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14章 狂った歯車
15話 変わらないもの
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『やっぱりレイチェルは変わらないな。でも変わらない良さっていうのがあると思うよ。みんなを安心させられるっていうか……』
兄と和解して数日後、俺は彼女に感謝の意とともにそう告げた。
率直な気持ちだ。5年経っても彼女は変わらないし、年上になっても俺への態度は昔のまま――俺はそれにとても救われた。
彼女は俺達とちがって特別な力も複雑な過去も特殊な事情も背負っていない。
見た目は可愛らしいが、誰もが目を見張るほどの美貌というわけでもない。
どこにでもいる、素朴で普通の女の子――それが、皆がまず始めに彼女に抱くイメージだろう。
彼女の存在で歴史は変わらない。
だけどみんな、彼女との関わりでどこかしら変わっていく。
何があっても元の位置から動かず正確に回り続ける小さな小さな歯車。
彼女が変わらないことが、みんなを変える。特別じゃないことが、特別。
レイチェル・クラインという子は、そういう唯一無二の存在なんだ――。
◇
「どしたの? 今日。自警団はお休み~?」
「あ……」
兄に両親に仲間、さらに自分すらちがう世界の中、幼なじみのレイチェルだけは向こうとまるきり同じ姿。
俺の存在の有無で彼女の人生や性格は変わらないということだろうか?
――駄目だ、泣きそうになってくる。いつもの笑顔貼り付けてごまかさないと……。
「……うん、ちょっと調子悪くて。今日は休ませてもらったんだ」
「あらら、珍しー。風邪とか?」
「ちょっと、頭が痛くてね」
「……ふうん。ね、そっち入っていーい?」
「ん? ああ、いいけど」
「お邪魔しまーす」
レイチェルが庭の柵を開けて、パタパタとこちらに駆けてくる。
そして俺の向かいの席に座り、持っていたカバンをどっかと机に下ろすと同時に「はわー しまった!」と大声を上げる。
……にぎやかだ。
「……どうしたの?」
「今日ね、授業お昼までだったのにお弁当作ってきちゃってて。それでお弁当入ったままなの忘れてドカーって置いちゃった! 大丈夫かな~」
言いながら彼女がカバンを開けて中をガサゴソ探り、弁当箱を出してそーっと開けた。
「ああ、よかったぁ、無事だぁ~! ねえカイル、これいる?」
「ん?」
「フルーツサンド。食べられる?」
「……もらっていいの?」
「うん。これ、イチゴのやつあげる! 好きでしょ?」
「ああ……うん、ありがとう」
レイチェルがニコニコ顔でクリームたっぷりの分厚いイチゴサンドを渡してくる。
あとオレンジのやつが2つあるみたいだけど、昼こんなので足りるのかな……。
「……いただきます」
「ん? うん」
「……うん、うまい。ちょっとイチゴが酸っぱいけど、クリームと引き立て合っててちょうどいいよね」
「……カイル?」
「ん?」
「どしたの? なんかヘンだよ」
「え、ヘンって?」
「言動とか仕草がなんかアンニュイでキザっぽいっていうか。……普段、こんなポーズしないじゃない?」
"こんなポーズ"と言いながらレイチェルがテーブルにヒジをついて手をこめかみ辺りに当て、渋い表情で髪をかき上げてみせる。
まさかそんな再現をされるとは思わず、ちょっと肌寒いというのに顔が一気に熱くなってしまう。
「そ……そんな感じではない、でしょ?」
「えー、こんな感じだよ! それに料理の味について言及したりしないじゃない。何食べても『うまー! 神!! 酒飲みてぇ~』とか言って終わりなのに!」
「……………………」
――顔が熱い。それは自分じゃないのに、恥ずかしすぎて顔を覆ってしまう。
『酒飲みてぇ~』ってなんだ、お前まだ18だろ。
ここでは俺はそんなキャラなのか……いや、よく考えたらそのくらいの時の俺も『俺達の昼メシはこれからだろ』とか『俺は正義の味方だからな』とかほざいてたな。
……つまりこっちとあっちでまるきり一緒のバカってことじゃないか?
