お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第62話 地下施設攻略戦02

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動きが確認された翌早朝。

完全武装状態でフィーネはソラリマを装備。
上から外嚢とマントをそれぞれ被った。

クワンは東部隠れ家の屋根で待機中。

3つ折れ路地を入った所の鋼鉄の扉。それが最初の扉。

クワンが飛び立つのと同時。

扉周辺にサイレントを掛け、鍵を開いた。

クワンの飛び込み、フィーネの肩への着地を待ち。
扉を中から施錠。

中は開けた空間が広がり、天井各所には白色ランプが輝いていた。

目的の中央付近にはたった1つのブースがポツンと。

楽勝…?

そんな感想は後でいい。

入った東方面に散っていた赤色の首を一気に刎ね飛ばし、
それ以外の目が合った人々には人差し指を口に当て、
その場に伏せるように促した。

その人の横を通り過ぎる時、助けた人が俺たちの進路を塞ぎ首を横に勢い良く振った。

近場のもう1人が、中央を指差し、片手で地面をノックしていた。同じく首を振って。

感知センサー!?

危なかった。楽勝な筈が無い。

その2人に親指を立てて見せ、フィーネを小脇に抱えて中央手前の太い柱にロープを巻いて飛んだ。

海上でマストに飛び移った時と同じ要領だ。

サイレントを掛けながら、ブース手前に着地。

そこの扉には日本語で大きくこう書かれていた。
「使用中。絶対に誰も入るな!」と。

誰に対して言っているのか理解出来ない…。

サイレントを継続して扉を解錠。

引き手で開くと同時に、初対面の男の首が宙に舞った。

室内内観の確認は後。

フィーネが首から下をミンチに降ろしている間に、
驚きの表情を見せるそいつの生首をロープで摘み、
見開いた両眼を女神の中剣で刳り貫いた。

片方は生。片方は義眼!!

生首を転がして、義眼を消毒液で洗浄。

「ロイド!ベルさんはどうなった!」
「奴の心臓破壊と共に、転生門を無事に潜りました。
彼の最後の伝言を伝えます。

薬の半分は残しておくと後に一手間省ける。
黒革の鞄の中にはきっと良い物が入っている。
破棄はしない方が良い。

それと。折角見逃してやったのに!私を破壊するとは何事だ!!余計な真似をするからこうなる。
と奴に伝えて欲しいと」

「了解だ!ベルさんは無事に門を通過。このガタガタ五月蠅い下顎と眼球そっちに投げるから処理を頼む」
「オーケー。何時でも!」

切断した顎と眼球を後ろに放り投げ、生首の髪を掴んで室内を見聞。

全裸に剥かれた2人の女性から目線を外して…

センサー類の主電源を全てオフに引き下げ。
室内脇のデスクの上には見慣れた小瓶を発見。

デスクの反対の空間には、透明な溶液入りの水槽。
人体が丸々入るサイズ。

顔を寄せて臭いを確認。

酢酸の臭い……ホルマリン溶液!

生首を投入後。万寿の樹液を半分、
首周りに注ぎ込んだ。

ベルエイガさんの伝言を伝え。
「人間って中々しぶとくてなぁ。生首になっても、
数分は生きられるらしいんだわ」

生首の頬が震えた。

「お前、ステ高いから何分生きるんだろうな…
しかも薬を原液で半分入れてやったから、
1年か10年か…、百年か!千年か!!

お前はその中で!己の死を待侘びながら!
お前の大好きな!女神様に許しを請え!

許される筈はねえがな!女神様が愛した!
魔王様を!目の前で殺しちまったんだからよ!!

お前は阿呆だ…。じゃあな」

震える生首を放置し、水槽に固く蓋をした。


涙汲むフィーネに駆け寄り、
手を消毒してから抱き寄せた。


「大丈夫かフィーネ」

「うん。…お母さんの遺体は解放出来た。
残ったのはあの子だけ」

クリア後に服を着せられた気絶中の少女に向い、その肩に手を置いた。

名前:ペリーニャ・ストラトフ
性別:女性
年齢:15歳(誕生月:11月中旬)
特徴:女神教団教皇グリエル・ストラトフの長女
   真贋の瞳を所有

少女の面影は、女神様の彫像と良く似ていた…。

「この子…。教皇の娘さんだ…」
「…酷い事するね…」

考察は後回し。
室内を見渡して黒いケースと物品を回収した。

室内は謂わばオタク部屋。
壁の各所には女神様のポスター。
奥の陳列棚にはスタプ時代に彫った彫像が数点。
後は我楽多ばかり。

こいつ…。あの頃から俺を認識していたのか…。


ケースの中身の確認も後。それはリュックに収納。

義眼を握った。

名前:白亜の義眼(古代兵器)
性能:任意の場所に瞬間転移できる
   魔力消費:2割/1回
   座標条件:装着者が行った事の在る場所
   座標軸:記憶した場所。誰も居ない平場
   同時搬送可能数:最大1000名+装備品
   (紐等で締結された状態で装着者と接触)
特徴:転移秘宝の1つ

