紅に燃ゆる〜千本桜異聞〜

吉野 那生

文字の大きさ
20 / 22
第三幕〜吉野山〜

別れの時

しおりを挟む

私は走っていた。

桜舞い散る吉野の山を。


静御前の為、そして彼女が愛した義経様の為に。


***


「四郎にまだ、言ってない事があるの」

横川の覚範という人が来る前に、どうしても四郎に話しておかなきゃいけない事があったんだ。



「何じゃ、今度は。
我が妻は秘密の多い女子よ」



——まだ『妻」じゃないし!
てか、お付き合いもしてなければ、ちゃんとプロポーズされてないし、イエスとも言ってないし!


まぁ、今はその事は置いといて。



「これからの事なんだけどね」


義経様、弁慶、そして明言はしなかったけれど忠信様の未来は話したけれど、肝心の静御前の話はあえて避けてきた。

けれどこの状況となっては、隠してはおけない。



「静御前の事なんだ」

「静殿がどうした?」


言いにくい雰囲気を察したのか、表情が険しくなる四郎。



「静御前は義経様とここで別れて、その後鎌倉方に捕まるの。
そして頼朝の居る鎌倉まで連れて行かれる事になる」

「何じゃと」


四郎の瞳が怪しく光る。

それが気持ちの昂ぶった時や怒っている時だという事は、もう薄々分かってきた。


「史実では、鎌倉に着いた静御前は頼朝の前で舞を強要される。
で、義経様が恋しい、あの頃に戻りたいと歌いながら舞を舞うの」

「…まさかと思うが、静佳がそれをするつもりか?」


黙って頷くと、四郎はさらに怖い顔をした。


「権力者・頼朝の前でそんな舞を舞う。
それはある意味、挑発…ううん、自殺行為。

でも、それでも静御前はそうしたんだよ。


白拍子のプライドか。
義経様への愛か。


多分、両方なんじゃないかな。

か弱い女の身で、自分にできる最大限の抗議だったのかもしれない。


私は白拍子では、正確に言えばないし、義経様を愛している訳でもない。

でもね、静御前の気持ちは分かる気がするんだ」



愛する人と引き裂かれた悲しさ。

その人が罪人として追われる切なさ。

敵ともいえる人に舞を強要される悔しさ。


そして、愛する人を永遠に失う辛さ。



全ての原因となった頼朝の前で、あえて鎌倉の繁栄を祈るのではなく、義経を思って舞う静御前の強さ。


それを見せつけてやりたいと思うのは…私のエゴかな?

せめて一矢報いたいと願うのは…間違っている?



「……止めても行くと言うのだな?」

「うん」


即答すると、四郎は頭を抱えてはぁーっと溜息をついた。



「それで静御前が殺される事はないわ」

「だからお前も大丈夫と?
何故そう言い切れる?
仮に命はあったとしても、女子として辛い目にあうかもしれぬではないか」


それは…そうなんだけど。

でも、やっぱりそうしなくちゃいけないと思うの。


「この、頑固者が!」



呆れたような、怒ったような声なのに。

両手を伸ばすと、四郎は私を抱きしめた。


***


夜討ちの件については、前もって四郎が知らせてくれたおかげで、対策を取る時間は十分にあった。

横川の覚範が気が付いた時には、四郎の幻術によって仲間と引き離され、単身河連様の屋敷に引き込まれていた。



寝静まっていると思いきや、襖や障子が開け放たれ燈台が立ち並び、庭にも松明が焚かれ昼間のように明るくなる。


寝込みを襲うつもりが、謀られたのは自分の方。

そう悟った事だろう。



そして、義経様の口から語られた真実。

それはたった一人乗り込んできた覚範が、実は平氏最後の生き残り能登守教経であるという事だった。

更に、教経は忠信様にとって実兄・継信様の仇でもあった。


継信様は壇ノ浦で飛んできた矢から主君義経様を庇い、亡くなったという。

その矢を放ったのが教経。



「能登守が兄の仇とは」


そうと知った忠信様に、義経様は仇討ちをお許しになった。


けれど平氏の中でも剛の者として名高い教経相手に、苦戦する忠信様。

最初こそ互角の戦いをしているように見えたけど、次第に押され気味になってきた。


見ているこちらは当然ハラハラする。



——だって!
違うとわかっているけど…忠信様と四郎、そっくりなんだもん。


斬りつけられるたび、血飛沫があがるたび、悲鳴を必死に飲み込む。



遂に教経の刃が忠信様の脇腹を切り裂いた!


咄嗟に目を瞑った私を片手で抱き寄せると、四郎は何か低く唱え始めた。

その身体から、金色のオーラが立ち上る。



次の瞬間、苦痛に満ちた呻き声が…そしてドサリと何かが倒れる音が聞こえた。



「…四郎?」

恐る恐る尋ねる私に

「忠信殿が教経を討ち取った」

四郎は事もなげにそう言った。




ホッとしたのもつかの間。

今度は鎌倉方の討手が押し寄せてきたと、河連様が現れた。



「次から次とまぁ、騒がしい夜である事よ」


苦笑を浮かべている義経様。


こんな状況で笑えるって…どんな精神力?

「歴史」を知っている私は、ここは切り抜けられると分かっているけど…。
当の本人にとっては、笑い事ではない状況な訳で。

それでも笑って、どんな状況でも楽しめる義経様もまた「強さ」を備えている人。

だからこそ、静御前が惹かれたんだろうな。



「義経様、姉様に代わり「静御前」と名乗る事、どうかお許しください」


そんな静御前が愛した人の為なら。
そして…それこそ私がこちらに呼ばれた理由であるのなら。


「お静殿?」

「静御前が言っていました。
義経様は抗う事をやめない、決して諦めない人だと。

『静御前』の名に群がる者もいるでしょう。
その隙にどうぞ逃げ延びてください」



静御前を看取った時から、覚悟はできている。


「しかし、何故…」

「貴方の為じゃないわ、貴方を愛した静御前の為」


キッパリ告げると、隣で四郎が肩を震わせた。




「四郎殿、先程の不可思議なご助力貴殿であろう?
感謝いたす。
ついでに貴殿が殿より賜った『源九郎義経』の名と御着長、お譲りいただけまいか」

四郎と私の傍へ近づいて来たのは忠信様。



「殿の名と着長…忠信殿、まさか」

意図を察した四郎に、忠信様はニヤリと笑ってみせた。


女子おなごに負けておられようか。
殿のおんため命を投げ出す覚悟、元よりできておる」


——別に、私は命を投げ出す覚悟まではしてないんだけど…

とは言えない。



けれど四郎への恩返しと義経様の為、『源九郎義経』の名と鎧を借り受け、散る覚悟を忠信様が決めた事はわかった。


***


義経様の鎧兜を身につけた忠信様は館の正面に、私と四郎は裏手から。


あえて正々堂々と名乗り注意を引くつもり。




ドーンドン!

表門で、用意の太鼓がなった。

今頃、館を取り囲んでいる鎌倉方の前で忠信様が名乗りを上げているだろう、



「いくよ、四郎!」

裏門の方には人影はまばら。
包囲されるには至っていなかったらしいわね。


夜が明ける直前の薄明るい吉野のお山。

桜吹雪の中、真新しい水干に緋袴を身につけ
初音の鼓を手に走り出す。


それに気づいた討手がわっと大声をあげた。



ある程度、館から離れた小さな堂の前で振り向き

「静はここにおる!」

大声で名乗ると、辺りは水を打ったように静まり返った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

処理中です...