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5.あかりの気持ち
しおりを挟む病院に着き、急いであかりのいる病室へ向かった。病院内では走ってはいけない。出会った看護師から注意されたが、今はあかりのことで頭がいっぱいだった。
車の中で、あかりが病院へ運ばれた理由を先生から聞いた。階段から落ち、脚を骨折したらしかった。入院することは決まったようだが、どれほどの怪我なのか、どれだけの期間、入院が必要なのか先生は知らなかった。とにかく、今すぐにでも本人に会って様子を知りたかった。
先生から聞いた病室へ行くと、赤谷あかりという名前があった。もうひとりの名前もあったが今はそんなことはどうでもいい。
「あかり!」
病室の扉を思いっきり開けると、その中はほとんどが白一色だった。ホテルの一室ぐらいの広さでベッドがふたつ置いてある。手前のベッドには、誰だろう見たことのない僕と同い年ぐらいの女の子がいた。もうひとつのベッドには目を丸くするあかりの姿があった。
「もう、びっくりした」
呆れたように言うあかりに僕は走り寄って肩をつかんだ。脚には包帯が巻かれている。先生の言っていたとおり、脚を骨折しているようだ。
「あかり、大丈夫か?」
「心配しすぎ」
あかりは僕の慌てた様子を見て、「まったく」とため息をついた。とりあえず、あかりが元気そうでよかった。
「あっ、あなたが赤谷慎之介君?」
いつものあかりでよかったと安心する僕の背後から声をかけてきたのはもうひとつのベッドにいる女の子だった。髪を首元にまで伸ばし、瞳は黒く、水晶玉のように輝いていた。服はドラマとかで患者が着る澄んだ空一色の服装だった。まじまじと見ても、名前やどこで知り合ったのか思い出すことができなかった。
なぜ、この子は僕の名前を知っているのか。もしかしたら、あかりがこの子に僕のことを話したのかもしれない。けれども、あかりは驚いたように目と口を大きく開き、身に覚えがないようだった。
「どこかでお会いしましたっけ?」
もしかしたら、この子は僕より年上かもしれないので一応、敬語で話した。けれども、その心配はないようだった。
「会ってないよ。それに同級生なんだから、敬語はなしね」
「じゃあ、なんで僕の名前、知ってるの?」
女の子は誇らしげに笑みを浮かべながら、ポケットからスマホを取り出して誰かとのラインの文章を見せた。日付は昨日のようで、そこには一行ごとに四文字から六文字ほどの文がスマホの画面に入りきれていないほど続いていた。読むのが億劫だと一瞬感じたが、よく見るとそれは名前が何行にも連なっている文章であることに気が付く。そして、2行目には『赤谷慎之介』と書かれていた。
この文章に書かれている名前にどういった意味があるのだろう。下へ下へと見ていくと知っている名前が数人書かれていた。それは全員クラス替えをして一緒の教室になったという共通点があった。もしかして、と一番下の行を見てみると、そこには『渡辺麻衣』と書かれていた。
「これ、どうしたの?」
「新しい担任の先生に送ってもらったんだよ」
新学期の時、担任の先生がスマホにうっていたのはこの子に送るためにしていたのだった。そして、再び僕の名前が書かれている行まで戻ってくると、その上に書かれている名前を見て、「あっ」と声をもらした。
「君は、青山みらい?」
「せいかーい」
女の子は満面の笑みでそう答えた。なるほど、僕の前が空席なのはこの子が休んでいるからなのか。どういった状況かまだわかっていないであろうあかりはいつもとは違う優しい声で話しかけてきた。
「お兄ちゃん、みらいさんと知り合いなの?」
「そうだよ、あかりちゃん。わたしと君のお兄さんはクラスが一緒なの」
かわりに青山さんが答えてくれた。初めて会ったにも関わらず知り合いというのはおかしいが、そういうことにしておこう。
「そういえば、慎之介君は妹さんが心配で来たんだよね。優しいお兄さんだなぁ」
「ちょっとおおげさですけどね」
あかりが腕組みをして嫌な顔をしているのを見ると反省した。でも、あかりが心配で病院まで慌ててやってきたのにこの言い方はないのではないか。
「みらいさん、なんで笑ってるんですか?」
あかりは不思議そうに尋ねる。見ると、青山さんは口をおさえて笑いをこらえているようだった。
「いやー、兄妹そっくりだなぁ、だって・・・・・・」
「ちょっと、みらいさん!」
あかりは青山さんの次の言葉を遮ろうとベッドから飛び出しそうになった。そんなあかりをあわてて僕はおさえた。こんなに慌てるあかりは初めて見るが、けがをしたばかりだというのにこれ以上悪化させるわけにはいかない。しかし、青山さんはそれを気にすることなく笑いをこらえるよう口をおさえていた。
「ほんの少し前まで、あかりちゃん、泣いてたんだよ」
虚を突かれ、あかりのほうを見ると、顔を背けていた。その反応から青山さんの言っていることが本当のことであるとわかった。普段、冷たい妹も知らないところでは感情的になるのか。でも、どうして泣いたのかという疑問も頭に湧いてきた。
「あかりちゃんはね、お兄さんのこと思ってくれているみたいだよ」