「凄い…。一度に千人まで転送出来るぞ、これ…」
「良かったぁ。…気持ち悪くて壊すとこだった…。
お手柄だね。クワンティ」
「クワッ!」

「ペリーニャは特別に先に外へ送る。でもまだだ。
1層の全通路を塞いで層内の安全を確保してから」
「ええ。塞いで回りましょう」
「クワッ」


ブースの外に出て、旅中に確保していた大岩で四方を塞いだ。

東で平伏していた人員に声を掛けた。

「罠は解除した。君たちは北東の扉から逃げろ。
数時間後に地上で内戦が起こる。それまで口外はしないで欲しい。
地上へ繋がる通路は全て内側から塞ぐが心配はするな。

この地下の人質と捕虜は後に必ず全員外へ出す」

「わ、解りました!」

「走れ!」

走り出す数人の大人たち。名残惜しそうに南西方向を振り返る者も居た。

苦渋の決断をさせて済まない。


「クワンティ!高い位置を飛んで西側を確認してくれ。
上からの侵入者が居たら押し返して周囲の壁を崩せ」
「クワッ!」

クワンが飛び立った後。フィーネと分かれて東と北東扉を大岩で塞ぎに向かった。

ペリーニャはフィーネに抱えさせて。


扉2つを塞いだ後。

中央ブースまで戻り、西側に設置させていた螺旋回廊を確認した。

上下に連なる一本螺旋。

「フィーネ!螺旋の上側を破棄。上の穴をリバイブで盛大に塞いでくれ」

ペリーニャを地面に安置して無言で跳躍。


そちらを任せ鑑定を展開。

一層目に敵影無し、動く者も居ない。
魔人の影も見当たらない。

縦を確認。

4層目の更に下…。5層目に大きな赤斑点を発見した。

天井の処理を終えて戻って来たフィーネに。
「5層目があった。赤色の大きさからすると…」

「お父さんの器ね」

「だと思う。造ってみたが、強すぎて扱いに困ったんだと思う。4層までの浄化確認が出来たら、最後に解放しに行こう」

「了解」

「クワンが戻る前に西扉の処理を頼む。螺旋の下側は俺がやる。1層の西側には誰も居ない。遠慮は要らない」

頷いた後。走り去った。


ペリーニャの呼吸は安定している。

もう一度鑑定しても、身体の異常は見られなかった。

が、念の為彫像で浄化を掛けておいた。


螺旋回廊を振り返る。

逡巡したが、今は簡易的に岩で塞ぐだけに留めた。


その作業が終わる頃には、フィーネとクワンが中央部に戻って来た。

クワンの身体は全身血塗れ。
「無茶させてごめんね」
フィーネがクリアを施した。

上に伝わるのは時間の問題か。


ペリーニャの瞳が開かれる。

落ち着いた眼差しで、戸惑いは見られない。

「ペリーニャ様。現状をどの程度把握されていますでしょうか」

2人で彼女の前に跪いた。

「お止め下さい。正しき方々。
私は救われた身です。浄化まで掛けて頂き感謝を。
どうか楽になさって下さい。

スターレン様。フィーネ様。クワンティ様。
聖剣…?ソラリマ様。

有り難う御座いました」

真贋の瞳…。心の奥を覗かれているようだ。

「大丈夫です。各個人の秘密にまで触れる事は出来ませんので。ご安心を」

「良かったぁ…」
「スタン。口から出てるって」


「では呼捨てます。ペリーニャ。
君がここへ連れてこられたのは?」

「大体二年前です。あの狂った勇者は下臣たちの隙を突いて父の下より私を直接奪いました。

この身が穢される事はありませんでしたが。
反吐が出るような目で私を視姦し続けました。

あれに対して慈悲の心など持ちません」

気持ち悪ぃ…。

3人で身震いしてしまった。


「次に。君を一旦優先して外に」

「いいえ。それはまだ早そうです。
私はこの層で。人質たちと共に居ます。脱出最後まで」

「引き渡す…。聖騎士軍の中に、裏切り者が?」

「違います。彼らは皆、清い信者たちです」

彼女は天井を見上げ。

「私の無事が伝わった瞬間に。王妃の首が飛びます。

それではお困りになるのでは?」

何処までも聡明な人だ。

「そ、その通りでした…」

