ラスボス・カラミティ

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1.目覚め

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 うお……あ…………?

 目が覚めた。それはもう、すっきりと。気持ちのいい、本当に気持ちのいい目覚めだ。

 だが、なんだろう。この凄まじい違和感は。
 
 なんとなく辺りを見回す。
 そこは輝きに満ちた世界で、太陽や照明など見当たらないのにも関わらず、明るかった。自分は石造りの白亜の柱で構成された、何かを祀る神殿のような場所で眠っていたようで、どうやら神殿自体が光っているらしい。非常に神秘的だ、
 その神殿はかなり広いらしく、遥か遠くに外の世界が見える。目を凝らせば、そこには青々と茂る芝が生い茂り、草花が輝かんばかりに咲き誇っていた。

 この場所のことは知っている。自分の居城、『法廷バシリカ』だ。
 ではここに住む自分は何者か? 自分の名前は『ユーデクス』だ。ここで自分に挑戦してくる者を排除するのが役目だ。

 記憶あり。そして記憶通りの周りの状況。

 だが、それでも感じる謎の違和感。

 その違和感の正体を全く掴めず、なんとなく立ち上がり、外に向けて歩き出す。
 自分は相当な質量を持つのだろう、ズシリ、ズシリ、と重い音が足から鳴る。
 だが、違和感の正体はこれではない。自分が相当な質量を持つことは知っている。事実、その質量を生かして挑戦者を叩き潰した記憶も、おぼろげながらあるのだから。

 やがて自分は外に出て、ブラブラ歩いてみる。
 外は太陽が優しく輝き、じんわりと自分の体を温めてゆく。
 さらに遠くを見てみる。そこには地平線があった。
 いや、違う。これは地平線というより、これより先に地面はないのだ。つまり、『法廷バシリカ』は空中に浮かぶ小さな浮島、ということだ。
 だがこれも知っている。記憶の通りだ。

 草花を踏みしめ、やがて大きな池にたどり着く。そこで、水面に映る自分の姿を眺めてみる。
 金属質な体だ。そりゃ重いだろう。
 白金のような色の金属で体はできており、そんな体に淡い金色の金属が複雑な紋様を描いている。全体的なフォルムはすこし角張っている感じがする。腕は大きく、長めで、がっちりしている。それと比べると脚が短く貧弱に見えるが、あくまでも腕と比べた場合であり、脚も体に対して大きく、長めで、がっちりとしていた。つまり、格闘向きの体。
 それに対して、頭はなんというか、気の抜けたような感じだった。真っ白で、そこに目である二つのぽっかりと暗い穴の空いた、円形の仮面のような顔。その仮面のような顔に目である穴以外顔に何もない。金属質な体とのコントラストがユーモラスで、ゆるい。
 しかしこの姿も知っている。まじまじと自分の姿を見た事はないので、詳細は知らないが。

 一体、この違和感はなんなのだ?

 いよいよ分からなくなって、じっと池のほとりに佇んでいた。
 すると、後ろから声をかけられる。

「ユーデクス様、ユーデクス様。」
「んん? あぁ、アルビテルの。」
「はい、そうでございます。」

 自分に声をかけたのは1.7メートルほどの小さな人影。自分の身長は10メートル程あるので、自分の手の平に乗ってしまうだろう。
 青いベレー帽のような帽子に、ゆったりとした青い服を着た、碧眼の金髪の少女だ。ただ、耳のあるべき場所には金属の突起が見え、地肌も所々金属が取り付けられている。さらに、華奢そうな体には見合わないような剣と盾を装備していた。
 彼女は自分とともに挑戦者を排除する、自分に仕える何体かの『アルビテル』のうち一体だ。
 そのアルビテルが、端正な顔に不安げな感情を浮かべて自分に問いかける。

「あの、ユーデクス様。何か違和感を感じませんか?」
「うん。確かに。自分も違和感を感じていたんだ。自分だけだと思っていたが、アルビテルもか。」
「はい。」
「そうか……」

 自分はアルビテルをまじまじと見る。
 何体かいるアルビテルに固有名詞はない。だがどれがどのアルビテルが見分けはつく。そして目の前にいるアルビテルも、記憶の中にいるアルビテルのうち一体と一致する。

 だが、ここで強い違和感を感じた。
 その、見た目上何の違和感もないアルビテルに。
 じっとアルビテルを眺め続ける。アルビテルもまた、何か感じるところがあったのか、自分をじっと見上げ続ける。

 と、その時。頭に電撃が走ったかのような衝撃を受けた。

「あぁ……。」

 自分と目の前のアルビテルが呻くような声を発したのは、ほぼ同時だった。
 何度も、何度も自分が受けた衝撃を噛み締め、理解し、そして初めて言葉に出す。

「気づいたかい?」
「ええ……思い出しましたわ。」
「何の違和感を感じていたか、これではっきりした。」

 起きた時から違和感はあった。しかし、その正体を掴めたのは、アルビテルと会話したからだ。
 そう、会話した・・・・からだ。

「そうだ、自分達には元々、自我なんてなかった。自分達は元々……『げぇむ』の『NのんPぷれいやぁCきゃらくたぁ』だったはずだ。」
「ええ……そうですわ。私達は考える事も、何か思う事も、会話する事もない、単なる傀儡だった……なのに今、こうして考え、思い、そしてユーデクス様と会話している。」
「……なんらかの異常事態が起きたのでしょう。アルビテル、他のアルビテルに『NPC』である我々に自我が生まれるという異変が起きた事を伝え、他に異常事態がないか確認せよ!」
「はっ!」