考えていることを見透かしているかのように青山さんは答えた。なんだか最近、心の中を読まれてばっかりだ。表情に出てしまっているのだろうか。
「もう、みらいさんったら」
あかりはこちらを見ようとせずにそう言った。ここからでも、頬をふくらませているのが見えるが、口調ではそれほどまでに怒っているというわけではなさそうだった。家でのあかりの姿しか知らない僕にとって、こういうあかりを見るのはとても貴重なことに思えた。あかりは基本的に口をきいてくれないのだ。
あかりの様子に浸っていると、背後から小さな笑いがもれてきた。それは少しずつ大きくなっていった。振り向くと、笑っていたのは青山さんだった。あかりの反応がおかしかったのか青山さんはだんだんと笑うボリュウームを上げていく。その様子を呆然と眺めていると、病室の扉が勢いよく開いた。
「病院なんだから静かにしなさい!」
そこにいたのは目つきの鋭い中年女性の看護師だった。もし、この人が授業をするなら寝ることはできなさそうだった。
「ごめんなさい」
青山さんは笑いを抑えると、反省していないかのように微笑んで答えた。女性は眉をしかめた後、僕たちに向かって鋭い視線をはしらせ、フンっと勢いよく扉を閉めた。これは完全なるとばっちりである。
女性が去ると、青山さんは長い息を吐いて、「怒られちゃったね」と笑顔で言った。君のせいだろ、と言えばいいのだけれど僕の口からその言葉は出てくることがなく、無意味にうなずいた。ただ、あかりには言う度胸があったようだ。
「みらいさんのせいです」
「あはは、ごめん」
今までの会話を聞くと、青山さんとあかりはもう仲がいいようだ。僕が来るまでの数時間で初対面の人と話すことができるようになっていることを考えると、あかりの人間関係の広さが恐ろしかった。
「ねえ、この際だからさ、お兄さんに日ごろの感謝を伝えれば?」
「えー、いやですよ」
青山さんが笑う前の話をしているのだろうか、あかりはほんとうに嫌な顔をした。この空間で僕だけどのような話かわからなかった。料理とか洗濯とかの家事に関しては僕がバイトに行く日は全部あかりがやってくれている。だから、僕はあかりに感謝されることが到底思いつけなかった。
「ほらほら、せっかく会いに来てくれたんだから」
「やっぱり恥ずかしいです」
「恥ずかしいことないよ。お兄さんもうれしがると思うよ」
この会話を聞いているとなんだか僕まで恥ずかしくなってきた。感謝される側のほうが恥ずかしいのではないか。
「そもそも、みらいさんがあんなこと言わなければこんなことにならなかったんですから」
「あんなことって?」
「お兄ちゃんが来る前に泣いてたとか感謝してるとかですよ」
「あっ、ごめん、ごめん。でも、わたしが言ってなかったら感謝を伝える機会もなかったでしょ」
「それは、そうですけど」
「あかりちゃん」
逡巡しているあかりに青山さんは優しく語りかけた。
「あの時に言えばよかったって後悔するかもしれないよ。伝えたいことがあれば早いうちに伝えたほうがいいよ」
「みらいさん・・・・・・」
「あかりちゃんが言いにくいなら、先にわたしのほうから言わせてもらうね。わたしは今までひとりぼっちだったんだ。こんなこと言っちゃいけないと思うんだけれど、あかりちゃんがここに来てこれから楽しい時間が過ごせると思ったの。そしたらあかりちゃんと話すのが本当に楽しくて。だから、こんなわたしとお話ししてくれてありがとう」
青山さんは悪戯っぽく笑った。だが、さきほどの言葉は決して冗談に聞こえなかった。青山さんの本音だ。僕も渡辺さんに笑いながら本音を告白することができればいいのに。
あかりは目を大きく開かせ、口元が緩んだ。
「わたしもみらいさんと話すの楽しいですよ。みらいさんがいなかったら、たぶん、今も泣いたままだと思います。まぁ、みらいさんが口の軽い人じゃなかったら良かったんですけどね」
あかりが泣いていたことを半信半疑に思っていたが、それが真実に変わった。それでも、あかりの泣いている姿は想像つかなかった。大会まで数か月となってけがをして思い詰めていたのだろうか。
「じゃあ、お兄さんにあのことを伝えてみよう」
青山さんがそう言うとあかりは驚いた顔をした。そして、僕のことをまっすぐ見て、一度、唾を飲み込んだ。僕はあかりの口元を集中して見つめた。
「お兄ちゃん、ありがと・・・・・・」
あかりは顔を赤くしながら言った。少しずつ声が小さくなっていったが、『ありがとう』という言葉を聞き取ることはできた。けれども、あかりが僕に何を感謝しているのかということがわからない。
「何のこと?」
あかりは何を感謝しているのかという意味で聞いた。青山さんはあかりの気持ちを知っているようだ。それは僕が病室に来る前にあかりが話したのだろう。であれば、僕にはそれを聞く権利があるとはずだ。
僕は返答を待っていると、あかりの顔が紅色に近づき、体が震えているのが見える。そして、耳を塞ぎたくなるほどの声で叫んだ。
「お兄ちゃんのバカ―!」
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