「……絶望だな……」
「えっ? 何が?」
「なんでもないよ……こっちの話」
「アンニュイ~。似合わな~い」
「……あの、レイチェル」
「ん~?」
「なんか当たりきつくない? 俺『イチゴサンドうまい』って言っただけだよね??」
「そうだけど。でも『絶望だな……』とかおかしいんだもん」
レイチェルはまたも渋い顔で髪をかき上げ、彼女なりの低い声で吐息混じりに俺のセリフを復唱した。
「ちょ……モノマネやめてよ。……えっ、いくらなんでもそんなんじゃないでしょ……?」
「そんなんだよー。あのね、そういう言動、10年早いと思う!」
「じゅ、じゅうねん……」
――俺の実年齢は29なんだから、別に言っていいってことじゃないか?
って、それはともかく。ほんとにこのレイチェル俺に当たりキツすぎないか?
なんか遠慮なく切り込んでくるし、粗雑で荒々しいような……。
(あ……そっか)
「元々だ……」
元々「わたしもう釣りなんか興味ないよ」とか言ってきてたもんな。
俺がいなくなってないなら、その感じの関係性が続いてるわけで……つまりレイチェルが俺にキツいのは絶対的な運命、大自然の理というわけ――。
「……ちょっと」
「ん?」
「なんなのー さっきからブツブツと。粗雑で悪かったわねー! ていうか何? "絶対的な運命" "大自然の理"ってー!」
「え、……あっ!」
「ケンカ売ってんの?」
「う……売っていません……!」
今考えてた――と思っていたことは実は全部口から漏れ出ていたらしい。
殺し屋みたいな目でレイチェルが俺をにらみ付けている。
怖い。怖すぎる。
「ご、ごめん、あのあの、ほんと……ももも、申し訳ない」
「いいけど~。……まったくぅ、美少女レイチェルちゃんに向かって失礼なー!」
プクーと頬を膨らませ、"美少女"レイチェルはクリームたっぷりのオレンジサンドに「あーん」と大口を開けてかぶりついた。
信じられない切り替えの早さだ……。俺もイチゴサンドの残りをいただくことにしよう。
◇
「あ……レイチェル」
「むむー?」
「ああっ、……ごめん。食ってる最中に」
ふと思い当たったことがあり呼びかけてみたが、絶賛お食事中……ハムスターみたいに頬が膨らんだ状態で、レイチェルがむーむーと返事を返してくる。
俺が考えごとをしている間に、すでに2個目に手を出していたようだ。早い。
どうやらさっきの怒りはオレンジサンドによって一瞬で吹き飛んだらしく、すでに幸せご機嫌顔。
ほんとに切り替え早いな……俺とタメ張るんじゃないか??
しばらく口をむぐむぐとさせたあとオレンジサンドを飲み込み、さらに水筒のお茶を飲んで「プハー」と一息。
――"美少女"って、どういうのだったかな……。
「あーおいし。で、何~?」
「あ……、レイチェルは確かあの、学校の選択授業で魔法学取ってたよね?」
「ん? うん。……あれ~? 言ったことあったっけ?」
「うん。"ジョアンナ先生"だよね」
「あやー よく覚えてるね~」
「あのさ、俺ちょっと、知りたいことがあって……教科書とかノートあったら貸してくれない?」
「いいよー。ちょうど今カバンに入ってるし!」
言いながらレイチェルがカバンの中をガサゴソし始めた。
(よかった……!)
