ほんのり恋愛小説。

篠宮 楓

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雨の日の図書室は、外界から切り離されたかのように静まり返る。
 遠くのシャーペンの音でさえ、耳に届きそうな静けさ。
 私は、図書室のカウンターに就いて手元の文庫本のページを一定の間隔でめくりながら、本の世界に入り込んでいた。

 図書委員になったのは、正解だったな。
ぺらりとページをめくりながら、思わず目を細める。
 学年が上がって委員会を決めるあの日、周りの勢いに出遅れた私が黒板を見た時には、すでに残っていたのは図書委員と風紀委員だった。
 慌てて立候補をしたのは、私ともう一人の男子生徒。
どっちも譲らなかった為、じゃんけんで決めた。

どっちが勝ったなんて、言わずもがな。

ぺらりとページをめくる。

 「木下、おーいきこえてるのか?」

 風紀委員なんて、絶対私にはできないもの。

 「木下ってば」

どうやって、ちゃらちゃら学生に注意すればいいわけ?
 無理無理、話なんて聞いてくれないって。こんな地味子の言葉。

 「きーのーしーたー」

だから、あの人でよかったわけよ。
 背高いんだから、頑張って威圧感発現させてください!

 「佳月さん!」

 「何、おじいちゃん」

……あれ?
 思わず返答した言葉に、本に目を向けたまま首を傾げた。
なんでここにおじーちゃん?
 空耳か。

 途端聞こえてきた噴き出す声に、顔を上げた。
そこには、さっきまで自分の思考の中にいた男子生徒がお腹を押さえて笑いを懸命にこらえている姿があった。

 「新谷くん? どうしたの」
 彼が、私と図書委員を争った本人、新谷にいやけい
 確か百八十センチ超えてたんじゃなかったかな、身長。
 羨ましい。十センチくらいくれないかな。
……じゃなくて。

まだ笑い続けている新谷くんを怪訝そうに見ながら、開いていたページに指を挟んで本を閉じた。
 「なんでいきなり笑ってるの? ねぇ、聞いてる?」
 肩を揺らして笑い続ける彼に話しかけるも、返ってくるのはちょっと待ってみたいなジェスチャーのみ。
 待つのはいいけど、ここ図書室なんですけど。
もしかして、不穏な事を考えていた私の思考が伝わったとか?
わけないわけない。
 一人突っ込みを脳内で展開させながら、それでも笑い続けている新谷くんを見上げた。
こっちが座ってるから、余計ある身長差で首が痛いです。

 新谷くんは一通り笑いこけて目の端に溜まった涙を掌で拭うと、やっと手に持っていたメモを私の前に差し出した。
 「これ、課題で使いたいんだけど、場所どこら辺?」
 「ん? どれどれ」
それを受け取って、ざっと目を通す。
あぁ、課題って古文か。
いくつか並んでいる題名は、昨日でた古文の課題に使える資料だった。
が。
その紙を新谷くんに返す。
 「それ、今貸出し中だよ。残念無念、市立図書館ならあるかもね」
 「へ? 全部?」
 「うん、全部」
 新谷くんは少し焦ったように、上体を屈めてカウンター内にある検索システムの入ってるパソコンに手を伸ばした。
 「ちょ、何?」
そのパソコンは私の斜め前にあるから、体を乗り出されると必然的に私が後ろに下がらざるをえない。
キャスターのついた椅子を後ろに下げながら非難の視線を向けると、困ったような表情の新谷くんと目があった。
 「困る。俺、古文苦手。図書館に行った事があっても、古文とか文学とかそんなとこ見た事ない。ホントに貸出し中?」
 手を伸ばしてキーボードを叩こうとしたその手の上に、持っていた文庫本をのせて動きを止める。

 「ホントに貸出し中。私が借りてます」
 「えぇ? 木下が借りてるのかよ。古文得意のくせに、いらないだろ」
 「うん、課題のために借りたんじゃなくて、ただ読みたかったから一昨日から借りてるの。やっぱり返しておけばよかったねぇ」
 昨日、古文の課題が出た時に一応脳裏にはよぎったのだ。
 返した方がいいかなぁと。
 「なんで返してないんだよ」
 「それは読み終わってないから」
 端的に返せば、がっくりと肩を落としてカウンターに打ちひしがれてしまった。
ばさりと手に載せておいた本が、私の手元に落ちてきた。
それを手に取って、きちんと閉じる。

 「本好きの木下を俺はなめていたよ。課題でもなんでもないのに、古文借りていくとか」
 「じゃぁ、仕方ないね。市立図書館に行ってください」
にっこり言い返すと、言い返してくる言葉に詰まったのか恨みがましそうな目に見下ろされる。

うー、なんかちょっと可哀想だけど……。
 良心がちくりと痛む。
 貸してあげたいのはやまやまだけど、本は家だし今日は金曜日だし提出は月曜日だし。
 新谷くんが市立図書館に行くのが、一番手っ取り早いと思います。

 仕方がない事だと自分に思い込ませるように、懸命に正当化する理由を並べ立てる。
 新谷くんは諦めきれないのか、思案顔で手に持ったメモを見ていて。
 資料を変えるのかもしれない。
でも、多分そのメモに書いてあるのが一番わかりやすいと思う。

 「貸してあげればいいじゃない、木下さん」
どうしたらいいかなぁと内心考えていたら、準備室からひょこっと顔を出した司書教諭があっさりと提案してきて頭を横に振った。
 「貸すっていっても、明日土曜日ですし。古文の課題、月曜提出ですし」
 脳内で並べていた言い訳を口にすれば、新谷くんがため息をついた。
 「あー……だよな。わかった、ありがとう」
 「へ?」
 食い下がって来るかと思ったのに、あっさりと引き下がられて間抜けな声が出る。
 新谷くんはすでにこちらに背を向けて、ドアへと歩き出していた。

 「あら、いいの?」
 司書教諭の言葉に新谷くんは頷くと、私に対してひらひらと手を振って図書室を出て行った。
タンッ、とドアの閉まる音が聞こえて知らず体から力が抜けた。
 仕方がない事とはいえ、もやもやしたものが胸に残る。

 「まぁ、家にあるんじゃ仕方ないもんねぇ」
 顔だけ出していた司書教諭が、そう呟いて準備室に引っ込んだ。
それを見遣って、手元の本に目を落とす。

うん、仕方ない事なんだ。
だって、休みだし。

 「……」

 読みかけのページを開いて、文字に目を落とす。
 「……」
ぺらり
「……」
ぺら……
「はぁ」
 思わずため息をついて、本を閉じた。
 「どうしたの、木下さん」
 本を閉じた音に反応したのか、もしくは私の溜息か。
 再び顔を出した司書教諭に、ため息交じりに告げた。

 「ちょっと出てきます。その間、ここをお願いします」
 「りょーかい」


きっとこうなる事を見越して、顔を出したんだろうな。
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