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◇7-8章 幕間:番外編・小話

黒魔術ってなぁに?

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「あのー、グレンさん」
「ん?」
「以前テオ館長と話してらした『虫がついてたから不快』ってなんのことですか?」

 ある秋の日、砦の食堂と厨房にて。
 わたしは図書館で聞いて気になっていた話について尋ねてみた。

「ああ、それは……」
 
 話によると、禁呪の一歩手前の魔法のことを俗に『黒魔術』といって、それは虫とか爬虫類とかの命を使って発動するんだとか。
 それに使われたっぽい魂が術者の周りを飛んでいる……らしい。
 それで、あの時の魔術学院生の顔にもそれがついて回っていた、とか。
 
「……それって本当ですの?」

 話を聞いていたベルが怪訝な顔でグレンさんに尋ねる。

「ああ。魔術学院では禁止されてるそうだが? そう生徒手帳にも書いてあった」
「ええ。仮に実験等で使った際には学院併設の教会で供養するように、という規則のはずです」
「その、黒魔術? 禁呪一歩手前ってどういうの??」
「うーん、そうね。仮に小さい火球しか出せない魔法使いがいたとして、黒魔術を介すると威力が2倍にも3倍にもなるっていうわ。あと人の精神に作用するようなのとか、未来を読んだりだとか」
「精神に作用、未来を読む……」
「心を覗いたりとか、魅了したりとか、あと明日の天気を当てたりとかだね」
「へえ……」

 カイルも話に加わってきた。慣れた手付きで梅酒を漬け込んでいる。

「あたしのいたクラスでは使えば一発で退学になるレベルでしたから、使用者はいなかったと思いますけれど」
「そうなの? 厳しいんだね」
「癒やしの魔法の使い手は『神学科』なの。奇跡の力とか神の力とか言われてるから、他の命を踏みにじるという行為は禁じ手なのよ」
「なるほどぉ」
 
「ジャミルの友達の紋章使いの話だと、どうやら使っている奴だらけだったらしいが」
「魔術学院も様変わりしているのかしら……」
 
「黒魔術使いだらけか~、さぞかし不快な空間だろうな。俺行きたくないなー」

 カイルが顔をしかめながらアイスコーヒーを一口飲んだ。

「どういうこと? 何か視えたりとかじゃないよね」
「うーん……なんでか分かんないけど、黒魔術使いってみんな一様に性格が歪んじゃってるんだよね。言動も何か脈絡ないし……わざわざ神経を逆なですることを言ってくるっていうか」
「ミランダ教も他の宗教も、『魂を損傷するから程々に』なんて言ってますわね。つまりそういうことでしょうか」
「あ……」
 
 そういえば、図書館に来たあの魔術学院生も『無能力者』『カラス』『しょぼいジジイ』とかこっちを煽る発言ばっかりしてきてた。あれってそういうことだったのかな?

「俺何回か使ってる場面に遭遇したけど気持ち悪いんだよ。目の前で虫とかがグチャって弾けてさぁ……。やめろって言いたいとこだけど、話通じないんだよな」
「そうですね……倫理的にどう、と言っても説得力を持ちませんし」
「ふうん……?」
 
 内容がよく分かんなくなってきちゃった。ちらっとグレンさんの方を見る。

「……『魔法に生き物の命を使うのはいけないと言うけど、食べるために生き物を殺すのと何が違うんですか』と、大体あいつらはこう言う」
「な、なるほど」
「そうそう。あなた達も魔物の居住空間を踏み荒らして生きてるじゃありませんか とかね。自分こそが正義と凝り固まっちゃうみたいでさ……魔術が優秀で社会的地位を得てる人間だと手に負えない。……でも大体果ては同じなんだよね」
「果て??」
黒魔術あれさえあればと、黒魔術を使うのが標準になってしまって、そのうちもっとすごい魔法を使いたくなるんだよ。最初は小さい虫を魔器ルーンに使ってたのが次はイモリとかヤモリ、次はヘビ、ネコ……ってエスカレートしていって、最終的に人間へ……つまり、禁呪に手を出してしまうんだ」
「禁呪までいけば逮捕できるんだがな」
「だけど証拠がないとダメだからなぁ。現行犯しか無理なんだよね」
「紋章の視える力があっても他の人間には視えないから何の立証もできないしな」
 
「あの……禁呪を使った人というのは、また違った視え方するんですか。黒魔術だと虫とかヘビがまつわりついてるってことですけど」
「……テオドール館長が言ってただろ。『家族は顔が見えないくらいの黒い風に覆われていた』って」
「え……じゃあ」
 
 ゾクッとしてしまう。
 じゃあ、テオ館長の家族の人はみんな禁呪に手を出していたってこと?

