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砕けた空と浮いた大地
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中庭から出るため、古城の内部へ向かう。
荒れ果てた石畳よりもかつて花壇だった部分の方が歩きやすい。
数歩前を歩く彼女に声をかける。
「ねえ、マシロさんは…」
「シロナ」
彼女は振り向きもせずに私の言葉を遮る。
短く、しかしきっぱりとした返答。
えーっと。
次の言葉を探していると、ふと彼女が振り返った。
表情はいつものふんわりとした笑顔だ。
「シロナ、って呼んでください。
もちろん『マシロ』も大事なわたくしの一部です。
でも、あなたにもらったこの名前だって同じように大事なんです」
この子も意外と頑固なところがある。
随分と気に入ってもらえているようだ。
なんだかこそばゆい。
まあ、とにかく。
「あなたがそう言うのなら。
じゃあ、シロナ」
「はい!」
満面の笑みである。
別に楽しい話をするわけでもないのだけど。
「さっきので記憶は全部戻ったの?」
ちなみに私の方は変わらず。
記憶が戻る気配はない。
彼女と違い、忘れているのはここに至った経緯だけだが。
シロナは目を閉じ、ふるふると首を横に振る。
「いいえ。ほぼアリアの記憶で見えた範囲だけです。
関連する記憶も一緒に戻るかと思ったんですが…」
「そう。まあ一部だけでも思い出せたんだし、
それで良しとしましょうか」
彼女の記憶が戻っていれば現状の把握が楽なのだが、
思い出せないものは仕方がない。
アリアさんの記憶を頼りに城内へ。
記憶よりさらに一段と荒廃している。
アンデッドの気配はない。
耳鳴りがするほど静かだ。
…アリアさんのおかげだろう。
古城の出口へ向け、瓦礫が散乱した廊下を歩く。
城内の探索も考えたが、まずは出入口を確認するのが先決だ。
いざという時の退路があるだけで探索の安全さは変わってくる。
ふと思い至って口を開く。
「ねえ、シロナ」
「はい」
探索中ということもあり控えめな返事。
「アリアさんはどうして、
というかどうやって死後もアンデッドたちと戦ってたのかわかる?」
これを聞くのは無粋な気もするが、
今後の戦いでも似たような状況があるかもしれない。
同じ巫女として何か知らないだろうか。
「記憶の終盤の戦闘中、アリアは何か術式を使っていましたよね。
おそらく、あれはわたくしの力です」
「あなたの?アリアさんのではなく?」
「はい。
基本的に巫女はその二つ名以上のことはできません。
私たちの冷凍保存と復活ですらかなり例外的な力の使い方です。
自分の遺志を自分の死体が継ぐ、
という術式をアリアは使ったのでしょう」
なるほど。
引っかかっていた部分が腑に落ちた。
「自分の力は自分に使えない、
っていう制限も関係ないよね」
「はい。あくまでわたくしの力ですから」
疑問が生じる。
「そもそも、巫女ってお互いに力を受け渡しができるものなの?」
シロナは頷く。
「特に心を通わせた巫女同士は
力の一部を貸し借りできます。
ただ、無制限というわけではありません。
自分の力と親和性がある必要がありますし、
借りた力を使えるのは一度切りです」
アリアさんはリリーさんの力、【氷】は使わなかった。
さすがに【炎】とは相性が悪かったのだろう。
廊下の先に正面入口が見えてきた。
最後の攻防のせいか、特に損傷がひどい。
瓦礫を乗り越え、後続のシロナに手を貸す。
古城を出た私たちはあっけにとられていた。
眼下には城下町跡。
決戦の場だったからだろう。
ほとんど原形をとどめておらず、
ここからでもわかるほど大量の黒い粒子がそこかしこにあふれている。
それはいい。予想の範疇だ。
問題は…。
空がたくさんある。
違うな。なんと表現したものか。
空がつぎはぎのようになっている、というのが正確だろうか。
古城の上に広がる曇天。
城下町方面に目をやると、それは唐突に直線で区切られて終わる。
直線から向こうは満点の星空。
その星空も視線を右にやると真っ赤な夕焼けの空に唐突に切り替わる。
そんな具合に無数の異なる空が眼前には広がっている。
そしてもう一点。
城下町跡以外の地形がほぼなにも見えない。
本来であれば周囲の草原や森、地平線などが視界に入るだろう。
現状を踏まえるなら草木の生えない荒地でもいい。
しかし、なにもない。
本来は大地が広がるはずの位置。
そこには砕けて無数に散った空があるだけだった。
万華鏡でできた空の中に島が宙に浮かんでいるような光景。
幻想的ともいえる光景だが、
私はただ不気味としか感じなかった。
―――空が割れ、どこからともなく光が広がり、
一瞬のうちに生存者はアンデッドの仲間入り。
記憶の中、【予知】の御子の発言。
他の部分は定かではないが、
『空が割れ』という部分は現状と一致する。
なるほどね。
アリアさんは記憶の中で『世界が終わった』なんて言っていたけど。
荒れ果てたとはいえ大地はあったし、空も一つだった。
多少の生存者すらいた。
彼女は『世界が終わっていくのを見ていた』