「私も檻に入り、彼らを癒やします。
フィーネ様程ではありませんが、浄化と治癒の魔法が使えますので。

そこで。スターレン様が持つ薬と食料と衣服…。

フィーネ様の方の…簡易トイレを…
お借りしたいのですが…」

男の俺が使った方は嫌だよな。

「いえ!決して嫌とかではなく…。

スターレン様が使用された方でするのは…
気恥ずかしいのです!」

頬を朱に染める聖女様。

「あ、そうですね。…存分に使って下さい。
後で設置します」



各層の檻は南西部の一角にしか無いようだった。

ペリーニャをフィーネがお姫様抱っこで運んだ。

檻全体に彫像の浄化+フィーネのクリアを施す。

意識のある皆が怯えていたが、最後は聖女様の説得に応じてくれた。

果物と薬と衣類は適量を置いた。

最初に全部渡してしまうと、使い切ってしまう恐れがあった為。



檻から離れた場所で少しだけ作戦会議。

「目標の半分は達成出来た。聖女様も奪還。
成果は上々。だが地下はまだまだこれから。
1層の安全を確保する上でも、今日中に2層までは浄化したい」

「異議は無いわ」
「クワッ」


「仮で封じた3つの扉と、クワンが見付けた連絡路をリバイブで完封して欲しい。その間に俺は義眼で使い心地を試して来る。スタルフとサンにも少し話をする」

「了解!」
「クワッ!」


フィーネとクワンと一旦別れ、
単独で館のリビングへ飛んだ。

使い勝手は指輪と同じ。座標を立たせなくていいのは有り難い。

変態勇者の目に入っていたと考えてしまうと汚くて捨てたくなるが、それはやってはいけない。


リビングには丁度スタルフとサンが居た。

地下の状況を掻い摘まんで説明。
父かペリルが戻って来たら伝えて欲しいと頼んだ。

「兄上!僕も戦いに」

「サン!こいつを縄で縛って地下へ放り込んでおけ!

お前は自覚を持て。それは勇気じゃない。

犠牲になった者たちへの冒涜だ。

お前は生き残るのが使命。命を捨てるな!」

「はい!」
「クッ…」

悔し涙を流す弟を無視して地下へと戻った。


元の位置に戻れた。
性能に申し分なし。

戻ったフィーネに心配されてしまった。

「どうしたの?目が赤いよ」
「スタルフがな…。少し我が儘を言ったから、怒鳴りつけただけさ」

「そっか。西側の北寄りに上下階段があったから、上下共に完封。大きな通風口は端っこの壁にしかなかった」

「魔力の損失量は」

「大体一割半ってとこ」

逆にもうそれだけ減ったのか。やはりリバイブは損失が大きいな。

「解った。どう足掻いても今日は2層までだ。行こう」


螺旋回廊に戻り、仮置きの岩を退けた。

接近する人影は無い。


2層の踊り場から、フロア内を覗いた。

「回廊付近には大小の赤色しか見えない。…魔人を救うのは欲張り過ぎかも知れないな。

取り敢えず三方向に散開して、大きく左回りに。1周したら一旦休憩しよう」

「はい!」
「クワッ!」


俺は左手。フィーネは入って正面。クワンは右手上空。

ロープは徘徊する腐りかけ魔人にも有効だった。

数体の魔人を捕縛して、状態異常を解除してみたが…。
結果は最悪。全て解除後に苦しんで絶命してしまった。

リーチが長いようで短いフィーネは自己の素早さでカバーしていた。

単一攻撃しか手段の無いクワンが苦労していたが、それはフィーネが遅れて処理した。


中央付近の敵を一掃後。
回廊の踊り場で休憩。

『一ついいか』
休憩中に、フィーネが装備中のソラリマが喋り出した。

「何だ?ソラリマ」
「何?」

『上の層であの塵屑を処理した時。不意に初代聖剣と対峙した時の光景が浮かんで来た。
塵屑は聖剣に魔力を込める事で、刀身部のリーチを伸ばしていたような光景だ。
フィーネは行き成りはやらない方がいい。ここを丸ごと両断し兼ねない。
今じゃなくてもいいが、一度スターレンが持ち替えて試してくれ。光である聖属性を刀身から引き延ばすようなイメージだと思う』