本当に何もかも向こうと同じだ。
「ジョアンナ先生」とは、兄の学校からレイチェルの学校に赴任した魔法学の先生。
砦にいた時、兄とレイチェルがその先生の話で盛り上がっているのを見た。
擬音が多めで感覚的だけど分かりやすく、時折教科書に載っていない豆知識も教えてくれて、それが面白かったとのこと。
その人の授業内容をまとめたノートなら、何かしらヒントが得られるかもしれない。
正直、今から街の本屋や図書館に出かけて魔法の書物を探すのは時間がかかりすぎる。
タイムリミットがいつ訪れるか分からないのに悠長なことはしていられない。
兄から何か聞ければよかったが、こっちの兄はロイエンタール高等学院に行っていないからジョアンナ先生の授業を受けていない。
部屋からそれらしい資料やノートも見つからなかったし、もしかしたら魔法学自体を習っていないのかもしれない。
あっちの兄なら闇の呪法の研究をしていたから、ヒントどころか答えを得られただろうに……色々うまくいかない。
そんなことを考えているうちに、目の前にはレイチェルがカバンから出した本やノートがずんずん積み上がっていた。
「……ずいぶん、入ってるね」
「うん。もうすぐ卒業だから、置き勉してるの持って帰って来てるんだ~」
「はは、置き勉か、懐かしいな。……卒業おめでとう」
「え……?」
俺の言葉にレイチェルはまた目を丸くする。
――しまった、俺今18歳だった。何目線の言葉だって話だよな。
「あの、えっと……」
「えへへ、ありがとー。うれしいけど、今日のカイルってばやっぱりヘンだなぁ。なんか担任の先生みたい! ふふふ」
「……うん」
変には思われたものの言葉は素直に受け取ってもらえたようで、レイチェルは屈託なく笑った。
この子っていつもこうだな。何か変だと思っても受け入れて、話を聞いてくれる。
だからきっと、みんな自然と心を開いてしまうんだ。
「あ、あった~。はいこれ! これを授けよう~」
ちょっと偉そうにふんぞり返りながら、レイチェルがノートと2冊の本をこちらに差し出してくる。
『魔法の基本』『魔法史便覧』――すごい、予想以上の収穫だ。本屋とか行かなくて良かった。
「……ありがとう。あと、この小説も借りていいかな」
「えー、これ? 珍しー、カイルが小説本なんか」
「流行ってた時読みそびれちゃってさ。でも買ったり図書館で探すほどじゃなくて」
「あはは、あるよねそういうの。じゃ、これもどうぞ~」
「ありがとう」
「返すのはいつでもいいからね~」
「…………うん」
『いつでもいい』という言葉に、胸がチクリと痛む。
レイチェルだけは、こっちとあっちで全く同一の存在とも言える。
だけど、このレイチェルに本を返す機会は訪れない……。
「……ありがとうレイチェル、ほんと……助かるよ」
「えーっ、助かるなんて大げさな」
「大げさじゃないよ。レイチェルにはいつも助けてもらってるから」
「そ、そう……? なんにもやってないと思うけどなあ」
「ほんとだよ。……俺、レイチェルの可能性を知ってるよ」
「……かのうせい」
わけが分からなすぎるのか、レイチェルは俺の言葉を復唱するだけになってしまった。
「はは、ごめん、変なこと言って。俺……そろそろ家に入るよ」
「そっか、うん。じゃ、わたしも帰ろーかな」
「すぐ家だし別にいっかー」なんて言いながら、レイチェルが机に大量に出した教科書やお弁当箱を放り込むようにカバンにしまっていく。
こんな様子も本当に何もかもあちらと同じで、思わず笑みがこぼれてしまう。
だけど……。
「……レイチェル」
「ん?」
立ち去ろうとするレイチェルを呼び止める。
「……色々とありがとう、本当。また……会おうね」
「んー? うん。……ふふ、ヘンなの。いつだって会えるのに」
「はは……そうだよな。俺熱あるのかもなぁ。……ごめん、呼び止めて。じゃあ、またね」
「うん! ばいばーい」
手を振りながら、レイチェルはパタパタと駆けて去って行った。
家近いし、急いでもないだろうに……それもこれも全部一緒なんだな……。
「…………」
ここは自分が捨てた可能性の世界。色々な人の運命が変わった世界。
その中であの子だけは全く変わらなかった――だけど、ひとつだけ決定的にちがうことがある。
グレンがいない。
これからずっと隣にいるはずの……人生を共にしようと誓った存在が。
