お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第58話 出立準備06

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武装の調達は間に合った。
間に合わせてくれたと言ってもいい。

王城の武器庫への案内はノイツェが担当してくれた。

「一番大事な時に…。足を引っ張って済まない」

「大丈夫です。俺も、セルダさんに指摘されるまで抜けてましたし。本当に英雄が味方で良かったです」
「ノイツェさん。ラフドッグで気絶してましたからねぇ」

「グッ…。英雄との接見を逃してしまうとは、胃が返る程に悔しい。あぁ悔しい」

「何時ぐらいから操られてたの?」

「そうだな…。二人がアッテンハイムへ向かう前の、見送りを済ませた後からだと思う。その後の記憶もしっかり残っているのに、自分が自分でないような。
そんな曖昧な感覚だ。

…さぁ着いたぞ」

開かれた大扉の中は、とても立派な保管庫。

「機動性を重視して、中剣が二千五百。
小盾が二千五百。軽量鎧と兜も二千五百。
射程は短いが精度が高い小弓が五百だ。
矢筒までの用意は無い。

形状はマッハリア仕様に似せている。あちらでロストしても足は付かない程度にな」

「有り難う御座います!陛下にもそうお伝え下さい」

「勿論だ。これ位しか出来なくて済まない気持ちだ。
陛下も心を入れ直し、本気になられた。
タイラントはもう心配ない。君たちは前だけ向いて戦え。
そして勝ってくれ」

「はい!」
「段々と。緊張してきたね…。これが、戦争の準備」

「戦わない私が言える言葉ではないが。気負いは失敗の元だ。ま、二人なら問題ないだろう。

それで。私はここで立っているだけでいいのか?」

「そこの空いてる所で立ってて下さい。
最初は時間掛かると思います」


それから父上の屋敷に飛び、3つの倉庫に向い計6往復した。

本当はもう少し少なく出来たが、盛大に物音を立てる訳にもいかんので。

最後に帰って来た時。
「ポーチの扱いにも慣れて、転移の道具まで使い熟す。
君たちなら東大陸でも充分にやって行けるのではないかな。…私は行った事はないが」

「明日にエドガントさん辺りに聞いてみます。
ノイちゃんは明日来る?」

「勿論。何を差し置いても行くとも。君たちの披露宴は逃してしまったし。男だけと言うのが残念だが」

「偶にはいいでしょ」
「待ってまーす。とは言っても私は行けませんが」


明日の夕方に何を開くか。
それは身内を集めての、細やかな出陣式である。

細やかな?…まぁいいか。




---------------

女子会の場所は、ロロシュ邸内の自宅。
男子会はカメノス邸の宴会場。

女子メンは、新王女メルシャン様にミラン様。
俺たちの手料理なんか食わせて大丈夫なのかと何度も聞いたが、何故かOKが出た。マジかよ…。

他はシュルツ、メルフィン、ペルシェ、ライラ、ニーダ
友人兼給仕役としてアローマと
助っ人のお隣さんからキャライさん

と、豪華な顔触れに萎縮中のレーラさん
(同じ状況のペルシェとニーダとで慰め合っていた)

子供たちはカメノス邸預かり。



仕込みは昼過ぎから始まった。

「えー。本日の料理人担当を務めますスターレンです」
「助手の妻フィーネです」

「お隣のカメノス邸で男子会が始まる前に完成させる所存です。この国の未来を担う方も多数含まれていますので。
全品しっかりと火を通したいと思います」
「思います」

「まだ開始前で仕込みの段階なのに!」
「なのに?」

「既に女子の予定者全員が集まり、建物の外は近衛兵がひしめき合って凄い事になっていますが。
そんな雰囲気に負けずに頑張ります」
「頑張ります!」

「念の為。カメノス商団様から提供頂いた胃薬もご用意しております。万が一お腹が痛くなったら飲んで下さい。
そして、打ち首だけはマジで勘弁して下さい」
「お願いします!」
「「何の問題もありませんわ!」」


「安心しました。
さて。調理に入る前に。ニーダちゃん」
「はい!」

「俺たちからこれまでの功績と慰安を兼ねて、何かプレゼントをと考えていましたが。
俺たちから貰ったとバレれば、女子寮でイジメられちゃう事受合いなので。本日の食事でその代わりとします」
「それだけでも有り難き幸せです!」

「はい。本日のメインは。
女性に嬉しい、脂肪分控え目のシーフードカレーです」
「婚礼式で出たスープカレーとは違うのですね?」

「今回はクワンちゃんに涙を吞ませ、了解を得て作った鶏ガラスープを煮詰め、小麦粉と牛乳で各種スパイスを練り込んだ。ドロッとしたタイプのカレーです」
「それは私も初めてです。楽しみですね」
「…クワァ…」

「本来であれば。麦飯などに掛けて食べるのが俺の理想でしたが、流石にそれでは出せませんので。
本日はこの邸内の本棟の料理人が作った柔らか食パンを添えたいと思います」
「流石に丼飯は私も躊躇してしまいました」

