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11章 色と名前のない世界

10話 呼ぶ声が聞こえて、深い深い闇の淵へ ※暴力・残酷描写あり

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「ジャミル! グレンさんが……グレンさんが連れて行かれちゃったの! お願い、彼のところへ……きっと、図書館なの……っ」
 
 オレにすがり付きながら半狂乱で泣き叫ぶ幼なじみに請われ、戻ったばかりの使い魔ウィルの力を使いオレ達5人はグレンの元へ飛んだ。
 
 ――正直に言えば、オレはもう分かっていた。
 
 転移魔法は、人を思い浮かべるものと場所を思い浮かべるものがある。
 だが前者ではウィルは渦になるだけで扉になれなかった。だからオレはすぐに場所を浮かべる方に切り替えた。
 
 イメージしても相手の元へ飛べない。
 それはつまり、対象の人物の命が尽きていることを意味していた――。
 
 
 ◇
 
 
 扉を開けて図書館の跡地に辿り着いたオレ達を待ち受けていたのは、全く信じがたい異様な光景だった。
 頭と左胸、それに口から大量に血を流して息絶えたグレン――その血だまりには、白っぽいフリル状の花がいくつも生えて咲き乱れていた。
 
 アイツを殺したのは、何度も話に聞いていたロゴスという男。
 手元にはいくつも血の宝玉が埋め込まれている真っ黒な杖を持ち、杖の先端近辺にはグレンから取り出した魂らしき光が見える。
 もう片方の手に血の宝玉を持っている――あの中に、魂を入れるんだろう。
 
 血だまりの中の花についてニコニコ笑いながら「どんなものが咲くか見てみたくて」なんてほざき、さらにそれを聞いたアーテが「それが何だ」と笑いながら、横たわる仲間グレンの身体を蹴り転がした。
 それも、「カラスの死骸」などというあざけりの言葉つきで。
 
 ――信じられない。

「人を人とも思わぬ」なんて言うが、オレは動物はもちろん、魔物の遺骸すら蹴り飛ばしたりなんてしない。
 それに人をあんな殺し方で死に追いやって笑っていられるのも理解ができない。
 恐れと怒りで身体が震える。
 なぜそんなことができる?
 
 続けざまにアーテは、アルゴスがやったように魔法で地面からゴーレムというものを出した。
 アルゴスの出したようなギリギリ人の姿をしたような泥じゃなく、目も鼻もある精巧な人間――それも、屈強な男の姿をしている。
 ヤバい、勝ち目がない――そんな風に思ったのは一瞬のことだった。
 
「……ヒッ! な、何!?」
「……!?」
 
 ――仲間が酷い死に方をした。
 それを冒涜する人間がいて、さらにゴーレムとやらが出る――までは、呑み込めないがまだ理解ができた。
 
 だが、さすがにその次に起こったことは、全く。
 全く、理解できない……!
 
「ヒィイッ! し、死体が……っ」
「っ……!?」
 
 息絶えたはずのグレンの身体がグググ……と糸に引っ張られるように起き上がり、フラフラと立つと同時にガシッとアーテの手首をつかむ。
 光が失せたはずの目は再び赤く光を放ち、身体からは向こう側が見えないほどに濃い黒の瘴気しょうきが立ち上る。
 胸の傷が、みるみる塞がっていく――。
 
「いやあああっ! なに、何なの!? ロゴス! こいつ生きてるじゃない! ちゃんととどめを刺しなさいよ間抜け――」
「……アーテ。僕は……言ったはずだね?『この宝玉に収まるまで、魂は肉体のもの』『魂に無礼を働けば怒った魂が肉体から分離できず、不死者アンデッドになってしまう』と……」
 
 先ほどまでニコニコ笑っていたロゴスの顔から笑みが消え、無表情ながらも怒りの滲んだ目でアーテを見る。
 ロゴスの手元にあったグレンの魂は、その持ち主――グレンの肉体の周りをふわふわと飛んでいた。
 
(……アンデッド……!?)
 
