜の木が風に吹かれ、空には雲が一面に広がっている。わたしの心模様のようだ。隣に誰か来てくれれば晴れるかもしれない。それを一年間、願っている。
すると、病室の扉が開いた。そこにいたのは看護師さんと中学生くらいの少女だった。少女は泣いていて、それを看護師さんが慰め支えるようにして窓際のベッドまで一緒に歩いた。少女の右足はひざ下まで包帯を巻かれていて、おそらく骨折したのだと思わせた。
「大丈夫だから、すぐに治るよ」
看護師さんが誰もいない窓際のベッドの上に少女を座らせた。看護師さんは少女を泣き止ませようと、言葉をかけたり、頭をよしよし、となでたりした。でも、効果はなかった。これまでにっこりとした笑顔を浮かべていた看護師さんもいつのまにか困ったかのような顔になっていた。
「佐藤さん、佐藤さん、今すぐ診療室に戻ってきてください」
突然、校内放送のようなものが病院内に流れた。目の前の看護師さんは慌てたように扉と少女を交互に見た。この人が佐藤さんなのだろう。
「すぐ戻ってくるから」
佐藤さんという看護師さんはそう言い残し、急いで病室から出て行った。そのため、病室の中には少女の泣き声だけが響いていた。
わたしはひとつ唾を飲み込んだ。胸が高鳴っていたのだ。一年ぶりにわたしに話し相手が、それも同い年くらいの女の子。これは願ってもないチャンス。
「ねぇ、どうしたの?」
少女は泣いたままだったので、わたしの声が聞こえていないのかな、と思っていたがそうでもないようだった。少女はこちらを見たのだ。けれど、それは一瞬で再びうつむいて泣き出してしまった。ひとつわかったのは細い目をしていてちょっぴり怖そうということだった。それでも、わたしは少女に話しかけてみた。
「きっと治るから、大丈夫」
精一杯の明るい声で少女を励ましてみた。けれど、これはさきほどの看護師さんが言っていた言葉そのままだった。いったい、どうすれば少女は泣き止むのだろう。わたしは考える人のように右手を顎下につけて思考を巡らせた。
「そうじゃない」
はっきりそう聞こえた。少女の声だった。わたしが横を見ると、少女の目から涙はもう出ていなかった。
「違う理由なの?」
そう尋ねると、少女は黙ってうなずく。
「だってあたし、バスケ部で次が最後の大会なのに、こんな時に骨折したら、みんなに迷惑がかかっちゃう」
目から再び涙が出そうになっていたが、少女はそれを必死に我慢していた。わたしはきっとこの子は優しいのだと思った。こんな時にでも人のことを気遣ってあげられる。わたしとは違ってみんなに囲まれている少女を想像しているとなんだかうらやましかった。
「みんなのためにも早く治そう」
「あたしにはバスケしかないのに。バスケであの人にいいところを見せなくちゃいけないのに」
少女はこれまで以上に大きな声で泣き出した。もしかしたら、隣の部屋にまで聞こえているかもしれない。しかし、そのことよりもわたしの中で少女がいいところを見せたい相手とは誰なのかという疑問に心がひかれた。
「いいところを見せたい人って、誰?」
しばらくして、少女の泣き声が落ち着いてきた。
「お兄ちゃん」
少女は何かが吹っ切れたのか、怒りを含んだ口調で話し続けた。
「お母さんも、お父さんもあたしが小さいときにはいなくて、祖母とお兄ちゃんとあたし、三人で暮らしてたの。それまでは、両親の遺産とおばあちゃんの年金でなんとか暮らしてたけれど、お金が足りなくなって。生活をするにはお金が必要だからお兄ちゃんがバイトを始めた。けれど、本当は、あたしはバスケを続けるべきじゃなかった。バスケをするだけでもお金がかかるから、お兄ちゃんの負担になる。わかっていた。わかっていたけれども、やめられなかった。今まで積み上げてきたものを自分で壊すことができなかった。だから、あたしにはバスケで活躍しているところを見せる以外、お兄ちゃんに恩返しできないの。それなのに、あたし・・・・・・」
少女は脚に巻かれている白い包帯に手を乗せた。
いい兄妹だなぁ。わたしもこの子のお兄さんに会ってみたいなぁ。わたしにもそういうお兄さんとかお姉さんがいてくれたらなぁ。
「いいお兄さんだね」
「うん」
少女の声は涙をぬぐい、弾んだ声で答えた。
「もしよかったら、名前教えてくれる?」
「あたしは、赤谷あかり」
赤谷という名前を聞いて、担任の先生から送られてきたラインの文章を思い出す。
もしかしたら・・・・・・。
そう思うと無意識に笑みがこぼれた。私がクスクスと笑みをこぼしていると、あかりちゃんから「どうしたの?」と聞いてきた。あかりちゃんが恐ろしいものを見るような目をしていたから多分、悪役みたいな笑い方をしていたと思う。
「なんでもないよ。わたしは青山みらい、よろしくね」
「はい、こちらこそよろしく、みら・・・・・・」
あかりちゃんはわたしの名前を言おうとしたけれども途中で止めた。わたしは気になったので聞いてみた。
「どうしたの?」
「ちなみに、何歳、ですか?」
「十六歳」
おどけたように聞くあかりちゃんに対し、わたしははっきりと自分の年齢を告げた。すると、あかりちゃんは突然、青ざめた表情になった。
「す、す、すみません。タメ口で話しちゃって」
あかりちゃんは頭を下げてわたしに謝ってきた。わたしにとって誰かに謝られたことはなかった。バスケでは上下関係が厳しいのかな。
「ううん、大丈夫だよ。別に敬語じゃなくていいよ」
「はい・・・・・・」
あかりちゃんはまだ申し訳ないと思っているのか声が沈んでいた。そんなに気にすることではないのに。どうすれば、楽しくおしゃべりができるだろう。わたしがそのように考えた時、少しの間眠っていた悪い感情が顔を出してきた。
「わたし、そんなお姉さん感、ない?」
「い、いえ、泣いていたので、ちゃんと顔を見ることができなかったというか」
「タメ口で話したこと、許してほしい?」
「・・・・・・はい」
「じゃあ、愚かな後輩をちょっぴり可愛がってあげよう」
あかりちゃんは「えっ?」とこちらを向いた。いったいこれからなにをされるんだ、という顔だ。 わたしはそれを見て、クスっと笑った。
佐藤という看護師さんがしたようにあかりちゃんの頭をなでなでしたいし、体に抱きついたりしてみたい。けれど、今の状態のわたしは誰かの手を借りなければ歩けない。だから、今、わたしにできるのは・・・・・・。
「あかりちゃんは、かわいいよね」
あかりちゃんは何度もまぶたを開けたり、閉じたりした。
「本当に妹みたいに、頭なでなでしたり、ぎゅーって抱きしめたり・・・・・・」
あかりちゃんのほうをチラチラ見ると、少しずつ顔が赤くなっているのが見える。
あと一息。
「頬ずりしたり、あとほっぺにキスしてみたり、あっ、口でもいいかな、あとは・・・・・」
「みらいさん!」
我慢の限界が来たのかあかりちゃんは顔を全面真っ赤にしていた。まるでお猿さんのようだったのでわたしは思わず笑ってしまった。
「もう笑わないでください!」
そう言われても、わたしは笑うことを止めることができなかった。おかしくて、おかしくて。人生で一番笑ったかも。こんな子と一緒にいられるなんてこれから、寿命が来るまでの入院生活が満たされるかのように思えた。
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