「それと同じに、黒い火に覆われてて顔が見えない。人間かどうか正体が分からないくらいに覆われている奴もごくまれにいる」
「……そこまでになった奴っていうのは禁呪に手を出しまくったやつなんだろうな。正体が分からない、か。……もう言動も行動もめちゃくちゃだろうな」
「怖い……」
「まあ大丈夫だ、そんなやつは滅多にいない」
「うん。いるとしたら競争激しい貴族社会とかじゃないかな。……ちなみに」
「ん?」
 
「俺が兄貴を煽り倒したのは単純に俺の性格が悪いからで、黒魔術はやってないからね」
「な、何の話……ていうか、何も言ってないのに……」
「俺の言動が悪いのも元々で、黒魔術は使っていない」
「ええっ、な、何も言ってないのに……」

 わたしがツッコむとグレンさんとカイルは悪い顔をして笑う。
 
 
 ◇
 
 
「そういえばこの国でよくセミとかいう虫をひっつけたやつがいるんだが、特別に優れた虫なのか?」

 晩御飯を食べ終わったあと、グレンさんがポツリとつぶやいた。

「セミ……なんでだろ? 7年埋まってるからとか?」
「成虫になってから一週間鳴き続けて寿命を迎えるのよね。生きる力がすごいとかかしら??」
「なるほど」
「……競争激しい貴族社会の奴が虫取り網とカゴ持ってセミ取りか。なんかシュールだな」
「あはは。たしかに……」

 カイルの台詞で、やんごとない方々がランニングシャツと半ズボンと麦わら帽子でセミ取りしてる様子を思い浮かべてしまい、わたしはちょっと吹き出してしまう。
 
「あのー、さっき『セミとかいう虫』っておっしゃいましたけど、グレンさんセミ知らないんですか?」
「ああ。ディオールにはいなかった」
「ディオールも竜騎士団領も、特に北の方は寒いからなぁ。いるのはロレーヌだけじゃないかな」
「へえ~」
 
「あの魔術学院生もそのセミを2、3匹くっつけていた。ジワジワギーギーうるさくてな……」
「え、鳴き声までついてくるんですか」
「ああ。あらゆる意味でうるさいから蹴りを入れてしまった」
「えええ……」
「ハハッ、怖~!」

 ビール片手にナッツを食べながらカイルが笑う。いえいえ、笑い事じゃないですから……。
 
「名前と階級を聞き出して学校へチクってやるつもりだった。生徒手帳見たら重大な校則違反をいくつかしていたからな」
「重大な校則違反」
「ええと……話聞く限りだと……一般人への魔法での暴行、あと黒魔術の使用。あと窃盗は校則どころか普通に犯罪だし、う~ん……退学になるかもね」
「そうか。やっぱりチクってやればよかった」

 ベルの話を聞いてグレンさんは憎々しげにココアをすすった。
 魔術学院生に蹴り入れた時みたいに眉間にシワがよりまくっている……。
 
「思い出し怒りしないでくださいよ……ていうか、どうして生徒手帳を」
「元魔術学院生の奴にもらった。……社会的に抹殺してやろうと思って」
「ひぇっ……、そんなしなくても」
「ははっ、レイチェルが襲われたからでしょ?」
「そうだ」
「ええっ……」
「魔術学院生に痛い目に遭わされて、もう怖くて外を歩けないと泣いて訴えるので、倍返ししてやろうと」

 グレンさんがテーブルに両肘をついて、口元を隠しながら悪い顔をした。

「そんなこと言ってないですよぉ。八割方捏造じゃないですか……テオ館長が来なかったらどうなってたやら……」
「ふ……」
 
 一際悪い顔で彼が笑う。
 わたしの為(?)に怒ってくれてたみたいだけど喜んでいいやら何やら……。
 ていうか禁呪とか黒魔術とか怖い話だったのに、今回も結局話が脱線してしまった。
 頭の中には、再びきらびやかな貴族の方々がセミを一生懸命捕まえてる姿がよぎる。
 
 ……ということをみんなに話すと、
「さすがに召使いがやってるでしょ」「セミ捕まえる専門の係が?」「給料いくらくらい?」「夏の給料は”セミ手当”とかあるのかな」「セミ手当って(笑)」とか、もっともっとつまらない話になってしまったのだった。
 
 うーん。
 わたしならセミ手当たくさんもらえただろうな~。
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