「何をでたらめを……ぎゃあっ!」
「!!」
 
 グレンがアーテの横っ面に思い切り拳を叩き付け、アーテは女が出すようなものじゃない声を上げた。
 
 ――"アンデッド"というのはよく分からない。
 ただの予想に過ぎないが、グレンはああやって動いてはいるが、確かに死んでいるんだろう。
 死んでいるが、魂はどこにも召されることなく肉体を支配したまま。
 
 オレがかつて黒い剣に操られてグレンに襲いかかった時、オレの身体は本来の能力以上に動いた。
 人間限界までやっているつもりでいても、肉体の損傷を考えて本能的にどこかセーブしているのだと思う。
 だがあの剣に操られた時はそのたがが外れた。
 
 今のグレンもきっとその状態だ。
 理性をなくして、本能のままに動いている。
 女相手、それも顔に、遠慮もためらいもない本気の打撃――たった一発食らっただけなのにアーテの顔はもうすでに原型が分からない。
 手首をつかまれたままのアーテは倒れることも逃げることも許されない。
 
「がっは……ゲホッ、ゲホッ……やめなさい、その汚い手を離しなさいよ、カラス……ぎゃああああっ! 痛い! やめてぇっ」
「…………!!」
 
 アーテが"カラス"という言葉を発した瞬間、グレンがアーテの手首をギリギリと力をこめて握り、さらに腕を体の構造上曲がらない方向へ持っていこうとする。
 
「あああっやめてええっ、痛い! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! 許してええっ!」
「グ……グレン……や、やめろ……」
 
 前に立っているカイルが呟く。
 肩も声も震えている――当たり前だろう、長い付き合いの友達が死んだばかりか、あんな――。
 
「……!!」
 
 ――重大な事実に今頃思い至る。
 オレは着ているジャケットを素早く脱いで、後ろで真っ白な顔で表情をなくして座り込む幼なじみの頭にバサッとかぶせた。
 すでにベルが涙ながらに抱きしめていたが、オレもかぶせたジャケットが絶対に取れないように頭ごと抱き込む。
 
 あんな……あんな光景を、見せちゃいけない――!
 
「ぎゃあああ――――っ!!」
 
「!!」
 
 人間の身体から、してはいけない音がする。
 アーテの叫び声もおよそ人間のものとは思えない。あれはもう声ではなく、音だ。
 
 あまりのことに目から勝手に涙が流れ出る。そらしていた目を2人の方に戻してみれば、ありえない方向に曲がった腕を抑えてうずくまるアーテと、そして尚も追い打ちをかけようとするグレンの姿。
 対してロゴスは顔色ひとつ変えず、曲げた左腕の手のひらの上に右ひじを載せ、親指と人差し指であごを持ち、ただ立って見ている。
 仲間が虐殺されようとしているのに、街中で出くわした大道芸でも見ているかのような軽いノリで――。
 
 なんなんだあいつ、仲間じゃないのか。
 やられてるのが全く知らない人間だとしても、あんな涼しい顔して見ていられないだろう。
 
「ロゴス!! 何を見ているのよ!! こいつをなんとかして! 早く助けなさいよぉっ!」
「なぜ?」
「え……」
「なぜ、僕は君を助けなければいけないのだろう」
 
 本気で分からないといった顔でロゴスはアーテを見下ろす。
 そして漆黒の杖をアーテに向けるとそれを光らせ、損傷した顔と腕を完全に治した。
 
「さあ、傷は治してあげたよ。よかったね、君の自慢の美しい顔だものね……それじゃあ、あとは頑張るんだよ」
「えっ……ま、待ちなさいよ、どこへ行くつもり」
「屋敷に戻るんだよ。新しい"エリス"を探さなければいけないし、血の宝玉の素材もたくさん必要だ。極上の魂は誰かさんが台無しにしてしまったから、代わりに大勢殺さなければいけない。……人がたくさん死ぬよ。君のせいだね」
「な……何を……ねえ、助けてよ! 今この状況、分かるでしょう!?」
不死者アンデッドの彼かい? 君には屈強なガーディアンがたくさんいるじゃないか。彼らに助けてもらうといいよ。……物理攻撃では勝てないかもしれないけれどね」
「話聞いてるの!? 助けてって言ってるの!!」
「嫌だよ、僕は君が嫌いだもの」
「え……」
「君は僕の話を聞かない。"カラス"と罵り、ことあるごとに暴力を振るう。君に"アーテ"という名前を授けたのは僕であるのにそれを忘れ、常に無礼でありつづけた。とどめに今回のこれだ……見返りのない奉仕に身を費やすほど僕は暇じゃないんだよ。この場をうまく切り抜けられたらその時はまた考えよう……」
「ま、待って、待ってよ……私が悪かったわ、謝るから、お願い――」
「ふふっ……面白い顔。それじゃ」
「あっ……!!」
 