 走り去って行くアルビテルを見送り、自分もキョロキョロと辺りを見回す。
 何か異変が起きていないか、自分も確かめなくてはならない気がしたのだ。

 自分は、生まれて初めて『恐怖』を覚えた。

 『恐怖』の効果を与える魔法が使えないわけでもないし、おぼろげな記憶の中にも、自分が『恐怖』の効果を受けたこともある。
 だが、ここまで自分のありとあらゆる行動が抑制され、なんとも形容しがたい、内から来るような寒さを感じたのは初めてだった。
 そういった混乱の為、何が何だかわからなくなってしまう。

「何なんだ……何なんだ一体!」

 どういう事だ⁉︎ なぜ、自分達は自我を持った⁉︎
 自分で考え、行動できるというのは『自由になった』と言い換える事もできるだろう。
 だが、この異変によって『自由』を得た代償に、何かを失ったかもしれない。
 そして何かを失っていたとして、一体何が失われているのか全く未知だった。というより、何故こんなことが起きたのかも全く見当もつかない。

 恐怖はさらなる恐怖と焦りを生み、焦りは怒りをも生み出す。
 気づけばドスドスと足取り荒く地面を踏みしめ、大地に大きな窪みをつけていた。

 しかし、そんな事をしても事態は解決しないと、自分の頭の隅で冷静な自分が嘯いた。
 瞬間、さっと熱を持っていた頭が冷えてゆく。
 
 そうだ、重要なのはここで熱くなって地団駄を踏む事ではない。現状の把握だ。
 自分が『げぇむ』の『NのんPぷれいやぁCきゃらくたぁ』である事は知っている。だが、『げぇむ』が何で、『NのんPぷれいやぁCきゃらくたぁ』がどういった存在なのか、それは全くわからない。
 とりあえず分かる事は、『NのんPぷれいやぁCきゃらくたぁ』は自我のない存在である事。いや、だった事だ。
 それが今の自分のように自我を持って動いている。もしかしたら、何か他にも変わっている事があるかもしれない。
 以前は自我はなかったが、以前の記憶はある。非常に無機質な記憶が。
 そんな無機質な記憶を頼りに、現在の自我を持った世界を観察する。
 しかし、自我を持った事により見る世界が色付けられたせいか、どれもこれもが一様に違和感があるように思え、何が変わったのかさっぱりわからない。

 よってここに、一つの結論が出た。

「よし、諦めよう。」

 無理なものは無理だ。自我を持つという大きすぎるイベントのせいで、ちょっとした変化も霞んで見えなくなっているのかもしれない。
 ならば、この生まれた自我に慣れるのを待つのみ。つまり、もう何が起きようとも全て受け入れるのだ。
 そうやって『諦める』という選択をしてみると、何だか体から力が抜けた気がして、張り詰めていたものがあっという間に緩み、消えていく気がした。
 
 率直に言ってしまえば、楽になった。

 ゆっくりと神殿の縁に腰掛け、足をふらふらと揺らす。
 そして怠惰にダラァと体を後ろに傾ける。
 その先に見えるのは、青々と広がる空。薄く、光を反射して幻想的に輝く雲。柔らかな風によってさわさわと揺れる芝。
 何故だか、こうやって景色を見ているだけで、満たされた気分になる。
 自我を得た結果だろう。普段から見ていたものが、何か特殊なものに見えてくる。
 自分の体の内が熱くなったり、冷たくなったり、また穏やかな感じになったり。

 これが、自分という存在に知識だけ存在していた、『感情』というものか。
 
「ユーデクスさ……ま。確認終わりました。」

 感情。その二文字を脳裏に浮かべ、しばしそのまま転がっていると、アルビテルの一人に声をかけられる。この異変後最初に会ったアルビテルだ。
 何故だか自分の名を呼ぶとき自分を見て微妙な表情をしていたが、多分気のせいだろう。
 
「どうだった?」
「はい。他には特に異変はないようです。……ただ、他のアルビテルも大変混乱しているようでして、正直隅々まで確認が行き届いているかは甚だ疑問ではあります。」
「そうか。ありがとう。」
「ところで、何を……されているのですか?」

 いきなりの質問に、思わずアルビテルを二度見してしまう。
 その質問の意図を全く掴めない中、自分はありのままに答える。

「空を見ている。」
「空、ですか?」
「ああ、空だ。こうやって自我を持って、感情も得てから空を見ていると、なんだか吸い込まれていくような感じがしてね。」
「は、はぁ……」

 なんだか微妙な返事だ。
 もしかして、アルビテルにはこの感覚は理解できないのだろうか? 
 
「……わからない?」
「……ちょっと、わからないです。いつもの、この異変前と同じ空ではないですか。」
「いや、まぁ、そうなんだけど……」

 参った。どうやら自我や感情を持つとこういう差が生まれてしまうようだ。
 『感情』を共有する事は難しい、と脳内のメモ帳に書き込んでおく。
 自分は体の構造上『忘れる』という事がない。だから同じ過ちを繰り返す事は無いだろう。
 とはいえ、この空を見ている間の満たされた感覚を共有できないというのは、なんとなく惜しい。
 どうやら変に頑固なところがあるらしい自分は、もう一度空を眺める。

「ほら、綺麗ではないか。その澄み渡るそ……」

 空を指差し、アルビテルに自分の感覚をできるだけ共有しようと説明しようとした時、曇りない空になかったはずのものを見つける。
 青天の霹靂、というべきか。それは黒い点だった。だがしかしそれは、確実に大きくなり、近づいている。
 
「ユーデクス様! 危険です、離れてください!」
「ああ、わかっている!」

 自分とアルビテルは飛び退いて数十メートル後退する。
 アルビテルは兎も角、自分の金属製の重い体でここまで飛べるのは、単に自分の馬力が強いからだろう。
 そして間も無く、その黒い点はみるみる大きくなり、近づき、我が居城『法廷バシリカ』に墜落した。
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