ここから先の未来、いずれ彼女はちがう誰かと出会い、ちがう幸せを築いていくだろう。
ひょっとしたら、グレンもちがう誰かと一緒だったりするのかもしれない。
――嫌だ。俺はそれはどうしても嫌だ。
そんな可能性、あってほしくない。そんな未来は見たくない。
俺が見たい幸せはそれじゃない。
俺はやっぱり、天秤をあちらに譲ることはできない。
この世界を否定して捨てなければいけない。こちらの未来を殺さないといけない。
そのための手段に、彼女を利用してしまった――。
「レイチェル……ごめん。……さよなら」
遠ざかった彼女の背に向けて小さくつぶやいた謝罪と別れの言葉は届くことなく、風でかき消えた。
兄と和解して数日後、俺は彼女に感謝の意とともにそう告げた。
率直な気持ちだ。5年経っても彼女は変わらないし、年上になっても俺への態度は昔のまま――俺はそれにとても救われた。
彼女は俺達とちがって特別な力も複雑な過去も特殊な事情も背負っていない。
見た目は可愛らしいが、誰もが目を見張るほどの美貌というわけでもない。
どこにでもいる、素朴で普通の女の子――それが、皆がまず始めに彼女に抱くイメージだろう。
彼女の存在で歴史は変わらない。
だけどみんな、彼女との関わりでどこかしら変わっていく。
何があっても元の位置から動かず正確に回り続ける小さな小さな歯車。
彼女が変わらないことが、みんなを変える。特別じゃないことが、特別。
レイチェル・クラインという子は、そういう唯一無二の存在なんだ――。
◇
「どしたの? 今日。自警団はお休み~?」
「あ……」
兄に両親に仲間、さらに自分すらちがう世界の中、幼なじみのレイチェルだけは向こうとまるきり同じ姿。
俺の存在の有無で彼女の人生や性格は変わらないということだろうか?
――駄目だ、泣きそうになってくる。いつもの笑顔貼り付けてごまかさないと……。
「……うん、ちょっと調子悪くて。今日は休ませてもらったんだ」
「あらら、珍しー。風邪とか?」
「ちょっと、頭が痛くてね」
「……ふうん。ね、そっち入っていーい?」
「ん? ああ、いいけど」
「お邪魔しまーす」
レイチェルが庭の柵を開けて、パタパタとこちらに駆けてくる。
そして俺の向かいの席に座り、持っていたカバンをどっかと机に下ろすと同時に「はわー しまった!」と大声を上げる。
……にぎやかだ。
「……どうしたの?」
「今日ね、授業お昼までだったのにお弁当作ってきちゃってて。それでお弁当入ったままなの忘れてドカーって置いちゃった! 大丈夫かな~」
言いながら彼女がカバンを開けて中をガサゴソ探り、弁当箱を出してそーっと開けた。
「ああ、よかったぁ、無事だぁ~! ねえカイル、これいる?」
「ん?」
「フルーツサンド。食べられる?」
「……もらっていいの?」
「うん。これ、イチゴのやつあげる! 好きでしょ?」
「ああ……うん、ありがとう」
レイチェルがニコニコ顔でクリームたっぷりの分厚いイチゴサンドを渡してくる。
あとオレンジのやつが2つあるみたいだけど、昼こんなので足りるのかな……。
「……いただきます」
「ん? うん」
「……うん、うまい。ちょっとイチゴが酸っぱいけど、クリームと引き立て合っててちょうどいいよね」
「……カイル?」
「ん?」
「どしたの? なんかヘンだよ」
「え、ヘンって?」
「言動とか仕草がなんかアンニュイでキザっぽいっていうか。……普段、こんなポーズしないじゃない?」
"こんなポーズ"と言いながらレイチェルがテーブルにヒジをついて手をこめかみ辺りに当て、渋い表情で髪をかき上げてみせる。
まさかそんな再現をされるとは思わず、ちょっと肌寒いというのに顔が一気に熱くなってしまう。
「そ……そんな感じではない、でしょ?」
「えー、こんな感じだよ! それに料理の味について言及したりしないじゃない。何食べても『うまー! 神!! 酒飲みてぇ~』とか言って終わりなのに!」
「……………………」
――顔が熱い。それは自分じゃないのに、恥ずかしすぎて顔を覆ってしまう。
『酒飲みてぇ~』ってなんだ、お前まだ18だろ。
ここでは俺はそんなキャラなのか……いや、よく考えたらそのくらいの時の俺も『俺達の昼メシはこれからだろ』とか『俺は正義の味方だからな』とかほざいてたな。
……つまりこっちとあっちでまるきり一緒のバカってことじゃないか?