「先ず最初は。微塵切りにした玉葱を、オリーブオイルで狐色に成るまで炒めます。お願いします、フィーネさん」
「何事も最初が肝心ですからね。慎重に焦さないよう頑張ります」

「フィーネさんが炒めている間に、隣で一口大に裁いた馬鈴薯、人参を。同じくオリーブオイルで炒めます。
ここで外面をしっかり目に焼かないと、後の煮込みで煮崩れしてしまうので。こちらも気が抜けません」
「そうですねぇ」

「全ての炒めにバターを使用しても良いのですが。重ねる程に諄くなり、胸焼けの原因にもなるので。今回は使用を控えます」
「女性目線で嬉しい気遣いです」


「次にメインとなる魚介。冷蔵庫の中身を消化する上でも今日で使い切る所存です。
ラフドッグで購入した海老、烏賊、帆立を湯戻ししてから薄い塩胡椒で炒めます」
「内陸では手に入り辛い品々ですから。内容は豪華だと自負しております」

「海老の殻と尻尾の部分。烏賊の下足と内臓。
帆立外周の紐や肝等の部位は、カレーの苦みを大幅に変えてしまうので。全て自分たちで明日消化します」
「それはそれで楽しみです」
「明日も食べに来ます!」

「育ち盛りのシュルツらしい元気なお答え有り難う御座います」
「太っちゃうぞぉ~」
「…運動します!」


「続いて。
炒め終わった野菜と魚介類を大鍋に移し、
水を具材が充分に浸るまで入れ一煮立ち。
煮立ったら、ノイちゃん秘蔵。年代物の赤ワインを…。
並々と注ぎたい所ですが。
未成年者も居ますので、控え目に注ぎます」
「酒精は飛ばせても、余り子供には宜しくないですから。
仕方がありません」

「酒精が飛ばせた段階で。
いよいよカレーの素となるペーストをふんだんに投入」
「スパイシーな香りが漂って来ましたぁ」

「ここから。味が馴染むまで鍋底が焦げないようコトコト煮込むだけなのですが!」
「が?」

「最後の隠し味に。何と、竹炭入りのチョコレートをカレーに加えます」
「何かと女性に嬉しい竹炭と、チョコレートの香ばしさが相まって。より香りが引き立ちますね。
汚い話ですが。正直口の唾液が止まりません」

「それはグッと堪えて頂いて。
フィーネさんに鍋を管理して頂いている間に。
お摘まみ兼、付け出しの本鮪の切り身を!」
「切り身を!」

「お刺身は無理なので。
岩塩と炒り黒胡麻を丁寧に擦り合わせた胡麻塩でソテーしたいと思います」
「生食は食中りの原因にもなりますからね。幾らメルシャン様の強い希望でも、叶える事は出来ませんでした。
ご了承下さい」
「いつかラフドッグまで冷蔵庫が回ったら。王宮で取り寄せさせます。ええ絶対に。その時までの楽しみにしておきます。料理人の反対を押し破ってでも必ず食します!」

「意気や良し。全て自己責任でお願いします。

焼き上がりましたので、配膳をお願いします。
アローマさん、キャライさん」
「「ハッ!」」

「鮪のソテーは。テーブルに据えた、粗潰しの黒胡椒を振り掛けると味が変わりますのでお好みで」



ミラン様の唱和と食べ始めを待ち。
女子会スタート。

鍋を回していたフィーネと交代。
「フィーネも行ってきな。
後、ポテトフライどうする?」

「ありがと。
ポテトは様子を見てマヨは無しで作る積もり。その時はアローマさんにも手伝って貰うから大丈夫。
鍋ごめんね」

「いいっていいって。カレーが残る事を祈ります」
「それは…解んないなぁ」

少しだけ食べて行こうかなぁ。
無くなりそうな予感がするし。

テーブルはフィーネも加わり、和気藹々。
華々しい女子会だ。

完成間近のカレーを小皿に取り味見。
美味い!

少しだけ塩を足して整え、完成。


様子を見に来たキャライさんが。
「素晴らしい。と言う言葉では言い尽くせない光景です。
国の頂点と平民が。こんなにも近い距離に居る。
どんなに栄えた国の歴史を紐解いても、こんな事は有り得ません。

これを為したのは。間違い無く貴方様とフィーネ様です」

「俺の理想を押し付けただけです。
フィーネが心許せる友達が欲しかった。結果が偶々こうなっただけ。

理想で言えば。マッハリアこそこうであって欲しかった。
あの国は、城と城下の距離が離れ過ぎているんで。

それより済みません。こっちに引っ張ってしまって」

「何を仰いますやら。この様な場に居合わせられるだけでも光栄の極みです。
一邸宅の従事者。侍女である私が。
新たな王女様と王妃様に、お二人が作った料理をお運び出来る。この誉れ、感謝の念に堪えません。