 ロゴスは転移魔法で消えていった。
 残されたのはオレ達とアーテと棒立ちのゴーレム、そして、怒れる獣と化したかつての仲間――。
 
 見捨てられたアーテは座り込んだまま茫然自失としていたが、しばらくしてから我に返り立ち上がった。
 
「……お前達、何をしているの! この出来損ないを始末……っ」
 
 アーテが命令し終わるよりも前に、ゴーレム達は形を失い黒い霧となってかき消える。
 
「な、なぜなの!? ……どうして」
 
 《だめだよ》
 
「え……っ!?」
 
 声が聞こえる。
 地の底に響くような低音の声と、そして高い声――子供の声が混じり合った異様な声だ。
 
 《だめだよ。モノを、つくったら……神様に、罰せられるんだ》
 
「ヒイイイィッ!! ゴーレム! どうしたの! 出なさい! 私を守るのよ! どうしてええっ!?」
 
 アーテが何度も杖を振りゴーレムを出そうとするが、地面から黒い霧が吹き出るばかり。
 
 やがてグレンの身体から出る瘴気が周囲を包み、オレ達は何も見えない空間に閉じ込められた。
 気づけば、抱き込んでいたレイチェルの姿がない。
 ベルもカイルもルカも、グレンもいない。周りが全部暗い。
 
 ――ダメだ、誰か説明してくれ。
 何がどうなっていて、今からどうなるんだ……!
 
【……マス、ター……】
 
(え?)
 
【マスター……マスター……】
 
 今度はまた別の声が聞こえる。
 
「なんなんだよ、次から次に!! 誰だ! 誰なんだ!?」
【私……です……】
「え……?」
 
 よく聞いてみれば、その声はオレのものに似ていた。
 
【どうか……どうか、名前を】
「名前……?」
 
 ――名前。
 闇の中、自分の声で喋る何か。
 オレを「マスター」と呼ぶ、誰か――。
 
「ウィル……なのか? ウィル……ウィル!! どこなんだ!? 頼む、助けてくれ! オレ達を……グレンを、助けてくれ!!」
 
 そう叫んだ次の瞬間、オレの身体は水の中に投げ出された。
 暗い暗い、真っ黒な水の中。ドロドロにぬかるんだ、黒い水。
 少し見回すと、ベルやカイルの姿も見える。
 
 ……沈む。
 みんな、沈んでいく……。
 
(これ、は……)
 
 ――知っている。
 この感覚を、知っている。
 数ヶ月前、イヤというほど味わった。
 苦しい、苦しい、心の闇。
 
 オレ達は、闇に堕ちていく――。
 
 
 ――――――………………
 
 ――――…………
 
 
「うぅ……」
 
 意識を失っていたらしく、オレは地面に転がっていた。
 
(地面……)
 
 ここは闇の底なんだろうか?
 すぐそこにベルとカイルも同じように転がって、頭を抱えながら身体を起こしている。
 
「ウィルの奴……助けてくれるんじゃなかったのかよ……」
 
 オレも頭が痛い。
 まさか闇に沈められるなんて……2人がいるからまだいいが、なんでこんなことに……。
 
 改めて今自分達がいる場所を確認する。
 いつかオレがはまっていた黒いぬかるみのように真っ暗ではなく、思っていたよりも明るい。
 明るいが……目の前に広がるのは、廃墟。
 
 壊れた街並み、割れていびつに盛り上がり段差を作る地面。
 灰色の空から壊れた建物や道に雪が降り積もり、家と思われる場所には小さく黒い火がいくつも浮かんでいる。
 赤色のはずのレンガ、それに店の看板も草木も花も全て、白と黒と灰色。
 
 色が失われた奇妙な世界に、オレ達は立っていた。
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