「……絶望だな……」
「えっ? 何が?」
「なんでもないよ……こっちの話」
「アンニュイ~。似合わな~い」
「……あの、レイチェル」
「ん~?」
「なんか当たりきつくない? 俺『イチゴサンドうまい』って言っただけだよね??」
「そうだけど。でも『絶望だな……』とかおかしいんだもん」
レイチェルはまたも渋い顔で髪をかき上げ、彼女なりの低い声で吐息混じりに俺のセリフを復唱した。
「ちょ……モノマネやめてよ。……えっ、いくらなんでもそんなんじゃないでしょ……?」
「そんなんだよー。あのね、そういう言動、10年早いと思う!」
「じゅ、じゅうねん……」
――俺の実年齢は29なんだから、別に言っていいってことじゃないか?
って、それはともかく。ほんとにこのレイチェル俺に当たりキツすぎないか?
なんか遠慮なく切り込んでくるし、粗雑で荒々しいような……。
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「元々だ……」
元々「わたしもう釣りなんか興味ないよ」とか言ってきてたもんな。
俺がいなくなってないなら、その感じの関係性が続いてるわけで……つまりレイチェルが俺にキツいのは絶対的な運命、大自然の理というわけ――。
「……ちょっと」
「ん?」
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「え、……あっ!」
「ケンカ売ってんの?」
「う……売っていません……!」
今考えてた――と思っていたことは実は全部口から漏れ出ていたらしい。
殺し屋みたいな目でレイチェルが俺をにらみ付けている。
怖い。怖すぎる。
「ご、ごめん、あのあの、ほんと……ももも、申し訳ない」
「いいけど~。……まったくぅ、美少女レイチェルちゃんに向かって失礼なー!」
プクーと頬を膨らませ、"美少女"レイチェルはクリームたっぷりのオレンジサンドに「あーん」と大口を開けてかぶりついた。
信じられない切り替えの早さだ……。俺もイチゴサンドの残りをいただくことにしよう。
◇
「あ……レイチェル」
「むむー?」
「ああっ、……ごめん。食ってる最中に」
ふと思い当たったことがあり呼びかけてみたが、絶賛お食事中……ハムスターみたいに頬が膨らんだ状態で、レイチェルがむーむーと返事を返してくる。
俺が考えごとをしている間に、すでに2個目に手を出していたようだ。早い。
どうやらさっきの怒りはオレンジサンドによって一瞬で吹き飛んだらしく、すでに幸せご機嫌顔。
ほんとに切り替え早いな……俺とタメ張るんじゃないか??
しばらく口をむぐむぐとさせたあとオレンジサンドを飲み込み、さらに水筒のお茶を飲んで「プハー」と一息。
――"美少女"って、どういうのだったかな……。
「あーおいし。で、何~?」
「あ……、レイチェルは確かあの、学校の選択授業で魔法学取ってたよね?」
「ん? うん。……あれ~? 言ったことあったっけ?」
「うん。"ジョアンナ先生"だよね」
「あやー よく覚えてるね~」
「あのさ、俺ちょっと、知りたいことがあって……教科書とかノートあったら貸してくれない?」
「いいよー。ちょうど今カバンに入ってるし!」
言いながらレイチェルがカバンの中をガサゴソし始めた。
(よかった……!)