今は泣けませんが。夜にはきっと号泣しています」


「それは俺も肩を抱いてあげ…」
フィーネの殺気を感じた。

「セルダさんに慰めて貰って下さい。

カレーも出来上がりましたので。配膳お願いします」

「スターレン様にならセルダも許しますのに。
…至極残念です。

アローマさん。カレーとパンの配膳を」
「はい!只今」

次々と深めのお皿に取られて行くカレー…。
それが台車に乗せられて運ばれる…。

こりゃ残らんな。また何時か挑戦してみよう。


「それではミラン様。皆様。
狭い家ですが、心行くまでお寛ぎ下さい。

じゃあフィーネ。隣行って来るよー」

「行ってらっしゃーい。飲み過ぎ?
飲ませすぎ注意ねー」

皆が手を振ってくれた。


幸せだ。俺、今夜通り魔に刺されて死ぬのかな…。
「またまたご冗談を。それ、好きなのですね。智哉は」
好きな訳あるかーい。



女性だけの楽しげな我が家を出ると。
玄関前でソプランとカーネギが待っていてくれた。

「料理なんて誰かに任せりゃいいもんを。
好きだねぇ、お前も」
「これが、カレー?良い匂いだ。食えないのが、残念」

「料理が趣味なんだよ。大きなお世話だ。

カーネギさんも。みんなの奥さん候補にレシピ回しときますんで。それ程難しくもないし。
候補者さんにお強請りしてみて下さい」

「そうする」

ソプランが伸びをしながら。
「さぁて。明日は俺も休暇貰ったし。
久々に飲み倒すかなぁ」



近衛と警備兵が並び立つ間を、3人でのんびりと歩き。
ロロシュ邸を後にした。




---------------

カメノス邸に着く頃には丁度いい時間。

会場に入るなり、久々に見るモヘッドと元上級3人が固まっていたので。早めに文句を言いに行った。

「モヘッドさんと皆さん。お久し振りです。
何か、俺の噂が東大陸に飛んでるって耳にしましたけど。
どうなってるんですか」

「いやぁ…。お久し振りです。
アッテンハイムの件を知らぬ存ぜぬで押し返していたら。東大陸西部のギルドから鳩が飛んで来ちゃいましてね。

何だか強い奴が居るらしいじゃねぇか!誰だ!
どんなだ!って言うんですよ」

エドガントさんが加えた。
「そっちは無視すると。問い合わせが北にも行ってしまうってんで。仕方なく情報流して食い止めたんだよ。
マッハリアだけには飛ばすな馬鹿野郎ってな」

そうだったんだ。

「あー成程。それは助かりました。
いやぁ良かった。ヒヤヒヤしましたよぉ。
一安心です。気を遣って貰って済みませんでした」

再びモヘッドが溜息混じりに。
「こっちの本部への問い合わせには一切答えてくれないのにねぇ。ホントギルド職員として嫌になります。
あっちは脳筋ばっかで困ったもんです」

通りで連絡が無かった訳だ。

最果ての町。…面倒な人が多そうだなぁ。

「後。南西の大陸で新種のダンジョンが見付かったとか聞いたんですが」

「それは最近になって家のギルドにも回って来ましたね。
なんでも…死霊系の迷宮らしくって…。
本物のレイスが出るって噂です。

当然そんなの攻略なんてされてませんが」

死霊系の魔物の中でも。
倒す手段が限られる厄介な霊体の魔物だ。
詰りは幽霊。

「うわぁ。それは嫌だな。
あっちに行ったら覗いてみようと思ってたのに」

ギークが答えてくれた。
「直ぐには行かない方がいいだろうな。

東でも、得意で狩ってるのは極一部の隊だけだ。
暫くすればそいつらが出張るだろうから。

それまで待った方がいい」

「そうします」

デュルガも。
「本当に行く時が来たら連絡をくれ。

まだ生きているなら、その隊に俺の昔馴染みが居る。
お前の連絡を受けてから調べてみる」

「有り難う御座います。その時は頼らせて貰います。

でも。
先ずは中央を片付けないと何処にも行けませんがね」

「ギルドとして。戦争には加担出来ません。
内状の一部を知る者としては、協力出来なくて申し訳ない気持ちで一杯です」

「それは仕方ないですよ。ルールですから。
逆に手出しされた方が迷惑って言うか。計画グチャグチャになるんで。静観で正解ですよ」

「そう言って貰えると。少しは気が楽になります」

エドガントが割って入る。
「そんな先の話はお前が戻ってきてから幾らでも聞いてやるよ。まあ飲もうや、今日位は。高級酒タダで飲めるって聞いてんだ。

早くしろよ。主役のお前待ちになってんぞ」

振り返ると、予定者が全員集まってこちらを見ていた。

やばいやばい。

慌てて段上に上がりご挨拶。

「これまで皆さんには色々な方面で助けて頂きました。
ご迷惑も沢山掛けました。改めて感謝と謝罪を。

詳しくは割愛しますが、俺と妻で数日中には故郷へと帰ります。

生きて帰って来られたら。また皆で飲みましょう!」

「乾杯!!」


酒宴は夜更けまで続いた。

恐怖はある。不安だらけだ。

もう後戻りは出来ない。失敗は許されない。

この夜の酒は、とても苦い味がした。
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