というのが正確だったのかもしれない。
そして今。
…この世界はすでに終わっている。
荒れ果てた石畳よりもかつて花壇だった部分の方が歩きやすい。
数歩前を歩く彼女に声をかける。
「ねえ、マシロさんは…」
「シロナ」
彼女は振り向きもせずに私の言葉を遮る。
短く、しかしきっぱりとした返答。
えーっと。
次の言葉を探していると、ふと彼女が振り返った。
表情はいつものふんわりとした笑顔だ。
「シロナ、って呼んでください。
もちろん『マシロ』も大事なわたくしの一部です。
でも、あなたにもらったこの名前だって同じように大事なんです」
この子も意外と頑固なところがある。
随分と気に入ってもらえているようだ。
なんだかこそばゆい。
まあ、とにかく。
「あなたがそう言うのなら。
じゃあ、シロナ」
「はい!」
満面の笑みである。
別に楽しい話をするわけでもないのだけど。
「さっきので記憶は全部戻ったの?」
ちなみに私の方は変わらず。
記憶が戻る気配はない。
彼女と違い、忘れているのはここに至った経緯だけだが。
シロナは目を閉じ、ふるふると首を横に振る。
「いいえ。ほぼアリアの記憶で見えた範囲だけです。
関連する記憶も一緒に戻るかと思ったんですが…」
「そう。まあ一部だけでも思い出せたんだし、
それで良しとしましょうか」
彼女の記憶が戻っていれば現状の把握が楽なのだが、
思い出せないものは仕方がない。
アリアさんの記憶を頼りに城内へ。
記憶よりさらに一段と荒廃している。
アンデッドの気配はない。
耳鳴りがするほど静かだ。
…アリアさんのおかげだろう。
古城の出口へ向け、瓦礫が散乱した廊下を歩く。
城内の探索も考えたが、まずは出入口を確認するのが先決だ。
いざという時の退路があるだけで探索の安全さは変わってくる。
ふと思い至って口を開く。
「ねえ、シロナ」
「はい」
探索中ということもあり控えめな返事。
「アリアさんはどうして、
というかどうやって死後もアンデッドたちと戦ってたのかわかる?」
これを聞くのは無粋な気もするが、
今後の戦いでも似たような状況があるかもしれない。
同じ巫女として何か知らないだろうか。
「記憶の終盤の戦闘中、アリアは何か術式を使っていましたよね。
おそらく、あれはわたくしの力です」
「あなたの?アリアさんのではなく?」
「はい。
基本的に巫女はその二つ名以上のことはできません。
私たちの冷凍保存と復活ですらかなり例外的な力の使い方です。
自分の遺志を自分の死体が継ぐ、
という術式をアリアは使ったのでしょう」
なるほど。
引っかかっていた部分が腑に落ちた。
「自分の力は自分に使えない、
っていう制限も関係ないよね」
「はい。あくまでわたくしの力ですから」
疑問が生じる。
「そもそも、巫女ってお互いに力を受け渡しができるものなの?」
シロナは頷く。
「特に心を通わせた巫女同士は
力の一部を貸し借りできます。
ただ、無制限というわけではありません。
自分の力と親和性がある必要がありますし、
借りた力を使えるのは一度切りです」
アリアさんはリリーさんの力、【氷】は使わなかった。
さすがに【炎】とは相性が悪かったのだろう。
廊下の先に正面入口が見えてきた。
最後の攻防のせいか、特に損傷がひどい。
瓦礫を乗り越え、後続のシロナに手を貸す。
古城を出た私たちはあっけにとられていた。
眼下には城下町跡。
決戦の場だったからだろう。
ほとんど原形をとどめておらず、
ここからでもわかるほど大量の黒い粒子がそこかしこにあふれている。
それはいい。予想の範疇だ。
問題は…。
空がたくさんある。
違うな。なんと表現したものか。
空がつぎはぎのようになっている、というのが正確だろうか。
古城の上に広がる曇天。
城下町方面に目をやると、それは唐突に直線で区切られて終わる。
直線から向こうは満点の星空。
その星空も視線を右にやると真っ赤な夕焼けの空に唐突に切り替わる。
そんな具合に無数の異なる空が眼前には広がっている。
そしてもう一点。
城下町跡以外の地形がほぼなにも見えない。
本来であれば周囲の草原や森、地平線などが視界に入るだろう。
現状を踏まえるなら草木の生えない荒地でもいい。
しかし、なにもない。
本来は大地が広がるはずの位置。
そこには砕けて無数に散った空があるだけだった。
万華鏡でできた空の中に島が宙に浮かんでいるような光景。
幻想的ともいえる光景だが、
私はただ不気味としか感じなかった。
―――空が割れ、どこからともなく光が広がり、
一瞬のうちに生存者はアンデッドの仲間入り。
記憶の中、【予知】の御子の発言。
他の部分は定かではないが、
『空が割れ』という部分は現状と一致する。
なるほどね。
アリアさんは記憶の中で『世界が終わった』なんて言っていたけど。
荒れ果てたとはいえ大地はあったし、空も一つだった。
多少の生存者すらいた。
彼女は『世界が終わっていくのを見ていた』
というのが正確だったのかもしれない。
そして今。
…この世界はすでに終わっている。
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