「解った。ありがと。
この2層で次に赤色集団に出会したら試してみる。

その時2人は少し離れていてくれ」

「…馬鹿にされてる気がして気に入らないけど。
解ったわ」
「クワッ」


休憩後。
2層の踊り場から最下層まで降りて、全ての回廊の出入り口を岩でリバイブして完封した。

「うっかり下塞ぐの忘れてたぜ」
「危ない危ない。
入る時はハンマーかソラリマで壊しましょう」


2層に引き返し、中に入ってから入口に岩を設置した。


北西方向に赤色集団を発見。

早速ソラリマを持ち替え、前後の距離を保って刀身部を顕現。光を纏わせ引き延ばした。

グングンと魔力が吸われて行く感覚。
一時的な虚脱感に近い。

剣先から光が伸びる。鋭利な刃物を引き延ばす。

リーチは倍。腕に掛かる重さの変化は無い。

丸で何も装備していないような。


魔力残量を確認しながら振り抜いた。

造形に500。一振りに200。

安全圏は連続6振り。6連撃。

時間操作:前1

数歩下がった所からの再起動。

ロープの回復はやや遅れて間に合った。

更に長さを倍。初期からの4倍。

それでも消費量は変わらず。

そこで戦闘は終了した。


「長さでは消費量は変わらず。500。
振り抜きの度に200を消費して行く感じだな」

「ん~~。ごめん、よく解らない」
「クワァ?」

「フィーネで言うと…最初の振り抜きまでに1割以上が飛んでく」

「それって…私たち使えないじゃん。回復出来ないもん」
「…クァァ…」

「そうなっちゃうかな…」

「ロープ狡い!」
「クワァ!」

「そんなん言われても…。要練習って事で先に上下通路潰して東側に行こう」

「文句言ってる場合じゃなかったわね。行きましょう」



2層には人員含めて敵しか居なかった。
救える者も居なかった。

捕虜を1層へ引き上げ、その日は終了。

ペリーニャに伝えた所。
「通路も全て塞がっています。こちらは気にせずお休み下さい」

間違い無い。彼女は聖女様だ。

念の為クワンティに残って貰い、俺たち2人だけで一時離脱した。



自室に戻り。
「三層目以降はどうなってるの?私の感覚だと…
読み切れなかったんだけど」

「その通りだと…思います」

「聞かなきゃ良かった…」


遠くで騒乱の一片が聞こえる中で、交代で眠った。




---------------

地下突入2日目。

寝てみたものの。深い睡眠など取れず。
離れた場所とはいえ、戦の火蓋が切られている中で爆睡出来る程図太くないんで。

どうにか身体は休まった。


1層の子供たちとペリーニャに挨拶し、揉みくちゃにされていたクワンを回収して、中央螺旋回廊へ踏み入った。

昨日最後に塞いだ2層の出入り口越しに中を確認。

迷宮でもないのに新たに沸いて堪るか!!


と勢い込んで飛んで入った3層目…。

ソラリマを装備して元気に飛び込んだフィーネが直ぐに回廊へと戻って来た。

「スタン。今は夢の中ではないよね?」
「悲しいかな。現実ですね」

何があったのかと入った俺とクワンも。
「「……」」
見事に言葉を失った。


前後左右、東西南北。

整然と立ち並ぶガラスケースの中には人、人、人…

2層で倒してしまったのか、作業員が1人も居ない。
若しくは下へ逃げたのか。

「中央付近に作業員や敵影は無し。2人は上下通路を封じてくれ。その間に調べてみる」

直ぐに2人は西へと飛んで行った。

壊していいのか?溶液から排出させていいのか?