本当に何もかも向こうと同じだ。
「ジョアンナ先生」とは、兄の学校からレイチェルの学校に赴任した魔法学の先生。
砦にいた時、兄とレイチェルがその先生の話で盛り上がっているのを見た。
擬音が多めで感覚的だけど分かりやすく、時折教科書に載っていない豆知識も教えてくれて、それが面白かったとのこと。
その人の授業内容をまとめたノートなら、何かしらヒントが得られるかもしれない。
正直、今から街の本屋や図書館に出かけて魔法の書物を探すのは時間がかかりすぎる。
タイムリミットがいつ訪れるか分からないのに悠長なことはしていられない。
兄から何か聞ければよかったが、こっちの兄はロイエンタール高等学院に行っていないからジョアンナ先生の授業を受けていない。
部屋からそれらしい資料やノートも見つからなかったし、もしかしたら魔法学自体を習っていないのかもしれない。
あっちの兄なら闇の呪法の研究をしていたから、ヒントどころか答えを得られただろうに……色々うまくいかない。
そんなことを考えているうちに、目の前にはレイチェルがカバンから出した本やノートがずんずん積み上がっていた。
「……ずいぶん、入ってるね」
「うん。もうすぐ卒業だから、置き勉してるの持って帰って来てるんだ~」
「はは、置き勉か、懐かしいな。……卒業おめでとう」
「え……?」
俺の言葉にレイチェルはまた目を丸くする。
――しまった、俺今18歳だった。何目線の言葉だって話だよな。
「あの、えっと……」
「えへへ、ありがとー。うれしいけど、今日のカイルってばやっぱりヘンだなぁ。なんか担任の先生みたい! ふふふ」
「……うん」
変には思われたものの言葉は素直に受け取ってもらえたようで、レイチェルは屈託なく笑った。
この子っていつもこうだな。何か変だと思っても受け入れて、話を聞いてくれる。
だからきっと、みんな自然と心を開いてしまうんだ。
「あ、あった~。はいこれ! これを授けよう~」
ちょっと偉そうにふんぞり返りながら、レイチェルがノートと2冊の本をこちらに差し出してくる。
『魔法の基本』『魔法史便覧』――すごい、予想以上の収穫だ。本屋とか行かなくて良かった。
「……ありがとう。あと、この小説も借りていいかな」
「えー、これ? 珍しー、カイルが小説本なんか」
「流行ってた時読みそびれちゃってさ。でも買ったり図書館で探すほどじゃなくて」
「あはは、あるよねそういうの。じゃ、これもどうぞ~」
「ありがとう」
「返すのはいつでもいいからね~」
「…………うん」
『いつでもいい』という言葉に、胸がチクリと痛む。
レイチェルだけは、こっちとあっちで全く同一の存在とも言える。
だけど、このレイチェルに本を返す機会は訪れない……。
「……ありがとうレイチェル、ほんと……助かるよ」
「えーっ、助かるなんて大げさな」
「大げさじゃないよ。レイチェルにはいつも助けてもらってるから」
「そ、そう……? なんにもやってないと思うけどなあ」
「ほんとだよ。……俺、レイチェルの可能性を知ってるよ」
「……かのうせい」
わけが分からなすぎるのか、レイチェルは俺の言葉を復唱するだけになってしまった。
「はは、ごめん、変なこと言って。俺……そろそろ家に入るよ」
「そっか、うん。じゃ、わたしも帰ろーかな」
「すぐ家だし別にいっかー」なんて言いながら、レイチェルが机に大量に出した教科書やお弁当箱を放り込むようにカバンにしまっていく。
こんな様子も本当に何もかもあちらと同じで、思わず笑みがこぼれてしまう。
だけど……。
「……レイチェル」
「ん?」
立ち去ろうとするレイチェルを呼び止める。
「……色々とありがとう、本当。また……会おうね」
「んー? うん。……ふふ、ヘンなの。いつだって会えるのに」
「はは……そうだよな。俺熱あるのかもなぁ。……ごめん、呼び止めて。じゃあ、またね」
「うん! ばいばーい」
手を振りながら、レイチェルはパタパタと駆けて去って行った。
家近いし、急いでもないだろうに……それもこれも全部一緒なんだな……。
「…………」
ここは自分が捨てた可能性の世界。色々な人の運命が変わった世界。
その中であの子だけは全く変わらなかった――だけど、ひとつだけ決定的にちがうことがある。
グレンがいない。
これからずっと隣にいるはずの……人生を共にしようと誓った存在が。
ここから先の未来、いずれ彼女はちがう誰かと出会い、ちがう幸せを築いていくだろう。
ひょっとしたら、グレンもちがう誰かと一緒だったりするのかもしれない。
――嫌だ。俺はそれはどうしても嫌だ。
そんな可能性、あってほしくない。そんな未来は見たくない。
俺が見たい幸せはそれじゃない。
俺はやっぱり、天秤をあちらに譲ることはできない。
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