触れても何も出て来ない。

索敵では反応は在る。普通の人の緑色表示だ。

ロイド。何か解る?
「全く解りません。この層の捕虜に何か聞けるかも知れませんね」

話が出来る人が居ればいいが。


2人が戻って来てから、南西の檻に向かった。

檻の中。年代が少し上がった少年少女に紛れ、白衣を着た成人女性が5人居た。

「済まない。助けに来たんだが…。
この層の説明を求めたい。どうして君たちが中に居るのかも含めて」

5人の中の1人が口を開いた。
「この層に並んでいるのは…。全て、失敗作…です。

私たちは、強制的に連れて来られた研究員。

男性研究者は全員。私たちをここへ押し込んで。

上で戦闘が始まったと同時に、下の層へ向かいました。

下の完成品を解放する為に…」

「解放?」

別の女性が。
「そうです。生きて取り出す為には、完成させないといけません。

途中で出せば、中身は直ぐに腐り始めます。

この下に居る管理者は、非常時になった場合。

途中段階の物まで排出しようとします。

男性研究者は、それを阻止しに…行きました」

「なっ……。フィーネ。さっき、下の状況はどうだった」

「何かが徘徊してたみたいだけど。
人の気配はしなかった」

「急いだ方が良さそうだな。解りました。
この層に衣類や食料、薬は在りませんか」


ここの人数分の備蓄はあるとの事で、女性研究者とフィーネに走って貰った。

子供たちが飛び出さないように檻の前に立った。

「お、お兄さん。僕らは、助かるの?」

「ああ。もう少し、後数日で出られる。一番上の層で安全地帯を作ってあるから、一旦そこへ連れて行く」

安堵の表情を浮べる彼らを背に。

一面のフロアを見渡した。


「これ全部…救えないんだってよ…」
「クワァァ…」

1人でも多く…。その願いだけは、とど…。
違うのか。

フィーネたちが戻って来た。
「毛布も在ったわ。非常食と水も。この人数で一週間分」

「それ位あれば。みんなで分け合えば数日行けるな。
よし。上に上がろう」



3層の捕虜を全員引き上げ、女性研究者たちを保護者役にしてペリーニャに預けた。

今は彼女の笑顔が唯一の救いになっている。


3層へ戻り、相談した。

「下へ行く前に。解放してやりたい。

でもそれは俺の自己満足で。彼らの望みではないのかもって考えてしまう」

「厳しい選択ね…。でも。放置も出来ない」

「この罪も。一緒に3分割だ」

「…了解」
「クワッ!」

1人で背負い切れない。切れる自信がない。
だから2人と1羽で。



3層のケースを中身と共に破壊し尽くして。
4層へ向かった。



4層は…。既に研究者や管理者の姿は無く、空腹感から始まったのか。

共食いが始まっていた。

ケースの中に居た人は後回しに、そられを守るような戦いの後、麻酔を使って救えたのはたったの10人。

200本持って来てこの様。


上から女性研究者を2人だけ運び、残りのケースの状況を確認して貰った。

「薬剤の供給が止められてしまっています…」

2人とも首を横に振った。

「そうですか…。この層の備蓄と捕虜、救えた人たちを上に運びます」

非常食と水と毛布を洗い浚い持ち出し、
全員1層へ運んだ。



4層へ戻り、ケースの破壊と薬剤類の破棄をした。

気休めにも成らない。浄化とクリアを掛けて回った。


今日もクワンだけ置いて、無言の帰宅。

言葉も交わす事無く。そのまま抱き合って眠った。




---------------

地下突入3日目。

どれだけ寝ても休めた気がしない。

けれど今日は、強敵との戦いが待っている。

無理矢理朝食を捻じ込んで、クワン用にだけ朝ご飯を包んで転移した。

自分らだけ卑怯?
…今だけは誰にも言われたくないね。


無言のまま、クワンを引き取り、回廊の一番下でクワンティの休息を待った。

一晩中、1層で保護した人々を仮眠を繰り返して見守ってくれた彼女を労る為に時間を取った。

回廊の冷たい床に川の字で寝転がった。

フィーネがふと。
「ラフドッグ。暖かくなったかなぁ…」
「クワァァ…」
「季節的には、夏手前。そこまで寒くはないかな…」

「全部終わったら。休暇にして海に行こうよ」
「クワッ」
「もう一度行くか。今度こそ本当の休暇で」


暫く目を閉じて。あの綺麗な海を思い出す。


「よし。気分は回復した。クワンティは行けそう?」
「クワッ!」
「じゃ。ぼちぼち行きますか」


「来てソラリマ。これだけは誰にも譲れない」
『御意に』


フィーネの武装展開を待ち、最下層大扉の前に立った。

上に比べて容積の狭い空間。

入室と同時に照明が灯った。

改造を施された御父上様の姿。

それは。人の顔をした、大猿。

肢体を太い鎖で繋がれていたが、俺たちの存在を感知すると大猿は鎖を自ら引き千切って立ち上がった。

絶叫のような雄叫び。

丸で。我を解放せよと言わんばかりの、切ない叫び声。


俺はロープで片腕を取りに。
フィーネは正面突破を計り。
クワンは大猿の後方へと回った。


巻き付けたロープが振り解かれる。
一瞬でもタイミングを外すとこちらが釣り飛ばされそうだ。

「クワン!地面に鉛弾を転がす。それを側面から浴びせるんだ。中央のフィーネの邪魔をするな」
「クワッ!」

フィーネは白く輝けるソラリマで大猿から繰り出される拳を受け流しながら前進。


焦りは禁物。しかしロープでは腕も取れず、どんなに細くしようとも、大猿の体毛が邪魔で一切通らない。

何か手は無いかと逡巡していた間に。勝敗は決した。

クワンが翼で叩いた鉛弾が顔面に直撃。

その礫が目に入り、大猿が僅かに身を捩った。


「さよなら。お父さん…」

足元からのフィーネの切り上げは、正しく大猿の躯を両断した。


彼の亡骸が完全に動かなくなる迄待ち、肌に触れて名称と死亡の確認をした。

「お父さんで間違いない。クワン…。
暫く離れていよう」

「クワァ…」

亡骸の前で、蹲るフィーネから離れた場所で。
俺とクワンは、高い天井を見詰めながら。

聞こえて来る声が枯れるのを、待ち続けた。



フィーネが亡骸を細切れにして、
浄化とクリアを施した後。

最下層の大扉を完封。更に上から岩で塞いだ。

最下層の踊り場には充分なスペース。

「ここに。奴の棺を置こう。万一ここが掘り返されないとも限らない」

「それ…名案ね」
「クワァッ」


1層に戻り、
ロープでブース毎外して回廊の底に埋葬した。

ありったけの岩を敷き、リバイブを施しながら回廊を崩して上がった。

最後に1層で回廊を閉ざした。

発見した下へ繋がる通風口と上下通路の痕跡を消し込み、
地下施設の封印を終えた。


「どう?フィーネ。まだ戦えそう?」

「魔力は半分は残ってると思う。…確認の序でに…
抱き締め」

言い切られる前に。彼女の身体を抱き寄せ。
魔力の残量を確認した。

魔力:1950/4800


暫く互いの温もりを確かめ合った。


「大体4割残ってる。ソラリマは俺が引き継ぐ。
地上は、俺の仕事だ」

「解ってます」

ふと思い付いた事を話した。

「多分だけど…。ハンマーにも魔力を込められると思う。
でもそれやっちゃうと、お城が消し飛んじゃうから。
出来れば止めて欲しいです」

「…バレちゃってたかぁ…。スタンの目は欺けませんね。
流石は愛する旦那様だ」

既に習得済だったか。


檻から見えない場所で、感情をぶつけ合うような口吻を交わした後。

ペリーニャの所に戻った。

心なしか頬が赤い。

俺とフィーネは顔を見合わせ赤面。

「昔からこうなんです。お気に為さらず」

彼女が理解ある聖女様で本当に良かった…。


軽く咳払いして、皆の前に立った。

「これから皆さんを地上へと転送します。
場所は東本通りに在る女神教教会前の、噴水広場です。

研究員の方と被検体になってしまった方は、ここでの事は生涯口外せず。国内に留まって下さい。

1人でも出てしまえば、また別の国で似た様な事が起きてしまいます。

それだけはどうしても避けたい」

被験者と研究員の頷きを見て。

「地上では。王城内外で戦闘が始まっています。近付くのはとても危険だと心得て下さい」

ペリーニャが手を挙げた。

「地上に出てからの事は私にお任せ下さい。教会の方と掛け合ってみます。

それと…。一本だけ…強壮剤を頂けませんか?
その場凌ぎでも、…勇気が欲しいのです」

強壮剤?

「いいけど…。今晩眠れなくなるよ」

「大丈夫です。私も頑張りたいので」
ホントかなぁ…。

「私も疲れてるし。ここで三人で飲もうよ」
「クワァァ!!」

「これ…。人間用だよ?」

「クワッ」理解してると頷いた。

まあいいか。元気になるだけで害は無いし。


3人と1羽で1本ずつ飲み干し。

その場の全員で噴水広場に転移した。
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「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

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